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3章 アストラ学園にて

87話 前に進むために

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 セルフィと知り合いになって、それからは、相手の方からこまめに話しかけてくるようになった。正直に言って、理解が難しい。

 俺はまともな態度を取っているとは言い難いし、何か貸しがあるわけでもない。それなのに、妙に近づいてくるからな。その辺がおかしいのは、ミュスカも同じではあるが。やはり、ミュスカのことを疑う理由ばかりが積み重なってしまう。良くないことではあるのだが。

 基本的には、人を信じることの方が大事だと思いたい。というか、疑うのはしんどい。ただ、俺ひとりの問題ではないからな。どうしても、慎重にならざるを得ないんだ。

 本当に、ただ平和な世界にみんなと一緒に居られたら、どれだけ良かったか。でも、そんな可能性はありえない。今は、ただできることをやるだけだ。それしかない。

「あ、レックス君。今日の調子はどうかな?」

 セルフィは、俺の何を気にしているのだろうな。いや、困っている人を放っておけないのは知っているが。俺が困っているのは事実ではあるが、そこまで注目するだけの理由は、何がある?

 純粋に善意だと信じるだけで良いような気もするが、難しい。理由の分からない厚意は、少し怖い。やはり、俺は善人とは言い難いのだろうな。ブラック家の人間になるだけのことはあるのだろう。

「何も問題はない。お前が心配するようなことは、何もない」
「あんた、あたしのバカ弟に何をするつもりなのよ?」

 カミラも一緒に居るのは、どういう理由なのだろうか。2人は、特に仲良くないと聞いていたが。いや、セルフィと2人きりより安心できるのは、本音ではある。

 正直、自分で自分が分からなくなってしまうな。間違いなく、俺は迷子になっている。何をしたいのか、どうすれば良いのか、その判断がつかない。俺の手には、ジュリア達の運命も乗っていると言っていいのに。情けないことだ。

「変なことをするつもりはないよ、カミラさん。私は、レックス君が心配なんだよ。何か、1人で抱え込んでいる気がするから」
「……そう。あんたには、そう見えるのね。確かに、分かる気もするわ。ただのちょっかいでは無いみたいね」

 カミラの言葉からするに、俺は何かを隠しているという風に見えるのだろう。よくない傾向だ。俺の本音が知られてしまえば、誰も得しない。ミュスカの件でも、ブラック家の件でも。

 レックスの演技にあらが出ているのなら、どうにか修正しないといけない。それが、みんなのために大切なことなんだ。きっと、セルフィにとっても。

「そうだよ。変な目的はないかな。どうも、気になっちゃって」
「だからといって、話すだけの義理はない」
「まあ、急ぎでないのなら、ゆっくりと話してくれればいいよ。まだ、お互いのことを全然知らないんだからね」

 それは正しい。というか、どうしてほとんど知らない相手の悩みを聞きたがるのだろう。いくらなんでも、善意にしても行き過ぎだと思う。それとも、俺は死にそうにでも見えているのだろうか。放っておいたら命が危うい人なら、俺だって気にかけはする。その程度の良心はある。

「というか、あたしに話せばいいのよ。こんなやつに言わなくてもね」
「ありがとう、姉さん。だが、大丈夫だ。あまり気にしないでくれ」
「やっぱり、姉弟仲が良いんだね。羨ましい限りだよ」

 セルフィには、兄弟が居たのか居なかったのか。確か、本編では描写されていなかった。まあ、居ないか仲が悪いんだろうな。今のセリフからするに。まあ、それを知って何になるのかという話でもあるが。

 いずれセルフィ本人に問題が発生したのなら、解決してやりたいと思いはするが。だからといって、今は関係ないからな。

「誰がバカ弟なんかと。こいつはあたしの下につくべきなのよ」
「噂で聞いたよ? カミラさんの使っている剣、レックス君からの贈り物だそうじゃないか」
「どこのどいつがそんなことを……。余計なことを言うやつも居たものね」
「姉さんが大事にしてくれるのなら、ありがたい限りだ」
「切れ味だけは悪くないものね。弟の貢ぎ物だと思えば、気分がいいわ」

 どんな理由であれ、俺の贈った剣を大事にしてくれるという事実だけで、心の支えになってくれる。カミラが俺を大切に思ってくれるのだと信じられる。だから、俺はカミラの物言いを気にしなくて済むんだ。

 その考えは、俺の行動にも応用できるかもな。口が悪くとも、俺が相手を大事にしているのだと伝われば、相手に信じてもらえるのかもしれない。いや、これまでにも気をつけていたことではあるが。もっと気にしても良いかもしれない。

「やっぱり、姉弟の間に入るのは難しいものだね。でも、レックス君にも心を預けられる人が居るのは、安心だよ」
「あたしはそうは思わないけどね。このバカ弟は、誰にも何も話さないんだもの。誰も信じていないのよ」

 その言葉を聞いて、胸に何かが刺さったかのような感覚があった。つまり、図星なのかもしれない。そんなはずはない。そう思いたい。だって、誰も信じていない人間なんて、最悪としか言えないじゃないか。

「それは違うぞ、姉さん。姉さんの事は信じている」
「どこがよ。あたしの事を、全部手助けしなきゃいけない子供とでも思っているんじゃないの? だから、何も相談しないのよ」

 カミラの目は冷え冷えとしていて、本音だということが強く伝わってくる。このままだと、嫌われてしまうのかもしれない。そう考えた時点で、背筋に凍えが襲った。

 俺にとっては、カミラは大切な姉なんだ。ずっと、仲良くしていきたい相手なんだ。だったら、いま信頼されていないとしたら、俺のやるべきことは、少しでも信用を取り戻すことだ。つまり、ある程度は話してしまうこと。

「分かった。なら、少しだけ話すよ。どうしても信用できない相手が居てな。それでも、なにか悪事を実行した訳じゃない。どうして良いものかと思ってな」
「それは、確かに難しいね。感情の問題だから、納得が大事なんだけど」
「あたしなら、距離を取って終わりだけどね。どうせ、敵対するのなら殺せば良いんだから」
「だが、それで安全になる訳じゃないだろう。学園に被害が出たら、大問題だ」

 というか、カミラやジュリア、他の知り合いが傷ついたら、俺は悔やんでも悔やみきれない。そんな未来だけは、絶対に避けたいんだ。だが、その考えこそが、カミラの言う子供扱いなのか? なら、俺はどうすれば良い?

「優しいんだね、レックス君。私やカミラさん、たぶん、他の人も心配しているんだよね」
「そんな事無いわよ。あたし達が、そいつに負けると思っているのよ。だから、心配なんかをする。バカにされたものだわ」
「まあまあ、カミラさん。これから、ゆっくりと話し合っていこうよ。そうすれば、お互い納得できる結論にたどり着けるはずだよ」
「どうかしらね。ま、今はこれで良いわ。バカ弟がすぐに変わるだなんて、あたしも思ってないもの」

 俺はカミラ達を守りたい。だが、それは相手を信用していないと言われてしまった。それなら、俺のやってきたことは、何だったのだろうか。

 心に暗雲が生まれたような気がして、それでも振り払うことができない。今の俺にとっては、それが全てだった。
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