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1章 レックスの道

11話 生きるための道

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 父は、自分の敵になった存在を毒殺したのだという。俺は、毒への対抗手段を持っていない。だから、ブラック家から逃げるという選択肢が、わずかに浮かんだ希望が、一気に消え去ったような感覚に襲われた。

 それでも、状況を確認しないといけない。毒殺だけが、暗殺の手段じゃない。対抗策を考えるためにも、前に進むためにも、しっかりと足元を固める。そこからだ。

「父さん。毒殺以外には、どんな手段で敵を殺してきたの?」
「聞きたいか。やはり、レックスは自慢の息子だな。もちろん、教えてやろう。アリウス伯は馬車に落石させてやった。コーデリア候は冤罪で殺した。忌まわしいスヴェル公は、娘を人質にしたら自刃してくれたよ」

 落石はともかく、冤罪も人質も、対策が分からない。冤罪なら、力で解決するのは悪手だし、人質は、ずっと傍に居続けることは不可能だからな。である以上、対策が思いついて、実行できるまでは、ブラック家から離れられない。

「色々な手段があるんだね。参考になるな」
「そうだろう。私は優れた貴族だからな。当然のことだよ」
「まあ、俺に敵なんてできないだろうけどね」
「分からんぞ。闇魔法を使えるというだけで、くだらない嫉妬が襲うだろうさ。私とて、ブラック家というだけで、つまらん妬みを受けたものよ」

 つまらない妬み、ね。今まで聞いている悪事だけでも、恨まれるには十分だと思うが。そのあたりが分かっていないのが、悪役たるゆえんなんだろうな。まあ、気にしても仕方ない。少なくとも今は。

 話を終えて、それから。父と別れて1人になって、これからのことについて考えていた。

「さて、どうするか。少なくとも、今はブラック家から逃げるのは現実的じゃない。敵対するのは、もっと」

 暗殺されることへの対策ができていないのなら、とにかく力だけではどうにもならない。あるいは、魔法で対策ができるのかもしれないが。少なくとも、今は思いつかない。

 闇の魔力を胃にまとわせることで、毒への対策はできるのか? いや、栄養すらも排除してしまいそうだな。根本的な問題として、毒とそれ以外をどうやって判別するのかというものがある。

 人質なんて、どう対策したら良いものか。分からない以上は、今は他の方法を検証するしかない。

「というか、俺だけ逃げ出したりしたら、アリアやウェス、フィリスやエリナも危ない目に合いかねないんだよな。考えが足りていなかった」

 本当に、愚かなことだ。みんなを犠牲に俺だけが生き延びることに、何の意味がある? もし仮に、顔も見たことのない他人なら、見捨てられたのかもしれない。前世でだって、俺の知らないところで誰かが不幸になっていることには無頓着だったからな。寄付をしたことすらない。

 それでも、メイドたちや師匠たちは、もうただの他人じゃない。親しい相手なんだ。死んでほしくない人なんだ。関わった誰かが死んだと聞かされるなんて、悲しいに決まっている。俺のせいだというのなら、悪夢だと言う他ない。

 だが、逃げ出すことが封じられたのなら、他の手段はあるか? やはり、当初の目的通り、悪人のふりをしつつ善行をするのが良いか?

 いや、待て。俺はブラック家の内側にいる。悪役貴族の家の中に。

「それなら、ブラック家の人間を変えていくことはできないか? 父は難しいかもしれないが、兄弟たちなら、可能性はある」

 もうすでに、十分な悪事を実行している父は、もはや改心しても遅いだろう。それでも、俺が何かをすることで、少しでも周りを変えていけたのなら。俺だって、肉親を殺したいわけじゃない。いくら、転生してから知り合った相手だとしても。一緒に食事をして、会話をして。そんな相手を、気軽に殺すなんてことはできない。

 そもそも、できることならば人殺しなんてしなくて済む方が良いんだ。だって、人の命を奪うなんて、怖いじゃないか。

 なら、できるだけのことをしたい。いずれ殺す未来が訪れたとしても、全力を尽くしたと言えるように。後悔を、少しでも減らせるように。

「まずは、カミラだな。少しでも関わりがあるのは、姉だけと言って良い。戦ったばかりだからこそ、仲直りという口実も使える」

 まあ、他の人とは食事時に少し一緒になるだけだからな。戦いとはいえ、イベントがあったことは大きいだろう。俺としては、プレゼントを考えている。だとすると、急に何もない相手に贈るのもおかしいからな。

