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4章 信じ続ける誓い

124話 サラの企み

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 私にとって、レックス様は恩人。飢えるだけだった私を拾ってくれて、美味しい食事と温かい寝床をくれて、教育を与えてくれて、今では魔法まで使えるようにしてくれた。

 その気になれば、ひとりでも行きていける土台は整ったんだと思う。だからといって、今すぐにレックス様から遠ざかるほど、恩知らずではないけれど。

 ただ、私はジュリアやシュテルほど、全てを捧げる気にはなれない。命は惜しいし、遊びの時間だってほしい。

 そんな私でも、大切にしてくれるレックス様。だから、信頼できるんだと思う。私を捨てたりしないって。傷つけたりしないって。

 なにか悪い目的があって、そのために私達を利用している。そんな考えなんて思い浮かばない程度には、たくさんのものをもらった。

 だから、レックス様は大好きではある。その感情だって、他の人には負けそうではあるけれど。

「むふー、今日もレックス様に撫でてもらった。満足」

 ふれあう瞬間は、とても楽しい。心が暖かくなるし、撫でられる心地も良い。レックス様は優しい人だと、手のひらから伝わってくる。だって、絶対に傷つけないように、壊れ物を扱うかのように、撫でてくれるから。

 レックス様の表面的な態度だけを見ている人には、信じられないだろう。あの人が、私みたいな平民を、宝物みたいに扱っている事実なんて。

 私が本当に困ったことになったら、必ず助けてくれる。どう使っても良いと言っても、丁寧に扱ってくれる。私なんて、能力としては替えが効く存在でしかないのに。

 所詮は、ただの二属性ジヘクト。フェリシア様やカミラ様みたいに、属性の壁を超えるほどの力はない。ジュリアやミーア様みたいに、特別な属性も持っていない。

 だけど、本気で役立てようとしてくれる。教育にも、力を入れてくれる。それが、どれほど得難いものなのか。きっと、レックス様には本当の意味では理解できないだろう。

 いくら悪の家と言われていたって、ブラック家はレックス様に何でも与えている。間違いなく、恵まれている人。

 水すらも飲めない苦しみなんて知らない。木の根をかじって、何かを食べたような気分に浸る虚しさも。寒さに震えながら、明日があるのかと怯える恐怖も。

 その生活が遠ざかっただけでも、人生が変わったって言って良い。でも、私にとって一番大きかったのは、何があっても信じられる人を手に入れたこと。

 どんな未来であったとしても、私を傷つけようとはしない。レックス様は、そんな人だから。下手をしたら、私を排除しようとする相手なら、両親にでも敵対しそうな人。

「レックス様に拾ってもらえたのは、幸運だった」

 きっと、他の孤児院のような場所では、全然違ったと思う。詳しい訳じゃないけれど。レックス様が与えてくれたものが異常だってことは、分かるから。

 多くの貴族は、ただの孤児なんて、いくらでも湧いてくるものとしか思わない。もちろん、大切になんてしない。

 いや、きっと良い人も居るのだと思う。でも、そこらの家族よりも私を大切にする人なんて、絶対に居ない。そう言い切れるから。

 だって、孤児が疑わしいことをしていたら、怪しい人を適当に切り捨てて終わり。そこは変わらないはずだから。

「クロノの事件の時に、かけてくれた言葉。絶対に忘れない」

 必ず、俺が犯人を見つけ出す。お前がすべきことは、後悔か? 悔やんで、今回の事件が無くなるのか? そう、言っていた。

 人によっては、私を責める言葉なんだと思うだろう。でも、違う。レックス様は、私に悔やむ必要なんてないって言ってくれた。不器用だけど、確かに伝わる優しさで。

 だって、状況を考えれば、私が一番怪しかった。即座に犯人と決めつけられて、排除されてもおかしくはなかった。

 そんな時に、信じてくれる人がどれだけ居る? 自分だって、毒を食べていたのに。私だったら、疑わしい人をみんな殺していてもおかしくはない。

「妾にでもなれたら、きっと幸せになれる」

 レックス様は、妾だからといって雑に扱わないだろう。ちゃんと愛情をくれる相手だ。それは分かる。本妻としては、やきもきするのだろうけれど。私にとっては都合が良い。

「いくらなんでも、妻は無理だから。そこは、分かる」

 貴族の妻が平民だと、様々な面倒が待っているだろう。レックス様にも、私にも。そんなの、貴族じゃない私でも理解できる。だから、妾くらいが理想だ。

 レックス様のことは、ちゃんと好き。結ばれることは、とても嬉しいと思えるくらいには。もちろん、打算もあるけれど。

 きっと、一度抱いた相手を、そのまま捨てたりしない人だ。だから、誘惑するのも良い手かもしれない。そうすれば、今より幸せな生活を、手に入れられるはずだから。

「でも、レックス様の隣を狙う人は多い。相手を選んで、妨害しないと」

 ただ待っているだけでは、妾の立ち位置だって手に入れられない。レックス様は、狙い甲斐のある人だから。彼の優しさを知っているのなら、贅沢ができるって考える人も多いだろう。

