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1章 勇者リオンの始まり

4話 チェインオブマインド

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 目覚めると、目の前にディヴァリアがいた。俺が起きたことを確認したディヴァリアは、柔らかく微笑んだ。

「おはよう、リオン。体の調子はどう?」

 ディヴァリアに問いかけられたので、確かめてみる。すると、特にどこにも痛みは感じていなかった。なぜだろう。チェインオブマインドの一撃を受けて俺が無事でいられるとは思えないが。

 いや、それよりも有翼連合は、学園はどうなった?

「ディヴァリア、みんなはどうなったんだ?」

「犠牲者は出たけれど。私とリオンの知り合いはみんな無事だよ。不幸中の幸いだね」

「サクラもか?」

「サクラ? ああ、私に助けを呼びに来た子。あの子も無事だよ。安心していいよ」

 本当に不幸中の幸いだ。犠牲者が出たことは悲しいが。とはいえ、まだ顔も覚えていない人だから。
 これで俺の知り合いに被害が出ていたら。俺は俺を許せなかっただろうな。まあいい。ここに俺が無事でいられるということは、有翼連合は倒せたのだろう。
 ディヴァリアがいるのだから、当然のことではあるのだが。

 それにしても、ここはどこだ? 見回してみると、実家の一室だった。おそらく、ディヴァリアが連れてきてくれたのだろう。

「ディヴァリア。俺もろとも有翼連合を攻撃しただろう。なぜ俺は無事だったんだ?」

 俺の言葉を受けて、ディヴァリアは俺の手を両手で握り、たおやかに微笑む。青い瞳で、俺のことを強く見つめながら。

「当たり前のことだよ。私の心奏具が、私の心が、リオンを傷つけるわけ無いでしょ?」

 そんなディヴァリアの言葉に、つい舞い上がりそうになる俺がいて。
 人に好意を持っているような演技などたやすくできるのがディヴァリアだ。俺の心情を正確に推し量って誘導することもできる。有翼連合に攻撃をぶつけながら、俺だけを避ける絶技だって。
 分かっているのに、どうしてもディヴァリアの言葉が頭から離れない。

 こんなセリフを言われてしまうから、俺はディヴァリアを嫌いになれないんだ。
 ディヴァリアが悪であることなど疑いようがない。俺だって、あるいは手駒として認識されているのかもしれない。
 だとしても、心配されたという事だけで、報われたとすら感じてしまうのだから。

「それは嬉しいな。ディヴァリア、ありがとう」

「礼を言われるまでもないよ。私はリオンを信じている。だから、リオンも私を信じて?」

 なぜこのタイミングで信じろと言われるのだろう。俺が疑っていることを見抜かれたのか? それとも、単に世間話の一環のようなものか?
 ただ、ディヴァリアを信じたいのは確かなんだ。できることならば、ただの幼馴染として仲良くしたい。

「ああ、そのつもりだ。ディヴァリアは大切な幼馴染だからな」

「……そうだね。私にとっても、リオンは大切な幼馴染だもん。ずっと一緒にいましょう?」

 俺としても、ディヴァリアと一緒にいられるのなら嬉しい。だから頼む、ディヴァリア。人の道を外れすぎないでくれ。俺はお前を恨みたくないんだ。嫌いになりたくないんだ。

 今のディヴァリアが実行している悪事は、貴族ならば許容範囲とされるレベル。その程度で収まっていてくれ。お前が人に価値を感じていないのならば、それでいい。ただの駒と思っていていいから。積極的に殺そうとしないでくれ。

「ああ。ずっと一緒にいよう。約束する」

「ならいいかな。リオン、ウソだったら、私は何をするかわからないよ」

 そのセリフは、俺を大切に思ってくれている証だと信じたい。
 どうしても、ディヴァリアの好意が存在すると思いたくなってしまうな。どんな男でも望めば手に入る事は簡単に想像できるのに。

 それでも、俺を好意的に見てくれているならば。……やめよう。つらくなるだけだ。ディヴァリアは外道なのだから。好意が本物だとしても、敵対する可能性は十分にあるのだから。

「ウソにしないように努力するさ。ディヴァリアを裏切りたくはない」

 間違いなく本音だ。ディヴァリアを傷つけるような事はしたくないのも。裏切ったときの末路が恐ろしいのも。

「そう。じゃあ、私はもう行くね。元気そうで良かった」

 そう言ってディヴァリアは去っていく。そんな後ろ姿に、名残惜しさを感じて。
 俺は本当に原作のような暴走をしても止められるのだろうか。そんな疑いが生まれた。

 それだけではない。1人になったことで、抑えていた悔しさが湧き上がってきた。俺は結局ディヴァリアにはまるで届かない。俺のほうが遥かに努力しているはずなのに。
 暴走した時に止めるために強くなりたかったのに、そのディヴァリアに助けられた。

「……くそっ!」

 俺は壁でも殴りたいような気分だったが、必死にこらえた。
 八つ当たりなどするべきではない。見苦しいだけだ。分かっているのに、衝動が湧き上がってくる。

 俺はどうするべきか。今以上に必死になるしかない。
 エンドオブティアーズの扱いを習熟することは当然として。
 ディヴァリアのように、戦闘中に魔法を使うことを目指すべきだろうか。おそらく、上級魔法を使うことはできない。だとしても、下級魔法だけでも手札は増えるはず。

