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1章 勇者リオンの始まり

25話 逃れられない情

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 俺は先日の戦いを終えて、今日はディヴァリアと過ごしている。
 大変な事件を起こしている人なのに、一緒にいるとつい落ち着いてしまう。
 ユリアの知り合いをみんな殺した人なのに。どうしても、嫌いになりきれない。
 逆らうのが恐ろしいことはもちろんある。それ以上に、思い出が心に残っているんだ。

「リオン、疲れているみたいだから、今日はゆっくり休んでね」

 ディヴァリアのせいで疲れていると言えるのだが。それでも、優しい顔を見ていると癒やされる。本当に美人だ。
 他にも、俺の日常の象徴のように思えるということも。これまで、ずっとディヴァリアと一緒にいたからな。

「ああ、昨日は疲れたからな。今日はゆっくりするさ」

「ねえ、私が膝枕してあげようか? きっと気持ちいいよ」

 ディヴァリアは床に正座をして太ももを叩く。そういえば、膝枕をしてもらうのは初めてだな。
 どんな心地なのだろうか。きっと、とても気持ちよく休めるだろう。ディヴァリアの膝というだけで、安心感があるから。

「ああ、頼む。こういう機会は今まで無かったな」

「そうだね。ずっと一緒にいたんだから、していてもおかしくは無かったけど」

 ディヴァリアにとっては嫌がることでは無いのだろうな。そう考えただけで、大きな嬉しさがやってきてしまう。
 間違いなく外道で、今の笑顔からは考えられないほどの悪意を持っている。だとしても、大切な幼馴染なんだ。
 分かっている。ディヴァリアが生きているだけで大勢の犠牲が出ているのだと。それでも、どうしても嫌いになれない。我ながら、愚かなことだな。

「そういうものか? 幼馴染とはいえ、珍しいんじゃないか?」

「かもね。でも、私はリオンなら良いよ。ね、早く」

 ディヴァリアに急かされてしまったので、膝に頭を置く。柔らかくて、暖かくて、甘い香りがする。少しうとうとしてしまって、軽く笑われた。

「もう眠くなっちゃったの? 早くないかな。でも、それだけ気持ちいいんだよね。嬉しいな」

 ディヴァリアが俺を受け入れてくれている感覚が温かい。優しい声色も相まって、本当に眠くなってきた。
 ディヴァリアを感じながら眠るなんて、きっと心地いいのだろうな。そう考えながら、ゆっくりと眠りについた。

 目が覚めると、ディヴァリアは眠っていた。ゆっくりと膝から起き上がり、顔をよく見る。
 いかにも落ち着いた心地で眠っているようだ。それこそ、誰から悪意を向けられようと気づかないくらいに。

 あるいは今ならば、殺すことすら可能じゃないか? そう思いついた瞬間、ディヴァリアがこれから行おうとしていることが頭に浮かんだ。
 これから戦争を引き起こすつもりだ。目的は分からない。とにかく、帝国を敵にするつもりらしい。
 だったら、今ディヴァリアが死ねば、戦争は止められるんじゃないか?

 そう考えて、ディヴァリアの首元に向けてほんの少しだけ手を伸ばした。ただ、そこから先へどうしても手が動かない。
 当たり前だ。俺はディヴァリアに死んでほしいわけじゃない。この命が失われたならば、俺は強く嘆くだろう。
 これから笑顔が見られない。そう考えただけで、胸が強く痛むほどだった。

「リオン……」

 ディヴァリアの声が聞こえて、今俺が何をしようとしていたのか自覚した。俺の行動は信頼を裏切るもの。
 サクラやミナ、シルクにルミリエに顔向けできない行為。
 それでも、ディヴァリアの行動で人々の命が失われていく。俺は一体どうすればいいんだ? 何をすれば、この状況で正しいと言える選択になるんだ?
 まったく何もわからないんだ。誰か、答えをくれ……。

