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第1章 緋王氷利
第4話 緋の国の王<緋王氷利>
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朝から騒々しく動き回る者たち。
隣国の権力者が集まる定例の宴の席は、明日へと迫っている。
今回は俺が取り仕切ることになってしまった。
桜ノが屋敷に来て日が浅いというこの時期に、なぜ俺が先導切って宴の用意をせねばならんのだ。
もう丸2日、桜ノの顔を見ていない。
苛立ちばかりが募る。
「氷利、お姫様に会えないからってそんなに魔力まき散らしてたら、みんな怯えて仕事にならないよ?」
たしなめるような声は、桜ノとは似ても似つかない男のもの。
「炎寿か……」
こんな男の声ではなく、桜ノの声が聞きたい。
こんな男の姿ではなく、桜ノの姿を見たい。
抱きしめたい。
「そんなになるなら連れてくればいいのに。姫神子なら傍においても、誰も文句言わないし、なんなら宴にも出席させれば他国に牽制もできるし一石二鳥?」
軽々しく、そんなことを言う男に自分の眉間の皺が深くなるのがわかる。
「そんな話をするためにここに来たのか?」
いつもなら付き合ってやらないこともない炎寿の戯言だが、今の俺にはそんな心の余裕などない。
早くこの面倒な政を終わらせて、桜ノに会いたい……。
「おー、怖っ。どこで育て方間違ったんだろ」
――お前に育てられた覚えはない。
幼少のころから傍に仕える炎寿を、一時は兄のようにみたことはあれど、親とみたことなど1度たりとてない。
言ってやりたいと思うが、今はいい。
「ま、いーや。とりあえず報告ね」
軽い口ぶりで炎寿は述べる。
「手筈通りに、全部焼いたよ」
俺が「すべてを焼くように」と命を下したのは桜ノを屋敷に迎えてすぐのことだ。
あれからおよそひと月。
「残ってはいないだろうな」
「僕を誰だと思ってるの? 草の根ひとつ残っていやしないよ」
その言葉に、安堵する。
「でもさ、お姫様も可哀想にね。自分がいない間に村が焼かれるなんて。お姫様が帰るお里は焼野原」
歌うように、炎寿は言う。
「仕方ないだろう。それとも、他に方法があるのか?」
こうするしかないんだ。
それに、桜ノが村に帰ることなどない。
そんな日はこない。
桜ノの耳にさえ入れなければ、なにも問題はない。
「ま、僕は氷利がいいならそれでいいんだけどね。従いますよ、王子様。従者は主に忠実ですよってね」
ひと月もの間、都を離れていた炎寿だが、相変わらずだ。
「それから、これはおまけ。門のところで氷の国の紅炎様と会いましたよ。早いねー。今夜到着の予定じゃなかったっけ?」
「いつものことだろう。例年通り、部屋に通しておけ」
「それがねー、氷利に目通りしたい、って言われちゃって」
「……知らん。部屋に通せ」
「そりゃねーよ。仮にも氷の国の王子が会いたいって言ってんだぜ? ちょっと顔くらい見せろよな」
ずかずかと勝手に入って来た男。
俺と同じ色の髪を持ち、俺とは異なる色の瞳を持つ男。
我が緋の国と同盟を結ぶ氷の国の最高権力継承権を持つ、唯一の男。
「騒々しい。仕事の邪魔だ」
「なんだよ、久しぶりだってのに、相変わらず愛想ねーな」
「お前などに構ってる暇はない。長旅で疲れているだろう。さっさと部屋へ行って休んでいろ」
「心にもない労いの言葉なんていらねーよ。ところで、氷利のお姫さんはどこにいるんだ?」
その言葉に、疑惑の念が湧く。
「……なんの話だ」
――どこまで、この男は知っている?
