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5話 歪みの中
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ミネルバさんの使う空間魔法は、何故かおぞましさすら感じる光景を生み出していた。
以前はあの美しい光景で強い力を発揮できていたはずなのに、いったいどうして。
よくわからないが、なにかミネルバさんに異変が起こったのか? だとしても、それが今の状況に一体何の関係が?
何もかもがわからない。だが、俺の憧れたあの魔法が失われたわけではないはずだ。
ミネルバさんはあの美しい光景を作ること自体には成功していた。だとすると、空間魔法で何かが噛み合わなくなっている?
俺は空間魔法を使えるようになったばかりなので、ミネルバさんの異変の原因は何もわからない。
だが、これはずいぶんと大きな問題だと、俺の直感が指摘していた。
実際にこの感覚が正解なのかは分からないが、当たっているとすると、ミネルバさんになにかおかしなことが起こっているのかもしれない。
ただ、俺がミネルバさんに対してできることはなにもないだろう。悔しいが、出会ったばかりの人間に解決できることだとは思えない。
俺にできることは、時間が解決する問題だと信じることくらいのものだ。
自分の無力を強く感じるが、だからといってできることが増えるわけではない。
ミネルバさんのことは心配ではあるが、それでも手出しはできなかった。
俺が何をしたところで、むしろ逆効果になるとしか思えない。それほど親しいわけではないのだから。
なにか出来ることがあるのならしたい所ではあるが、少なくとも俺が思いつく程度のことはしないほうがいいだろう。
俺は人間関係に詳しい訳では無いし、親しい女の人がいたこともない。そんな人間が考えるような策など有害無益がいいところだろうさ。
ただ、ミネルバさんに悩みがあるのならば解決してほしいという願いは本当だ。
俺に空間魔法を教えてくれた恩人でもあるし、尊敬できる魔法使いでもある。
空間魔法の異常の原因は分からないが、ミネルバさんほどの人ならば、魔法の問題ならば原因くらい特定できるはずだ。
ただ、わかったところで解決しない問題だとすれば。ついミネルバさんのことを心配してしまうが、ミヤビ先生だっているのだからなんとかなるはずだ。
ミヤビ先生は俺より人間的にも魔法使いとしても優れている。だから、きっと大丈夫なはずだ。
「くっ、はぁ、はぁ……どうして……こんな、こんな……」
空間魔法を使い終えたミネルバさんはとても苦しそうに見える。
だが、俺に出来ることはない。俺がミネルバさんを励まそうとしたところで、それがなんの意味を持つ?
俺は空間魔法に何も問題を抱えていない。そんな人間の言葉にどれほどの説得力があるというのだ。
安易な言葉を発すれば、ミネルバさんを無意味に傷つけるだけで終わってしまうだろう。
そして、俺には安易でない言葉は見つからない。だから、諦めるべきなんだ。
クラスメイトたちはとてもざわついている。やはり今の光景が衝撃的だったのだろう。
そんななか、ミネルバさんとよく話している人が声をかけていた。
「大丈夫? 苦しそうだけど、今日は休む?」
「いえ、大丈夫です……体調に問題があるわけではありませんから」
「そう? 悩みがあったら言ってくれていいからね」
「ありがとうございます。ですが、問題ありません」
ミネルバさんの言い分だと、体調には問題ないようだ。それが嘘かどうかは俺には分からないが。
その発言が正しいと仮定すると、体調が空間魔法に悪影響を及ぼしているわけではない。
いや、そもそもあれは悪影響なのか? 見た目がおぞましいから悪いものと考えていたが、そうとは限らないだろう。
そうでもないか。ミネルバさんが苦しそうな顔をしていたこととつじつまが合わない。
だが、ミネルバさんにとっては好ましくないだけだという可能性は? 見た目がおぞましいと俺は感じていたし、同じように嫌っているという場合もありえる。
悔しいな。俺が空間魔法を覚えたばかりでなければ、原因を割り出せたのかもしれないのに。
俺の未熟さが思い知らされること、ミネルバさんの苦しさを振り払ってやれないこと。
それらに対する失望感のようなものが俺に襲いかかっていた。
ミネルバさんには元気でいてほしい。それが俺の望みであることは間違いない。
だからといって、むやみやたらと行動することはミネルバさんのためにはならない。余計なお世話でしか無いだろう。
だから、俺は普段どおりに過ごすしか無い。胸が苦しいような気がするが、我慢するだけだ。
それからは特に何事もなく一日が過ぎていき、次の日。
いつものように授業を受けていると、この先生の法則ならばミネルバさんが当てられる順番がきた。
だが、ミネルバさんが当てられることはなかった。一体なぜ?
