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10章 一歩のその先

347話 備えを固めて

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 そろそろ敵の動きがありそうということで、俺としてもやれることをやっておきたい。とはいえ、俺にできることは戦いと闇魔法の運用くらいだ。それに、勝手な動きをするのは論外だからな。

 ということで、ルースに相談してみることにした。せっかくだから、人前でも大丈夫なような言葉選びで。想定だと、人前で実行することになるからな。つまり、闇魔法で仕掛けた罠の改良やら追加やらだ。

「なあ、ルース。屋敷の様子で、なにか変わったことはあったか? 変な虫を見つけやすくなったとか、あるか?」
「ええ、もちろん。レックスさんのおかげでしてよ。気になることでもできまして?」

 遠回しに罠の調子はどうかと聞いたが、ルースはこちらを向いて、悪い笑顔をしている。見た感じ、通じたっぽいな。やはり、ルースは賢いな。正直、通じるだけの言い回しができたか不安だったんだよな。

 まあ、この調子で話を続けていこう。貴族的な会話ができれば、俺の今後にも役立つだろうからな。

「なんというか、虫を入り込みにくくしたりとか、そういう事ができないかと思ってな」
「ふふっ、なるほど。気を使っていただいて、ありがとう。せっかくだから、見ていくと良いわ」

 そう言って、俺を先導するルース。完全に、俺の意図は理解されている。やはり、話しやすい相手だ。今みたいなことができると、戦術の幅が広がるんだよな。ジャンやミルラとも、試してみても良いかもしれない。

 俺としても、貴族としての立ち回りで成長していきたいからな。ルースを利用すると言えば聞こえが悪いが、今回の事件を俺の成長にも繋げたいところだ。もちろん、ルースが最優先ではあるが。

「ああ、そうさせてもらう。例えば、ルースは危険な時にはどうするんだ?」
「ホワイト家の内偵でして? なんてね。ついてきて。良いものを見せてあげてよ」

 言われるままについていく。その先でルースが執務室の本棚の奥に手を突っ込むと、机の下に階段が出てきた。いかにもな隠し通路で、思わず感心してしまった。ブラック家にも、似たようなものはあるとはいえ。

 やはり、逃げ道の確保は重要だものな。誰だって、用意するに決まっている。さて、どんな魔法を仕掛けていくかな。

「ふむ、なるほどな。逃走経路には、便利そうだな。足止めとかできると、役立ちそうだな」
「逆に、誰かが逃げるかもしれなくてよ。まあ、知っている人間は限られるのだけれど」

 俺は足止めができそうな罠を提案し、ルースはカールのような相手が逃げることにも備えたいと言っている感じだな。普段使わない頭を使っていて、とても疲れる。だが、今の会話だけは、聞かれるとまずいからな。だから、ルースも合わせているのだろう。

「例えば、急に段差ができたりしたら、絶対に困るよな?」
「ええ、そうね。うっかり、つまずいてしまうかもしれないわ」
「ああ、よく分かった。つまづかないように、気を付けないとな。足をくじいたりしたら、最悪だものな」
「ふふっ、いやらしいことを考えるものね。レックスさんらしくなくってよ。でも、良いわ」

 ということで、足場にいくつかの罠を仕掛けておいた。言ったように段差ができるものや、トラバサミのように足を拘束するもの。後はトゲなんかも。ルースは、俺が魔力を込める姿を満足そうに見ていた。

 そして、次はホワイト家の正門へと向かう。そこで、屋敷を囲む塀やらを見ていた。かなり高くて、周囲を隙間なく覆っている。それでいて、ある程度の高さから槍なんかを突き出せるようにもなっている。まあ、防衛を想定して作られているのは分かるな。

「見た感じ、侵入も脱出も難しそうだな。やはり、大貴族の屋敷だけはある」
「ええ、もちろんよ。だからこそ、ホワイト家は強いのよ」
「とはいえ、あくまで兵が存分に動いてのこと。そこを妨害すれば、色々と困るだろうな」
「確かに、個人でできることは限られていてよ。あたくしだけで防衛するのは、難しいかもしれなくてよ」

