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3、Declaration of battle
Declaration of battle
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朝、職員室に松山智成から、学校を休むという旨の電話があった。東雲由紀乃は昨日松山を見送った時のことを思い出した。少しは笑顔が見られるほど持ち直したように見えたが、受けた心の傷は相当深かったのであろう。東雲は放課後訪問する約束を取り付け、電話を切った。事態は良くない方向に進んでいる。
「松山、休む感じ?」電話の内容を隣で聞いていた学年主任の東堂が電話の内容を確認する。
「はい、やはり、昨日の件だと思います。」
昨日の松山智成に関する事件は学年の教師たちには周知してある。しかし教師の間でも松山智成本人が例の文章を書いたという見方が強い。なお教師たちの中で例のノートの文章を読んだ者はおらず、「松山が金谷にラブレターを送ったが拒絶され、そのことが大事になった」という認識を漠然と持っている程度である。そして松山の証言通り、「何者かが偽りのラブレターを書いて松山を陥れた」という見方をしているのは現時点で由紀乃だけであった。しかし何者かの犯行を匂わせる情報を由紀乃は幾つか掴んでいた。
・一昨日の放課後、図書室で駒林瑛人(こまばやしえいと)と鈴木怜奈(すずきれいな)が勉強をしていた。
・一昨日の放課後、3年4組の教室で相田道夫(あいだみちお)が大西唯(おおにしゆい)の机に蜂蜜を塗りたくっていた。
・一昨日の放課後、3年2組の教室で椚田司(くぬぎだつかさ)が制汗スプレーを自身に振りかけていた。
由紀乃は頭を抱えた。相田の蜂蜜事件には一時職員室が騒然となったが、今回の事件の現場が3年2組であることだけに、椚田司の不可解な行動が気になって仕方がない。
「どうして椚田君は教室にいたの?」由紀乃は小さくぼやく。
由紀乃は今一度、椚田司という生徒について考える。由紀乃が知る椚田は一言で言えば真面目な生徒である。彼が問題を起こしたという話を聞いたことがないし、試験結果に採点ミスがあった場合、自身の点数が下がることになるとしても正直に申告してくる生徒である。しかし彼は、友達が少なく、また当の松山浅井堂島から嫌がらせを受けている印象も伺えた。何か決定的な瞬間を目にした訳ではないが、彼らの椚田に対する接し方からそのように感じていた。数回、「椚田がいじめられているのでは?」と先輩同僚や学年主任に相談したことがあったが、「いじめと断定するのは早い、様子をみよう」と返された。以来由紀乃は椚田に対し注意を払い、気にかけてきたつもりである。ただ、もし、由紀乃の推測通り椚田が松山達から嫌がらせを受けており、苦痛を感じていたのなら、今回椚田がなんらかの形で松山に報復をしたと考えるのも筋が通る。
由紀乃は自分を責める溜息を漏らす。自分のせいだ。自分がもっと、しっかりしていれば。
学校の教師というのは気を遣う職業である。気を遣うことは美徳とされ、気が利かない教師は向いていないという烙印を押される。皆で仲良くやっていきましょうという暗黙の了解があるので、独断で行動する行為、事を荒立てる行為は絶対的なNGとされる。もし仮に一人が「いじめ」だ!と強く主張すれば、何人もの教師が事態の収束に向けて動くことになる。
多くの教師を巻き込むことになる。
良くも、悪くも。
それ故、「いじめ」という問題に対し、教師は慎重である。「いじめ」に対し絶対的な証拠を掴むまで率先して動こうとはしない。「いじめのサインを見逃すな」「子供がいじめを受けていると思われるときは適切かつ迅速な対応を」などと言われるが、実態はこれである。由紀乃もまた、若く経験も足りない自身の浅はかな行動が教師間の和を乱してしまうのではないかと恐れ、この問題を追及しようとはしてこなかった。
今回の事件は自分に非がある。自分が周囲の目を恐れたために、大切な生徒を傷つけてしまった。せめてまだ自分にできることがあるのなら、今度は勇気をもって行動を起こそう。大切な生徒を守るために。大切な彼らを二度と裏切らないために。心の内に戦う決意を宿した由紀乃は、安寧とした職員室を後にした。
*
教室に入ると、何故か絶対的に可愛い早瀬さんがいた。
「あ、おはようございます椚田先輩、昨日は大変でしたね」
朝からこんな絶対的に可愛い存在が視界に入ってくることは想像していなかったので、虚を突かれた私はたちまちあたふたしてしまう。周囲を見渡し、いつも通りのクラスメイト連中の顔を確認する。大丈夫、教室を間違えた訳ではない。
「は、早瀬さん、おはよう、どうしたの?」
「いえ、その、昨日せっかく先輩が誘ってくださったのに、途中で水を差されてしまったじゃないですか、だから、その」
だから、その、なんだろう。
まさかもう一度苺パフェを奢ってくれと言い出すんじゃないだろうか。
それはまずい。
それだけはできない。
最早もう一度苺パフェを奢る余裕など、私にはない。
「早瀬さん」彼女の言葉を遮って私は口を開く。
「え?はい」言葉を中断された彼女はぽかんと口を開ける。
「お昼は、学食?お弁当?」
「えっと、お弁当です」
「良かったら、昼休み二人で話さない?」
周りで「おぉ!」という驚きの声や「はぁっ⁉」という憤慨の声があがる。恐らく周りにはぼっちの私が絶対的に可愛い早瀬さんを口説こうとしているように見えているのであろう。ぼっち男子によるジャイアントキリングは成り得るのか。私たちは好奇の目に包まれる。
絶対的に可愛い早瀬さんは顔を赤らめて俯き、しかし上目遣いで私を捉えて返事をする。
「はい、よろしくお願いします」
周囲で「うそぉ!」「椚田マジで!」「ざけんなちくしょう!」と声が聞こえる。
底辺男子が学校一の美女を射止める、または冴えない女子がイケメン男子に言い寄られる、そういうテーマは漫画やラノベで根強い人気を誇っている。満たされない劣等感を抱える読者が登場人物と自己を重ね疑似的なドキドキを体験する。しかしそれはフィクションだから良いのであって、現在、私と絶対的に可愛い早瀬さんの恋路を温かい目で見守っているものは皆無であろう。男子諸君は底なしの呪詛の念を送っていることであろう。
面食いという破壊的な呪縛に抗い世界平和を願う心と、そんなものは糞だ、理性よりも本能を優先せよという悪魔的囁きに身を任せたい心は、今なお私の中で葛藤を繰り広げている。
「面食いは悪だというが、かの麗しき乙女を創造したのは神ではないか、君は神が創造せしものを愛することを悪というのか?」
「その主張は論点をずらしている。麗しき乙女を愛するのは問題ではないが、それ以外の存在を疎かにすることが問題だと言っているのだ。神は全ての隣人を愛せよと仰せになったではないか」
「しかし君は一人を選ばなければならない。選ぶということは何かしらの優劣をつけて選び取る必要性があるのでは?」
「そうだ!しかしその優劣を決める判断基準に本人の努力だけではどうしようもない容姿に重きを置くのが理不尽かつ非合理的だと言っているのだ」
「そこまで分かっているのなら容姿にこだわるのはやめて手当たり次第に全ての女子にアプローチをかけてみてはどうかな?一人くらいは受け止めてくれる人がいるだろう。合理的だね?」
「ぐぬぅ」
そんな虚しい脳内討論会を展開しようとも付き合えることなら付き合いたいと思わせる、それほどまでに絶対的に可愛い早瀬さんは魅力的な人だった。絶対的に可愛い、ただそれだけなのに。
しかし、残念ながら私と彼女の関係は恋愛関係に成り得ない。私と彼女を結び付けるのは弱みを握ったものと握られた者という構図が成り立たせる隷属関係である。
「それでは、先輩、また後で」
彼女はぺこりと頭を下げると跳ねるような足取りで去って行った。
私はその後ろ姿を見送りながら、どうやってお金がないことを彼女に説明しようかと考えていた。
*
絶対的に可愛い早瀬さんが去った後、私は自身の席に着いて思案に暮れる。
絶対的に可愛い早瀬さんと今後どうするかについてだ。
今朝の様子から読み取るに、彼女は私に好意があるというあざとい演技をしている。それはもう明らかである。浅井と堂島が「お前、調子に乗ってんじゃねぇぞ」「弄ばれているだけなのにそんなことも分からないの?可哀そー!」と言いにやってくるほど彼女の目は恋する乙女モードだった。なんという演技力であることか、これ程の名女優がこんな所で燻っていていいものなのか。いっそ私がマネージャーになって彼女をプロデュースしようか。
何はともあれ彼女が演技をしていることは絶対である。
では、何故?ひょっとするとこの問題はそれほど難しいものではないのかもしれない。例えば恋愛観の相違。彼女ほどの女性となると言い寄る男は後を絶たない。彼氏も結婚もイージーゲームである。眼前の男どもは軒並み媚びへつらう犬と化す。つまり、高校で誰と付き合おうが微塵も気にしないのである。故に残るのは印象操作。誰と付き合うかということは周囲に与える印象に影響する。容姿に優れた者と付き合うということはなぜかそれだけでその者のステータスが向上するような錯覚を周囲に与える。本来誰が誰と付き合おうがそいつはそいつであることに変わりないのだが、世の中にはそういう見方が確かに存在する。言うなれば恋人のブランド化である。誰と付き合うかということは自身がどういう人間であるかということを物語る。
ならば彼女が私と付き合うことで得たい印象とは?