俺の疑問をよそに、授業はそのまま進行していく。皆は今のことを気にしている様子はない。
どういうことだろう。俺だけが先生の指名順の法則に気がついていた? まさかな。
こんな簡単な法則に俺だけが気づいているということはないだろう。
だとすると、どういう理由でそうなっている? ミネルバさんが避けられているということはないと思うが。
今日もみんなに話しかけられている様子だったからな。空間魔法について話してみたい気もしたが、流石に昨日の今日では躊躇われた。
それからは特におかしな事はないような気がしていた。まあ、俺はアベルとミネルバさんくらいしかあまり話さないのだが。
一応最低限の会話はしているが、こちらから積極的に話しかけることはない。
友だちが少ないことは自覚しているが、それで特に困ると感じたことはなかった。
今日はアベルと話すことにして、ミネルバさんが落ち着いたら話してみたいものだ。
ミネルバさんとなら、きっと楽しい魔法の話ができる。あれ程の魔法使いは少ないからな。
アベルだって悪くはないどころか優れていると言えるのだが、流石にミネルバさんほどではない。
「アベル、調子はどうだ? 俺は最高だと思うぞ」
「空間魔法を使えるようになるくらいだもんね。さすがはルイスだよ。僕はまあまあかな」
「そんなものか。お前は単一属性の魔法についてはどう思う?」
「まあ、必要なら使うってくらいかな。僕は複合魔法の属性数を上げる方を優先したいかな」
「それもいいが、単一魔法にもいろいろな発見があるものだぞ。興味が湧いたら試してみるといい」
「ルイスが言うのなら本当なんだろうけど、僕にそんな余裕はないかな」
「そうか。あれはあれで重要だし面白いのだがな。まあ、無理強いはできないからな」
「あはは……僕もルイスほど才能があったなら、研究していたかもね」
単一属性の魔法の面白さはアベルにも伝わらないのか。もったいないな。
だが、俺の好みを押し付ける訳にはいかないからな。アベルがそれで失敗したとしても、責任は取れないのだから。
とはいえ、本当に残念だ。アベルと語り合うことができたのならば、より楽しかっただろうに。
まあ、アベルが興味を持たないことは仕方がない。俺のほうが才能があるというのも、空間魔法を使えるようになる期間を思えば否定はできない。
なにせ、この学園での最大の目標と言っていいものなのだから。
つまり、本来は3年をかける必要がある。それをこの時期に使えるのだから、俺に才能がないという方がおかしい。
謙遜をしても嫌味としか捉えられないだろうと思う程度には、俺は先に進んでいるだろう。
だから、アベルが俺を追いかけてこないのも仕方のないことなのだろうな。悲しくはあるが。
それからは特に変わったこともなく1日が過ぎ、次の日。
先輩たちと合同で行う授業の時間となっていた。どうも、先輩たちに魔法の説明をする訓練をさせるらしい。
その中から、俺たちは必要な知識や技術を吸収して、さらに優れた魔法を使うことを目指していく。
そして授業が始まったのだが、ミネルバさんのもとへ先輩たちは向かわなかった。
空間魔法が使えるから教える必要がないのかと考えたが、それでは俺のもとに先輩が来ている説明がつかない。
俺の知らないところで何かが起こっているのかもしれない。だが、人間関係に疎い俺に出来ることはないだろう。
そもそも、原因を聞いて答えてもらえるのだろうか? いや、まずは試して見るところからか。
「先輩、何故ミネルバさんのもとへ人が集まらないのでしょう?」
「君は空間魔法を使えるんだよね? なら、答えは知っているんじゃないかな?」
どういうことだ。空間魔法が使えると、なぜミネルバさんの今の状況の原因が分かる。
詳しく聞こうか考えていると、そのまま先輩は魔法についての説明に移っていった。
これでは今以上に状況を知ることはできないな。口惜しいが、仕方がない。
そのまま授業は進行していき、結局何もわからないままだった。