「学校もどきだって、油断してたら立場を奪われる」

 だから、私は周囲を蹴落としていった。レックス様に近づけないように。視界に入りづらいように。私が、もっと大切にされるように。もちろん、学校もどきから追い出すような真似はしなかったけれど。

 いくらなんでも、レックス様の狙いを邪魔していてはダメだろう。あくまで、私がアストラ学園に通えて初めて成立した策だ。

 根本的な問題として、レックス様が潰れては何の意味もないのだから。生活という意味でも、彼を大切に思うという意味でも。

 私は、レックス様が好き。その気持ちは、本物だから。私が幸せなら、彼がどうなっても良い訳じゃない。

 それでも、私の居場所を作るために、手段を選んではいられない。そんな事をしていたら、他の人に奪われてしまう。

「だからといって、レックス様の親しい相手を邪魔できない」

 学校もどきなら、ジュリアやシュテル。ラナ様も。近しい相手なら、フェリシア様やメアリ様、カミラ様も。他にも、アストラ学園に通ってからの友達も。

 そこに手を出してしまえば、きっと本末転倒だ。レックス様も私も、幸せになれない。

「レックス様に嫌われたら、何の意味もない」

 今の生活を失うこともある。それよりも、大好きな人に嫌われたくないのは、当たり前の感情。レックス様と一緒だから、私は幸せになれる。同じ力を持っているだけの、他の人が居たとして。私はレックス様を選ぶ。いま以上に贅沢ができようと、権力を手に入れられようと。

「ただ、今の状況は都合が良い。レックス様は、嫌われている」

 アストラ学園の、多くの生徒達に。見ているだけでも、簡単に分かる。私達に、哀れみの目が向けられることもある。レックス様を慕っているフリをしないと、大変なのだろうと。

 愚かなこと。彼以上に、私を幸せにしてくれる人なんて、居ないのに。でも、だからこそ、利用できるものもある。きっと、レックス様は傷ついているだろうから。

「だったら、私が慰めれば良い。支えになれば良い」

 レックス様は、あくまで普通の人だ。人をゴミみたいに思っていないし、ちゃんと感情もある。だからこそ、嫌われるのはつらいだろう。その心の隙間に入れば、彼の心は私でいっぱいになるはず。

「きっと、誤解を解くこともできる。でも、それじゃダメ」

 レックス様の本当の優しさが知られたら、人気者になってしまうかもしれない。そうなってはおしまいだ。

「レックス様がみんなに好かれたら、私の居場所がなくなる」

 悪い子だよね、私は。ごめんね、レックス様。でも、あなただけは、誰にも奪われたくない。ちょっと良いところを知っただけの人に、邪魔されたくない。

 レックス様のそばに居るためには、ただの平民じゃダメだから。なにか、特別なものが必要だから。周囲が敵でも、私は味方。それは、きっと私の求める立場だから。

「私が何かする訳じゃない。だから、問題ない。嫌われたりしない」

 レックス様の悪評を振りまいて、私が慰める。そんな考えが、思い浮かばなかった訳じゃない。でも、彼の悪口を言う自分は、許せそうになかった。

 私は、レックス様が好きなんだ。その気持ちを、ドブに捨てたくない。

 それに、私が悪評を振りまいたら、彼は気づく。いくらなんでも、何も分からないほど愚かな人じゃないから。

 だからこそ、今の環境には感謝したい。私にとって、最高と言って良い状況だから。

「ありがとう。レックス様を傷つけてくれて。その分、私が味方になるから。もっと、好かれるから」

 いつか、レックス様は英雄にだってなれるだろう。その時に後悔しても、遅い。私は彼を支える仲間で、多くの生徒は彼を傷つけた敵。そうなってくれるから。

 私の本心を知られたところで、きっと大丈夫。私がレックス様の味方でいる事実には、何も変わりはない。それに、私を大切にしてくれる人だから。情を抱いてくれる人だから。

 でも、気づかれそうになっちゃったら、原因は排除するかも。バレない方が、お互い幸せだから。

「優しい手も、温かい言葉も、かけてくれる手間も。全部、私のもの」

 レックス様、大好き。だから、ずっと一緒に居たい。ただ、それだけのこと。ちょっと、私は悪い子なだけ。でも、そんな私も、きっと好きで居てくれる。

「むふふ。レックス様に褒めてもらって、撫でてもらって、いずれは愛してもらう」

 彼と結ばれる瞬間は、きっと最高。そんなの、考えなくても分かる。絶対に優しいし、しっかりと愛してくれるはず。

「レックス様。私はずっと傍に居る。そして、一緒に幸せになる」

 私は、あなたと一緒なら幸せ。だから、あなたにも幸せを返す。それだけで、どんな家族よりも、幸福になれる。そう、信じている。
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