昨日彼女は執拗な松山からの攻撃にも屈しなかった私の姿勢を称える言葉を発した。つまり、「私は顔ではなく、性格を見て人を選んでいる」といういかにも自身は性格良き人間であることを周囲にアピールすることに成功している。
世間では何故だか容姿で人を選ぶ人間はクズ、性格で人を選ぶのが真っ当な人間であるという風潮が実しやかに囁かれている。そんな中、彼女は私と付き合うことで絶対的に可愛いだけで飽き足らず人格者であるという特質までほしいままにしてしまった。そしてその裏で奴隷GETである。恐ろしい女である。
絶対的に可愛い早瀬さんと疑似恋愛をする日々は楽しいかもしれない。しかし金銭が発生する隷属関係はやはり抵抗がある。何より、いつ私の弱みが白日の下に晒されるのか、気が気でない。彼女との今の関係を、続ける訳にはいかない。
やはり、彼女の弱みを握るしかない。
もしくは松山にしたように、奸計をめぐらし罠に嵌めるか。
しかし彼女はエスパーである。考えを読まれてしまえば罠に嵌めようがない。
気付かれることなく反撃の隙を与えることなく一撃必殺で沈めなければならない。
そんなこと、できるのか。
具体的な作戦を考え出そうとした所で思考を中断させる。
いけない、昼休みに彼女と会うのだ。今ここで彼女と戦うための作戦を立てても、彼女と会った時にエスパーで見抜かれてしまったら終わりである。今はこの敵意を完全に鎮める必要がある。
私は、彼女への反抗心を隠蔽すべく、彼女の良いところを100程数え上げることにした。
*
「おはようございます」
57個目の彼女の良いところを見つけた所で担任の東雲由紀乃が教室に入って来た。いつもは優しくおおらかな印象を持つ東雲だが、今朝はどこか真剣な空気を纏っていた。その東雲の様子の異変に気付いたのか、会話のために席を立っていた男子も女子も比較的速やかに席に着いた。
生徒の注意が自分に向いていることを確認した東雲は口を開いた。
「松山くんについて、昨日あったことも含めて、お話があります」
始業のチャイムが鳴っても教室に松山の姿が見えないので、クラスの皆もだいたいなんの話か見当をつける。
「昨日、松山くんの現代文のノートが金谷さんの机に入っていたことは皆知っているよね?そしてそのノートには金谷さんへのメッセージが書かれていた」
皆は黙って話の成り行きを見守る。
「このことに関して二つ、お話があります。まず一つ、松山くんは今回のことをやっていないと話しています。誰かのいたずらだと」
「でも先生」堂島が手を挙げて東雲の話を遮る。
「あの字は松山の字だったぜ」
東雲は堂島の方を見て頷いてみせる。
「私はその字を見てないけれど、そうみたいだね」
「先生、あいつ結構平気で嘘つきますよ。都合が悪くなると『やってないやってない』って」
「そうだね、確かに松山くんが恥ずかしくなって嘘をついているってこともあるかもしれないね」
「いや絶対にそうだって」浅井も加勢に加わる。昨日まで友達だったはずの堂島と浅井のこの手の平返し、実に見事である。
「あんなことになって、あいつが素直に『僕がやりました』なんて言うはずがねぇ」
その言葉を聞いた誰かがくすりと笑う。その笑い声につられて教室中に「松山が嘘をついている」という空気が漂いだした。
想像以上にクラス全員が何の迷いもなしに松山を疑っていることを知り、自身の犯行の成果に私は感嘆としていた。
「たとえそうだとしても!」
東雲の透き通った声が松山を嗤おうとする空気を一瞬で搔き消した。
「たとえそうだとしても、皆が彼を馬鹿にして笑うのは、違うんじゃないかな?」
教室はしんと静まり返る。
「私は松山くんが嘘をついたのかついてないのかは分からないよ、でもね、今松山くんが辛い気持ちでいることは分かる。私は、そんな友達を笑うような人間に、皆になってほしくない」
誰も、何も言い返さない。
今まさに松山を嗤おうとしていたクラスメイト達はきまり悪そうな顔をして視線を下げる。
東雲が言っていることは正しい。
たとえどんな理由があっても他人を嘲笑する行為は人間として恥ずべき行為である。他人をどれだけ見下そうと、自分の価値があがる訳ではない、ただの自己満足なだけの、愚かな行為。
そんなことは分かっている。
分かっているが、面白くない。
人を見下す行為は下劣である。下劣ではあるが、それを誰よりも好んでいたのは松山自身ではないか。
毎日毎日しょうもない理由を見つけては人を貶めにかかるのは松山が大好きなことではないか。
それをいざ自分が体感すると、人を見下す行為は良くないと主張しだすのか?
都合が良すぎる。
理不尽が過ぎる。
何故、私が攻撃を受けている時は何も言わなかったのに、私が反撃に応じるとそれは駄目だと言い出すのか。
「誰かのある一面を見て、『これは良くないな』と思うことは自然なことだと思う。でもね、それを笑ったり、それを理由に強い言葉を使って攻撃したりすることは、とても恥ずかしいことだと思います。私は今回の件で、クラスの中に友達を笑っても許されるという空気があったことを、とても悲しく思っています」
一人だけ納得がいかない私をよそに、大半は東雲の言葉を聞いて自身の机とにらめっこをしている。自身の浅ましさを恥じるかのように。
多くの生徒に自身の言葉が届いたと感じたのか、東雲は次の話に移った。
「二つ目、もし松山くんが嘘をついていなかったとした場合。その場合、誰かが松山くんを陥れようとしたということになります。もしかしたらほんのちょっとした悪戯心でしたことが、予想以上に大事になって引っ込みがつかなくなっているだけなのかもしれない。どちらにせよ、松山くんを深く傷付けたことに変わりはありません。もしかしたらこの教室にそれをした人はいないのかもしれないし、私もそうだと信じたい。けれどもし、この中に、胸に覚えのある人がいるのなら、後でこっそりとでいいから、私のところに来てほしいな」
東雲は教室を見回すが、不意に私と目が合った。
1秒、2秒、3秒、長くないか、そう思った矢先、東雲はふいと視線を外してまたクラスの様子に目を配る。
偶然か?