空間魔法についてより詳しくなれば、今の状況について理解できるということはわかったが。
とはいえ、どうすればいいものだろう。このままではミネルバさんが孤立してしまうのではないだろうか。
だが、俺が人間関係に働きかけることは難しい。そもそも、俺の言葉をまともに聞いてくれるのはアベルと、可能性としてミネルバさんくらいだ。
アベルに今の状況を相談するのがいいのか? ミネルバさんに相談することが論外だということくらいは分かる。
いや、ミヤビ先生ならどうだ? あの人は優しいから、俺の言葉を真剣に受け止めてくれるだろう。
方針は決まったので、ミヤビ先生の元へと向かう。
ミヤビ先生は俺の顔を見ると笑顔になって手を振ってくれた。
やはり、この人に相談するのが一番いいだろう。この人ならば信頼できる。
「ミヤビ先生、ミネルバさんがなにか避けられているようなんですが、原因に心当たりはありませんか?」
「私には分かるのですが、ルイスくん、あなたには説明しようと思いません」
「なぜですか? 俺にはミネルバさんを傷つける意図はありませんよ」
「だからこそ、です。今でもミネルバさんを避けていないあなただから、本当に原因を知らないのだと思います。ですから、これからも知らないでいてほしい」
ミヤビ先生の言っている意味がわからない。俺が原因を知ると、なにか問題が発生するとでも言うのか?
いや、もっと直接的に、俺がミネルバさんを避けることになると思われている。
俺がミネルバさんを避けるようになるとは思えないが。あれほど尊敬できる魔法使いなど、そうはいないのだから。
とはいえ、ミヤビ先生が聞くなと言っていることを聞いてしまっていいのだろうか。
悩ましくはあるが、もう少し詳しく知りたい。
「あの空間魔法となにか関係があるんですか? あの日からですよね。ミネルバさんが避けられるようになったのは」
「ルイスくん、ミネルバさんと同じ女性として、私はその説明をしたくありません。どうか理解してください」
女性としてときたか。そうなると、たしかに俺の判断よりミヤビ先生の判断のほうが信頼できる。
仕方ない、諦めるか。でも、ミヤビ先生ならば解決してくれるかもしれない。お願いしてみるか。
「分かりました。でしたら、ミヤビ先生の方からミネルバさんにフォローを入れてくれませんか?」
「成果は確約できませんが、出来ることはしようと思います。ただ、状況は悪いですね……」
「そうですよね。なにか不穏な空気が漂っているような気がします」
「ルイスくんにも感じられるほどですか。これは難題ですね……」
ミヤビ先生は俺がそういう事に気が付かないと思っているのか。まあ、仕方のないことではある。
俺は人間関係の面で上手くできているとはとても言えない。
だからこそ、頼りになる人の助けが欲しかったのだが。ミヤビ先生でも難しいとなると、他に頼れる人はいない。
どうすればいいのだろう。俺はミネルバさんに悲しい顔をしてほしくはない。
「俺になにか出来ることはありませんか? 俺が考えたところで無駄になるでしょうけど、ミヤビ先生の意見なら参考にできます」
「その判断は正しいでしょうね。ですが、いつもどおりにミネルバさんと接する以外にはないと思います」
「そうですか。ミヤビ先生、時間を取ってくださってありがとうございました」
「いえ、問題を解決できたわけではありませんから。がんばってくださいね」
ミヤビ先生のおかげで方針は決まった。とはいえ、何もしないよりマシという程度だろう。
まあ、一歩一歩進めていくしか無いな。劇的な改善策など無いはずだ。
だが、俺が考えていたよりも事態は深刻だったようだ。
次の日には、ミネルバさんはクラスメイトにも遠ざけられているようだった。
以前はあの美しい光景で強い力を発揮できていたはずなのに、いったいどうして。
よくわからないが、なにかミネルバさんに異変が起こったのか? だとしても、それが今の状況に一体何の関係が?