 物で釣るみたいだが、他に良い手段も思いつかないんだよな。適当な言葉でどうにかなるとは思えないし、効果がありそうなことをするのが基本だろう。

 カミラについては、それほど詳しいとは言えない。『デスティニーブラッド』の知識はあるが、技や容姿、未来は知っている。それでも、刺さる言葉までは分からないんだよな。ヒロインならまだしも、単なる悪役だから。

「そうなると、剣だよな。闇の魔力は、物体にも侵食できる。それを利用して、武器を強化できないか? フィリスに相談してみよう」

 ということで、フィリスの元へと向かった。魔法でなにか相談するなら、フィリスしか思いつかない。

「……単純。闇属性にできる範囲で、意志を魔力に込めるだけ。例えば、敵の魔力に侵食するとか」
「ふむ、悪くないな。じゃあ、その方向性で行こう。まずは、俺が実験してみるか」

 フィリスが言っていたのは、魔法の基本のき、くらいではある。ただ、思考の取っ掛かりくらいにはなった。俺が剣に侵食させた魔力を通して、何がしたいか。剣だから、闇の刃フェイタルブレイドと似たようなことができれば嬉しいよな。敵の魔力防御を貫通する。後は、単純に俺の込めた魔力分の力を剣に上乗せしたい。

 何度か家にある剣をもらって実験した結果、ただの剣よりも強いものができた。これなら、贈り物としては十分なはずだ。まあ、俺の体に合わせた剣だから、カミラの分も作らないといけないが。

「うん、悪くない切れ味だ。金属が切れて、魔力も貫通できるのなら、十分強いよな」

 ということで、剣の威力には納得できた。後は、カミラの手に馴染むようにすることだ。

 剣については剣士に聞こうということで、エリナに相談してみる。

「レックスの姉の手に馴染む剣か。私の見立てでは、片手で取り回せる軽い剣がいいだろうな。魔力で、頑丈さも上げられるんだろう? なら、細くするのはどうだろうか」

 というように、俺としては感心できるアイデアをもらえた。持つべきものは師匠だよな。エリナといい、フィリスといい。

 カミラは雷の魔力で加速するので、威力が高くできる剣が嬉しいだろう。素早さは元々高いからな。だから、魔力を通して剣を強化できると嬉しいよな。なので、雷の魔力がよく通るように調整したつもりだ。フィリスにも協力してもらった。

 という訳で、俺の剣は大きく太めに、カミラの剣は小さく細めになった。ちなみに、剣は俺の手元に呼び寄せることもできる。まあ、俺の剣でしか使わない機能ではあるが。俺の魔力があるから、魔力操作と同じ感覚で動かせるのだろうな。

 どちらの剣にも、柄にダリアの花を彫っている。俺の名前である、レックス・ダリア・ブラックから取った。

「俺の剣は、誓いの剣ホープオブトライブという名前にしよう。カミラのは、何が良いかな」

 色々な候補を考えたが、カミラが名付けしたいのならそれでいいし、名無しでも悪くない。とにかく、姉の心次第ということにした。

 という訳で、カミラを探して作った剣をプレゼントする。

「姉さん、これ、あげる。そこそこいいものができたから」
「施しのつもり? まあ、使ってあげるけどね。名前とかあるの?」
雷閃サンダーボルトでどうかな」
「ふーん、あたしの雷を意識したの? まあ、その名前でいいわ」

 カミラは俺の贈った剣を持って、的のところに向かっていく。そして、素早く振り下ろした。

「……ふっ! ふーん、悪くないじゃない。じゃあ、あたしは行くわ」

 剣を持ったまま向かっていたので、本当に使ってくれるのだろう。少しだけ、達成感のようなものがあった。

 それから、次の日も、その次の日も、カミラは雷閃サンダーボルトを使って訓練をしていた。ちゃんと使ってくれているようで、嬉しい。

 実際に剣を作って分かったことがあるのだが、魔力を侵食したものの位置は探知できるみたいだ。試しにウェスの場所を探ってみたら、それは分からなかった。右腕には、もう魔力が残っていないのかもしれないな。

「気に入ってくれたのか、姉さん?」
「せっかく、あたしのためにレックスがよこしたんだからね。威力も悪くないみたいだし」
「そう。まあ、壊れそうになったら捨ててもいいからね」
「当然よね。壊れるような武器、あたしにはふさわしくないわ」

 その次の日も、また次の日も、いつも同じ剣を使って鍛錬をしていたカミラ。その姿を見ることで、胸にじんわり温かいものが宿ったような気がした。

「カミラ、結局毎日、俺の贈った剣を使ってくれているな。これなら、仲を深めていく事もできるはずだ」

 その先に、カミラと敵対しなくて済む未来があればいい。俺は心から祈っていた。これから先も、他の家族との関係を築いてみせる。そう誓いながら。
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