いや、まさか。
そう思い、再度私は東雲を見る。
偶然ではない。
東雲も私を見ている。
目の端に私を捉えるように。
私の思考を読み取ろうとするように。
東雲が私を見ている。
何故、と思ったが、すぐにその理由に気付いた。
なるほど、物理の田中か。
恐らく一昨日の放課後、私が教室にいたことを物理の田中から聞いたのだろう。そこで松山を陥れた犯人として私に目星をつけた訳だ。
私は心の中で舌打ちをした。やはり教室にいたところを目撃されたのは失敗だった。言い訳は用意しているものの、やはり疑いは強まってしまう。ましてや普段の私と松山との関係性を知っていれば疑いは確信とまで行ってもおかしくない。
恐らく間違いない。
東雲由紀乃は松山を陥れた犯人として私を疑っている。
私は心の中でため息を漏らす。
東雲由紀乃は良い教師である、そう感じていた。
面倒見がよく、困っていることがないか何度も声をかけてくれた。
教師として、東雲を尊敬しており、好いてもいたのだが…
そうか、彼女は松山の肩を持つのか。
私ではなく、松山の肩を。
今まで散々攻撃を受けてきた私ではなく、たった一度の反撃を受けただけの松山の肩を持つというのか。
残念だ。
早々に松山を潰したことで、残るは絶対的に可愛い早瀬さんの口を封じるだけだと思っていたが、どうやら東雲由紀乃をも、敵として認めなければならないらしい。
非常に残念だ。
*
椚田司の様子が異質だ。
由紀乃は教室中に視線をやり、そう感じた。
あるものは自身の言葉が届いたのかその顔に反省の色を、またあるものは突如楽しい楽しい玩具を取り上げられて面白くなさそうな様相を浮かべている。
しかし椚田が見せる顔はそのどれでもなく、言うなれば、失望と怒りであった。
もし自身の見立て通り、松山が椚田に嫌がらせをしていたとしたら。そしてもし今回の事件が、椚田から松山への反撃だったとしたら。
——どうして今まで黙っていたくせに、急にしゃしゃり出てくるんだよ。
椚田がそういう思いを抱いたとしても、それはすごく自然なことではないか。
——教師が頼りないから、自分が戦うしかなかった。
そう言われてしまえば、なんて返せば良いのだろう。
いいや、返す必要なんてないのだ。
自分は椚田を守ることができなかった、それは確かなのだから。
必要なのはお詫びと今後どうあるか。
教師だって人間である、完璧ではない。
しかし完璧であることを求められる職業である。
また、例え今完璧でなくても、正しいことを求める人間でありたい、由紀乃はそう考えていた。
そして同様に、生徒たちも、正しいことを求める人間であってほしいと願っている。
失敗したっていい。
間違ってもいい。
過ちに気付いて、再び立ち上がってくれたらいい。
だから、見て見ぬふりはできない。
教師である自分が過ちに目をつむると、生徒が過ちに気付くことはできない。たとえそこにどんな理由があったにせよ、過ちを肯定する人間にはなってほしくない。
由紀乃は睨むようにこちらを見ている椚田と視線を合わせる。
視線が合ったことに椚田は動揺を見せるが、しかし椚田が視線を外すことはなかった。
由紀乃は椚田から視線を外し、クラス全体に語りかける。
「偉そうに言ってるけれど、私だって間違いは犯す。皆より長く生きてる分、皆より沢山失敗しています。でもね、だからこそ知っていることもあって、伝えたいこともある。私が言いたいのは、これだけ。陰口は自分の品位を損ねてしまう。相手を傷つける行為は肯定されない。そして、」
これは、自分への、そして椚田へのメッセージでもある。
「物事は、正しく見極めなければならない」
それは、東雲由紀乃からの宣戦布告であった。
*
授業の内容は、あまり頭に入ってこなかった。
行動原理が謎に包まれている絶対的に可愛いエスパーな早瀬さんに、何故か今頃になって正義感を燃やす担任教師東雲、対処しなければいけない問題が多すぎる。
昼休み、どのように接したらよいのか分からないまま、
「お疲れ様です椚田先輩。どこで食べます?」
絶対的に可愛い早瀬さん襲来。脳内で緊急アラートが鳴り響く。
私たちは、運動場の朝礼台に腰掛け、お弁当を食べることにした。
「私、こんな所でお弁当を食べるの、初めてです」
絶対的に可愛い早瀬さんが恥じらうような声音でそう零す。
うん、私だってはじめてだ、というかこんな所でお弁当を食べる輩は相当なる変態である。朝礼台は広い運動場のトラックの内側、校舎より少し離れた位置にある。つまり、私と絶対的に可愛い早瀬さんとの密会は大勢の生徒どもの監視下に晒されているのである。なぜこんな所で?仕方がないではないか、絶対的に可愛い早瀬さんが冴えない男と一緒にいるだなんて格好の話題の種である。私と絶対的に可愛い早瀬さんがどのような愛のやり取りをするのか、皆気が気でない様子である(特に浅井と堂島)。しかし、これから私たちがするのは交渉である。私の残り少ない幸せなハッピースクールライフが懸かっている。誰にも聞かれる訳にはいかない。それ故、衆人環視ではあるが、誰の耳にも入らないこの場所を選んだのである。
「なんか、すごく視線を感じます」
「まぁ、運動場の朝礼台だからね」
一瞬ぽかんとした後、絶対的に可愛い早瀬さんがくすりと笑う。
「先輩って本当に、肝が据わってますね」
肝が据わっている?御冗談を、さっきから脇汗がだらだらである。
「先輩のお弁当、美味しそうですね、先輩のお母さんが作られてるんですか?」
くれってか?流石、搾取できるものはとことん搾取するスタイル、恐ろしい女である。私は無言でお弁当箱を絶対的に可愛い早瀬さんに差し出す。
「あ、いえ、そういう意図で言った訳ではないんですが、あ、それではおかずを一品交換っこしませんか?」
交換?一方的に搾取するのではなく?何を考えているんだ彼女は?
絶対的に可愛い早瀬さんが何を考えているのか分からないため、私は彼女のお弁当箱のおかずから二つあるブロッコリーのうち一つを所望した。ブロッコリーを取られて怒る人もいなかろう。安全牌安全牌。
「ブロッコリーですか?遠慮しなくていいんですよ?卵焼き食べます?これ私の手作りで——」
「いえ、ブロッコリーが好きなんです」しょうもない嘘をついてしまった。
絶対的に可愛い早瀬さんはまたもやくすりと笑い、「覚えておきます」と微笑んだ。しょうもない嘘を覚えられてしまった。
「それでは私、卵焼きをいただいてもよろしいですか?」絶対的に可愛い目で見つめられる。断れる訳がない。
私は母が作った卵焼きを献上し、お弁当のおかず交換会という謎の儀式は無事に終わった。私は絶対的に可愛い早瀬さんから賜ったブロッコリーを見つめながら、ひたすら考えていた。
私と彼女との関係について、そして今後の彼女との関係について。
「そういえば、二人で話したいことがあるって言ってましたよね」
わたしがその問いに答えを見つけるのを待たず、絶対的に可愛い早瀬さんは切り出した。
「話したいことって、なんですか?」
食べかけのお弁当を見つめながら、彼女はそう尋ねる。
ついにこの時が来たか、私は周りを確認する、誰もいない。厳密には浅井と堂島が手洗い場の陰から頭一つ、江戸時代の打ち首獄門さながらに覗かせていたが、距離があるため会話が聴かれることはない。
私は恐れていた。この話をすることで今後彼女との関係がどのように転がるのか、皆目見当もつかなかった。ただ、このまま曖昧で宙ぶらりんな状態でいるより白黒つけなければ、疑心暗鬼に陥り、悩みの種が尽きなくなることは目に見えていた。この何を考えているのか分からない絶対的に可愛い早瀬さんの本質を早急に突き止めること、それは自身の身を守るためにも不可欠であった。
彼女は本当にエスパーなのか。
彼女は本当に私が犯人だと知っているのか。
彼女は本当に私との隷属関係を望んでいるのか。
彼女は何故恋人ごっこを演じるのか。
彼女は何故、自分に接近してきたのか。
「早瀬さん」
「…はい、」絶対的に可愛い声で、彼女は答える。少し頬を赤らめている、それは演技か?