何もかもがわからない。だが、俺の憧れたあの魔法が失われたわけではないはずだ。
ミネルバさんはあの美しい光景を作ること自体には成功していた。だとすると、空間魔法で何かが噛み合わなくなっている?
俺は空間魔法を使えるようになったばかりなので、ミネルバさんの異変の原因は何もわからない。
だが、これはずいぶんと大きな問題だと、俺の直感が指摘していた。
実際にこの感覚が正解なのかは分からないが、当たっているとすると、ミネルバさんになにかおかしなことが起こっているのかもしれない。
ただ、俺がミネルバさんに対してできることはなにもないだろう。悔しいが、出会ったばかりの人間に解決できることだとは思えない。
俺にできることは、時間が解決する問題だと信じることくらいのものだ。
自分の無力を強く感じるが、だからといってできることが増えるわけではない。
ミネルバさんのことは心配ではあるが、それでも手出しはできなかった。
俺が何をしたところで、むしろ逆効果になるとしか思えない。それほど親しいわけではないのだから。
なにか出来ることがあるのならしたい所ではあるが、少なくとも俺が思いつく程度のことはしないほうがいいだろう。
俺は人間関係に詳しい訳では無いし、親しい女の人がいたこともない。そんな人間が考えるような策など有害無益がいいところだろうさ。
ただ、ミネルバさんに悩みがあるのならば解決してほしいという願いは本当だ。
俺に空間魔法を教えてくれた恩人でもあるし、尊敬できる魔法使いでもある。
空間魔法の異常の原因は分からないが、ミネルバさんほどの人ならば、魔法の問題ならば原因くらい特定できるはずだ。
ただ、わかったところで解決しない問題だとすれば。ついミネルバさんのことを心配してしまうが、ミヤビ先生だっているのだからなんとかなるはずだ。
ミヤビ先生は俺より人間的にも魔法使いとしても優れている。だから、きっと大丈夫なはずだ。
「くっ、はぁ、はぁ……どうして……こんな、こんな……」
空間魔法を使い終えたミネルバさんはとても苦しそうに見える。
だが、俺に出来ることはない。俺がミネルバさんを励まそうとしたところで、それがなんの意味を持つ?
俺は空間魔法に何も問題を抱えていない。そんな人間の言葉にどれほどの説得力があるというのだ。
安易な言葉を発すれば、ミネルバさんを無意味に傷つけるだけで終わってしまうだろう。
そして、俺には安易でない言葉は見つからない。だから、諦めるべきなんだ。
クラスメイトたちはとてもざわついている。やはり今の光景が衝撃的だったのだろう。
そんななか、ミネルバさんとよく話している人が声をかけていた。
「大丈夫? 苦しそうだけど、今日は休む?」
「いえ、大丈夫です……体調に問題があるわけではありませんから」
「そう? 悩みがあったら言ってくれていいからね」
「ありがとうございます。ですが、問題ありません」
ミネルバさんの言い分だと、体調には問題ないようだ。それが嘘かどうかは俺には分からないが。
その発言が正しいと仮定すると、体調が空間魔法に悪影響を及ぼしているわけではない。
いや、そもそもあれは悪影響なのか? 見た目がおぞましいから悪いものと考えていたが、そうとは限らないだろう。
そうでもないか。ミネルバさんが苦しそうな顔をしていたこととつじつまが合わない。
だが、ミネルバさんにとっては好ましくないだけだという可能性は? 見た目がおぞましいと俺は感じていたし、同じように嫌っているという場合もありえる。
悔しいな。俺が空間魔法を覚えたばかりでなければ、原因を割り出せたのかもしれないのに。
俺の未熟さが思い知らされること、ミネルバさんの苦しさを振り払ってやれないこと。
それらに対する失望感のようなものが俺に襲いかかっていた。
ミネルバさんには元気でいてほしい。それが俺の望みであることは間違いない。
だからといって、むやみやたらと行動することはミネルバさんのためにはならない。余計なお世話でしか無いだろう。
だから、俺は普段どおりに過ごすしか無い。胸が苦しいような気がするが、我慢するだけだ。
それからは特に何事もなく一日が過ぎていき、次の日。
いつものように授業を受けていると、この先生の法則ならばミネルバさんが当てられる順番がきた。
だが、ミネルバさんが当てられることはなかった。一体なぜ?
