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9章 価値ある戦い

294話 愛の形

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 今後の方針としては、俺がひとりで居るという情報をばらまいて、そこに向かってきた敵を逆に襲撃するという形を狙う。

 無論、引っかからない相手だって想定しなければならない。つまり、ブラック家の防衛は必要になる。だが、うまく行けばかなり優位に状況を進められるだろう。

 ということで、再び家を離れることになる。まあ、情報をばらまく時間もあるから、今日明日の話ではないが。

 そんなこんなで今後の予定を一人で考えていると、自室の扉が開いた。ノックもなかったので、少し警戒した。だが、俺の魔力を感じたので、とりあえずそちらを見る。すると、母が入ってきていた。

 青い瞳を揺らしながら、こちらを心配そうに見つめている。つまり、俺の状況が知られたのだろう。

 母は俺に対して強い執着を抱いている。何なら、男として見られている可能性すらある。確実なのは、強く依存されていることだ。だから、安心させてやらないとな。ということで、できるだけ笑顔を浮かべた。

「レックスちゃん。ジャンから、話を聞きましたわ。本当に、大丈夫なんですの?」

 とても不安げだ。声も震えているように感じる。まあ、納得できる部分はある。俺がいくら強くても、死ぬ可能性は否定できない。だから、怖いのだろう。

 ただ、そんな母の姿を見たい訳ではない。できることならば、ずっと幸せであってほしいものだ。今となっては、大切な家族なのだから。もう、見捨てられる段階はとっくの昔に通り過ぎてしまった。

「俺としては、母さんの方が心配なんだがな。この家が襲われる可能性だってあるだろう」
「そんなこと、大した問題ではありませんわ。レックスちゃんのいない未来に、生きる意味など無いのですから」

 完全に、本気の目だ。俺が死んだ時に、自殺しかねないとすら思う。ただ、そんな未来は避けたい。いや、死ぬ気なんてないが。それでも、俺が居なくちゃ生きていけないというのは、あまり好ましい状態ではない。

 どうせなら、普通に幸せでいてほしい。不安に潰れそうにならないで、まっすぐ前を見ていてほしい。あるいは、俺のエゴなのかもしれないが。

「あんまり不吉なことを言わないでくれよ。母さんが生きてくれなきゃ、困るぞ」
「なら、ずっと傍に居てくださいな。そうすれば、わたくしは生き続ける力を得られるのです」

 こちらをじっと見つめながら、そんな事を言う。まあ、嫌ではない。家族と傍に居るのは、俺ののぞみでもある。だが、現実的には難しいだろうな。

 どこにだって母を連れていける訳ではない。そして、俺はずっとブラック家にはいられない。それが実情だ。そう考えると、離れる場面が出てくるのは当然だ。そんな時間を、母はどう過ごすのだろうか。

 まあ、一朝一夕で解決する問題ではない。ゆっくりと時間をかけて、傷を癒やしていくべきなのだろう。それにしても、俺の周囲には心に傷を抱えた人が多すぎないか? 残酷な世界であると言われれば、そうだと言うしかない世界ではあるが。

「まあ、死ぬ気はないけどな。実際のところ、母さんが10人居たところで、俺に傷をつけることすらできないだろうし」
「闇魔法は、それほどに強いんですの? でも……」

 母の瞳は、揺れ続けたままだ。まあ、心のどこかに不安が湧き上がることは、俺にだって経験がある。きっと、それが増幅しているのだろうな。だから、理屈よりも感情での納得が必要なのだろう。

 とはいえ、俺が言えるのは理屈だけだ。絶対に死なないと言ったところで、不安が消える訳じゃないだろう。ただ、少しでも不安が薄れるように言葉を選ぶことはできる。そのはずだ。

「俺は全力のフィリスにすら勝ったことがあるんだ。最強のエルフにだぞ」
「理屈の上では、簡単には負けないのでしょうけれど。レックスちゃんは、何よりも大切な存在なのですわ」

 カミラやメアリ、ジャンよりもなのだろうな。そのあたりは、悲しくはある。だが、愛せと言って愛せるものではないだろう。それに、嫌い合っている訳では無いみたいだ。そこは、救いだよな。