 しばらくの間俺が悩んでいると、ディヴァリアがゆっくりと目を開いた。そして、俺の方に焦点を合わせて微笑ほほえんでくる。
 寝起きで俺の顔を見て微笑みを見せてくれる。それだけで、俺の悩みが吹き飛びそうになった。
 ディヴァリアの笑顔が見られるのならば十分じゃないか? 間違っていると分かっているのに、頭の中が染まりそうになってしまう。

「おはよう、かな。ディヴァリア、よく眠れたか?」

「うん。リオンのおかげだね。リオンを感じているから、安心できたんだ」

 ディヴァリアの言葉が今は苦しい。俺はさっき、信じてくれる相手を傷つけようとした。
 そんな俺が、この信頼を受け取っても良いのだろうか。とはいえ、俺の行動を話したところで、ただ傷つけるだけ。
 謝罪したところで、ただの自己満足にすぎない。だったら、俺のやるべきことは。

「嬉しいな。俺も、ディヴァリアのおかげで安心して眠れたよ」

「私も嬉しい。やっぱりリオンは私を信頼してくれているね」

 ディヴァリアの言葉は褒め言葉のはずなのに、責めているようにすら聞こえた。
 きっと本当に喜んでくれている。なのに、俺が疑っているだけ。分かってはいるんだ。
 俺が抱えている罪悪感が生み出した幻影のようなものでしかない。
 だから、まっすぐディヴァリアと向き合えばいい。それだけのはずだ。

「ああ、そうだな。ディヴァリアがそばに居るのなら、危険など無いだろうから」

 間違いなく本音だ。ディヴァリアが急に俺を殺そうとなどするはずが無い。
 それだけではない。圧倒的な力があるのだから、誰も手出しなどできないだろう。
 だからこそ、ディヴァリアのそばが最も安全な場所だと思える。

「ふふ、そうだね。私の近くが世界で一番安全だよ。私は最強だからね」

 本当にそうだ。
 ディヴァリアは原作でぶっちぎりの最強だった。有名な騎士団を軽く皆殺しにする程度には。
 そんな存在のそばならば、安心感があるのも当然だよな。きっと、何が襲ってきたとしても苦戦すらしないのだから。

「そうだな。ディヴァリアには誰も勝てないだろうさ」

「うん、そうだね。何人いようと同じことじゃないかな」

 まったくだ。
 先日、俺の代わりにディヴァリアが戦っていれば。ユリアの故郷は滅ばずに済んだのだろうな。
 俺の力がディヴァリアに遠く及ばない事、悔しいと言うほかない。
 同じだけの力があれば、泣かせないで済んだ相手はいっぱいいる。昨日のシルクだって、きっと不安など感じなくてよかったんだ。

「俺が1000人いたところで、ディヴァリアに勝てるイメージは浮かんでこないな」

「かもね。1000人まとめて吹き飛ばすくらい、簡単だからね」

 だろうな。
 ディヴァリアは原作において、最も人間を殺した人間だった。
 誰かに指示して殺したわけでもない人数で、軍隊での被害を軽く上回るほどに。
 それを考えれば、戦いを挑むことも、追いつこうとすることも、無意味に等しいのだろう。
 だとしても、俺はディヴァリアを追いかけ続けるんだ。1人にしないために。サクラとの約束を果たすために。

「サクラはとんでもないな。そんなディヴァリアに追いつこうとしているんだから」

「リオンだってそうでしょ? 難しいとは思うけれど、期待しているからね」

 ディヴァリアが期待してくれている。それだけで、これからも努力しようと思えてしまう。
 きっと無駄になるだろうことは、理性ではわかっているんだ。努力程度でどうにかなる差ではない。
 だとしても、ディヴァリアの笑顔が待っているのなら。俺は火に誘われる虫のようだな。

 ディヴァリアと談笑を続けていると、扉をノックする音がした。
 入っていいと告げると、ユリアがやってきたんだ。

「リオンさん、そこにいるのが聖女様ですか? よろしくお願いしますねっ」

 さて、ある意味では加害者と被害者の出会いだ。これからどうなっていくのだろうな。
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