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1話 始まりの一歩

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「わたし、魔法少女なの!」

 幼馴染であるこのかに、突然告げられた。
 真ん丸な瞳をこちらに向けながら、必死そうな面持ちで。
 いつもは愛嬌にあふれた顔を、若干歪めながら。
 俺の胸辺りから、上目遣いで見上げながら。

 魔法少女の存在は知っている。ブロッサムドロップという名前の女が、最近になって俺達の住む愛鐘町に現れた。
 見た目としては、目隠しというか、見えるように穴の空いたリボンのようなもので目の周りを囲っている。それで、セーラー服を派手にしたかのようなピンクの衣装を着ている。
 敵として、いかにもな怪人である、ゲドーユニオンという集団と戦っている存在だ。

 いつもワタワタしているこのかが、ブロッサムドロップ?
 勇敢に戦って、ゲドーユニオンを打ち破っていく魔法少女だぞ?
 だが、このかは嘘をついている顔をしていない。幼馴染だから、それくらいは分かる。

 そういえば、俺はこのかの家に呼び出されたのだったな。今までの流れを考えると、別の意味かと思っていた。

 どういう事かというと、いつも通りに高校に通っていると、放課後に机に手紙が入っていた。

――樹くんに伝えたいことがあります。私の家に来てください。このかより。

 それだけが書かれた手紙が。
 俺が考えていたのは、告白されるかもしれないという事だった。
 すごくドキドキしていたのだが、とんだ勘違いだったな。
 いや、告白は告白なのだが。自分は魔法少女だという。

 このかとはずっと一緒にいたし、信頼されているのだと思う。だから、好意を持ってくれているのだと誤解した。
 まあ、重大な秘密を話してもいいとは思われているようだが。
 俺達は幼馴染としてそれなりの関係を築いてきた。最低限の信用はあるに決まっているし、俺は大切に思っている。

 というか、高校生で魔法少女か。あまりイメージに一致しないな。まあ、このかは美人だから似合うとは思うが。

 それよりも大きな問題は、このかがゲドーユニオンと戦っていることだ。
 人々を傷つける、悪と言って良い集団。それと対峙するということ。つまりは、このかの身に危険が迫る可能性があるんだ。

 まずは、状況を整理しないとな。
 このかはどれほど安全なのか、危険だとして、対処できるものなのか。

「魔法少女になって、危なくはないのか?」

「信じてくれるんだね。やっぱり、樹くんに話して良かった」

 分かっているからな。このかが嘘をついていないことは。
 もし騙そうとしていたら、絶対に顔に出ているからな。
 信じているというか、疑う理由がないというか。

「まあ、嘘をついていたら分かるからな」

「ありがとう。嬉しいよ。樹くんなら、信じて良い。そう思ったのは正しかったよ」

「それはありがたいが。命の危険があったりしないよな?」

 ちゃんと確認しておかないと。
 このかに何かあったら、後悔してもしきれない。
 どうにか力になれなかったのかと思うのは、絶対にゴメンだ。

「魔法少女としての力があるから、大丈夫。リーベも協力してくれるから」

「リーベ? 言い方からするに、サポートしてくれる人か?」

「ああ、ごめん。えっと、いわゆるマスコットだよ。魔法少女なら、定番だよね」

「ボクを紹介してくれるんだね。このか、よほど彼を信頼しているんだね」

 いきなり話しかけてきたのは、猫のぬいぐるみのようなもの。
 黄色と白の線が入っていて、まあ可愛いと言って良いか。
 リーベと言っていたな。こいつが、このかを巻き込んだのか?
 いや、軽率な判断は避けるべきだな。魔法少女になる必要があるほど、このかが追い詰められていた可能性もある。

 例えば、ゲドーユニオンに襲われて、どうしようもなかったとか。
 そもそも、俺が知っている魔法少女はブロッサムドロップだけだ。
 なにか、大勢で戦えない理由があるのだろう。それがどんな原因なのかは分からない。
 俺に解決できることなら、どうにかしたいが。

「リーベ。このかだけが戦う理由は、なにかあるのか?」

「難しい質問だ。正確には、戦力を増やす手段はある。とはいえ、誰も賛成しないだろうね。仮にボクの知っているやり方を肯定する人間に対してならば、このかも、君も、大きく失望するだろう」