 まあ、今は安心させるための言葉選びだ。最優先は、それだよな。

「俺だって、母さんのことを大事に思っているよ。ずっと一緒に居たいとな」
「なら、絶対に死なないでくださいね。それだけで、良いのです。あなたと共にいられるのなら」

 とはいえ、目の前に俺が居ない状況だと、不安は募るのだろう。それなら、ちょうど良いものがあるな。

「ああ、そのつもりだ。そうだ。母さん、ブレスレットを渡してくれ。ちょっと、機能を追加しようと思う」
「はい、レックスちゃん。それで、どんな機能なんですの?」

 その言葉を聞きながら、ブレスレットに魔力を込めていく。これで、最新版だ。母の身だけでなく、心も守ってくれるはずだ。

「離れたところに居ても、話せるようになった。これなら、遠くに居ても寂しくないだろ?」
「レックスちゃんのぬくもりを感じられないのなら、寂しいですわよ……。でも、ありがとうございます」

 うつむきながら、かすれそうな声で言っていた。とはいえ、不安になったら話しかけられる。それだけでも、大きな意味を持つはずだ。少なくとも、生きていると確認はできるのだから。

 まあ、今のうちに、俺の体温を感じさせておくのも良いか。人の体温は、どこか安心するものだからな。

「なら、手でもつなぐか? 久しぶりに会ったんだから、寂しかっただろ?」
「それだけでは、足りませんわ。ほら、レックスちゃん。わたくしの胸に、飛び込んできて」
「もう、そんな年じゃないんだけどな……。まあ、親孝行だと思うよ」

 両手を広げた母の胸に、ゆっくりと抱きついていく。体温と柔らかさと、少し甘い匂いがするな。安心させるためと言いながら、俺だって癒やされているのかもしれない。

 優しく抱きしめてくれるような相手には、早々出会えないものだからな。ゆっくりと頭を撫でられるのも、どこか心地よい。

 ただ、母が安心した顔をしているのが、一番大事なことだ。それが、最大の目的だったのだから。

「優しい子ね、レックスちゃんは。ああ、レックスちゃんを感じますわ……」
「あったかいよ、母さん。なんというか、愛情を感じる」
「もちろんですわよ。レックスちゃんは、わたくしの愛する人。その想いだけは、誰にも負けませんもの」

 どこか強い目で見られている。愛する人という意味が、単に息子に対するものとは限らないんだよな。だから、俺も愛しているとは返しづらい。正直、帰って来る反応が怖いからな。

 とはいえ、大切な相手だという意志は伝えたい。それなら、こう言えばいいか?

「なら、ちゃんと帰ってこないとな。ここが、俺の居場所なんだから」
「そうですわよ。わたくしの胸の中こそが、あなたの居るべき場所なのです」

 俺としては、ブラック家という意味を意図していたのだが。まあ、大きく外れては居ないか。なら、普通に話を進めていけば大丈夫だろう。

 しかし、ずいぶんと愛されているものだ。それだけは、確かに嬉しい。

「大事に想ってくれているようで、嬉しいよ。いつもありがとう」
「こちらこそ、ですわ。ありのままのわたくしを受け止めてくれるのは、あなただけなのですから」

 ありのままの母は、人の命をなんとも思っていなかった。だから、いい形に修正したかったのだが。そのために、母の望みを叶える方向性を狙った。美容のために、エルフの血を浴びる未来を壊すために。結果的には、それが良かったのだろうな。

 ただ、俺だって絆されてしまった。きっと、本当は今でも悪人なんだろうけどな。だが、もう戻れやしない。なら、全力で幸せにするだけだよな。

「ずっと、元気で居てくれよ。それだけが、俺の望みだ」
「もちろんですわ。レックスちゃんがそばに居てくれる限りは、ずっとですわよ」
「ああ。だから、今回の敵はすぐに片付けるよ。また、今みたいな時間を過ごせるようにな」

 だからこそ、俺も母も傷つかなくて良いように、さっさと今回の問題を終わらせる。俺のやるべきことは、単純だよな。改めて、やる気がみなぎってきていた。
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