【完結】姫神子と王子

桐生千種

文字の大きさ
上 下
11 / 20
第3章 緑龍已樹

第3話 桜ノをさらう者

しおりを挟む
 柔らかい、吹き抜ける風。
 あったかい、太陽の光。

 どうしてか……、ほんの少しの間、外に出なかっただけなのに、こんなにも涙がでそうなくらい、嬉しい……。

「こっち」

 ぐいっと、紅炎が私の手を引いて歩く。

 私が出て来たお屋敷を背に、紅炎はどんどんと歩いて行く。

 土の上を歩く感触。
 つい、この間まではこれが日常だった。

 歩く。

 風が、頬を撫でていく。
 風とすれ違いながら、私は毎日川まで水を汲みに行っていた。

 歩く。

 空は青くて……。
 いつも見ていた青空。

 歩く。

 太陽があたたかい……。
 いつも浴びていた陽射し。

 生い茂る草木の間を抜けて……。
 肌に触れる、草の感触がくすぐったい。

 木漏れ日が降り注ぐ中、辿り着いたのは綺麗な泉のほとり。

「綺麗……」

 思わず、そう呟いた。

 透き通った水面に、太陽の光が反射して、キラキラ輝くその様子は幻想的で、まるでおとぎ話の世界に入り込んだみたい。

「これを見せたかったんだよね」

 紅炎が言う。

「サク、ずっとあの部屋に籠りっきりなんだろ? たまには外に出してもらったほうがいいって。ここまでさ、氷利と散歩とか」

 彼と2人……。

 想像して、顔が赤くなる。

 それはなんだか、逢引きみたいな……。

「サク、顔赤い」

 言われて、両手で顔を隠す。

 こんな顔を見られるなんて、恥ずかしい……。

「……ホントに。好きなんだな」

「え……?」

 紅炎のその声が、妙に切なげで思わず顔をあげると、言葉に詰まった。

 今にも消えてしまいそうな、儚げな表情で悲し気に微笑む紅炎が、とても綺麗だと思ってしまった。

「さて!」

 けどそんな表情も一瞬で、紅炎は表情を変えた。

「連れ出しといてなんだけど、そろそろ戻ろう。アイツが心配して半狂乱になったら怖いし」

 ――そうだ……。

 紅炎の言葉で思い出す。

 私、勝手に部屋を出て来ちゃったんだ……。
 私がいなくなってたら、きっと彼は心配する。

「うん」

 いつの間にか放していた手。

 紅炎が手を差し出してくる。
 その手を取ろうと、私も手を伸ばす。

 けれど……。

 バチンッ――

 私と紅炎の手が触れる寸前、指先に痛みが走った。

 昨日の已樹のときと同じような、電気みたいな衝撃。

「サクっ!!」

 私は、足元に突然現れた円形の模様に囚われた。

 見えない壁が現れたみたいで、模様の外に出られない。

 紅炎は内側に入れないみたいで、少しずつ広がる円形の模様のせいで紅炎との距離が開いていく。

 ――いったい……なにが起こっているの……?

「捕まえましたよ、姫神子様」

 私の疑問に答えるように、どこからともなく現れたこの声は……。

「……い……じゅ……」

 昨日現れた、已樹と名乗ったアレと同じ姿の、同じ声のその人。

「覚えていてくださったんですね。嬉しいです」

 そう言って、私を腕の中に収めるその腕に、その声に、ゾクゾクする。

 とてもイヤな、ゾクゾクとした感覚。

「已樹っ! なにしてんだよ! サクは、……姫神子は緋の国の、氷利の姫だろ!?」
「……まだ、ですよ。成人を迎えていない少女の心です。心変わりのスキはあるでしょう?」

 「ねえ?」と、言われても、私は頷かない。

 意味が、わからない。

 押しても、引いても、叩いても、この腕は私を放してはくれない。

「ちょうどいい、氷利に伝えておいてください。『鬼のしつけはきちんとしたほうがいい』と。まさか、この私に挑んでくる鬼がいるとは思いませんでしたよ」

 クツクツと笑う、已樹。

「では、無駄話はこのくらいにして、参りましょうか」

 その言葉は、間違いなく私に向けられている。

「いやっ! 放し、て……」

 急に、意識が遠くなった……。

 薄れていく意識の中で、彼の姿を見た気がした……。

*****

「ごめん、氷利……。俺のせいだ……。俺が、外に連れ出したりしたから……」

 俺のせいだ。
 目の前でサクが連れ去られるのを見て、なにもできなかった。

「……」

 氷利は、なにも言ってはくれない。

 「役立たず」と、罵ってくれ。
 「お前がいながら」と、殴ってくれ。

 惚れた女の子1人、守り抜くことができなかった俺は、氷利にどう詫びればいい……。

 どう、償えばいい……。

「紅炎……」

 サクが消えたその場所を見て、氷利が言った。

 なんと言う?

 なにか言ってくれと望んでいたはずなのに、いざそうなると、身体がビクついた。

「力を、貸してくれ」

「……え?」

 氷利から出た言葉に、耳を疑った。

 本来なら、今ごろ罵倒されているはずだ。
 「お前がいながら」と、殺されたっておかしくない状況なのに。

「ヤツの屋敷の周りには強力な結界が張られているのは知っているだろう。鬼が使えない以上、そう簡単には侵入できない。お前に頼るしかないんだ。頼む」

 頭を下げる氷利に、心臓が冷える思いだった。

「やめてくれ! そんなこと!」

 頭なんて、下げなくても俺はいつだって氷利の味方でありたいと思ってる。

「元はと言えば俺のせいなんだ!」

 協力を惜しむつもりは毛頭ない。

 氷利は俺の、たった1人の友人なんだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。

鏑木 うりこ
恋愛
 クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!  茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。  ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?    (´・ω・`)普通……。 でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

処理中です...