 おそらくは、倫理観から見て問題があるのだろう。
 誰も賛成しないという言い回しからして、よほどの手段なはずだ。

「例えば、俺が実行することはできるのか?」

「その質問には、イエスと答えるよ。ただ、君の覚悟が問われることになる」

「リーベ!」

 このかは殺意すら見えるような瞳でリーベを見ている。
 つまり、このかも内容を知っていることになる。
 まさかとは思うが、このかは何かを犠牲にしていたりしないよな? 寿命を削っているとか、冗談じゃないぞ。

「このか、質問がある。お前は、大丈夫なんだよな」

「わたし一人ならって感じかな。樹くん、これ以上は聞かないで」

 とても悲しそうな顔をしていて、問いかける事はためらわれた。
 だが、このかが安全でなくなるのなら、何が何でも知らなければならない。
 俺にとっての問題は、このかが無事で居られるかどうかだからだ。

「リーベ、このかに問題はないんだよな?」

「そうだね。戦いに挑むという危険はあるとはいえ、それだけだ」

 やはり、戦闘には危険がある。分かってはいたことだが。
 俺が変わってやれるのならな。そんな事ができるのならば、もう提案されているはずだ。
 いや、ちゃんと聞いたわけじゃない。確認を怠るべきではないな。このかの安全がかかっているんだ。

「もうひとつ質問がある。このかの代わりに俺が戦うことはできないのか?」

「それは無理と言って良いね。いや、正確には不可能ではないんだけど。このかも君も許さないだろう」

「当たり前だよ! 絶対にダメなんだからね!」

 このかの反応からするに、よほど欠陥のある手段なのだろう。
 そうなると、思いつく可能性は少ない。
 なんというか、誰かを犠牲にするのだろうなという気がする。
 それは流石に問題だよな。最悪の場合なら、実行するかもしれないが。

 このかの命より、他の人間の命を優先したいとは思わない。
 俺にとっては、誰よりも大切な幼馴染なんだ。
 今でも、このかの戦いを止められないかと思う程度には。

「なら、戦いをやめられないのか? 他の手段で、ゲドーユニオンを倒せないのか?」

「難しいね。他に手段があるのなら、ボクだってどうにかしているんだ」

「わたしがみんなを守れるのなら、それで十分だよ」

 このかの事だから、本当に善性からの言葉なのだろう。
 だが、他人に任せられるのなら任せてほしいし、見捨てられそうなら見捨ててほしい。
 なぜこのかなのだろう。他の誰かだったのなら、軽い気分で見ていられたのだが。

 俺になにかできる事はないだろうか。
 このかが、ただ傷ついていくのを見ているだけなんてゴメンだ。
 戦いに身を置くのだとしても、何もできないよりはマシだ。
 だが、実際のところ何ができる?

 役に立つつもりで足を引っ張るなど論外だ。だから、がむしゃらに動けば良いわけではないよな。その事実が、俺の行動を制限してくる。
 ただゲドーユニオンに立ち向かって、当然のように負ける。そうすれば、このかに無用な苦しみを与えるだけだ。

 分かっているんだ。魔法少女なんてものが現れる異常事態に、ただの人間ができることなんて少ない。そうである以上、何か情報を集めないと。
 まずは、一番詳しそうな当人に聞くところからだ。

「ところで、俺になにかできそうな事はないか?」

「樹くんは、わたしを応援してくれるだけでいいよ。それだけで、どんな敵にも勝てるから」

「実際のところ、ゲドーユニオンは魔法少女でないと倒せない。その前提がある限り、できることは無いに等しいだろうね」

「ダメージを与えることすらできないのか?」

「樹くん、やめて。わたしは、樹くんを巻き込みたくて本当のことを言ったわけじゃないから」

「全くゼロではないだろうけれど。トドメをさせるのは、魔法少女だけ。大差ないんじゃないかな」

 それなら、なにか策を考えたい。俺はこのかを1人で戦わせたくないんだ。
 他人だったら、雑に応援していただけだろうに。醜いことだ。
 それでも、これまでずっと一緒に過ごしてきた相手だから。
 できるだけ傷ついてほしくないと思うのは、人として当然だよな。

「なら、諦めるしかないのか」

 このかが止めようとするだろうから、今のところは納得したふりをする。
 だが、簡単に投げ出してたまるか。このかの命がかかっているんだ。
 俺にできることがあるのなら、なんだってやってやるさ。

