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3章 アストラ学園にて

92話 目指すべき先へと

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 俺は周囲に対して何ができているのだろうか。そんな疑いは、どんどん心を侵食してくるような感覚があった。

 とはいえ、それを理由に立ち止まるなんてありえない。というか、立ち止まってはならない。俺にできることを全力でこなして、みんなには楽をしてもらわないと。

 まあ、今やれることは少ない。実力を上げることが中心で、アイクとミュスカへの注意もいくらか。他には、何ができるだろうか。思いつかないんだよな。

 ということで、訓練を続けていた。すると、見覚えのある緑髪が見えた。ハンナだな。

「レックス殿、貴殿には負けていられませんね。近衛騎士を目指すものとして、王女殿下に気に入られている貴殿には」

 今のハンナは、原作通りだとすると、近衛騎士になる目標ばかりを見ている。王女姉妹がどんな人かを考えず、ただ自分の目的だけを追い求めているんだ。それが正しいかどうか、ちょっと確認してみたいな。

 レックスの演技をしていると、そのあたりの言葉の選択は楽だ。煽りやすいというか、挑発しやすいというか。そうすることで、きっとハンナの本音が見えてくるだろう。余計なお世話かもしれないがな。

「ふん、尻尾を振って満足か? あいつらの犬にでもなってみるか?」
「レックス殿! わたくしめを、バカにしないでいただきたい……!」

 敵意を込めた目をしている。まあ、当たり前だ。今の言い方で腹が立たないのなら、どうかしている。とはいえ、ハンナが奮起してくれるのなら、俺にとっては都合が良い。強くなってくれたら、色々と良い方向に進むだろうからな。

「それで? お前は吠えるだけか? 俺に目にもの見せようとは思わないのか?」
「お望みなら……! いえ、違います……。あなたを倒しても、何も解決しない……」

 先程まで感じていた激情が消え去り、穏やかな瞳になった。これは、想像より遥かに良い流れじゃないか? ハンナは、近衛騎士になるために何をすべきか、理解できているのかもしれない。なら、それを確かめよう。

「そうか。なら、どうすれば事態は解決するんだ? 聞かせてみろ」
「わたくしめは、王女殿下を支えるもの。その味方を奪うことは、論外です。だからこそ、もっと研鑽を積まねば……!」

 最高じゃないか。これなら、思っていたより早く、王女姉妹と良い関係を築けるのかもな。というか、ハンナは王女姉妹から紹介されたんだった。なら、もう認められているのかもな。だとすると、無駄だったか? いや、そんなことはない。今のハンナの瞳を見れば、強い決意が伝わるからな。少なくとも、何らかのきっかけにはなったはずだ。

 それなら、ついでに俺に怒りをぶつけさせるチャンスを作っておくか。適当な建前で。

「面白い。なら、見せてみろ。今のお前の力を」
「今だけは、胸をお借りしましょう。ですが、貴殿にも負けません。すぐに、あなたが胸を借りる番になるのです!」

 ということで、お互いに構えていく。といっても、俺のやるべきことは、闇の衣グラトニーウェアを準備することだけだが。相手の切り札は知っているし、その性質上、俺の防御は抜けないだろうからな。

 万が一の場合でも、他の魔法を使えば良い。闇の刃フェイタルブレイドとかな。簡単なことで、相手のストレスを大きく発散できるだろうし、得ばかりだろう。

「見せて差し上げます! わたくしめの、最強の技! 閃剣テンペストブレイド!」

 上から、魔力の剣が大量に降ってくる。隙間など見当たらないくらいに。この技を回避できる人間は、相当少ないだろうな。技を打たれてから走っても、範囲外に逃れられるのはカミラくらいじゃないか?

 とにかく優秀な技だと言えるだろう。多くの人間には、対応策がない。ただ剣に貫かれるだけだろう。それでも、俺ならどうとでもできる。少なくとも、今の段階なら。

「これが俺の力だ。闇の衣グラトニーウェア!」

 魔力を全身にまとい、防御を固める。ハンナの剣は、俺に攻撃を届かせることはできなかった。それを目の当たりにしても、悔しそうにはしているが、絶望はしていない。やはり、強い人だ。原作をプレイしたときから思っていたことだが。

 ただ、原作キャラとして見るのは良くない。あくまでも、クラスメイトで近衛騎士を目指す、共通の友人がいる存在。それで良いんだ。

「くっ、全く通じませんか。わたくしめも、そこらの騎士より強いはずでしたが……」
「俺は最強なんだから、ただの騎士程度と比べる方がおかしいんだよ」
「その言葉を、大言壮語と笑えない。驚くべきことですね。それでも、わたくしめは……!」
「好きにしろ。並大抵の覚悟なら、お前が折れるだけだろうがな」
「貴殿を、必ず驚かせてみせますよ……!」

 本当に驚くことになったのなら、俺はむしろ喜ぶだろうな。ハンナの成長を実感できるのだから。尊敬できる相手だとは思う。この感情が、原作あってのものか、彼女に向き合ってのものかは分からないが。

 去っていくハンナの姿は、威風堂々としたものに見えた。未来に、もっとずっと強くなっているだろうと期待できる姿で、輝いているよう。きっと、その印象は外れたりしないだろう。

 感慨に浸りながら、しばらくすると、王女姉妹が俺のところにやってきた。

「レックス君、ハンナと仲良くなったのね! 素晴らしいわ! やっぱり、あなたは良い子だわ!」

 当人から、何か話を聞いたのだろうか。仲良くなるとは、ちょっと違う気がするが。せいぜい、発破をかけたくらいだろう。まあ、嫌われてはいなさそうだ。それは、ありがたいことだな。

「良い子って言い方は、ちょっとレックスさんに向けては適切じゃないですね……」
「全くだ。子供に言うようなことを……」
「ごめんね? でも、レックス君は大事な友達だわ。きっと、リーナちゃんの次くらいに」

 ミーアの想いを考えれば、相当評価されていると言って良い。そんな王女姉妹にできたことは、それほど多くはない。2人をつなぎはしたが、それだけだ。

「褒められていると思えば良いのでしょうか。まあ、レックスさんより上ですからね。悪くはないです」
「お前達にどう思われていようが、俺には関係のないことだ」
「もう! レックス君はもっと素直になるべきだわ! 私のことを大好きって言うくらい!」

 実際、ミーアもリーナも大好きではあるのだが。少なくとも今は、言葉にできない。やはり、悲しいな。素直になれたのならば、少しくらいは、王女姉妹の優しさに何かを返せたのかもしれないのに。

「それはともかく、ハンナさんと仲良く、かは分かりませんが、距離を縮めるのは悪くないですね。私達としても、都合が良いです」
「お前達の都合を考えた訳じゃないがな。まあ、お互い損をしないのなら、十分だろうさ」

 本音で言えば、2人にはもっと喜んでほしい。そのための行動がしたい。だが、手段が思いつかないんだ。俺に足りないものは、多すぎる。もっともっと、精進しないとな。

「できることなら、もっともっとだけどね! でも、良い関係だわ!」
「そうですね。私達は、レックスさんが大事なんです。それは、忘れないでくださいね」

 大事にされているからこそ、相手にも返したい。それだけのことが遠く感じるのは、気のせいなのだろうか。

 ただ、俺にできることは少ない。だからこそ、確実に努力を積み重ねないとな。
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