確かめるためにも、言わねばならない。
「僕の収入源は、月々3000円、親からのお小遣い、それだけなんだ」
「え?」
絶対的に可愛い早瀬さんが、口をぽかんとさせている。
その「え?」はどういう意味の「え?」だ?
*
金銭感覚は人それぞれである。それはもう資本主義の日本では、仕方のないこと。果たして絶対的に可愛い早瀬さんはどちらのタイプだ?①金銭感覚が低い②高い③同程度
①の場合、「はぁ?月3000円?え?どうやって生きていくの?服すら買えないじゃん、あぁ、もういいわ、お前はもう用なし、例の事件、お前が犯人って皆に言っておくね」
このパターンが一番怖い、かつ一番あり得る。彼女は絶対的に可愛いし、貢いでくる男子は後を絶たないだろう。このパターンに行きつく未来が見えているため私は散々頭を悩ましているのだ。
②のタイプではどうだろうか。「さ!3000円も貰っているんですか?毎日うまい棒一本食べても使いきれませんよ!えー先輩、素敵ぃ~!」
こんな人間はそういないと思われるが、絶対的に可愛い早瀬さんが何故私に色目を使うのか、説明がつく。毎日うまい棒一本しゃぶっている身分からしたら、1500円のパフェをどんと奢ってくれる先輩をキープしたくなる気持ちも分かる。まぁ、そんな人間、いないと思うが。
③のタイプだと、「ふぅん、3000円ですか、まぁいいでしょう、では先輩が犯人だってことは黙っておきますから、今後はその3000円、全額私のために使うこと、よろしいですか?」
こんな感じだろうか、これはこれでコンスタントに3000円搾取されるのでかなり厳しい未来である。
さぁ、絶対的に可愛い早瀬さんの金銭感覚は如何に?
私は緊張の面持ちでぽかんとした彼女の顔を見つめる。可愛い。
その絶対的に可愛い口は次にどんな言葉を紡ぐのか。
胸の鼓動が早まる。
彼女は随分長い事お口をぽかんとさせて考えている。
何を考えている?「3000円?3000円かぁ、んー少なくはないけど、微妙だなぁ、んーどうしようかぁ、ここはあっさりと切っとくべき?」そんなことを考えているのだろうか?
私はごくりと唾を飲み込む。
絶対的に可愛い早瀬さんはようやく考えがまとまったのか、表情を和らげ、お弁当箱を傍らに置いた。
どっち?どっちだ?
彼女の顔色を窺っているところ、彼女はゆっくりとお尻を浮かし、私との距離を詰めてきた。そして、お弁当箱を持つ私の両手に、手を添える。
触れ合う二人の手を通して絶対的に可愛い早瀬さんの温度が、熱が伝わってくる。汗が額に浮かぶ。熱い、熱いぞ、熱し殺される。
心臓の鼓動が強くなる。可愛い。呑まれる。次に出るであろう彼女の言葉一つが、何故これ程までに恐ろしいのか。
近くなった彼女の顔を、私はただただ見つめている。
彼女の唇が開く。
「お気遣いさせてしまって、すみません」
優しい声音で彼女はそう言った。
「別に気にしませんよ、私は」
何の話だ?
「私たちは高校生なんですから、お金のかからないデートをしましょう」
彼女はおもむろにスマホを取り出し、カメラのアプリを起動させるや、私と自身を画面に収め、シャッターを押した。
これは、彼女との関係に、白黒つけるための告白であった。彼女について、知るための告白だった。
彼女は本当にエスパーなのか。
彼女は本当に私が犯人だと知っているのか。
彼女は本当に私との隷属関係を望んでいるのか。
彼女は何故恋人ごっこを演じるのか。
彼女は何故、自分に接近してきたのか。
しかし、彼女に対する疑問は深まるばかりだった。
まさか、
彼女は本当に、私に惚れているのか?
*
「ねぇ、ちょっと涼香のあれ、やばくない?」
「距離近くね?恭子どう思う?けしからんくね?」
やもりのように教室の窓に張り付くさくらと葵に、私、豊島恭子はどうでもいいと思いながら視線を送る。
「クラス揃って窓に張り付いているこの光景の方がよっぽどやばいと思うね」
「言えてる。これね、他のクラスの子たちも窓に張り付いてあの二人の様子を見てるんよ?グラウンドから見たら超シュールよね」窓から顔を離し、さくらが笑う。
「いやいや、あんな皆が見ている前でいちゃつく涼香が悪い、あいつ、自分のルックス、ちゃんと自覚してる?ほら、相手の、椚田先輩、固まってるよ」葵も窓から顔を離し、ぶつくさと抗議を申し立てている。
「智成たんを撃墜した椚田先輩も、美少女相手には手も足もでなかったかぁ」
この昼休み、教室中いや、恐らく学校中が、窓の向こう、運動場の朝礼台で展開される青春劇に大熱狂である。
女子からはキャー、男子からはゔああぁという奇声が終始漏れ聞こえてくる。
涼香と一緒にいる先輩、椚田司は松山智成の事件と共に学校中で話題になっている。なんでも、松山智成の度重なる執拗ないじめをものともせずにひとり立ち向かい続けたのだと。私はその全容は知らないが、純粋にそれはすごいことだと思った。多分自分が同じ目に遭うと、耐えられないだろう。
椚田司は松山達に目をつけられていたということもあり、友達もおらず、地味で目立たない存在であった。しかし決して器量が悪かった訳でもなく、松山失脚後、瞬く間に孤高のヒーローとして、その株価は上昇していった。
「それにしても涼香のアプローチは早かったねぇ、昨日の今日であれだよ、ちょっと異常」
葵は涼香と椚田司がくっつくことに対して(あるいは涼香に彼氏ができることに対して)不服な様子である。
5時間目の授業が始まる5分前に、渦中の早瀬涼香が教室に帰って来た。
「涼香あんた大胆すぎ!」葵が開口一番に難癖をつける。
「え、いや、手を握っただけだよ?てか、やっぱり見てたの?」涼香は少し顔を赤らめた。
「あんなもん、見てくれって言っているようなものじゃん!なんなの?かまってちゃんなの?」
「あおっち言い過ぎね。でも確かにあれはちょっと刺激的だったかなぁ。全校生徒に見せていいものではないよ。ほら見なよ、男子たちの様子を」
さくらに促され、涼香は教室中を見渡す。どきりとした男子たちは視線を逸らすが、その意気消沈ぶりは隠せていない。
そんな中、1年生の頃に涼香に告白して撃沈したという経歴を誇る荒木が不貞腐れた様子で涼香に詰め寄った。
「お前たち、もう付き合ってんの?」
涼香は一瞬どきりとした顔をしたが、肩を竦ませ「分かんない」と答えた。
「なんだよそれ、はっきりさせねぇと、相手にも悪いんじゃねぇの?」
この荒木の発言、一見椚田司のことを気遣っているように受け取れるが、涼香が椚田司といちゃついている間、ずっと「なんだよちくしょう」「あんな男のどこがいいんだ」「陰キャ臭はんぱねぇんだけど」とぼやきにぼやいていた。どうやら現実が受け入れられないらしい。
まぁ、諦めが悪いことは、悪い事ではないと思うけれど。
「うん、私も、はっきりするのかなぁと思ってたんだけど」
「え?何?まさか、告白されなかったの?」さくらがにやにやしながら問い詰める。
「糞チキン野郎じゃねぇか!」荒木が吠えた。
「やめやめ、そんなはっきりしない男はやめちまいな」葵が便乗する。
「ちょっと、先輩のこと、悪く言うのはやめてよ」
「涼香はさぁ、椚田先輩のこと、好きなの?」さくらが単刀直入に切り込んだ。荒木の顔に緊張が走る。
「分かんない…」涼香がか細く答える。
荒木、安堵の吐息。
「何それ、あんたもはっきりしないじゃん。涼香の方から言い寄ったんでしょ?昨日の昼休みにわざわざ出向いて。あーやらしいやらしい」
「あれは、そういうつもりで行ったんじゃないんだけど、ちょっと聞きたいことがあって、そしたら、誘われて・・・」
「何それ、あんたそんな流されやすい女だったの?ちょっと見損なうんだけど」
「あおっち、辛辣すぎるよ、涼香の心に100のダメージ」
「とりあえず、俺は認めねぇ」荒木が言い捨てて自分の席に着く。ん?何故お前の許しがいる?