俺の疑問をよそに、授業はそのまま進行していく。皆は今のことを気にしている様子はない。
どういうことだろう。俺だけが先生の指名順の法則に気がついていた? まさかな。
こんな簡単な法則に俺だけが気づいているということはないだろう。
だとすると、どういう理由でそうなっている? ミネルバさんが避けられているということはないと思うが。
今日もみんなに話しかけられている様子だったからな。空間魔法について話してみたい気もしたが、流石に昨日の今日では躊躇われた。
それからは特におかしな事はないような気がしていた。まあ、俺はアベルとミネルバさんくらいしかあまり話さないのだが。
一応最低限の会話はしているが、こちらから積極的に話しかけることはない。
友だちが少ないことは自覚しているが、それで特に困ると感じたことはなかった。
今日はアベルと話すことにして、ミネルバさんが落ち着いたら話してみたいものだ。
ミネルバさんとなら、きっと楽しい魔法の話ができる。あれ程の魔法使いは少ないからな。
アベルだって悪くはないどころか優れていると言えるのだが、流石にミネルバさんほどではない。
「アベル、調子はどうだ? 俺は最高だと思うぞ」
「空間魔法を使えるようになるくらいだもんね。さすがはルイスだよ。僕はまあまあかな」
「そんなものか。お前は単一属性の魔法についてはどう思う?」
「まあ、必要なら使うってくらいかな。僕は複合魔法の属性数を上げる方を優先したいかな」
「それもいいが、単一魔法にもいろいろな発見があるものだぞ。興味が湧いたら試してみるといい」
「ルイスが言うのなら本当なんだろうけど、僕にそんな余裕はないかな」
「そうか。あれはあれで重要だし面白いのだがな。まあ、無理強いはできないからな」
「あはは……僕もルイスほど才能があったなら、研究していたかもね」
単一属性の魔法の面白さはアベルにも伝わらないのか。もったいないな。
だが、俺の好みを押し付ける訳にはいかないからな。アベルがそれで失敗したとしても、責任は取れないのだから。
とはいえ、本当に残念だ。アベルと語り合うことができたのならば、より楽しかっただろうに。
まあ、アベルが興味を持たないことは仕方がない。俺のほうが才能があるというのも、空間魔法を使えるようになる期間を思えば否定はできない。
なにせ、この学園での最大の目標と言っていいものなのだから。
つまり、本来は3年をかける必要がある。それをこの時期に使えるのだから、俺に才能がないという方がおかしい。
謙遜をしても嫌味としか捉えられないだろうと思う程度には、俺は先に進んでいるだろう。
だから、アベルが俺を追いかけてこないのも仕方のないことなのだろうな。悲しくはあるが。
それからは特に変わったこともなく1日が過ぎ、次の日。
先輩たちと合同で行う授業の時間となっていた。どうも、先輩たちに魔法の説明をする訓練をさせるらしい。
その中から、俺たちは必要な知識や技術を吸収して、さらに優れた魔法を使うことを目指していく。
そして授業が始まったのだが、ミネルバさんのもとへ先輩たちは向かわなかった。
空間魔法が使えるから教える必要がないのかと考えたが、それでは俺のもとに先輩が来ている説明がつかない。
俺の知らないところで何かが起こっているのかもしれない。だが、人間関係に疎い俺に出来ることはないだろう。
そもそも、原因を聞いて答えてもらえるのだろうか? いや、まずは試して見るところからか。
「先輩、何故ミネルバさんのもとへ人が集まらないのでしょう?」
「君は空間魔法を使えるんだよね? なら、答えは知っているんじゃないかな?」
どういうことだ。空間魔法が使えると、なぜミネルバさんの今の状況の原因が分かる。
詳しく聞こうか考えていると、そのまま先輩は魔法についての説明に移っていった。
これでは今以上に状況を知ることはできないな。口惜しいが、仕方がない。
