【完結】姫神子と王子

桐生千種

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第2章 氷帝紅炎

第1話 蒼い瞳の訪問者

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 2日。
 もう2日、彼がこの部屋を訪れていない。

 彼以外で部屋を訪れてくるのは、給仕係だと言う女の子たちだけ。
 けど、彼女たちは今まで1度も、ひと言たりとも私と言葉を交わしてくれたことがない。

 ――嫌われてるのかな……。

 突然やって来た貧しい田舎の村娘。
 王族に名を連ねるようなお姫様ならいざ知らず、得体の知れない小娘なんかのお世話をさせられて、いい気はしないのかもしれない。

 彼の来ない2日間。
 話し相手もいない、手伝う家事もない、なにもすることがない私は暇な時間を持て余して、ひたすら空を眺めている。

 この部屋で見られる変化といえば、それくらいしかないから。

 ――飽きた?

 オレンジ色に染まる空を見上げながらそんな考えが頭をよぎって、胸の奥がツンと痛んだ。

 そうだよ。
 彼は王子様で、私はただの村娘。

 珍しかっただけ。

 連れて帰ったはいいけど、なんの取柄もない、可愛くもない私だもん。

 飽きて、興味がなくなったのかもしれない。

 きっと次に彼が私に会いに来るときは、「故郷に帰れ」ってそう言いに来るときだ。

 当然に起こり得る未来だとわかるけど、胸がぎゅうっと締め付けられるように痛んだ。

 ガチャリ……――

 扉が、開いた。

 背中越しに感じる、人の気配。

 それと同時に感じる、威圧感。

 恐怖。

 彼は、怒っている……?

 さっき考えていたこともあって、イヤな思考が巡る。

 私、彼になにかしてしまった?
 このまま、突然「出ていけ」って追い出されたら、私、帰り道もわからない。

 ――どうしよう……。

 すくむ身体に、なにもできずにいると不意に彼のものとは違う声がした。

「……面白いモノ、見つけた」

 その声でやっと、訪問者が彼ではないことに気づいたけれど、すくむ身体をどうしても動かすことができなかった。

「お前、姫神子だろ? それもすごく強い力を持ってる」
「っ!?」

 いつの間にか目の前に現れたその人は、楽しそうに笑った。

 彼と同じ白銀の髪。
 けれど、彼とは違って短く切られている。

 瞳も、彼とは違う青色で、彼の瞳は紅い色。

 そしてなによりも彼と違うのは、この人が放つ雰囲気。
 圧倒的な、脅威的な、逆らうことの許されないような圧迫感。

 ――怖い……。

 そう思った。

 目の前に現れた存在に恐怖を覚えて、今すぐここから逃げ出したい。
 けど、足がすくんで、身体が怯えて、動くことができない。

 呼吸することさえ、忘れてしまう。

「へぇ~。カワイイじゃん。名前は?」

 顎を掴まれて、まじまじと見られる。

 きっとこんなこと、彼にやられたら私の心臓はバクバクで、顔も真っ赤で耐えられなくなる。

 けど、今は違う。
 そんなこと、微塵も感じない。

 それどころか、怖い。
 目の前にいるこの人が。

 別の意味で心臓がバクバクしている。

「……お前、もしかして」

 名前を聞かれたのに答えなかったからか、少しの間黙り込んだと思ったら、そんなことを呟いた。

 自分でも、不思議に思う。
 その瞬間に、怖いと思っていたこの人が全然怖くなくなったから。

「あなたは、誰……?」

 気が付けば、自分から話しかけていた。

「なに? 俺に興味持った?」

 じっと見つめられて、どうすればいいかわからなくなる。

「俺は紅炎。氷帝紅炎」

 氷帝紅炎。
 それが、この人の名前。

「俺のことは、紅炎って呼んで? お前は?」

 紅炎はまた私をじっと見つめて、けど楽しそうな瞳をしていた。

「……白羽、桜ノ」
「桜ノ? カワイイ名前。んじゃ、桜ノだからサク!」
「え?」
「サク」

 どうやら、私のことを呼んでいるらしい。

「俺んトコ来いよ。俺の姫になれ」
「……?」

 言っている、言葉の意味がわからない。

「緋王、ってか氷利んトコなんかより俺んトコに来たほうが絶対楽しいぜ?」

 ニヤリと、イタズラっ子のように笑う紅炎。

「アイツ束縛ひどいだろ? さしずめ、『こっから出るな』とか言われてんじゃねぇの?」
「おい!! そこでなにをしている!!」

 彼の声が聞こえた。
 2日振りに聞く彼の声はすごく怒っていて、今までに聞いたことのない声だった。

 それに、さっきの紅炎と同じ感覚がする。

 ――コワイっ……。

 初めて、彼をコワイと感じた。

「お、氷利! お前、すっげぇいいもん持ってんじゃん! 俺にくれよ!」
「っ!?」

 紅炎が、私の肩に腕を回して、グイと強く引き寄せられた。

 彼の瞳が、鋭く光る。

「ふざけるなっ!! 桜ノは俺のモノだ!! その手を離せっ!!」

 初めて聞いた。
 彼の怒鳴り声。

「あー、はいはい。わかりました。返しますよ、ほら」

 スッ……と、紅炎が離れたと思ったら、今度は彼に抱き寄せられて……。
 けど、どうしてか、身体が震える……。

「氷利、お前、魔力垂れ流し。サク耐性ついてないだろ」

 紅炎がそう言ったと思ったら、彼がハッとしたように離れて……。

 その瞬間、身体の震えはなくなった。

「ごめん、桜ノ。怖かった?」

 彼が、不安そうに顔を覗き込んできて……。
 だけど、私は正直に頷いた。

「ごめん。俺のこと、キライになった?」

 さらに不安そうに聞いてくる彼に、私は首を横に振った。
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