「涼香、あんたモテるんだから、付き合う相手はちゃんと選びなよ」
「んーそういう点なら椚田先輩は性格よさそうだし、問題ないと思うけどねー」
そう言って、葵とさくらも自分の席に着く。
高校生特有のカップルいびりを受けた涼香は暗い表情で席に着く。
そんな涼香に私は囁くように一つの質問を投げかける。
涼香はしばらく目をぱちくりとさせた後、妖艶に笑った。
ふぅん、なるほどね。
*
絶対的に可愛い早瀬さんに関して、一つ、確信したことがある。
彼女は、エスパーではない。
絶対的に可愛い早瀬さんとの逢瀬を終えた後、私は午後の授業そっちのけで、彼女に関する考えをまとめていた。
何故絶対的に可愛い早瀬さんはエスパーではないか、その理由は簡単。
彼女はあまりにもぽかんとしすぎている。
毎月のお小遣いが3000円であるという恥ずかしいカミングアウトをした際も彼女はお口をぽかんとした。私の考えが読めるのであれば何故あれ程までにぽかんとする必要があるのか。
私との付き合い方を考える長考であるならまだしもぽかんて、まるで、「こいつは何を言っているんだ?」と私の発言の意図を必死に理解しようとしているようであった。エスパーが使えるのなら、そのあたり、なんやかんやピピーと分かりそうなものである。
しかしこれだけではまだなんとも言えない。ぽかんが演技である可能性も十分にある。女は得てして女優であるとどこかの疑心暗鬼の愚か者が口にしていた。それを踏まえて決め手となったのがコミュニケーションの齟齬である。
私のカミングアウトを受けて彼女は「お金のかからないデートをしましょう」と返した。私は「毎月3000円しか出せませんが、それでもこの主従関係を継続させますか?」と確認したかったのである。
どうにも会話が嚙み合っていない。
そしてその理由は、恐らく私にある。
私は彼女に対して誤った理解をしていた、その一つが、「絶対的に可愛い早瀬さんはエスパーである」説である。うん、普通に考えたらありえないって秒で分かりそうなものである。やはり私は阿呆であった。哀しいことに。とほほ・・・
以上の点を以て改めて以下の点について考えていきたい。
①彼女は本当にエスパーなのか。
②彼女は本当に私が犯人だと知っているのか。
③彼女は本当に私との隷属関係を望んでいるのか。
④彼女は何故恋人ごっこを演じるのか。
⑤彼女は何故、自分に接近してきたのか。
①はたった今否定された。では①が否定されたことで、彼女に対してどのような認識を改める必要があるか、そもそも私は何故彼女をエスパーであると錯覚した?
恐らく次の二つである。
・私が「ぶひぃーーっ‼」と口にした事を知っていた。
・マウントを取られた。
よくよく考えればかなりしょうもない理由で私は彼女のことをエスパーであると決めつけていたようである。救いようのない阿呆である。マウントを取られたのは、彼女の絶対的な可愛さ故であろう。認めることは甚だ不本意ではあるが、そう解釈すれば筋が通る。
そして、何故彼女は「ぶひぃーーっ‼」を知っていたのか。二つの仮説が挙げられる。一つ目は、SNSを通して三年の誰かから伝え聞いた。絶対的に可愛い早瀬さんはあの美貌である、三年生に知り合いがいたとしても何ら不思議ではない。しかし私はもう一つの説の方が有力であると考えている。
すなわち、保健室で、松山から伝え聞いた可能性。
昨日松山と決闘した際、松山が口にした情報から推測すると、松山は保健室で絶対的に可愛い早瀬さんと会っていた。それも、例の事件に関して、真犯人が他にいることを話していた。絶対的に可愛い早瀬さんが松山のアリバイを確認した様子から、恐らく彼女も半信半疑だったのだろう。真犯人が別にいるかもしれないし、松山がそのまま犯人である可能性も視野に入れていた。そして恐らく松山は私が「ぶひぃーーっ‼」と口にしたこと、私が怪しいことを絶対的に可愛い早瀬さんに伝えたのだ!
これで彼女のエスパー疑惑は説明がつく。
だとすると、②彼女は本当に私を犯人だと知っているのか、この問題はどうだろう。知っていたと仮定しよう、⑤彼女は何故、自分に接近してきたのか。彼女が私と恋愛ごっこをしようとしている様子から、③彼女は本当に私との隷属関係を望んでいるのか、は否定される。では④彼女は何故私との恋愛ごっこを演じるのか。犯人と分かっている人間と恋愛関係になる、そういう変態か?そういう性的嗜好が?いや、違う、絶対的に可愛い早瀬さんに限ってそうではないと信じたい。
例えば、絶対的に可愛い早瀬さんは傲慢馬鹿である松山に対して強い恨みを抱いていた。その松山を破滅へと追いやった私に敬意を表して私に接近してきた。おぉ、これなら筋が通る。筋が通るが、では何故、私が「ぶひぃーーっ‼」と言うのか確認してきたんだ?これから好き合う相手が「ぶひぃーーっ‼」と奇声を発する豚だと困るからか?そもそも、顔も分からない奴が敵を討ってくれたからって恋愛感情を持つだろうか?
それよりも、この路線はどうだろうか、絶対的に可愛い早瀬さんは私が犯人だと知らない。では何故接近してくる?私が犯人かどうか確かめるため、というのはどうだろうか、保健室で松山から話を聞いた絶対的に可愛い早瀬さんは松山に恨みを抱いているであろう私に容疑を向けた、しかし証拠がない、その証拠を探るために私に接近した。恋愛ごっこはそのカモフラージュ。だとしたら昨日の松山の暴走も囮で疑いの目を彼女に向けさせないための作戦。
松山と絶対的に可愛い早瀬さんは裏で繋がっている。
あり得そうな話であるような気がした。
ライトブルー男に金髪女子、偏見極まりないが、ぼっちと金髪女子よりもはるかにしっくりくる組み合わせである。信じたくはないが、そうなのか。
君も、敵なのか?