 本当に悔しい。俺が無力であることが。
 このかを支えることすらできないなら、何のために生きているんだ。
 拳を握りそうになるが、抑える。
 きっと、このかは気づくだろうから。俺が戦いたいと思っていることに。

「樹くん、安心して。私は大丈夫だから。絶対に負けたりしないから」

「魔法少女の力は、ただの人間を遥かに超えている。だから、確率的には民間人が巻き込まれるより安全だよ」

 実際、ゲドーユニオンは結構暴れているからな。
 それを考えれば、ただ無力でいるよりも安全であるというのは、全くの嘘ではないだろう。
 だが、納得なんてできない。俺にとって大切なのは、このかの体だけじゃないからな。
 心優しい人間なんだから、誰かを傷つけるという行為にも心を痛める気がする。

 やはり、俺が代わってやれたのなら。
 このかを守るためなら、ゲドーユニオンを仮に殺したとしても構わないのだが。
 無実の人間を痛めつけるわけじゃない。それに、このかが傷つくよりマシだ。

「そうだな。なら、このか。俺は応援しているから、何があっても無事で居てくれよ」

「もちろんだよ。樹くんが居てくれる限り、大丈夫だから」

 心の支えとしてだろうか。それだけでは足りない。
 このかは戦って、傷ついて、苦しむことになるのだろうから。
 俺に何ができるかなんて分からない。何一つとしてできないのかもしれない。
 それでも、手段を探ることを諦めるつもりはない。

 だが、無茶をして俺を守らせる訳にはいかないからな。
 身の程をわきまえるというのは、大事なことだ。
 助けるつもりで邪魔をするのが、一番罪深いことなのだから。

「だったら安心だな。俺は何があってもお前から離れるつもりはない」

「それを聞けて良かった。ほんの少し、不安だったんだ。信じてもらえないのは良い。バケモノだって思われたら、わたしはダメになってたから」

 このかをバケモノだなんて思うはずがない。確かに、他人だったらあり得た可能性だ。
 それでも、どれほど強かったとしても。絶対にこのかを遠ざけたりしない。
 たとえ指一本で俺を殺せるのだとしても、何の問題もないんだ。
 このかが人を傷つけようとする人間じゃないことは、俺が誰よりも知っているのだから。

 だからこそ、ゲドーユニオンと戦わせたくない。
 きっと、怪人を傷つけるという行いにだって心を痛めるような人なんだから。
 仮に問題なかったとしても、危険であることに変わりはないのだから。

「あり得ない。このかがこのかであるかぎり、絶対にない」

「うん。樹くんがそういう人だってことは、私が一番知っているよ。それでも、不安だったんだ」

「仕方のない事だね。怪人と戦える。それだけで、過去の魔法少女には排斥された存在も居た」

 もしこのかを排除する人間が居るのなら、何があったとしても許さない。
 それこそ、手段があるのならば殺してもおかしくはないくらいに。
 このかは人が傷つくことを望みはしないだろうから、気づかれないようにだが。

「ありがとう。怖かったのに、話してくれたんだな。俺はずっと、このかの味方だ」

「こちらこそ、ありがとう。じゃあ、またね」

 このかは明るい笑顔で手を振っている。俺も笑顔で返して去っていった。

 さあ、俺はどうしたものか。まずは、ゲドーユニオンについて知るべきだろう。
 このかの戦うべき敵は、どんな相手か。情報がなければ、策を立てることもできない。

 とはいえ、調べて分かる程度のことは、もうとっくに知っている。
 リーベにもらった情報の方が、よほど有益だったほどだ。
 そうなると、本当に難しい。魔法少女でしか倒せない。一般の攻撃でも、全く無力というほどではない。
 それだけの情報では、対策が打てない。悔しいな。

 結局、有用な手段は思いつかないまま、いつもの学生生活を過ごしていた。
 そんな中、休み時間に急にこのかが走り出す。
 つまり、怪人が現れたということ。慌てて追いかけていく。

 学校からも出て、しばらく走り続けて、曲がり角で見失う。それでも駆けていくと、その先には怪人が居た。
 真っ黒な姿をした、本当にザコ敵といった感じの見た目。日曜の朝に、よく見ていたものに似ている。見た目だけなら、ただの変人でも通る。
 だが、俺達では勝てないとされている。実際、魔法少女でなくても倒せるのなら、警察あたりがどうにかしているだろう。

 公園を占拠していて、その中で子供が泣いている。
 ただ、いちおう死人は出ていない。これまでの事件でも。
 それが何か理由があってのことなのか、単に戦力が故なのかは分からない。

 とにかく、20人くらいは見える。これが単なる不良でも、挑みかかっていくのは無理がある。
 俺が手出ししても、どうにもならない。難しい問題だ。
 ただ挑みかかっただけでは、人質になってしまうだけだろう。そして、このかが困る。

「ゲドーユニオン、あなた達の悪事は許しません! みんな、安心して! このブロッサムドロップが退治します!」

 俺より先に走っていたはずなのに、見当たらないと思っていたら。
 隠れて変身していたのだろう。青いセーラー服じみた衣装に、リボンのようなもので目隠しをした姿。
 正体を知っていても、何故かこのかと似ている気はしない。

 声色が変わっているし、口調も変わっている。だが、他にもなにかあるのだろうな。
 そうでなければ、ブロッサムドロップの正体に気づいていてもおかしくはなかった。

 ブロッサムドロップは、手のひらからピンクのリボンを出現させて、振り回していく。
 怪人たちは跳んだり跳ねたり走ったりして反撃を試みているが、そのまま攻撃を受ける。
 やはり、ザコ敵としか思えないんだよな。人間では倒せないらしいのだが。

 リボンをぶつけられたゲドーユニオンの構成員は、倒れてから消えていく。
 なんというか、本当に現実感がないな。死体が残ったりもせず、ただ無くなっていくというのは。
 だが、好都合だ。実際に死人が出たと思える状況なら、このかはもっと苦しんでいた。
 それを考えれば、ゲーム的というか、漫画的というか、そういう敵でいてくれてありがたい。

「みんな、もう大丈夫ですからね。悪は倒されましたから」

「お姉ちゃん、ありがとう!」

「ブロッサムドロップ、カッコいい!」

 さっきまで泣いていた子ども達も元気になっていて、一安心といったところだ。
 俺としては、ゲドーユニオンの弱点を探れなくて残念ではあるのだが。
 それでも、このかが苦戦せずに勝っているだけでも十分なはずだ。
 俺の目的は、俺自身が活躍することじゃない。このかの安全を守ることなのだから。

 そして学校に戻って、俺とこのかは担任に叱られていた。スーツを着た、キャリアウーマン風の女の人だ。
 まあ、理由は決まっている。授業には間に合わなかったし、そもそも時間割の最中に学校を出るのも問題だからな。

なつめ、もう行っていいぞ」

 このかだけ先に出ていく。これは、なにか追加で説教があるのだろうか。
 そんな考えをしていたが、先生の顔は柔らかいものだ。
 今から怒られるという雰囲気ではなくて、拍子抜けしてしまった。

東条とうじょう、そんな変な顔をするな。笑ってしまうじゃないか」

「全く顔に出ていないのに、よく言いますね」

「からかうな。それで、東条。悩みがあるのなら、いつでも相談に乗る。棗ともども、なにか問題があるのだろう?」

あかつき先生、俺は大丈夫です。むしろ、このかを心配してください。ちょっと悩みができるかもしれません」

「私としては、お前の方が心配だな。棗はなんだかんだで、内心を吐き出せる人間だからな」

 そうだろうか。よく分からない。俺が悩みを他人に相談するかといえば、しないのは確かだが。
 このかは引っ込み思案というほどではないが、自分を抑え込みがちなイメージだが。
 先生の視点からでは違うのだろうか。まあ、心配してくれるのは嬉しい。

「こればっかりは、先生に解決できる問題じゃないですからね。成績とか友達の話なら、相談したんですけど」

「どうだかな。東条はひとりで抱え込むだろう。私はお前の味方だ。何の理由もなく授業をサボるような人間だと思っていない。だから、言うだけでも良いんだぞ」

「ありがとうございます。ですが、心配いりません。俺の手でどうにかしてみせます」

「東条、お前も頑なだな。無理はするなよ。生きてさえいれば、案外どうにかなるものだからな。さて、もう行っていいぞ」

 実際のところ、先生にどこまで言って良いものだろうか。
 ゲドーユニオンを倒したいけど、手段が思いつかない。そんな事を言ったところで、困らせるだけだろう。
 それに、このかがブロッサムドロップであることは秘密にするべきだからな。
 どうしても、ほとんど言えることはない。ならば、言えないと言うのが誠実だろう。

 それからも授業を受けて、次の休日。
 デパートに出かけていると、ゲドーユニオンの襲撃を受けた。
 いつものザコが店内に入ってきて、人々に襲いかかっていく。
 俺は急いで隠れて、なにかスキが見つからないかと様子をうかがっていた。

 すると、ザコたちの他に、目立つ相手を見つけた。
 赤いゴツゴツとした衣装に黒いマントを着た、見るからにネームドと言った雰囲気の存在。
 そいつが炎をまとって、周囲を威圧していた。

 同時に、ブロッサムドロップが現れる。

「ゲドーユニオン、あなた達の悪事は許しません! このブロッサムドロップが、悔い改めさせてあげます!」

「くくっ、ブロッサムドロップか。ガベージ共が世話になったようだな。我はゲドーレッド。貴様を打ち破るものだ」

「そんな事はさせません! 私のブロッサムリボンで退治するんですから!」

 問答はすぐに終わり、ブロッサムドロップはリボンを放っていく。
 だが、ゲドーレッドの炎に焼かれて、有効打を与えられていないようだ。大した火力だ。木造住宅なら、燃やしてしまいそうなくらい。
 まずいかもしれない。何かできることはないか。何でも良い。何かないか。

 考えても、良い手段が思いつかない。
 そのまま、ブロッサムドロップはリボンをゲドーレッドに撃ち続ける。
 けれど、全てのリボンが燃やされて、敵は全く動じていない。

「こんなものか? ガベージ共が倒されていると聞いたから我が直々にやってきたが、その必要もなかったかもな」

 何なのか分からなかったが、ガベージというのはおそらくザコだな。
 そうなると、幹部は別格と言って良い。ゲドーレッドという名前からして、他の色を冠した敵もいるだろう。
 つまり、これからもこのかは強い敵と戦わなければいけない。

 なら、俺だって何か役に立たないと。
 このまま見ているだけなら、このかは傷ついてしまう。下手したら、死んでしまうかもしれない。

 ブロッサムドロップは諦めずにリボンを何度も叩きつけているが、効果はない。
 本当に危険な状況だ。リボンが燃やされているということは、あの炎をどうにかできれば。
 炎ということは、水でも叩きつければ消えてくれないか?
 スプリンクラーから水を放射すれば、ゲドーレッドは水を受けることになる。

 だが、どうやってスプリンクラーから水を出す? 俺はそんな手段は知らない。
 ゲドーレッドの炎で火災報知器が反応した様子もない。
 なら、手動で動かせないか? いや、どうやって?

 いや、待て、火災報知器の近くには、別のものがあるはず。消火器だ。
 それなら、使い方は分かる。なら、急いで移動しないと。

 ブロッサムドロップ達の戦いを横目で見ながら、俺は消火器を探す。
 すぐに見つかり、ゲドーレッドに見つからないように準備をしていく。
 後は発射するだけとなった段階で、敵に向かって駆け寄って、消火器を放つ。

 すると、ゲドーレッドの炎は消えていった。

「これなら! 行きます! 応えて、聖なるリボン! セイントサンクチュアリ!」

 ブロッサムドロップの右手にリボンが集まり、徐々に光が増していく。
 そして、大量のリボンが放たれて、ゲドーレッドに勢いよく叩きつけられていった。

「お、おのれ! ガベージ共! せめてそこの男だけでも!」

 そう言いながら、ゲドーレッドは消えていった。
 だが、ガベージ達が俺に襲いかかってくる。

 複数体に囲まれているので、逃げることもできない。
 なので、消火器で殴りつけるも、当たったガベージ以外の敵から殴られて、すぐに消火器を手放してしまう。

 そのまま、殴られては蹴られ、蹴られては殴られ。
 俺は悲鳴すらあげられないまま、追い詰められていった。

 気づいた様子のブロッサムドロップが、即座にガベージ達を倒してくれた。
 だが、目隠しの上からでも、このかが泣きそうになっていることが分かった。

「ブロッサムドロップ、ありがとう。おかげで命拾いしたよ」

「礼を言うのは、こちらの方です。あなたが居てくれなければ、私はゲドーレッドに倒されていたかもしれません」

「ブロッサムドロップ、癒やしの力を使おう。今の君なら、できるはずだ。リボンを彼に巻き付けて」

「分かりました。お願いします、ブロッサムリボン!」

 ブロッサムドロップから出たリボンに包まれると、徐々に痛みがやわらいでいく。
 これが、リーベの言う癒やしの力なのだろう。
 先程あっけなくガベージ達が倒されたことといい、今の癒やしの力といい、魔法少女の力は絶大だ。