 方向性は決まった。後は駆け上がるだけだ。
 そんな事を考えていると、ドアがノックされた。

「どうぞ」

 どうせ俺の知り合いなので、入ってきたところで問題はない。そう考えていたが、実際に入室した人物を見て驚いた。

「サクラ? どうして俺の家に?」

「聖女様が案内してくれたの。あたしはあんたに庇われたんだから。お見舞いくらいはね」

 あれを庇ったと認識されていたのか。まあ、サクラに死んでもらいたくなかったのは確か。

「わざわざ手間を掛けて悪いな。サクラは大丈夫だったか?」

「ええ。ただ、悔しいわね。あたしは何もできなかった。あんたを助けることも」

 昨日知り合ったばかりの俺を助けようとしてくれたあたり、やはりサクラは主人公だな。ただ、色眼鏡で見過ぎるのは良くない。主人公という認識は、できるだけ避けたい。

「俺も人質にされただけだったからな。もっと強くなりたいものだ。何が何でも」

「そうね。お互い頑張りましょう。あんたが元気そうで良かったわ。病人にずっと話しかけるのも悪いし、そろそろ帰るわね。それじゃ」

 サクラはそう言いながら去っていく。少しばかりの寂しさとともに、サクラと共に強くなりたいという思いが燃え上がった。

 これから、もっと全力にならないとな。新たな決意を抱いた。


――――――


 私、ディヴァリアがリオンを英雄にするために用意した第一の戦場。それが、有翼連合とリオンとの戦い。
 有翼連合の内部に忍ばせた手駒を通して、私への対策としてリオンを人質にするという作戦を練らせた。そうすれば、リオンの安全をある程度確保しながら、リオンに実戦経験を積ませられる。

 私の計画をリオンに知られたときのためにも備えた。
 リオンの知り合い、つまり私の知り合いに有翼連合のスパイからとして襲撃の情報を伝えることで。最低限リオンの大切な人間の犠牲を避けるために。
 私自身も、知り合いに死んでほしいわけではなかったから。

――大事件が起こる時に、権力者が事前に知っていることもあるらしいね。

 そんなリオンの言葉がある。だから、万が一襲撃を事前に察知したことがリオンに知られても、おそらく疑われない。
 それゆえ、落ち着いた心地で今回の計画を進めることができた。

 実際に襲撃がおこなわれた時に、私のもとへ助けを求める人がいた。

「聖女様! おかしな人に学園が襲われて! リオンが足止めしてるの! だから、助けに来て!」

「でも、ここも襲われていますから。まずはここにいる人達を倒さないと」

「あたしも手伝います! だから、早くしましょう!」

 ピンク色の髪をなびかせながら戦う彼女は、確かリオンの隣の席の子。そして、珍しくリオンから近づいていた。
 リオンが好むのもよく分かる、真っ直ぐな人。だから、ここで死ねばリオンは悲しむはず。
 となると、助けておくほうが良いか。そう判断した。

 リオンの周囲をむやみに傷つけて、リオンを悲しませたいわけじゃないからね。
 それに、もし私がわざと見過ごしたと知られたら、リオンは私を少しだけ嫌いになるから。

 ただ、彼女がいるから私は全力が出せない。私の心奏具、チェインオブマインドは攻撃範囲が大きすぎるからね。
 リオンの戦いを引き伸ばす上では、ちょうどいいのだけれど。

 しばらく彼女とともに戦って、あらかた片付いた頃。私達の前にリオンを人質とした有翼連合がやってきた。
 そこで私は、有翼連合をまとめてチェインオブマインドで吹き飛ばした。チェインオブマインドはリオンと私のつながりの証。リオンを傷つけることはない。
 ただ、名前も知らない隣にいる彼女が詰め寄ってきた。

「聖女様! どうしてリオンもろとも! リオンは聖女様の助けを待っていた! 聖女様なら助けてくれるって! なのに!」

 私の力を知って、震えを抑え切れないままに私を責める。
 そんな姿勢を見て、リオンの協力者としてならいい相手ではないかと感じた。リオンが折れそうになった時、うまく支えられる相手ではないかと。

「リオンは無事ですよ。ほら、そこを見て」

 私が指さしたところには、跡形も残っていない有翼連合に対し、五体満足で倒れているリオンがいた。そんな姿を見て、彼女はリオンへと駆け寄る。

「リオン! ……息はあるわね。聖女様、さっきはごめんなさい。ちゃんとリオンを助けてくれたのね」

「もちろんですよ。ちゃんと敵だけを倒すつもりでしたからね」

「そうだったのね。じゃあ、聖女様。あたしはリオンを安全な場所まで運ぶから」

 それから、学園でリオンを一旦治療し、リオンの家へとリオンを運ぶ。治療している間に、先ほどの彼女、サクラとは自己紹介をした。そこで、お見舞いに誘う。
 サクラはお見舞いでリオンの顔を軽く見たようだ。
 見舞いから帰ったサクラから、私にとっていい話が伝わってくる。

「聖女様、あたしもリオンも、あなたの力になれるように頑張るから。頼ってくれていいわ」

 つまり、私の狙い通りにリオンは奮起したということ。
 リオンを英雄にするつもりではあるけれど、まだ実力は足りないから。だから、もっと頑張ってね。

 ね、リオン。私の勇者となるべき人。
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