12 / 20
第3章 緑龍已樹
第4話 龍の国の王<緑龍已樹>
しおりを挟む
緑あふれる広大な土地。
近隣諸国の中でも群を抜いた軍事力。
龍の加護を受けていたこの土地は、どこよりも豊かな国でした。
あの日までは……――
*****
あれは私がまだ幼く、王子と呼ばれる身分であったころ。
私は、彼女に出逢いました。
姫神子――神に愛された神の子供。
姫神子様がいるだけで、その土地は潤い、いかなる穢れからも護られる。
姫神子様がいるだけで、その国の繁栄は約束されたも同然でした。
現に私が生まれた龍の国も、近隣諸国の中ではどの国よりも大きく、豊かに繁栄できたのは姫神子様がいたからこそ。
姫神子様がいらっしゃるこの土地の恵を、神も龍も枯らすわけがないのです。
だから私たちは姫神子様へ最上級の敬意と感謝を持って、姫神子様に尽くさねばならないのです。
姫神子様が、誰よりも幸福でいられるように……。
ですが愚かな先々代の王は、姫神子様のお力がまるで底なしの泉から際限なく湧き出るものだというように、いいように使い倒し、衰弱していく姫神子様を見ようともせず、戦に明け暮れました。
姫神子様と龍の加護。
その2つを手にした自国に敗北などありえないと、あらゆる国、民族に戦をしかけ領土を拡大していきました。
その裏で、姫神子様が衰弱していっていることにも気づかずに……。
どんなに特別な力を持っていようと、姫神子様も人。
姫神子様にも休息が必要でした。
そのお力には限界がありました。
戦のたびに傷ついた土地を癒し、休みなくそのお力を搾取され続ける姫神子様でしたが、それでもこの国に留まってくださっていました。
私が姫神子様に初めて出逢ったとき、姫神子様のお身体は見るからに限界を迎えていて、子供の私から見ても痛々しく、この姫神子様のお姿を見て、なぜ先々代の王は気づかないのかと、憤りを覚えました。
「姫神子様、どうしてこんな国に留まるのですか。こんな国、捨ててしまったほうが、姫神子様のためになるとは思いませんか」
姫神子様と言葉を交わすことは禁じられていましたが、言わずにはいられませんでした。
当時、戦や国政で親にも祖父母にも構ってもらえなかった、だたの子供の八つ当たりだったかもしれません。
いずれは跡を継ぐべき王子が、自国に対して「こんな国」などとおかしな話です。
ですが、そのとき姫神子様はおっしゃいました。
「私は好きよ、この国が」
ふわりと笑うその瞬間、私は恋に落ちたのです。
ですが同時に、知ってしまいました。
「私が生まれた国だもの。それに」
空を見上げる姫神子様は、とても愛おしい者を見るような表情で、その様子に私は悟りました。
「ここは、彼のいる場所だから」
そのお言葉が真実なのだと私に告げました。
そして私たち王族の罪を、まざまざと見せつけられたのです。
この方は龍の姫であり、私の想いが届くことも叶うこともない。
そして、その龍を想う心を利用され、掌握されているのだと。
心を惑わす術は、王族である緑龍が最も得意とする術です。
そのあとすぐに、私が屋敷を抜け出したことがバレて連れ戻され姫神子様と言葉を交わしたのはそれが最初で最後となりました。
ですが、私は誓ったのです。
私が王となりこの国を継ぐ日が来たら、姫神子様を自由にして差し上げようと。
もうそのお力を無為に使わずにいいように、姫神子様が心から幸福でいられるようにこの国を変えようと。
そう、誓ったのです。
姫神子様が亡くなられたのは、それからほんの数日後のことでした――
姫神子様を亡くしたことで、この国を守護していたはずの龍は怒り狂い、先々代の王の命を奪いました。
先々代の王は最期まで「姫神子が死ぬはずがない」と喚いていたそうです。
狂った王は、死の寸前まで狂ったままでした。
神子様を失った龍は、先々代を殺めただけでは気が収まらず、手当たり次第に殺戮を繰り返しました。
どれだけの民が、王族が、命を落としたがわかりません。
私の父も母も亡くなりました。
ですが、計り知れない龍の怒りを鎮めるためには私たちはただ大人しくその怒りを受け入れるしかありませんでした。
衰弱していく姫神子様を見殺しにした、これは罰です。
どんなに惨い死に方を課せられようと、受け入れる義務があります。
あの日の悲鳴、断末魔が今でも耳にこびりつく……。
そうして龍がひとしきりに破壊の限りを尽くしたあと、残ったのは無残に荒れ果てた国だったものの残骸でした。
龍は山に籠り、それ以来その姿を見ることはありませんでした。
龍の国は、龍の加護を失ったのです。
*****
かつて、龍の加護を受けていたこの国は緑あふれる豊かな土地でした。
それが、今ではどうです?
見渡す限り荒れ果てた灰色の土地。
植物は育たず、ロクな作物の収穫が見込めない。
姫神子様を殺し、龍の怒りを買い、その加護を失った龍の国。
幼い私が王となり、引き継いだのはそんな国でした。
かつての豊かさなど見る影もなく、枯れ果ててしまった土地を再興させるためには、龍の許しを得る他、方法がありません。
ですが、姿を現すことさえない龍に償うことさえも許されないのだと受け入れるしかなかった日々に、ようやく終わりが告げられました。
この世界に再びお生まれになってくださった姫神子様。
無事にこの国にお連れすることができました。
ようやくあの日の過ちを、償うことができる絶好の機会に巡り逢えたのです。
みすみす見逃すことなんて、できるわけがないでしょう?
眠る姫神子様は、まだ幼くあどけない表情を浮かべていらっしゃる。
今度こそ、アナタを幸せにして差し上げますよ。
私の手で、ね……?