*
終礼が終わり、職員室に戻った由紀乃は、他の業務を後回しにして、松山の家へと向かった。近くの有料駐車場に車を停めた由紀乃はふぅと息を漏らす。昨日別れた際は多少笑顔を見せるまで持ち直していたようであるが、あの後一体何があったのか、何を考えるようになったのか。
由紀乃は震える心を鼓舞して松山の家の前に立ち、インターホンを鳴らす。
自分に何ができるのか分からない。
目の前の生徒たちより、ほんの少しだけ長く生きているだけの、ただの弱い大人。
そんな無力な自分を憂いながらも、生徒の前では毅然としなければならない。精一杯見栄を張って、少しでも彼らが頼りたいと思えるように。
頼りにされたって、何もできないかもしれないのに。
応答はない。由紀乃は再度インターホンをならす。
しばらく経った後、はい、と松山智成の元気のない声が聞えた。
*
インターホンでの挨拶を経て、松山は東雲に自宅へ上がるよう促した。
松山の家は片親であり、現在は働きに出ているため家には松山智成と由紀乃の二人だけだった。流石に親が不在の中、男子生徒の自宅に上がることを躊躇った由紀乃は玄関で話をすることにした。
「ごめんね、休んでいるところ、押しかけて、今日はゆっくり休めた?」
松山は少し間を置いた後、まぁな、と小さくこぼした。
どう考えても昨日別れた時と同じ松山とは思えない。
まず、左前髪半分のライトブルーが消失している。
アイデンティティの確立。
アイデンティティの拡散。
採用試験対策の勉強時に学び、それ以降全く使われることのなかった言葉が不意に由紀乃の脳裏をよぎった。
自分らしさを模索し、しかしそのライトブルーという個性は受け入れられることなく集団の中からはみ出す要因となった。
――うん、分かってる。今ライトブルーは関係ない。恐らくライトブルーには触れてはいけない。ライトブルーのことは忘れろ。あれは若気の至り、悪い夢だった。若者は黒歴史を踏み台に大人の階段を上るのだ。いやいや落ち着け私、ライトブルーは本当に関係ない、松山くんが今日学校を休んだ理由はきっとそういうことではない。
由紀乃は脳内からライトブルーにこだわる自分をなんとか追いやった。
そう、ライトブルーは関係ない。
ライトブルーなくしても、この松山は昨日までの彼とは別人であった。
まるで、希望を見失ったかのような。
「今日ね、クラスの子たちには話しておいたよ、今回の事件、松山くんはやってないって」
しかし松山は何も応えない、そんなこと、どうでもいいとばかりに。
由紀乃は困った。必死に探す、彼の心を開く言葉を。
「まぁ、それでも、あんなことがあったすぐじゃあ、中々気持ちの整理がつかないよね?」
できるだけ明るく、松山の気持ちに寄り添おうと由紀乃は話す。しかし松山は顔を上げようとしない。
「私にできることがあったら何でもするよ?それでもやっぱり教室の居心地が悪いんだったらさ、別室登校とかもできるし」
松山は困ったように、ははっと笑う。
届かない、由紀乃の言葉が、届かない。
それもそのはず、由紀乃は知らないのだから。
まだ、聞いていないのだから。
「昨日、学校を出てから、何があったの?」
ずっと、引っかかっていた疑問。
松山は応えない、しかし今回の言葉は届いた、そう感じた。
松山は何か言葉を探しているようであった。
由紀乃はもう言葉を発さない。次に口を開くのは、松山の番だと心に決める。
松山はしばらく視線を彷徨わせた後、別に、と小さくこぼした。
何が「別に」なのか、由紀乃は口を開かない。
何が「別に」なものか、何もないはずがない。
由紀乃の無言の圧に負けて、松山はもごもごと口を動かす。
「別に、自分が嫌になった、それだけだ」
「自分が、嫌になった?」由紀乃にはまだ、松山が言わんとしていることが分からない。
「どうして?松山くんは悪くないよ!」
松山は被害者である、何故彼が自分を責めるのか、由紀乃には理解できなかった。
「いや、俺が全部悪いんだ」
「どういうこと?例のラブレターは、松山くんが書いたわけじゃないんでしょう?」
「・・・そうだけど」松山はズボンの布地を巻き込みながら拳を握る。
「じゃあ自分を責める理由なんて———」
「俺がどうしようもねぇクズだからだろ!」
「——っ!」
ようやく悟った。彼の言わんとするところを。
しかし、それは、
「俺がどうしようもねぇクズだから、こんなくだらねぇ罠に嵌められたんだろ」
「ちっ違うよ!」由紀乃は必死に否定する。
認めてはいけない!
いや、実際にはそうなのかもしれない、今回の事件は松山に強い怒りを抱いている者の報復なのかもしれない。因果応報なのかもしれない。
それでも由紀乃は、認める訳にはいかなかった。
「違うよ!それは違う!」
——違う?何が違うんだ?
「違わねぇよ!普段周りに迷惑かけてきたから、当然の報いなんだよ!」
由紀乃だって心当たりがないわけではない。松山智成の身勝手な振る舞いは度々周囲を悩ませてきた。「自業自得だ、これからは真っ当に生きろ」そう言い捨てることは簡単だった。自分で自分の過ちに気付いて反省しているのだから、問題ないではないか、むしろ素晴らしいことではないか。
それでも、認めることは許されない。
教師である自分が、
味方だと言ったその口が、
どんなに周りに悪影響を与えてきたとはいえ、
自身の生徒の価値を貶めることなど、あってはならない。
「松山くんはクズなんかじゃない!」
罪を犯した人には何をしてもいいだなんて、認める訳にはいかない。
「周りに迷惑をかけたから何をされても文句を言えないなんて、間違ってる!」
「違う!」松山も反論する。
「罪を犯したら罰を受けるのは当然の事だろ!ましてや俺は、もっと悪いことを沢山してきたんだ。今回の事件が可愛いと思えるくらいな、もっと悪質で、陰湿なことをいっぱいしてきた!それを一回俺がやられただけで…俺には、文句を言う資格もねぇ!」
――違う、
「罰と仕返しは違う!全然違うよ!」
「そうだとしても!」
松山のズボンを握る力が一層強まる。
「俺がいない方が、皆が幸せなのは違いねぇだろ!」
「——っ!」
由紀乃はハッとする。
これなのか、理由は。
一緒に戦うことを誓った松山が、何故学校を休んだのか。
松山は悔いているのだ、過去の自分の振る舞いを。
松山は恥じているのだ、過去の己の身勝手さを。
松山は恐れているのだ、己の愚かさが、再び他者を傷つけるのを。
「松山くんは、後悔しているんだね?」
「俺には、後悔する資格すらない」
——ん?後悔する資格すらない?ごめん、流石にそれは何言っているのか分からない?ここにきて中二病か?
由紀乃は心に浮かんだツッコミを押し殺し言葉を紡ぐ。
「人は、成長する生き物だよ?失敗しない人間なんて——」
「人はそう簡単には変われねぇんだよ!」
「そうだけど、でも——」
「昨日、学校出た後、椚田と話をした。」
「えっ!?」
「俺、あんなことがあって、学校にいる間に、変わろうって決めたんだよ、これからは真っ当に生きようって」
——その決意の表れとしてのライトブルー消滅⁉
「でも、俺、椚田を疑ったんだ。お前が犯人だろって、問い詰めた。」
椚田司、事件前日の放課後に教室で制汗スプレーを自身に振りかけていた生徒。これまでの松山との人間関係から見ても、最も松山に恨みを抱いていると思われる、容疑者筆頭候補。
「それで?」由紀乃は続きを促す。
「あいつにはアリバイがあるんだ。あいつ、一昨日は部活の打ち上げに参加していたんだ。その後は二次会でカラオケ、あいつに犯行は無理だ」
「えっ?」
アリバイがあった?でも、田中先生の目撃証言はどうなる?打ち上げに参加しているはずの椚田司が何故教室にいる?何故教室に行ったことを伏せて打ち上げに参加していたなどと供述する?