俺が桜ノを連れて来たことは。
桜ノが姫神子であることは。
俺が、桜ノの故郷にしたことは。
「なに言ってんだよ。商人たちの間じゃもっぱらの噂だぜ? 最近、氷利が女物の反物やら装飾品やらなにやら頻繁に買い付けてるって。お姫さんができたんだろ? 俺にも会わせてくれよ」
紅炎の話を聞く限り、それは噂程度のものだ。
それも、俺に「姫ができたらしい」という曖昧なもの。
「土産も用意したんだ。菓子なんだけど、ウチの名品。女の子は甘いもの、好きだろ?」
今、「そんな人物などいない」と否定すれば、噂は噂として真実は隠される。
桜ノの存在は俺だけが知る、俺だけの姫になる。
俺だけが知る、俺だけの姫。
俺だけの桜ノ。
それは至極甘美な響き。
だというのに、俺にはそうすることができなかった。
「……破棄しろ」
口をついて出た言葉。
これでは、「姫がいる」と肯定するようなものだ。
けれど、どうしても、桜ノに会いたいと言う紅炎に、菓子を贈ろうとする紅炎に、苛立ちが募った。
「じゃあ、姫はいるんだなっ!」
愉快そうに、無邪気ともいえる顔を見せる紅炎に、自分の失態を呪った。
「今日はどうしたんだ? 氷利なら連れて歩くだろ? 俺にも会わせてくれよっ!」
――煩わしい……。
誰が会わせるものか。
桜ノが俺以外の男の目に触れるなど、あの美しい瞳に俺以外の人間を映すなど、考えただけで俺は嫉妬で狂いそうだ。
「あー、無理無理。俺にも会わせてくれないもん。お姫様のお世話だって、氷利が式使ってるんだよ? 徹底し過ぎー」
「え、嘘、そういう感じ?」
口を挟んだ炎寿の言葉に、唖然、という顔を紅炎は見せた。
「そっちかー……。氷利なら『これは俺のだー』って、どこにでも連れて歩いてると思ったんだけど、そっかー……」
紅炎の言いたいことはわからなくない。
昔からの付き合いだ。
「でもさ、それってお姫さん窮屈じゃね?」
それでも、俺は桜ノを独り占めにしてしまいたい。
隣国の権力者が集まる定例の宴の席は、明日へと迫っている。
今回は俺が取り仕切ることになってしまった。
桜ノが屋敷に来て日が浅いというこの時期に、なぜ俺が先導切って宴の用意をせねばならんのだ。
もう丸2日、桜ノの顔を見ていない。
苛立ちばかりが募る。
「氷利、お姫様に会えないからってそんなに魔力まき散らしてたら、みんな怯えて仕事にならないよ?」
たしなめるような声は、桜ノとは似ても似つかない男のもの。
「炎寿か……」
こんな男の声ではなく、桜ノの声が聞きたい。
こんな男の姿ではなく、桜ノの姿を見たい。
抱きしめたい。
「そんなになるなら連れてくればいいのに。姫神子なら傍においても、誰も文句言わないし、なんなら宴にも出席させれば他国に牽制もできるし一石二鳥?」
軽々しく、そんなことを言う男に自分の眉間の皺が深くなるのがわかる。
「そんな話をするためにここに来たのか?」
いつもなら付き合ってやらないこともない炎寿の戯言だが、今の俺にはそんな心の余裕などない。
早くこの面倒な政を終わらせて、桜ノに会いたい……。
「おー、怖っ。どこで育て方間違ったんだろ」
――お前に育てられた覚えはない。
幼少のころから傍に仕える炎寿を、一時は兄のようにみたことはあれど、親とみたことなど1度たりとてない。
言ってやりたいと思うが、今はいい。
「ま、いーや。とりあえず報告ね」
軽い口ぶりで炎寿は述べる。
「手筈通りに、全部焼いたよ」
俺が「すべてを焼くように」と命を下したのは桜ノを屋敷に迎えてすぐのことだ。
あれからおよそひと月。
「残ってはいないだろうな」
「僕を誰だと思ってるの? 草の根ひとつ残っていやしないよ」
