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9章 価値ある戦い

295話 モニカ・エーデル・ブラックの企み

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 わたくしの何より大切なレックスちゃん。その命を狙う存在がいると知って、わたくしは強い不安に襲われていました。

 レックスちゃんが居なければ、わたくしは立っていることすらできないでしょう。もはや、わたくしの一部という言葉ですら足りないのです。心から、わたくしのすべてだと思うのです。

 わたくしにとっては、レックスちゃんは人生そのもの。生きる理由。楽しみであって、幸せでもある。それが失われてしまえば、わたくしは終わりなのです。

「レックスちゃん、大丈夫ですわよね……?」

 レックスちゃんは、とても強い。あのフィリス・アクエリアスに、魔法使いなら誰しもが憧れる存在に勝ったというのですから。

 だけど、そんな事は何の慰めにもならないのです。強いことは、不死を意味しないのですから。レックスちゃんだって、人間なんですから。死ぬ可能性なんて、誰にも否定できません。

「もしレックスちゃんに何かあったら、わたくしは……」

 想像しただけで、血の気が引いていくのを実感できます。意識が遠のきそうにすらなります。わたくしは、もはやレックスちゃんが居なければ生きていけないのです。

 レックスちゃんは、わたくしの夫を殺したことを悔やんでいる。ですが、それは問題ではないのです。いえ、レックスちゃんがわたくしを気遣ってくれるのなら、それに甘えたい思いはあるのですが。

 何よりも大切なのは、レックスちゃんだけ。他の存在とは、比べるまでもないのです。わたくしが恐れているのは、夫のように敵にされてしまうことだけ。レックスちゃんに、見捨てられることだけ。レックスちゃんを、失ってしまうことだけ。それだけなのです。

 だからこそ、今の状況は恐ろしくて仕方ないのです。レックスちゃんを奪おうとする存在が、確かに存在するのですから。

「レックスちゃんだけが、わたくしを愛してくれているのです。だから、レックスちゃんだけは……」

 何があっても、手放したりしないのです。どんな手を使っても、守るのです。わたくしは、母なのですから。息子を守るのは、当然でしょう。愛する人に尽くすのは、幸福なのですから。

 そのためには、うつむいているだけではいけません。今こうしている間にも、レックスちゃんには危険が迫っているのですから。

 わたくしのすべてを、ただ失う。そんな人生に、何の価値があるというのでしょうか。嫌ならば、行動する。そうするしかないのです。

「わたくしは、座して待っている女ではありませんわ。少しでも、レックスちゃんの力になるのよ」

 少しでも手を動かしていれば、不安がまぎれる。そんな心理も、あったのかもしれませんが。ですが、理由なんてどうでも良いのです。レックスちゃんとわたくしの未来が素晴らしいものであるのならば、それだけで。

 わたくしは、レックスちゃんの母。だからこそ、それに恥じない存在で居るのです。いつか、対等に愛し合うために。結ばれる未来に、少しでも近づくために。

 レックスちゃんの愛は、ずっとわたくしを守ってくれていたのです。ですから、今度はわたくしの番。それだけのことです。

「そうですわ。わたくしを受け止めてくれる人を、失ってなるものですか」

 そして、いつかはレックスちゃんに、身も心も捧げる。それを実現するためには、何だってするのです。

 わたくしは、本当に愛する存在を、何よりも大切に思える人を、ようやく手に入れたのですから。何年もの孤独の果てに。それを失うなど、可能性だけでも許せないわ。

「まずは、わたくしにできることを探さないと」

 おそらくは、単純な戦力にはなれないでしょう。ならば、別の道を探すのは当然のことです。わたくしが持てる手札をもってして、最大の成果をあげる。それこそが、わたくしの選ぶべき道なのですから。

 レックスちゃんは、誰よりも強い。それなら、別の形で力になるのが、わたくしの使命ですわよね。

「わたくしの持つものは、やはりこの美貌。それなら……」

 誘惑するのが、道理ですわよね。わたくしは、レックスちゃんの力で、さらなる若さを手に入れた。自分から言わなければ、年齢すらも分からないほどに。それを利用するのは、少しだけ心苦しいけれど。レックスちゃんにもらったものですから。

 それでも、レックスちゃんの安全には代えられない。わたくしの持てる武器として、最大限に利用するのです。

「情報を集めても良いですし、捨て駒を手に入れても良いのです」

 適当におだてて、いい気分にさせてやれば良いのです。そうすれば、勝手に見栄を張るのが、男というものですもの。レックスちゃん以外はね。

 ですから、その見栄のために死んでもらいましょう。それが、男の意地というものなのでしょう? わたくしには理解できないけれど、きっと幸せですわよね。不幸だとしても、知ったことではありません。

「いずれにせよ、家に閉じこもってばかりではいられませんわ」

 他者をわが家に招くのは、余計な面倒が増えるだけでしょうから。誘惑することを狙うのならば、その相手のところに向かうべきでしょう。

 それに、わたくしは弱い女ではありませんもの。わたくしを奪おうとするのなら、殺すまでのことです。

「レックスちゃんのために、力を尽くすまでよ。誰を犠牲にしたとしても」

 そんなこと、些細なこと。わたくしの幸福、その礎になりなさい。所詮は、男なんてその程度の存在なのです。レックスちゃんだけが、わたくしを手にする資格を持っているのですから。

 わたくしが手に入ると誤解するのなら、それこそが罪なのです。いえ、仮に無実だろうと、構うものですか。

「そうですわね……。レックスちゃんを狙う相手も、探る必要がありますわね」

 懸賞金をかけたということは、相応の黒幕が存在する。必ず、その身をもって償わせましょう。命程度で贖いきれると思わないことですね。

 ですから、相手の味方を切り崩していくのも一興でしょう。苦痛の中で死ぬのが、ただ唯一の義務なのですよ。

 そのためにも、多くの人を惑わせないといけませんわね。

「敵を殺せば、わたくしが手に入る。そう誤解させましょう」

 何も確約せずとも、勝手にそう思い込む。そんな愚かな人たちは、いくらでも居るのですから。わたくしの美貌に目をくらませる男は、これまで何度も見てきましたもの。

 同じように、わたくしのために死になさい。顔も名前も忘れるでしょうけど、名誉でしょう?

「ただし、指一本触れさせませんわ。わたくしのすべては、レックスちゃんのものなのですから」

 この身も心も、頭の先から爪先までの全部が、レックスちゃんだけのもの。レックスちゃんが育てたものなのです。

 ですから、摘み取るのもきっと楽しいですわよ。ね、レックスちゃん。

「そうと決まれば、何から狙うかを決めないといけませんわね」

 優先順位を間違えれば、効率が悪いですから。しっかりと使い潰すためにも、ちゃんと計画を練らないといけません。

 レックスちゃんのためにも、中途半端な策であってはいけません。

「レックスちゃんの盾だって、手に入れなくてはならないのですから」

 レックスちゃんの代わりに死ぬ存在を。肉の壁を。それがあるだけで、戦術の幅は広がるはずですもの。

「待っていてくださいね、レックスちゃん。わたくしが、あなたの力になりますからね」

 ですから、ずっと傍に居てくださいね。愛してくださいね。必ず、その分を返しますからね。
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