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7章 戦いの道

229話 どこかに潜むもの

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 ネイビー家の戦いの後処理のため、俺とフェリシアはしばらくの間、ネイビー家の領内に居た。最低限の制度を整え、フェリシアの指示のもとで動けるようにするために。

 結果としてはうまく行ったのだが、紆余曲折があったな。暴徒が発生しそうになったり、フェリシアの命を狙うものがいたり。

 とはいえ、フェリシアにも俺にも傷一つない。だから、大きな問題ではないだろう。少なくとも今は、落ち着いているのだし。

 ただ、俺もフェリシアもクタクタだった。ふかふかのベッドが恋しいと、心から思う。

「ようやく帰ってこられましたわ。本当に、面倒でしたわね」

 まったくもって、うんざりした顔だ。まあ当たり前だよな。正直に言って、二度とやりたくない。だが、あとふたつは用意されていそうで、ため息をつきたくなる。

 ただ、割と順調だったのだろうな。下手したら、民衆が分断されるような展開もありえたのだろうから。それを思えば、まだマシか。

「むしろ、早い方じゃないか? 俺なら、もっと時間がかかっていた気がするぞ」
「良くも悪くも、わたくしは恐れられていましたものね。わたくしに従うのは、都合が良いですけれど」

 落ち着いているから、そこまで傷ついていないのだと思う。俺は、以前に恐れられて傷ついたものだが。こうして比べてみると、差を思い知るな。

 まあ、逆に言えば、フェリシアは頼りになる味方だということだ。精神的に自立しているような。ただ、配慮は必要だろうな。ほんの少しくらいは、傷ついているのだろうから。

「苛政を敷かなかったことで、最後には称えられていたものな。これが、落差というやつか」
「だからといって、わたくしを甘く見るものは許しませんけど。レックスさんは、お嫌いなようですが?」

 楽しそうに問いかけられても、困るんだよな。フェリシアの許さないは、つまり殺すということなのだから。本音を言えば、嫌いではある。それでも、ゼロにするのは不可能だろう。

 結局、妥協が必要になる。これは許さないというラインも、大事ではあるだろうが。フェリシアが悪の道に落ちないように、言葉は悪いが監視することも必要だ。逆に、俺を監視する人も。

 きっと、フェリシアとなら、お互いに注意しあえるだろう。それに、他の人達だって。みんな、俺を肯定するだけの存在じゃないだろうから。

「否定はしない。だが、必要なことだと理解はできる。舐められたら、治安が悪化するだろうからな」
「民衆というものは、案外暴力が大好きですものね。自分に矛先が向かない限りは」

 軽く見るように嗤っている。本気で見下しているのだろう。まあ、フェリシアは、手のひら返しを多く受けているだろうからな。一属性モノデカだからと軽く見られて、三属性トリキロを倒したからと恐れられて。

 俺だって、そういう存在を好きになるのは難しい。大切な相手を軽く扱われているのなら、なおさら。

 それで、民衆は自分たちの生活が悪くなると、全部をフェリシアのせいにするのだろう。そんな予感がある。

「誰だって同じだろうさ。痛い目を見ることがないなら、好き勝手したいはずだ」
「レックスさんは、実は人間が嫌いですわよね。人間というか、他人でしょうか」

 フェリシアからは、気遣いのようなものを感じる。あるいは、心配だろうか。俺が人を嫌いだと考える理由があると、フェリシアは思っているのだろうな。

 実際のところ、俺は多くの人に排斥されてきた。裏切られてきた。それは確かな事実だからな。初対面の相手には、まず疑いから入っている。否定のできない事実だ。

「……どうだろうな。お前達のことは、好きだと思っている。それは、間違いない」
「そうですわね。わたくし達には、確かな好意を感じますわ。わたくしだけでは、無いようですけど?」

 ジト目でこちらを見てくる。からかっている部分もあるのだろうが、本音の方が多いだろう。最近の流れを感じるとな。

 とはいえ、だからといって、みんなを切り捨てたりはできない。恋人という意味なら、ひとりを選ぶつもりはある。それでも、友達で居ることくらいは許してほしいものだ。

「家族や友達を好きで居るのは、許してくれよ。当然とは言わないが、関係が良い方が嬉しいじゃないか」
「レックスさんにとっては、正しいのでしょうね。わたくしは、違いますけれど」

 冷たい目で、遠くを見ている。おそらくは、家族との関係が悪いのだろう。なにせ、ヴァイオレット家の当主の座を乗っ取るくらいなのだから。

 そんな人に、家族と仲良くするのが良いと言っても、ただの押しつけだ。なら、俺の役割は見守ること。あるいは、肯定することだよな。

「まあ、強制はしないさ。人を好きになるのは、義務じゃない」
「つまり、自ら選んで好きになったと? あれだけ多くの女を?」

 別の形の冷たい目で、こちらを見てくる。さっきは冷徹な感じだったが、今回は呆れた感じだ。いや、恋愛の意味では無いが。ただ、否定はできない。特にミュスカなんか、意図して好きになろうとしたものな。

「そう言われると、弱いな……。だが、信じるだけの価値がある人達だ」
「多くの人には、その価値がないと。わたくしと、同じですわね」

 羨望のような何かを感じる。フェリシアにも、弱い心があるのだろう。そう実感できる。なら、肯定するのが正しいのだろうか。

 俺としては、人間に価値などないと言いたくない。だが、俺の行動は、フェリシアの言葉を肯定している。だって、ほとんど誰も信じていないのだから。数少ない、友達くらいしか。

「そんなことは……。いや、否定はできないのかもな……」
「わたくしは、あなたを肯定しますわ。あなたが、わたくしにしたように」

 フェリシアの優しい微笑みからは、母性のようなものを感じる。俺が肯定したことなんて、フェリシアが大成することくらいのものだろう。それでも、強く信じてくれる。なら、俺も返さないとな。

「ありがとう。だが、俺は正しいと思うか? 俺は、矛盾を抱えてばかりだぞ」
「それが人間というものでしてよ。あなたは、抱え込み過ぎなのです」
「まあ、そうだな。だが、俺の荷物は重いからな。誰かに任せるのも……」
「だからこそ、皆で分担するのですわ。それとも、わたくし達は頼りになりませんか?」

 そうだな。俺ひとりで抱え込んだら、失敗する。それは、今までの流れからも明らかだ。なら、誰かに協力してもらわないと。それに、みんなは頼りになると、心から信じているからな。

「それを言われると、弱いな。なら、これからも助けてくれ。俺も、できるだけ助けるから」
「もちろんですわ。わたくしとレックスさんは、パートナーですもの」

 暖かい笑顔を浮かべながら言ってくれる。当たり前のようにパートナーだと思ってくれることは、とてもありがたい。俺だって、頑張らないとな。拳に、力が入る。

「まずは、残りの家に対応しないとな。そこから、助け合いたいものだ」
「そうですわね。レックスさんには、働いてもらいますわよ」

 フェリシアのいたずらな笑みは、俺に確かな力をくれる。これからも、力になりたいと思わせてくれる。やはり、フェリシアは俺にとって必要な人だ。失わないために、どんなことでもしてやるさ。

「ああ、任せろ。お前のためなら、安いものだ」

 努力や手間だけでフェリシアの力になれるのなら、な。だから、これから先もよろしくな。
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