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第3章 緑龍已樹
第3話 桜ノをさらう者
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柔らかい、吹き抜ける風。
あったかい、太陽の光。
どうしてか……、ほんの少しの間、外に出なかっただけなのに、こんなにも涙がでそうなくらい、嬉しい……。
「こっち」
ぐいっと、紅炎が私の手を引いて歩く。
私が出て来たお屋敷を背に、紅炎はどんどんと歩いて行く。
土の上を歩く感触。
つい、この間まではこれが日常だった。
歩く。
風が、頬を撫でていく。
風とすれ違いながら、私は毎日川まで水を汲みに行っていた。
歩く。
空は青くて……。
いつも見ていた青空。
歩く。
太陽があたたかい……。
いつも浴びていた陽射し。
生い茂る草木の間を抜けて……。
肌に触れる、草の感触がくすぐったい。
木漏れ日が降り注ぐ中、辿り着いたのは綺麗な泉のほとり。
「綺麗……」
思わず、そう呟いた。
透き通った水面に、太陽の光が反射して、キラキラ輝くその様子は幻想的で、まるでおとぎ話の世界に入り込んだみたい。
「これを見せたかったんだよね」
紅炎が言う。
「サク、ずっとあの部屋に籠りっきりなんだろ? たまには外に出してもらったほうがいいって。ここまでさ、氷利と散歩とか」
彼と2人……。
想像して、顔が赤くなる。
それはなんだか、逢引きみたいな……。
「サク、顔赤い」
言われて、両手で顔を隠す。
こんな顔を見られるなんて、恥ずかしい……。
「……ホントに。好きなんだな」
「え……?」
紅炎のその声が、妙に切なげで思わず顔をあげると、言葉に詰まった。
今にも消えてしまいそうな、儚げな表情で悲し気に微笑む紅炎が、とても綺麗だと思ってしまった。
「さて!」
けどそんな表情も一瞬で、紅炎は表情を変えた。
「連れ出しといてなんだけど、そろそろ戻ろう。アイツが心配して半狂乱になったら怖いし」
――そうだ……。
紅炎の言葉で思い出す。
私、勝手に部屋を出て来ちゃったんだ……。
私がいなくなってたら、きっと彼は心配する。
「うん」
いつの間にか放していた手。
紅炎が手を差し出してくる。
その手を取ろうと、私も手を伸ばす。
けれど……。
バチンッ――
私と紅炎の手が触れる寸前、指先に痛みが走った。
昨日の已樹のときと同じような、電気みたいな衝撃。
「サクっ!!」
私は、足元に突然現れた円形の模様に囚われた。
見えない壁が現れたみたいで、模様の外に出られない。
紅炎は内側に入れないみたいで、少しずつ広がる円形の模様のせいで紅炎との距離が開いていく。
――いったい……なにが起こっているの……?
「捕まえましたよ、姫神子様」
私の疑問に答えるように、どこからともなく現れたこの声は……。
「……い……じゅ……」
昨日現れた、已樹と名乗ったアレと同じ姿の、同じ声のその人。
「覚えていてくださったんですね。嬉しいです」
そう言って、私を腕の中に収めるその腕に、その声に、ゾクゾクする。
とてもイヤな、ゾクゾクとした感覚。
「已樹っ! なにしてんだよ! サクは、……姫神子は緋の国の、氷利の姫だろ!?」
「……まだ、ですよ。成人を迎えていない少女の心です。心変わりのスキはあるでしょう?」
「ねえ?」と、言われても、私は頷かない。
意味が、わからない。
押しても、引いても、叩いても、この腕は私を放してはくれない。
「ちょうどいい、氷利に伝えておいてください。『鬼のしつけはきちんとしたほうがいい』と。まさか、この私に挑んでくる鬼がいるとは思いませんでしたよ」
クツクツと笑う、已樹。
「では、無駄話はこのくらいにして、参りましょうか」
その言葉は、間違いなく私に向けられている。
「いやっ! 放し、て……」
急に、意識が遠くなった……。
薄れていく意識の中で、彼の姿を見た気がした……。
*****
「ごめん、氷利……。俺のせいだ……。俺が、外に連れ出したりしたから……」
俺のせいだ。
目の前でサクが連れ去られるのを見て、なにもできなかった。
「……」
氷利は、なにも言ってはくれない。
「役立たず」と、罵ってくれ。
「お前がいながら」と、殴ってくれ。
惚れた女の子1人、守り抜くことができなかった俺は、氷利にどう詫びればいい……。
どう、償えばいい……。
「紅炎……」
サクが消えたその場所を見て、氷利が言った。
なんと言う?