 ルースのことだから、ホワイト家の人員を完全に信頼なんてできていないだろう。だから、今は俺が手伝うのも大事だろうな。いずれは、信じられる仲間を見つけてほしいものだが。とはいえ、急ぎすぎても騙されるだけだろうからな。無理にとは言えない。

 そうなると、ルースが俺の魔法を使えるようにするというのは有効だろう。個人でも家の防衛ができるとなれば、少なくとも能力面での尊敬は手に入れられるはずだからな。恐れられる可能性もあるにしろ。

 とにかく、ルースの安全が第一だ。裏切り者が出そうなら、それでもルースが対処できるようにするのが基本だよな。

「本来、ひとりでどうにかなる方がおかしいんだがな。まあ、ネズミ返しが急にできるだけでも、全然違うだろうな」
「ええ、その通りよ。単純な策を繰り返し実行することこそが、最も強いのよ」

 そうなんだよな。闇魔法を使っていても分かることだ。ややこしい魔法を使おうとするより、単純な魔法を使う方が有効な局面が多い。工夫に工夫を重ねるよりも、強い魔法を連打する方が強くなりがちなんだよな。

 しかも、複雑な魔法は通じる条件も限定的だったりする。手札として持っているのは悪くないにしろ、汎用性は低いよな。単純な防御魔法である闇の衣グラトニーウェアや、圧倒的な火力の闇の刃フェイタルブレイドが強い理由そのものだ。

 やはり、ルースは戦術に通じているのだろうな。だからこそ、信頼できない部分が弱さでもあるのだが。人の好意を稼ぐことの有効性など、ルースなら分かっているに決まっているのだから。ただ、環境がルースを歪めてしまったのだろう。悲しいことだ。

 今の俺にできることは、少しでもルースに寄り添って、心を癒やすことだけなのだろうな。ルースが傷を抱えている限りは、人を信じることは難しいのだろうから。

「やはり、俺の方針は間違っていないだろうな。大掛かりな仕掛けは、運用も難しい」
「だからこそ、手数も大事になってきてよ。一度に多く、順番にいくつも。そんな風にね」

 それを、ある程度自動化してしまえばいいな。一度に多くの罠を発動させたり、順番に罠を発動させたり。条件が複雑であればあるほど、運用が難しい。やはり、今も単純化が大事だ。

「ああ、よく分かった。確かに、あまり考えずに実行できる手段こそが強いな」
「レックスさんと、模擬戦をしてみるのも悪くないわ。あたくしがどれだけ近づいたのか、示してあげてよ」

 自分の強さを、試してみたいのだろうな。あるいは、ルースが俺の罠を運用して戦うのか。いずれにせよ、ルースの成長を感じられるのは嬉しいところだ。存分に、模擬戦にのめり込みたいところだな。まあ、カールやアイボリー家の問題を解決してからになるだろうが。

「まあ、今の段階では難しいだろうけどな。楽しみにしておくよ」
「戦いの後には、お茶会も忘れてはいけなくてよ。あたくし達は、友人。それは変わらないのだもの」

 薄く笑いながら、ルースは告げる。やはり、ルースは笑っている姿が一番魅力的だ。そんな姿をもっと見られるように、頑張っていきたいな。

 それに、お茶会なら穏やかな友人関係を味わえるだろう。やはり、待ち遠しいな。

「ああ。だから、俺は今ここにいるんだからな。これからも、お前と仲良くするために」
「ええ、そうね。レックスさんは、よく働いてくれていてよ。お礼は、あたくしが直々に。それで、良いわよね?」

 堂々と、ルースは笑う。どんなお礼をしてくれるのか、楽しみに待っておこう。きっと、良いものをくれるだろうからな。ルースの心がこもったお礼は、どんなものになることやら。

 そのためにも、カールもアイボリー家も打ち破るだけだよな。ルースの目を見ながら、俺は強く頷いた。
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