【完結】姫神子と王子

桐生千種

文字の大きさ
上 下
8 / 20
第2章 氷帝紅炎

第4話 氷の国の王子<氷帝紅炎>

しおりを挟む
 氷帝紅炎。
 氷の国の次期国王。

 それが俺。

 言い寄ってくる女はたくさんいる。

 氷の国は緋の国と違って、妾を何人も持つことが容認されている。
 だからなのか、正妻になれなくても妾になら……。

 そんな思惑で近づいてくる女たち。

 正直、嫌気が差す。

 父上は何人もの姫を抱えて、父上みたいな性格の人には向いているのかもしれないけど、俺はたったひとりの、俺だけの唯一の姫をみつけたい。

 そんなときに出会った、サク。

 白羽桜ノと名乗った少女は、俺の心をひどく震わせた。

 もっと彼女と話したいと思った。
 もっと彼女の表情を見たいと思った。
 もっと彼女と一緒にいたいと思った。

 彼女が、ホシイと思ってしまった。

 サクが姫神子だから?

 そんなことは関係ない。

 サクが最初に俺に聞いてきた言葉。

『あなたは、誰……?』

 サクは俺を知らなかった。

 国にいれば、誰もが俺のことを知っていて、「王子」だの「次期国王」だの、そんな目で俺を見てくる。

 けどサクは、俺をただの紅炎として真っ直ぐに俺を見つめてくれたんだ。

 王子である俺の存在に媚びへつらうでもなく、俺に群がる女のように頬を染めるでもなく、サクはただ魔力に耐性のないひとりの少女で、俺は魔力が強いただの紅炎だった。

『俺の姫になれ』

 あの言葉に嘘はない。

 もしサクが本当にそう望んでくれるなら、すぐにでも俺の恋人として、姫として、氷の国に迎え入れるつもりだった。

 俺の、たったひとりの唯一の姫を、見つけたと思ったんだ。

 でもサクは、氷利の姫で、サク自身も氷利の姫であることを望んでいる。

『好いているなら奪ってでも手に入れろ』

 なんて、父上がよく言っていたけど俺にはできっこないや。

 だって氷利は俺の大切な友人だから。

 俺の初恋。

 出会って数分、ものの見事に玉砕した。

*****

「それでさー、すっげーもん見ちゃってさー」

 宴の席は、なにも楽しい食事会ってわけじゃない。

 各々が腹の探り合い。
 如何にして自国が、自分が、優位に立つかそればかり。

 中には自分の娘を王子の嫁に、なんて考える阿呆もいるけどウチじゃそれも可能っちゃ可能だから、ムダな努力とも言えないのが残念なところ。

 氷利のとこはウチみたいに何人も姫を抱えることはできないけど、相手は本人の自由意志。

 本人のひと言でどうにでもできてしまうから、我を我をと主張の強い奴は面倒臭い。

 だからここはひとつ、先手を打ってやろうっていう俺の優しさ。

「巷で噂の氷利のお姫様。ホントにいたんだぜ」

 そして、ほんの少しの八つ当たり。

 氷利の目が鋭くなるけど、これくらいいいだろう?

 俺は失恋して、傷心の身なんだ。

「氷利ってば、お姫様相手じゃ、人が変わっちまうの! もうおっかしくって! 姫に『キライになった?』とか聞くんだぜ? 信じらんないだろ?」

 どよめきが走る。

 自分の娘を氷利の嫁に、なんて考えてた奴らがわかりやすく表情を変え、態度で示してくれた。

 氷利に溺愛する姫がいるとなれば、言い寄る奴らも諦めるだろう。

「して、その姫君はどのような方なのだ? さぞ名のある家柄の姫君なのだろう?」

 食いついてきたじじいは、いちゃもんをつける気なんだろう。

「さあ? 家も国も知らない。でも、誰も文句はつけられないと思うよ」

 ここに、姫神子を押し退けてまで自分の主張を通せるような奴はいない。
 だからこそ、ここはひとつ言っておくべきだ。

「姫神子だぜ? どんな生まれや育ちだろうと、それだけで文句はないだろう?」
「なんと、姫神子!?」
「それはめでたい! 緋の国の安泰は約束されたようなものだな!」

 途端に手のひらを返す。
 単純な奴らだ。

 ピシリと張り詰める空気。
 ピリピリと肌が焼けるような緊張感をつくり出しているのは氷利だ。

 少し、やり過ぎた。

「それ以上、余計なことを口にするな」
「悪い……」

 俺も場がじゃない。
 氷利の神経を逆撫でするようなマネはしない。

 息が詰まりそうな緊張感の中、場にそぐわず、クツクツと笑う声。

「姫神子様、ですか」

 緑龍已樹。
 龍の国に残された、ただ1人の王族。

 イヤな笑みを浮かべ、已樹は氷利を見た。

「お姿が見えないところを見ると、氷利は姫神子様を囲い込んでいるのでしょう。姫神子様のお力を独り占めですか?」

 空気が変わる。

 已樹の言葉は、1歩間違えれば戦争でも起きかねないものだ。
 姫神子をかけた、姫神子を奪い合う世界戦争。

 むしろ、それを狙っているのかもしれない。

 滅びかけた龍の国を建て直すには、姫神子を使うのが1番手っ取り早い。

「彼女はまだ都に来たばかりで疲れている。魔力耐性もついていない。そんな少女をこんな場所に連れ出せると思うか」

 さすがと言うべきか、なんというか。

 一応筋は通っているけど、本心はただ単にサクを独り占めしたいんだろう。
 姫神子うんぬんを抜きにして。

「16になれば正式に披露目の席を設ける。それで問題ないだろう」
「おや、そうでしたか。それは失礼」

 ニヤリと笑う已樹は、相変わらずだ。

 けど、宴の空気は和らいだ。

 姫神子と言えども15では未成年の少女。

 成人するまでは王族が囲い込んで保護する、なんて話は歴史を遡ってもザラにある話だ。
 姫神子の力を悪用したい奴なんて吐いて捨てるほどでてくるんだから。

 平静を取り戻した宴の席で、俺は影がひとつ放たれたことに気づかなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。

鏑木 うりこ
恋愛
 クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!  茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。  ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?    (´・ω・`)普通……。 でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

処理中です...