近隣諸国の中でも群を抜いた軍事力。
龍の加護を受けていたこの土地は、どこよりも豊かな国でした。
あの日までは……――
*****
あれは私がまだ幼く、王子と呼ばれる身分であったころ。
私は、彼女に出逢いました。
姫神子――神に愛された神の子供。
姫神子様がいるだけで、その土地は潤い、いかなる穢れからも護られる。
姫神子様がいるだけで、その国の繁栄は約束されたも同然でした。
現に私が生まれた龍の国も、近隣諸国の中ではどの国よりも大きく、豊かに繁栄できたのは姫神子様がいたからこそ。
姫神子様がいらっしゃるこの土地の恵を、神も龍も枯らすわけがないのです。
だから私たちは姫神子様へ最上級の敬意と感謝を持って、姫神子様に尽くさねばならないのです。
姫神子様が、誰よりも幸福でいられるように……。
ですが愚かな先々代の王は、姫神子様のお力がまるで底なしの泉から際限なく湧き出るものだというように、いいように使い倒し、衰弱していく姫神子様を見ようともせず、戦に明け暮れました。
姫神子様と龍の加護。
その2つを手にした自国に敗北などありえないと、あらゆる国、民族に戦をしかけ領土を拡大していきました。
その裏で、姫神子様が衰弱していっていることにも気づかずに……。
どんなに特別な力を持っていようと、姫神子様も人。
姫神子様にも休息が必要でした。
そのお力には限界がありました。
戦のたびに傷ついた土地を癒し、休みなくそのお力を搾取され続ける姫神子様でしたが、それでもこの国に留まってくださっていました。
私が姫神子様に初めて出逢ったとき、姫神子様のお身体は見るからに限界を迎えていて、子供の私から見ても痛々しく、この姫神子様のお姿を見て、なぜ先々代の王は気づかないのかと、憤りを覚えました。
「姫神子様、どうしてこんな国に留まるのですか。こんな国、捨ててしまったほうが、姫神子様のためになるとは思いませんか」
姫神子様と言葉を交わすことは禁じられていましたが、言わずにはいられませんでした。
当時、戦や国政で親にも祖父母にも構ってもらえなかった、だたの子供の八つ当たりだったかもしれません。
いずれは跡を継ぐべき王子が、自国に対して「こんな国」などとおかしな話です。
ですが、そのとき姫神子様はおっしゃいました。
「私は好きよ、この国が」
ふわりと笑うその瞬間、私は恋に落ちたのです。
ですが同時に、知ってしまいました。
「私が生まれた国だもの。それに」
空を見上げる姫神子様は、とても愛おしい者を見るような表情で、その様子に私は悟りました。
「ここは、彼のいる場所だから」
そのお言葉が真実なのだと私に告げました。
そして私たち王族の罪を、まざまざと見せつけられたのです。
この方は龍の姫であり、私の想いが届くことも叶うこともない。
そして、その龍を想う心を利用され、掌握されているのだと。
心を惑わす術は、王族である緑龍が最も得意とする術です。
そのあとすぐに、私が屋敷を抜け出したことがバレて連れ戻され姫神子様と言葉を交わしたのはそれが最初で最後となりました。
ですが、私は誓ったのです。
私が王となりこの国を継ぐ日が来たら、姫神子様を自由にして差し上げようと。
もうそのお力を無為に使わずにいいように、姫神子様が心から幸福でいられるようにこの国を変えようと。
そう、誓ったのです。
姫神子様が亡くなられたのは、それからほんの数日後のことでした――
姫神子様を亡くしたことで、この国を守護していたはずの龍は怒り狂い、先々代の王の命を奪いました。
先々代の王は最期まで「姫神子が死ぬはずがない」と喚いていたそうです。
狂った王は、死の寸前まで狂ったままでした。
神子様を失った龍は、先々代を殺めただけでは気が収まらず、手当たり次第に殺戮を繰り返しました。
どれだけの民が、王族が、命を落としたがわかりません。
私の父も母も亡くなりました。
ですが、計り知れない龍の怒りを鎮めるためには私たちはただ大人しくその怒りを受け入れるしかありませんでした。
衰弱していく姫神子様を見殺しにした、これは罰です。
どんなに惨い死に方を課せられようと、受け入れる義務があります。
あの日の悲鳴、断末魔が今でも耳にこびりつく……。
そうして龍がひとしきりに破壊の限りを尽くしたあと、残ったのは無残に荒れ果てた国だったものの残骸でした。
龍は山に籠り、それ以来その姿を見ることはありませんでした。
龍の国は、龍の加護を失ったのです。
*****
かつて、龍の加護を受けていたこの国は緑あふれる豊かな土地でした。
それが、今ではどうです?
見渡す限り荒れ果てた灰色の土地。
植物は育たず、ロクな作物の収穫が見込めない。
姫神子様を殺し、龍の怒りを買い、その加護を失った龍の国。
幼い私が王となり、引き継いだのはそんな国でした。
かつての豊かさなど見る影もなく、枯れ果ててしまった土地を再興させるためには、龍の許しを得る他、方法がありません。
ですが、姿を現すことさえない龍に償うことさえも許されないのだと受け入れるしかなかった日々に、ようやく終わりが告げられました。
この世界に再びお生まれになってくださった姫神子様。
無事にこの国にお連れすることができました。
ようやくあの日の過ちを、償うことができる絶好の機会に巡り逢えたのです。
みすみす見逃すことなんて、できるわけがないでしょう?
眠る姫神子様は、まだ幼くあどけない表情を浮かべていらっしゃる。
今度こそ、アナタを幸せにして差し上げますよ。
私の手で、ね……?
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです
山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。
今は、その考えも消えつつある。
けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。
今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。
ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる