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3章 歪みゆくリオン

74話 戦いに向けて

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 今日はマリオを止めに戦いに向かう日だ。
 ミナはすでに準備を済ませて、後は演説をするだけらしい。
 決起集会のようなものだろうか。こういう形式は、案外大事なものらしいな。
 ソニアさんが率いる近衛を中心に、有志達が集まっている。
 これから王都を取り戻すために、武装を固めて広間に整列していた。

 人々が集まる中、ミナはその中心に立つ。隣にはディヴァリアがいた。
 ミナもディヴァリアも、決意を込めた瞳をしている。どこまで演技なのだろうか。
 何にせよ、しっかりと士気を高めてもらいたいものだ。
 まずは、ミナがゆっくりと語りだす。

「わたくし達が愛する国、アストライア。その歴史は長く、1000年の時を超えるほど。そんなこの国に、大きな危機が訪れました。第2王子マリオの反乱。それによって、本来の後継者、第1王子オルギアは殺されました」

 悲しみをたたえた目で、悲痛そうな声色で、ミナは話す。聴衆は静まり返って、しっかりと聞き入っている。
 確かにこの国の大きな危機だ。王族が殺されるほどの混乱など、大問題なのだから。
 あまつさえ、王都は反乱軍によって占領されている。心配にならない方がおかしい。

 どうしてだ、マリオ。どうしてクーデターなんて起こしてしまったんだ。
 大勢を不幸にして、それでも王になりたかったというのか。王になることが全てではないはずなのに。
 ここまで進んで、もう引き返すことはできないだろう。ディヴァリアがこちら側にいる以上、俺が勝とうが負けようが、マリオの運命は決まっているんだ。
 本当に悲しい。今までのように、共に遊んだり、キュアンの絵を見たりすることは二度とない。

「マリオは自らの欲望のため、王都にいる人間を苦しめました。殺しました。ただ自らが王になりたいという私欲のために」

 本当にそうなのだろうか。問いかけたい思いもあるが、邪魔をする訳にはいかない。
 ここで士気を下げることが、どんな未来をまねくか分からない俺じゃないからな。
 確実にこの国を救うためにも、マリオはただの悪役であった方がいい。十分に理解できている。
 ただ、マリオとの思い出がよみがえってくる。あいつは世間知らずで、素直で、それでも努力家だった。

 今のマリオは間違った方向に進んでしまった。サクラと引き合わせていれば、今のような未来はなかったのかもしれない。
 そう考えると、途端に罪悪感がつのる。マリオが自分の心を整理できる道だってあったはずなのに。
 やはり、俺ではダメだった。ディヴァリアを止められない俺が、誰かを正しい道へと導けるなど、幻想でしかなかったんだ。

「この国を救うため、あなた達は立ち上がってくれました。わたくし達の手で、愛するアストライアを守ろうではありませんか!」

 ミナの前に集まった人々が歓声を上げる。この国を守るのだという、強い熱意が俺のところまで伝わってきた。
 やはり、ミナならば人々を統率できる。王として立てば、きっとみんなを導ける。そう感じる光景だ。

 マリオはこれから死ぬと考えれば気は重い。だが、ミナの才能を感じられたことは、せめてもの良かったことだ。
 ここに集まった人達なら分かるだろう。ミナに従っていれば、よりよい未来をつかめるのだと。

「わたくし達には心強い味方も居ます。聖女ディヴァリアに、勇者リオン。彼らも立ち上がってくれました。皆さんも知っての通り、大勢を救ってきた人達が!」

 再び歓声が上がる。ディヴァリアはともかく、俺の名前にも結構な反応があった。
 俺のこれまでが、ここにいる人たちに勇気を与えられているのだと思うと嬉しい。
 こんな状況でなければな。ただの平和の中で俺が認められたなら、最も素晴らしかったのだが。
 それでも、今は前に進むしかない。マリオを生け捕りにして、王都の混乱を止める。

 俺が必死にマリオを生かしたところで、結局は処刑されるのだろう。
 だとしても、せめて少しでもマリオに生きてほしい。そう願うことは罪なのだろうか。
 間違いなく俺とマリオは友達だったんだ。本音を言えば、もっと一緒に居たかった。だが、そんな未来は来ない。

 歓声がおさまると、ミナの隣に立ったディヴァリアが話し始める。
 これで、今ミナの前にいる人達は、聖女がミナの側に立ったのだと知るだろう。
 ディヴァリアの名声は凄まじい。聖女が支持するというだけで、ミナの人気も上がるだろうというほどに。
 クーデターなど起きていなければ、ミナを王にするために効果的な手段だと喜べたのだがな。

「皆さん、あなた達の勇気が、この国を救う一助となります。先だって帝国と戦争をして、この国は弱っている。だからこそ、素早く今の混乱を収めて、国民達を守らなければなりません。でなければ、好機と見た帝国が攻めてきてしまうでしょう」

 まったくだ。この国の混乱が長引けば、王国に恨みがある帝国は、絶対に攻めてくる。
 そして、また大きな戦いが起こってしまう。今度は前以上に被害が出るだろう。俺の大切な人にだって、犠牲が出るかもしれない。
 だからこそ、素早くマリオを止めて、状況を落ち着かせなければならない。

 俺にためらっている時間などない。マリオの命を惜しいと思えば、それだけ犠牲が増えていく。
 マリオ、確かにお前は素晴らしい友達だった。だが、死んでくれ。俺達の未来のために。平和のために。
 そうでなければ、俺はもっと大切なものを失いかねないんだ。悪いな。お前を守ってやれなくて。

「だからこそ、私達の手で大切な王国を取り戻しましょう! 民の平和を見ない逆賊マリオに、この国の未来を任せる訳にはいきません! あなた達の大切な人だって、ないがしろにされるでしょう!」

 否定はできない。結局マリオは、平和より自身の王位を選んだわけだからな。
 かつて日本で暮らしていた俺の記憶が、暴力によって王位を手に入れようとする行為に嫌悪感を抱かせている。
 マリオ、お前の選んだ道は間違いだよ。大勢の人々を不幸にして、血に塗れて手に入れた王位に何の価値がある?

 お前を支持する人間は、どれだけいるのだろうな。民衆に慕われているディヴァリアを敵に回したお前を。近衛騎士団が居ない間に、空き巣のように王都を手に入れたお前を。
 俺はお前に、民を大事にする姿勢を見せろと教えた記憶があるのだが。何も伝わっていなかったのだろうか。

 結局のところ、ディヴァリアがお前と同じ立ち位置なら、もっとうまく王位を手に入れただろう。
 王は間違いなく、安心して次代の国を任せることができたはずだ。なにせ、慕われていて優秀なのだからな。
 マリオに足りなかったものは、人の心を理解する意識じゃないのか?
 全く誰にも共感しないディヴァリアでさえ、人の心は大切に扱っているのだぞ。

「勇者リオンが、逆賊マリオを打ち倒します。私達で、王都の平和を守ろうではありませんか!」

 ディヴァリアが右腕を振り上げるとともに、大きな声で勇者リオン万歳と皆が言う。
 俺の名前が出た。責任重大だな。失敗したら、ディヴァリアとミナの名誉に関わってしまう。
 もともとマリオを倒すことをためらうつもりはなかった。だが、絶対に立ち止まる訳には行かないな。

 そういうことだ、マリオ。お前との時間は間違いなく楽しかった。だが、全ては過去のこと。
 もう俺達は道を違えたんだ。これからは、敵同士。せめて楽に死なせてやるからな。それが、俺の最後の友情だ。
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