「変わりたいと思った矢先に俺は、また椚田を攻撃してしまったんだ。本当に嫌になる。俺はどうしようもないクズ野郎だよ!」
ふと椚田のアリバイについて意識を向けてしまった間にも、松山はどんどん自身の罪に酔いしれていく。しきりに「俺はもう駄目なんだ」と口にしている。
——いけない、集中しなければ。
「松山くんは、自分がまた、誰かを傷つけるのが怖いんだよね?」
「怖い?怖いっつーか、情けないんだよ」
「情けない自分は、嫌い?」
「…あぁ」
「まぁ、そうだよね、自分の弱いところなんて、見たくないよね」
「……」
「でも、自分の弱いところを認めることができるなんて、すごいことだよ」
「別に、今回のことがなかったら、ずっと気付かないままだったろうな、そんで、もっと周りに迷惑をかけてた」
「でも、気付いたんだよ?」
「……だから、なんだよ?」
「すごいよ、本当に松山くんの言うようなクズだったら、未だに気付かないままじゃないかな?」
「……だから、なんだってんだよ」
「昨日までの松山くんは気付かなかった、でも今の松山くんは自分の弱さを知っている。ほんの少しの差かもしれないけれど、松山くんは成長したんだよ。変わりたいと思った松山くんは、ちゃんと成長しているよ」
「つまり、どういう意味だよ」
「松山くんが変わりたいと思い続ける限り、これから松山くんが犯す間違いは、罪なんかじゃない、失敗になるんだよ」
「どう違うんだよ」
「失敗は成功の素っていうでしょ?その失敗はいつか成功に結び付くんだよ、前進することができるんだよ」
「ん?つまりどういうことだよ」
——しまった、松山くんには難しすぎたか。
「松山くんは、これからどうなりたいの?教えてよ。簡単じゃないかもしれないけれど、それを助けるのが、私の、教師の仕事なんだよ」
「……」
松山はしばらく由紀乃の言葉を咀嚼していた。
今の自分の言葉を松山は理解することができたのか、また、それは松山の心を開くことができたのか、分からないまま、由紀乃は松山を見守る。
ふいに、松山が小さく笑って、顔をあげた。
「英語を教えるだけじゃ、ねぇんだな」
つられて由紀乃も笑った。
——やっと、私の顔を見てくれた。
*
「すみません椚田先輩、遅くなってしまいました」
図書室の前で立っている私の下へ、絶対的に可愛い早瀬さんが駆け寄ってくる。
「ちょっと、保健室に寄っていました」
「保健室?大丈夫?どこか怪我でもしたの?」
「あ、いえ、ちょっと、女の子の悩みで相談をしていただけです」
女の子の悩みと聞いて私はどきりとした。
なんだかよく分からないが、特に親しい間柄ではない自分がそれに触れることはマナーに反すると感じた。
「ところで先輩、こんな所でどうしたんです?中に入らないんですか?」
図書室の入り口で突っ立っている私を見て、絶対的に可愛い早瀬さんは怪訝そうな目を向ける。
昼休み、絶対的に可愛い早瀬さんは「お金のかからないデート」と口にした。その一つがこれから行われる、放課後居残り勉強会である。
放課後居残り勉強会はお金もかからず、学力も伸び、時には勉強を教えてあげることで親密度を上げることができる素晴らしいデートプランであり、私はかねてよりそのようなデートをしてみたいと切に願っていた。それをこのような絶対的に可愛い早瀬さんと行うことができるのだから、椚田一族の中でもこれ程の幸福を掴んだものはいなかろうと思われる、のだが——。
絶対的に可愛い早瀬さんは裏で松山と繋がっており、私が犯人でないかと探っているかもしれないという疑念のせいもあり、素直に喜べない。
昨晩の松山との決闘時、よく分からないおじいさんが「ハニートラップか?」と口にした。あれはあながち間違いではなかったのかもしれない。
絶対的に可愛い早瀬さんは私を捕えるための罠、そう思えば、迂闊に彼女との距離を縮める訳にはいかない。
一方、万が一、もしも彼女が何らかの変態で本当に私に好意を抱いていたとしたら、そういう期待も捨てきれない。もしそうだとしたら、自分は絶対的に可愛い早瀬さんと過ごす残り少ない幸せハッピースクールライフを掴む千載一遇のチャンスをつまらない疑心暗鬼で棒に振ることになってしまう。そうなってしまえば、椚田一族末代に至るまで悔やむに悔やみきれない。
白黒つけたい。
腹を割って、彼女と話したい、しかし、
私は図書室の中に視線を向ける。
放課後の図書室には、既に先客がいた。
一組のカップルが二人だけの世界に入りながら勉強をしていた。
こんな他人に聞かれるリスクのある中で、腹を割って話せる訳がない。
絶対的に可愛い早瀬さんも図書室の中に目をやり、「あぁ、そういうことですか」と何か納得した様子である。
「駒林くんと怜奈ちゃんですね、あの二人のイチャつきようは2年生では知らぬものはなく、あの二人は訪れる場所を聖域へと変えてしまう変態として名高いです。確かに、あの二人が支配する聖域に立ち入るのは勇気がいりますね、『俺たちのサンクチュアリに踏み入ろうものなら火傷するぜ』が駒林くんの口癖だそうです」
絶対的に可愛い早瀬さんが困ったように笑う。なるほど、恐ろしい変態どもである。
「場所を変えましょうか?私の教室はどうです?多分誰もいないと思いますよ」
「あ、じゃぁ、うん」
「では行きましょう」
絶対的に可愛い早瀬さんがニコリと笑い、私の手を取る。
彼女に導かれるようにして、彼女の教室へと向かう。
彼女に手を引かれながら、「松山と絶対的に可愛い早瀬さんが裏で繋がっていて、彼女は私に探りを入れるために接近してきた」、この仮説に真偽を下すにはどうすればいいのか、ひたすらそのことだけを考えていた。
*
「早瀬さん」
尾行を含め周囲にだれもいないことを確認した私は、教室に入るなり彼女の名を呼んだ。
「は、はい、なんでしょう?」突然名前を呼ばれた絶対的に可愛い早瀬さんはきょとんとした顔で振り返る。
「早瀬さんは、どうして昨日の昼休み、わざわざ僕のところに来たの?」
核心に近づきつつも直球過ぎない言葉を慎重に探す。
「そ、それは、言わなきゃ、だめですか?」
怪しいな、やはり私が犯人かどうか確かめにやって来たのか。
「いや、ごめん、別に、嫌なら言わなくてもいいよ」
何故だか分からないが、私の胸はずきりと痛んだ。
「あ、いえ、すみません、昨日もお伝えしたのですが、その、ちゃんと言わないと、駄目ですよね?」
そういえば、ファーストコンタクトの際、めちゃくちゃ軽いノリで絶賛されていたような記憶が蘇る。
「ちょっとした、好奇心です。」
「好奇心?」
「すみません、その、私、生理痛がひどくて、保健室で休んでいたんですけど、そこにたまたま松山先輩が来られたんです。」
「松山が保健室に?何故?」
「なんでも先生たちから逃げているようでした。そこであきちゃんが松山先輩をかくまったんです。」
「あきちゃん?」
「保健の先生です」
あぁ、あの養護教諭の、確か白石と言ったか。やたらと女子の間で評判のいい。そして男子どもが気持ち悪くなにかと呻いている……。
「そこで、その、松山先輩から、椚田先輩の話を聞いたんです。」
私が犯人かもしれないってか?