そのまま授業は進行していき、結局何もわからないままだった。
空間魔法についてより詳しくなれば、今の状況について理解できるということはわかったが。
とはいえ、どうすればいいものだろう。このままではミネルバさんが孤立してしまうのではないだろうか。
だが、俺が人間関係に働きかけることは難しい。そもそも、俺の言葉をまともに聞いてくれるのはアベルと、可能性としてミネルバさんくらいだ。
アベルに今の状況を相談するのがいいのか? ミネルバさんに相談することが論外だということくらいは分かる。
いや、ミヤビ先生ならどうだ? あの人は優しいから、俺の言葉を真剣に受け止めてくれるだろう。
方針は決まったので、ミヤビ先生の元へと向かう。
ミヤビ先生は俺の顔を見ると笑顔になって手を振ってくれた。
やはり、この人に相談するのが一番いいだろう。この人ならば信頼できる。
「ミヤビ先生、ミネルバさんがなにか避けられているようなんですが、原因に心当たりはありませんか?」
「私には分かるのですが、ルイスくん、あなたには説明しようと思いません」
「なぜですか? 俺にはミネルバさんを傷つける意図はありませんよ」
「だからこそ、です。今でもミネルバさんを避けていないあなただから、本当に原因を知らないのだと思います。ですから、これからも知らないでいてほしい」
ミヤビ先生の言っている意味がわからない。俺が原因を知ると、なにか問題が発生するとでも言うのか?
いや、もっと直接的に、俺がミネルバさんを避けることになると思われている。
俺がミネルバさんを避けるようになるとは思えないが。あれほど尊敬できる魔法使いなど、そうはいないのだから。
とはいえ、ミヤビ先生が聞くなと言っていることを聞いてしまっていいのだろうか。
悩ましくはあるが、もう少し詳しく知りたい。
「あの空間魔法となにか関係があるんですか? あの日からですよね。ミネルバさんが避けられるようになったのは」
「ルイスくん、ミネルバさんと同じ女性として、私はその説明をしたくありません。どうか理解してください」
女性としてときたか。そうなると、たしかに俺の判断よりミヤビ先生の判断のほうが信頼できる。
仕方ない、諦めるか。でも、ミヤビ先生ならば解決してくれるかもしれない。お願いしてみるか。
「分かりました。でしたら、ミヤビ先生の方からミネルバさんにフォローを入れてくれませんか?」
「成果は確約できませんが、出来ることはしようと思います。ただ、状況は悪いですね……」
「そうですよね。なにか不穏な空気が漂っているような気がします」
「ルイスくんにも感じられるほどですか。これは難題ですね……」
ミヤビ先生は俺がそういう事に気が付かないと思っているのか。まあ、仕方のないことではある。
俺は人間関係の面で上手くできているとはとても言えない。
だからこそ、頼りになる人の助けが欲しかったのだが。ミヤビ先生でも難しいとなると、他に頼れる人はいない。
どうすればいいのだろう。俺はミネルバさんに悲しい顔をしてほしくはない。
「俺になにか出来ることはありませんか? 俺が考えたところで無駄になるでしょうけど、ミヤビ先生の意見なら参考にできます」
「その判断は正しいでしょうね。ですが、いつもどおりにミネルバさんと接する以外にはないと思います」
「そうですか。ミヤビ先生、時間を取ってくださってありがとうございました」
「いえ、問題を解決できたわけではありませんから。がんばってくださいね」
ミヤビ先生のおかげで方針は決まった。とはいえ、何もしないよりマシという程度だろう。
まあ、一歩一歩進めていくしか無いな。劇的な改善策など無いはずだ。
だが、俺が考えていたよりも事態は深刻だったようだ。
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