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第3章 緑龍已樹
第1話 緑の瞳の訪問者
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――逃げたい……。
そんな私の心なんてお構いなしに、突然現れたその人は私を捕らえたまま放そうとしない。
「私は已樹。よろしくお願いいたしますね。姫神子様」
わかったことは、この人の名前が已樹というらしいということだけ。
「紅炎から聞きましてね。上等な姫神子様だと。氷利が閉じ込めて独り占めにしていると」
已樹が、私の頬を撫でる。
「氷利などやめて、私にしませんか。今よりも自由な生活を約束いたしますよ?」
ゾクゾクする。
彼とは違う、気持ちの悪いゾクゾク感。
放してほしいのに、放してくれない……。
逃げられない……。
「……逃がしませんよ?」
私の心の内を知っているのか、そんなことを言う。
「私はね、ほしいと思ったモノはどんな手を使ってでも手に入れることにしているんです。私は姫神子様、アナタがホシイ」
薄い笑みを浮かべる、已樹という男がコワイ。
「私のモノになりなさい」
「イヤ……!!」
バチッ! 電気みたいなものがはじけたような感覚がした。
ハッとして、已樹から離れようと扉に向かって行こうとしたけど、ほんの少しも扉に近づくことはできなかった。
已樹は私を解放してはくれない。
「おや……。さすがは姫神子様。紅炎に上等と言わせるだけのことはある。それに……氷利が独り占めしたがるのも、これが理由ですか……」
1人、ブツブツと呟く已樹。
已樹の綺麗な緑色の瞳。
それに見られると、それを見ると、どうしてか自分が吸い込まれてしまいそうな気になる。
吸い込まれて、自分を見失ってしまいそうな、オカシナ、イヤな感覚に襲われる。
「さあ、姫神子様。心を落ち着けて、私の目を見なさい」
だと言うのに、已樹は私にその瞳を見させようとする。
その声に、従ってしまいそうになる……。
「私の声にだけ耳を傾けて、あとはなにも考えなくていいんです。すべて忘れてしまいなさい」
「いや……」
――いや……。
そう思うのに、抗いきれない……。
「強情なお方ですね。ですが」
已樹の言葉が、動きが、止まった。
緑色の瞳が、私を見るのをやめてその視線が逸れる。
その視線の先に立つのは、使鬼。
「已樹様? そのお方にお手をお出しになることは、国交問題になるのではありませんか?」
さっきまでとは違う、どこか冷酷な印象を見せる使鬼。
「……たとえ氷利の使鬼であっても、私に手を出すことも問題だと思うのですが?」
ピクリとも身体を動かさず、口だけを動かしている已樹。
その姿に使鬼は笑ったのか、それとも已樹の言葉に笑ったのか、定かではないけど使鬼は楽しそうに笑う。
「ですが立場上、已樹様より氷利様のほうが立場は上位。それにこれは正当な防衛措置です」
クスクスと、使鬼が笑う。
なにが起きているのかわからない。
どうして已樹が動かないのか、使鬼も同じように動かないけど、使鬼は使鬼で楽しそうに笑っている。
それがとても奇妙な光景に思えた。
「桜ノ」
名前を呼ばれ、振り返る。
その声は、彼の声。
「こっちへ」
彼が、私を呼ぶ。
私は、それに従って彼のもとへと歩み寄った。
傍まで行くと彼は私の片腕に抱きしめて頭を撫でる。
やっぱり、彼だとドキドキする。
已樹のときのように、イヤな感じはしない。
安心できる、彼の手。
「アイツに、なにかされた?」
彼は耳元に口を寄せて聞いてくる。
私は、首を横に振る。
「本当に?」
疑っているのか、彼はそう聞いてきてじっと目を覗き込まれる。
そんなことだけで、顔が熱くなってしまう私を彼はどう思っている?
「氷利、ひどいですよ。そんなにも素晴らしい姫神子様を独り占めにしようだなんて」
已樹はさっきまでと同様、口だけを動かしてその身体はピクリとも動かない。
「そろそろ解いてくれませんか? いくら私でもこうも長く縛られては身が持ちませんよ」
「断る」
彼はキッパリと拒否を口にして已樹を見る。
「どうせ使鬼だろう。いっそのことそのまま消えてはどうだ」
ニタリと、已樹が笑った。
今までの已樹とは違う、別のなにかが乗り移ったかのような妖しい笑み。
「さすがだなぁ……。いつ気づいたぁ……?」
妖しく、愉快そうに、已樹を名乗ったそのなにかが言う。
「はじめから。奴が単身で俺から桜ノを盗りに来るなどあり得ない」
そう言う彼は、決してその手から私を放そうとしない。
それがとても心地よくて、得体の知れないなにかを前にしても安心できた。
「今日は下見か。だが、桜ノは俺のだ。誰が渡すか。だいたい、披露目をすると言ったはずだ。それでは不満か」
ニタリ、ニタリ、とソレは笑う。
「我が主はそれではお気に召さないようだ。可能なら、連れて来いとのことだったんだがなぁ……」
ユラリ――
ソレが浮いた。
目が合う。
そのことに、ビクリとしたけど彼が私をぎゅっと抱きしめてくれたから、大丈夫だと思えた。
「我が主は諦めないぜぇ。なぁ……、姫神子様ぁ?」
イヤな笑み、妖しい笑み、狂気に満ちた笑み。
そんな表情を見せつけて、ソレは消えた。
跡形もなく、消えていった。
「追うな」
彼のその言葉は、使鬼に向けられたもの。