その言葉に、安堵する。
「でもさ、お姫様も可哀想にね。自分がいない間に村が焼かれるなんて。お姫様が帰るお里は焼野原」
歌うように、炎寿は言う。
「仕方ないだろう。それとも、他に方法があるのか?」
こうするしかないんだ。
それに、桜ノが村に帰ることなどない。
そんな日はこない。
桜ノの耳にさえ入れなければ、なにも問題はない。
「ま、僕は氷利がいいならそれでいいんだけどね。従いますよ、王子様。従者は主に忠実ですよってね」
ひと月もの間、都を離れていた炎寿だが、相変わらずだ。
「それから、これはおまけ。門のところで氷の国の紅炎様と会いましたよ。早いねー。今夜到着の予定じゃなかったっけ?」
「いつものことだろう。例年通り、部屋に通しておけ」
「それがねー、氷利に目通りしたい、って言われちゃって」
「……知らん。部屋に通せ」
「そりゃねーよ。仮にも氷の国の王子が会いたいって言ってんだぜ? ちょっと顔くらい見せろよな」
ずかずかと勝手に入って来た男。
俺と同じ色の髪を持ち、俺とは異なる色の瞳を持つ男。
我が緋の国と同盟を結ぶ氷の国の最高権力継承権を持つ、唯一の男。
「騒々しい。仕事の邪魔だ」
「なんだよ、久しぶりだってのに、相変わらず愛想ねーな」
「お前などに構ってる暇はない。長旅で疲れているだろう。さっさと部屋へ行って休んでいろ」
「心にもない労いの言葉なんていらねーよ。ところで、氷利のお姫さんはどこにいるんだ?」
その言葉に、疑惑の念が湧く。
「……なんの話だ」
――どこまで、この男は知っている?
俺が桜ノを連れて来たことは。
桜ノが姫神子であることは。
俺が、桜ノの故郷にしたことは。
「なに言ってんだよ。商人たちの間じゃもっぱらの噂だぜ? 最近、氷利が女物の反物やら装飾品やらなにやら頻繁に買い付けてるって。お姫さんができたんだろ? 俺にも会わせてくれよ」
紅炎の話を聞く限り、それは噂程度のものだ。
それも、俺に「姫ができたらしい」という曖昧なもの。
「土産も用意したんだ。菓子なんだけど、ウチの名品。女の子は甘いもの、好きだろ?」
今、「そんな人物などいない」と否定すれば、噂は噂として真実は隠される。
桜ノの存在は俺だけが知る、俺だけの姫になる。
俺だけが知る、俺だけの姫。
俺だけの桜ノ。
それは至極甘美な響き。
だというのに、俺にはそうすることができなかった。
「……破棄しろ」
口をついて出た言葉。
これでは、「姫がいる」と肯定するようなものだ。
けれど、どうしても、桜ノに会いたいと言う紅炎に、菓子を贈ろうとする紅炎に、苛立ちが募った。
「じゃあ、姫はいるんだなっ!」
愉快そうに、無邪気ともいえる顔を見せる紅炎に、自分の失態を呪った。
「今日はどうしたんだ? 氷利なら連れて歩くだろ? 俺にも会わせてくれよっ!」
――煩わしい……。
誰が会わせるものか。
桜ノが俺以外の男の目に触れるなど、あの美しい瞳に俺以外の人間を映すなど、考えただけで俺は嫉妬で狂いそうだ。
「あー、無理無理。俺にも会わせてくれないもん。お姫様のお世話だって、氷利が式使ってるんだよ? 徹底し過ぎー」
「え、嘘、そういう感じ?」
口を挟んだ炎寿の言葉に、唖然、という顔を紅炎は見せた。
「そっちかー……。氷利なら『これは俺のだー』って、どこにでも連れて歩いてると思ったんだけど、そっかー……」
紅炎の言いたいことはわからなくない。
昔からの付き合いだ。
「でもさ、それってお姫さん窮屈じゃね?」
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