なにか言ってくれと望んでいたはずなのに、いざそうなると、身体がビクついた。
「力を、貸してくれ」
「……え?」
氷利から出た言葉に、耳を疑った。
本来なら、今ごろ罵倒されているはずだ。
「お前がいながら」と、殺されたっておかしくない状況なのに。
「ヤツの屋敷の周りには強力な結界が張られているのは知っているだろう。鬼が使えない以上、そう簡単には侵入できない。お前に頼るしかないんだ。頼む」
頭を下げる氷利に、心臓が冷える思いだった。
「やめてくれ! そんなこと!」
頭なんて、下げなくても俺はいつだって氷利の味方でありたいと思ってる。
「元はと言えば俺のせいなんだ!」
協力を惜しむつもりは毛頭ない。
氷利は俺の、たった1人の友人なんだ。
あったかい、太陽の光。
どうしてか……、ほんの少しの間、外に出なかっただけなのに、こんなにも涙がでそうなくらい、嬉しい……。
「こっち」
ぐいっと、紅炎が私の手を引いて歩く。
私が出て来たお屋敷を背に、紅炎はどんどんと歩いて行く。
土の上を歩く感触。
つい、この間まではこれが日常だった。
歩く。
風が、頬を撫でていく。
風とすれ違いながら、私は毎日川まで水を汲みに行っていた。
歩く。
空は青くて……。
いつも見ていた青空。
歩く。
太陽があたたかい……。
いつも浴びていた陽射し。
生い茂る草木の間を抜けて……。
肌に触れる、草の感触がくすぐったい。
木漏れ日が降り注ぐ中、辿り着いたのは綺麗な泉のほとり。
「綺麗……」
思わず、そう呟いた。
透き通った水面に、太陽の光が反射して、キラキラ輝くその様子は幻想的で、まるでおとぎ話の世界に入り込んだみたい。
「これを見せたかったんだよね」
紅炎が言う。
「サク、ずっとあの部屋に籠りっきりなんだろ? たまには外に出してもらったほうがいいって。ここまでさ、氷利と散歩とか」
彼と2人……。
想像して、顔が赤くなる。
それはなんだか、逢引きみたいな……。
「サク、顔赤い」
言われて、両手で顔を隠す。
こんな顔を見られるなんて、恥ずかしい……。
「……ホントに。好きなんだな」
「え……?」
紅炎のその声が、妙に切なげで思わず顔をあげると、言葉に詰まった。
今にも消えてしまいそうな、儚げな表情で悲し気に微笑む紅炎が、とても綺麗だと思ってしまった。
「さて!」
けどそんな表情も一瞬で、紅炎は表情を変えた。
「連れ出しといてなんだけど、そろそろ戻ろう。アイツが心配して半狂乱になったら怖いし」
――そうだ……。
紅炎の言葉で思い出す。
私、勝手に部屋を出て来ちゃったんだ……。
私がいなくなってたら、きっと彼は心配する。
「うん」
いつの間にか放していた手。
紅炎が手を差し出してくる。
その手を取ろうと、私も手を伸ばす。
けれど……。
バチンッ――
私と紅炎の手が触れる寸前、指先に痛みが走った。
昨日の已樹のときと同じような、電気みたいな衝撃。
「サクっ!!」
私は、足元に突然現れた円形の模様に囚われた。
見えない壁が現れたみたいで、模様の外に出られない。
紅炎は内側に入れないみたいで、少しずつ広がる円形の模様のせいで紅炎との距離が開いていく。
――いったい……なにが起こっているの……?
「捕まえましたよ、姫神子様」
私の疑問に答えるように、どこからともなく現れたこの声は……。
「……い……じゅ……」
昨日現れた、已樹と名乗ったアレと同じ姿の、同じ声のその人。
「覚えていてくださったんですね。嬉しいです」
そう言って、私を腕の中に収めるその腕に、その声に、ゾクゾクする。
とてもイヤな、ゾクゾクとした感覚。
「已樹っ! なにしてんだよ! サクは、……姫神子は緋の国の、氷利の姫だろ!?」
「……まだ、ですよ。成人を迎えていない少女の心です。心変わりのスキはあるでしょう?」
「ねえ?」と、言われても、私は頷かない。
意味が、わからない。
押しても、引いても、叩いても、この腕は私を放してはくれない。
「ちょうどいい、氷利に伝えておいてください。『鬼のしつけはきちんとしたほうがいい』と。まさか、この私に挑んでくる鬼がいるとは思いませんでしたよ」
クツクツと笑う、已樹。
「では、無駄話はこのくらいにして、参りましょうか」
その言葉は、間違いなく私に向けられている。
「いやっ! 放し、て……」
急に、意識が遠くなった……。
薄れていく意識の中で、彼の姿を見た気がした……。
*****
「ごめん、氷利……。俺のせいだ……。俺が、外に連れ出したりしたから……」
俺のせいだ。
目の前でサクが連れ去られるのを見て、なにもできなかった。
「……」
氷利は、なにも言ってはくれない。
「役立たず」と、罵ってくれ。
「お前がいながら」と、殴ってくれ。
惚れた女の子1人、守り抜くことができなかった俺は、氷利にどう詫びればいい……。
どう、償えばいい……。
「紅炎……」
サクが消えたその場所を見て、氷利が言った。
なんと言う?
なにか言ってくれと望んでいたはずなのに、いざそうなると、身体がビクついた。
「力を、貸してくれ」
「……え?」
氷利から出た言葉に、耳を疑った。
本来なら、今ごろ罵倒されているはずだ。
「お前がいながら」と、殺されたっておかしくない状況なのに。
「ヤツの屋敷の周りには強力な結界が張られているのは知っているだろう。鬼が使えない以上、そう簡単には侵入できない。お前に頼るしかないんだ。頼む」
頭を下げる氷利に、心臓が冷える思いだった。
「やめてくれ! そんなこと!」
頭なんて、下げなくても俺はいつだって氷利の味方でありたいと思ってる。
「元はと言えば俺のせいなんだ!」
協力を惜しむつもりは毛頭ない。
氷利は俺の、たった1人の友人なんだ。
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