さっきのアレと、同じ名前の使鬼。
「御意」
使鬼はそこに留まった。
そんな私の心なんてお構いなしに、突然現れたその人は私を捕らえたまま放そうとしない。
「私は已樹。よろしくお願いいたしますね。姫神子様」
わかったことは、この人の名前が已樹というらしいということだけ。
「紅炎から聞きましてね。上等な姫神子様だと。氷利が閉じ込めて独り占めにしていると」
已樹が、私の頬を撫でる。
「氷利などやめて、私にしませんか。今よりも自由な生活を約束いたしますよ?」
ゾクゾクする。
彼とは違う、気持ちの悪いゾクゾク感。
放してほしいのに、放してくれない……。
逃げられない……。
「……逃がしませんよ?」
私の心の内を知っているのか、そんなことを言う。
「私はね、ほしいと思ったモノはどんな手を使ってでも手に入れることにしているんです。私は姫神子様、アナタがホシイ」
薄い笑みを浮かべる、已樹という男がコワイ。
「私のモノになりなさい」
「イヤ……!!」
バチッ! 電気みたいなものがはじけたような感覚がした。
ハッとして、已樹から離れようと扉に向かって行こうとしたけど、ほんの少しも扉に近づくことはできなかった。
已樹は私を解放してはくれない。
「おや……。さすがは姫神子様。紅炎に上等と言わせるだけのことはある。それに……氷利が独り占めしたがるのも、これが理由ですか……」
1人、ブツブツと呟く已樹。
已樹の綺麗な緑色の瞳。
それに見られると、それを見ると、どうしてか自分が吸い込まれてしまいそうな気になる。
吸い込まれて、自分を見失ってしまいそうな、オカシナ、イヤな感覚に襲われる。
「さあ、姫神子様。心を落ち着けて、私の目を見なさい」
だと言うのに、已樹は私にその瞳を見させようとする。
その声に、従ってしまいそうになる……。
「私の声にだけ耳を傾けて、あとはなにも考えなくていいんです。すべて忘れてしまいなさい」
「いや……」
――いや……。
そう思うのに、抗いきれない……。
「強情なお方ですね。ですが」
已樹の言葉が、動きが、止まった。
緑色の瞳が、私を見るのをやめてその視線が逸れる。
その視線の先に立つのは、使鬼。
「已樹様? そのお方にお手をお出しになることは、国交問題になるのではありませんか?」
さっきまでとは違う、どこか冷酷な印象を見せる使鬼。
「……たとえ氷利の使鬼であっても、私に手を出すことも問題だと思うのですが?」
ピクリとも身体を動かさず、口だけを動かしている已樹。
その姿に使鬼は笑ったのか、それとも已樹の言葉に笑ったのか、定かではないけど使鬼は楽しそうに笑う。
「ですが立場上、已樹様より氷利様のほうが立場は上位。それにこれは正当な防衛措置です」
クスクスと、使鬼が笑う。
なにが起きているのかわからない。
どうして已樹が動かないのか、使鬼も同じように動かないけど、使鬼は使鬼で楽しそうに笑っている。
それがとても奇妙な光景に思えた。
「桜ノ」
名前を呼ばれ、振り返る。
その声は、彼の声。
「こっちへ」
彼が、私を呼ぶ。
私は、それに従って彼のもとへと歩み寄った。
傍まで行くと彼は私の片腕に抱きしめて頭を撫でる。
やっぱり、彼だとドキドキする。
已樹のときのように、イヤな感じはしない。
安心できる、彼の手。
「アイツに、なにかされた?」
彼は耳元に口を寄せて聞いてくる。
私は、首を横に振る。
「本当に?」
疑っているのか、彼はそう聞いてきてじっと目を覗き込まれる。
そんなことだけで、顔が熱くなってしまう私を彼はどう思っている?
「氷利、ひどいですよ。そんなにも素晴らしい姫神子様を独り占めにしようだなんて」
已樹はさっきまでと同様、口だけを動かしてその身体はピクリとも動かない。
「そろそろ解いてくれませんか? いくら私でもこうも長く縛られては身が持ちませんよ」
「断る」
彼はキッパリと拒否を口にして已樹を見る。
「どうせ使鬼だろう。いっそのことそのまま消えてはどうだ」
ニタリと、已樹が笑った。
今までの已樹とは違う、別のなにかが乗り移ったかのような妖しい笑み。
「さすがだなぁ……。いつ気づいたぁ……?」
妖しく、愉快そうに、已樹を名乗ったそのなにかが言う。
「はじめから。奴が単身で俺から桜ノを盗りに来るなどあり得ない」
そう言う彼は、決してその手から私を放そうとしない。
それがとても心地よくて、得体の知れないなにかを前にしても安心できた。
「今日は下見か。だが、桜ノは俺のだ。誰が渡すか。だいたい、披露目をすると言ったはずだ。それでは不満か」
ニタリ、ニタリ、とソレは笑う。
「我が主はそれではお気に召さないようだ。可能なら、連れて来いとのことだったんだがなぁ……」
ユラリ――
ソレが浮いた。
目が合う。
そのことに、ビクリとしたけど彼が私をぎゅっと抱きしめてくれたから、大丈夫だと思えた。
「我が主は諦めないぜぇ。なぁ……、姫神子様ぁ?」
イヤな笑み、妖しい笑み、狂気に満ちた笑み。
そんな表情を見せつけて、ソレは消えた。
跡形もなく、消えていった。
「追うな」
彼のその言葉は、使鬼に向けられたもの。
さっきのアレと、同じ名前の使鬼。
「御意」
使鬼はそこに留まった。
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