 俺からは痛みが消えていたはずなのに、むしろ泣き出しそうだった。
 ブロッサムドロップの力がなければ、ゲドーユニオンにはどうあがいても勝てない。
 ただのザコであるガベージにすら、俺は何もできなかった。

 つまり、これからもこのかは戦い続けなければならない。
 俺にできることは、せいぜいが手助け程度。
 ブロッサムドロップがあくまで中心で、俺は添え物にしかなれない。

 リボンが俺から離れて行って。ブロッサムドロップは目の前だ。
 だから、必死で笑顔を作った。強く握った拳に気づかれないように。

「ブロッサムドロップのおかげだな。もう痛くないよ」

「それは良かったです。ですが、無理はしないでください。ゲドーユニオンは、バケモノです。あなたの命だって、危険なんですからね」

 分かっている。だから、お前の命だって危険なんだろう、このか。
 俺が心配しているのは、お前だからなんだ。
 他の誰かだったら、わざわざゲドーレッドに立ち向かったりしなかったよ。

 だが、分かってくれとも言えない。俺は確かに弱い。
 ブロッサムドロップからすればただのザコでしかないガベージに、手も足も出ないのだから。
 その事実が、震えそうなくらいに悔しい。
 消火器のおかげで、多少は役に立てた。それだけだ。

「ああ。だが、ブロッサムドロップこそ気をつけろよ。ゲドーユニオンの幹部は、強敵のようだからな」

「もちろんです。次は、あなたが協力しなくても済むように、もっと強くなってみせますから」

 その言葉が、俺とこのかとの距離のように感じた。
 ただの民衆でしかない俺と、本物の魔法少女であるこのか。そのふたりの。
 俺にできることは、守られることだけでしかないのだろうか。
 いくら消火器が役に立ったとはいえ、結局は助けられただけだからな。

 俺に力があれば、もっと直接このかの力になることもできた。
 たまたま消火器があったから良かったものの、次の敵にも通じるとは限らない。
 そもそも、俺がブロッサムドロップの立ち位置だったのならな。
 ただ、このかを守るだけで良かったのにな。

「頑張ってくれ。応援しているからな」

「ありがとうございます。あなたは次から、もっと安全なところに居てください」

 このかにとって、俺は守るべき存在のひとりでしかない。
 その事実が、胸を締め付けるようだった。
 本当なら、俺が守ってやるべき相手なのに。
 戦いなんて似合わない、優しい女の子なのに。

 ブロッサムドロップが去って行って、俺は地面に拳を叩きつけた。

「くそっ! 俺が何をしたところで、このかは戦いから離れられない! ふざけるなよ!」

 そうだ。結局、このかが戦うしかない。
 俺が手も足も出なかったガベージより、遥かに強いだろう幹部を相手にしても。
 今回のゲドーレッドだって、このかは追い詰められていたのに。
 それでも、俺は戦うことができない。身の程を思い知らされたから。

 ゲドーレッドとの戦いでは、少しは役に立てたはず。
 それでも、達成感などまるで浮かび上がってこない。
 爪が食い込むほどに拳を握って、それでも感情を抑えきれなかった。

 リーベ。どうしてこのかを選んだんだ。そんな泣き言すら吐き出しそうになって。
 いまさら現実は変わったりしない。それが分かっているだけに、俺がどれほど無駄な行動をしているか、よく理解できた。

 せめて、次はもっと役に立てる何かを。
 武器でもいい。策でもいい。何でも良いから、とにかくこのかの力になりたかった。
 これからも、このかは戦い続ける。だからせめて、少しでもこのかが楽をできるように。

 そうじゃなかったら、俺が生きている意味なんてない。
 俺の命をかけてでも、必ず何か道筋を見つけ出して見せる。そう誓った。
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