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6章 ブラック家の未来

185話 自分に足りないもの

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 ブラック家に帰るまでには、いくつかの準備が必要だ。だからといって、時間をかけてもいられない。そのバランスが重要になってくるだろうな。

 とりあえずの方針としては、全員分のアクセサリーを最新版にすることだろうか。みんなの安全は、何がなんでも確保しておきたいからな。

 他に決めておくべきことは、何があるだろうか。手ぶらで帰って解決する問題ではないだろう。そうなると、秘書役であるミルラの協力は必須だよな。

 あとは、メイドのアリアとウェスにも手伝ってもらった方が良いか。以前のブラック家を知っているし、実際に働いている人達と関係を持っている。だから、彼女達の意見も重要になるだろう。

 その他に連れていくのは、王家から指示された人だけだろうな。フェリシアやラナは、当人たちの家との関係あっての話だろうから。

 最悪の場合は、力で押し切る覚悟も必要だろうな。そうなると、闇魔法で解決することになるはずだ。まあ、最後の手段ではあるが。とはいえ、備えは必要だ。

 いま考えていることだけで、足りるのだろうか。どうしても、不安になってしまうな。俺は、貴族として必要な教育を、十分に受けてこなかった。だから、能力が足りないのは分かりきっているからな。

 ひとりで悩んでいると、近寄ってくる人の姿が目に入った。俺と同じ黒髪の女子。つまりは、姉であるカミラだな。

「ねえ、バカ弟。あたしも、着いていくわよ。あんただけなら、変なことをしそうだもの」

 ジト目でこちらを見ている姿だけなら、言葉通りに捉えるかもしれない。でも、確かな親愛があると信じられる。それは、これまでの行動があるから。俺の贈った剣を大切にしてくれているし、なんだかんだで背中を押してくれる人だから。

 それに何より、ずっと俺の味方で居てくれた。だから、言葉通りの意味じゃないことくらい、簡単に分かる。

「心配してくれているんだな。ありがとう。嬉しいよ、姉さん」
「そういうのじゃないわよ。ただ、バカ弟がバカなことをするのを見ていられないってだけ」
「なら、俺が変な方向に行きそうなら、引っ張ってくれるんだろ?」
「仕方ないわね。反論するのも面倒だし、それでいいわ」
「ありがとう。姉さんが居てくれると、心強いよ」
「まったく、情けない弟だこと。でも、いいわ。どうせ、縁なんて切れないもの。受け入れてやるのが、姉の度量ってやつでしょ」

 そんな事を言いながら、穏やかに微笑んでいる。やはり、姉として俺を大切にしてくれているのが伝わる。父を殺すきっかけになった事件の時に、ずっと弟だと言ってくれたことは、どんな未来でも忘れないつもりだ。

 だからこそ、ブラック家をしっかりと安定させたい。カミラにとって、帰る場所になるように。心安らげる居場所を作れるように。

 ただ、俺ひとりでは不可能だ。カミラの力だって、借りる必要があるだろう。それでも、必ず実現してみせる。俺自身に、何よりカミラに誓おう。

「これからは大変だと思うけど、一緒に頑張っていこうな」
「ま、少しくらいなら手を貸してやってもいいわよ。どうせ、あの家に居ても暇だもの」

 まあ、親しい相手も居ないみたいだからな。それに、ブラック家の行く末にも興味がないのだろう。なら、やるべきことは本当に少ない。暇なのは、事実だろうな。

 それでも、俺に手を貸そうと言ってくれるのは、カミラの優しさだと思う。だから、感謝したい。

「メアリ達も心配だからな。できるだけ、どうにかしたいところだ」
「そうね。流石に、野垂れ死にでもされたら寝覚めが悪いもの」

 その程度の情は持ってくれている。ありがたいことだ。カミラもメアリもジャンも、大切な家族だからな。前世でよくあった、遺産相続をきっかけに関係が崩壊するみたいなことになってほしくない。

 だからこそ、俺がしっかりしないとな。家族の利益が相反しないように手を尽くすのも、大事なことだろう。ただの情だけで関係を続けるのは、難しいのだから。そもそも、俺以外の家族間に情があるのかも怪しいのだから。

「いくらなんでも、そこまでは無いだろうけど。でも、備えて損はないか」
「そうね。蓄えはあって困るものじゃないわ。必要な時に必要なものが買えるだけで、違うもの」
「確かにな。俺達はこれまで、欲しいものはすぐに手に入った。でも、これから先は分からないんだ」
「まあ、あんたはそうでしょうね。不自由なく生活してきた坊っちゃんだものね」

 今みたいなセリフが出てくるってことは、カミラは不自由していたのだろうな。よく考えれば、当たり前だ。俺は闇魔法があったから大切にされていた。それだけだったのだから。

 やはり、悲しいな。結局のところ、家族の関係なんて、とっくの昔に崩壊していたのだろう。家族全員でハッピーエンドを迎えることなんて、最初からあり得なかったのだろう。

「あっ、済まない。配慮が足りなかったよ」
「いま謝ることこそ、配慮が足りていないのよ。あたしがみじめだったとでも言いたいの?」
「そんなことはない。姉さんは、いつだってカッコいいよ」
「女に言うことじゃないでしょうが。でも、許してあげるわ。バカ弟に、求めすぎてもね」

 優しげな瞳を見せてくれるから、つい甘えてしまいそうになる。だけど、配慮は忘れないようにしないとな。カミラの許しにだって、限界はあるのだろうから。

「ありがとう。姉さんに嫌われたら、悲しいどころではないからな」
「まったく、甘ちゃんね。あたしとは大違いだわ」
「そうだな。俺は、ひとりでは生きていけないよ。たぶん、姉さんとは違う」
「あたしを冷血女みたいに言うものね。ま、褒め言葉として受け取っておくわ」
「もちろん、褒めているよ。姉さんは、自分の足で立てる人だと」
「そうね。そうできれば、良いわよね。でも、まだ遠いわ」

 どこか、空にでも手を伸ばしそうな表情をしている。本人としては、まるで満足できていないのだろう。まあ、人間はひとりでは生きられない。感情の話ではなく、単純に機能として。

 だから、何かが足りないと感じているのだろうな。実力だろうか。権力だろうか。あるいは、他のなにかだろうか。俺に解決できるのなら。そう思ってしまう。

「姉さんで遠いなら、俺なんて輪郭すら見えているか怪しいよ」
「どうかしらね。……ま、いいわ。あたしは、いずれあんたに勝つ。それだけよ」
「だから、つまらないことで邪魔をされたくないってこと?」
「そうね。だから、さっさと終わらせなさい。弱ってるあんたに勝っても、何の意味もないんだから」

 やはり、カミラはそうでなくてはな。どこかツンケンしていて、ちょっとケンカっ早い感じ。それこそが、カミラの魅力なのだと思う。だから、これから先も失ってほしくない。そうなるように、俺だって。

「分かった。また姉さんと戦う瞬間を、楽しみにしているよ」
「その余裕ぶった顔、必ず歪めてやるわ。覚悟していなさいよね」

 挑発的な顔をするカミラは、どこまでも堂々として見えた。
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