「そうなんだ、地味だとか暗い奴だとか言ってたでしょ?」
「いえ、そんなことは、ただ、椚田先輩が『ぶひぃーーっ‼』って言うって聞きました。私、『ぶひぃーーっ‼』っていう人を見たことがないので、いったいどういうものなのか気になってしまったんです。」
そんな理由で上級生のところに来るか?ますます怪しい。
「でもすみません、先輩は、その『ぶひぃーーっ‼』について触れてほしくないんですよね?本当にすみません、浅はかでした。」
「ううん、大丈夫だよ、気にしないで」私は笑顔で返す。その「ぶひぃーーっ‼」については本当に触れてほしくない。単に弁明できないだけではなく、こんな絶対的に可愛い早瀬さんを前にすると純粋に恥ずかしい。
「で、でも、それは口実といいますか、それだけが理由で声をかけた訳ではないんです」
うん、まぁ、そうだろうね。私が犯人だという証拠を見つけることが狙いだもんね。
「私は2年生なので、松山先輩の悪事を目にした訳ではありませんが、それでも彼の噂は度々耳にしました。それで、その、椚田先輩の話も」
「1年の時から、絡まれてたからね、同じクラスだったし、散々な高校生活だったな、黒歴史だよ」
言葉にして、闇が深かったか、と少し反省する。
「かっこいいなって、思いましたよ」
「え?」予想だにしなかった言葉に、思考が停止する。
「私は、椚田先輩、かっこいいなって思いました」
何を言っている?分かっている。演技だ。私の懐に入るための演技だ。
「だから、話しかけたんです」
絶対的に可愛い早瀬さんがそう言って、俯く。
落ち着け、椚田司、落ち着け、これは演技、演技だ、騙されるな、騙されてはいけない。
「すみません、その、それでも実際にお会いするまでは、やはり好奇心が強かったんだと思います。昨日話しかけた時はこんなこと、なんのためらいもなく口にできたのに、まさか先輩と、こんな関係になるとは思ってもいなかったので」
こんな関係ってどういう関係?落ち着け椚田司、大丈夫、お前はまだ絶対的に可愛い早瀬さんとどのような関係にも至っていない。惑わされるな、巧妙な話術に心を乱されるな。
ふぅーふぅーと息を吐く。いかん、今の息遣いは変態のそれだ。落ち着け!世界に通用する紳士たれという平尾釟三郎先生の言葉を思い出せ。
本当に恐ろしい女だ、絶対的な可愛さをふんだんに発揮してきやがる。相対的に可愛い金谷美奈だったらこんなこと絶対に言わない。
私は自身が沼にハマっていくような錯覚を覚えた。
彼女の正体を知りたいだけなのに、彼女の口先から発せられるは100パーセントの好意、しかし私の脳内では警戒アラートがけたたましく鳴り響いている。
結局のところ、結論が出せない。
君の本当の狙いは、僕が松山事件の犯人であることを証明することなんだろ?
この一言さえ口にできれば、彼女との関係に白黒つけることができる。
しかしもし、彼女がスパイではなかったとしたら、それは私が犯人だと無意味に教えることになる。
聞けるわけがない。
白黒つけられない。
私は君を受け入れるべきなのか?
それとも、拒むべきなのか?
沼にハマった私に追い打ちをかけるように、彼女は言う。
「先輩は、どうして、私を苺パフェに誘ってくれたんですか?」
どうして?
君がエスパーというチート能力で私が松山事件の犯人だと見抜いたのだと錯覚した故に、苺パフェで君を買収しようとしたからだが……。
そんなこと、言えるわけがない。
どう答える?
君とお近づきになりたかったから?
それは良くも悪くも二人の関係を更なるステージへと進めてしまう答えでもある。
絶対的に可愛い早瀬さんが胸の前で祈るように手を組む。
私の心臓はバックンバックン脳に酸素を送るべく頑張っている。
どうして苺パフェに誘った?
どう答えるのが正解?
どう答えたら不自然でない?
君には苺パフェが似合うと思ったから?
どこの変態王子だよ!
貴重な酸素を無駄にしてしまった。なんとも愚かな脳細胞たちよ。
脳が機能しない中、なんとか言葉を紡ぐ。
「僕も、よく分からないけれど、そうするべきだって、思ったんだ」
絶対的に可愛い早瀬さんがきょとんとする。
そりゃそうである、そりゃ誰だってきょとんとするだろう。
「それは、どういう意味ですか?」
やめてくれ、聞かないでくれ、私だって自分でも何を言っているのか分からずにいるのである。どこの聖人も「苺パフェを奢れ!」と天啓を受けることはないだろう。
無駄に頭部に血液が回っている故、自分の顔が物凄く赤くなっていることが分かる。
どうすべきなのだ?彼女との距離を縮めるべきなのか?
「どうして苺パフェに誘ってくれたんですか?」という質問はすなわち告白待ちの問いである。絶対的に可愛い早瀬さんが告白するチャンスを作ってくれましたよ、というなんとも甘酸っぱいシチュエーションである、第三者から見れば。
ここで中途半端な返事をすれば私の子孫は末代に至るまでチキンという汚名を着せられるだろう。
最早私には彼女に告白する以外に道がない。
白黒つけるつもりが、白黒つけさせられる、なんと恐ろしい女!恐ろしい、魔女である!
悔しいが、ここはいったん負けを認めよう。
私は彼女に告白する。
だが、告白すると言っても、私が犯人だと告白するわけではない。
君が好きだと、君の絶対的な可愛いさに負けたのだと告白するだけだ。
大丈夫、まだ付き合ったからといって、すぐに私が犯人だとバレる訳ではない。
そもそも、彼女が本当に私に好意を抱いているのなら、これは素晴らしい展開ではないか、よし、告白しよう。
私は先ほど浪費した分まで鼻からいっぱいに空気を吸い込む?
ん?
なんだこの匂いは?
なんか甘ったるいぞ?
なんか、蜜のような匂いがする。
私は絶対的に可愛い早瀬さんを見る。
絶対的に可愛い早瀬さんは顔を赤らめてもじもじしている。
私はもう一度すぅーと息を吸う。
不意に光明を得た!
私は教室の掃除用具入れの前までずんずん歩き、その扉を力強く開ける。
中から「ひぃぃ~!」という声がする。
「こ、こんなところで何をしている!変態野郎!」
私は掃除用具入れの中に隠れていた男に少し大きな声でそう言った。
「え?先輩、え?相田くん?」
掃除用具入れの中に隠れていた相田という男の手には市販の蜂蜜が握られている。
「お前かぁ!放課後突如現れ女子の椅子に蜂蜜を塗りたくって去って行くという噂の変態はぁ!」
「赦して!出来心!出来心なんです!」
「え、何?あっやだ!また私の椅子に蜂蜜が塗りたくられてる!」
「出来心!出来心なんです!」
「出来心って、そんな性癖歪みまくった出来心見たことも聞いたこともないぞ!」
「いえいえ!これには深遠な理由がありまして、ほら!いくらここに可愛い女の子が座っていたとは言え、所詮は椅子、いくら頬ずりしても木の匂いしかしません、しかし蜂蜜を塗ることで——」
「蜂蜜の匂いしかしないだろ!」
「いいえ!木と蜂蜜の匂いがします!自然に帰った気がします!」
「え、いやちょっとやめて、聞きたくない!」
「とりあえず早瀬さん!先生呼んできて!」
「あ、はい、でも先輩、無茶しないでくださいね!」
そう言って絶対的に可愛い早瀬さんが駆け出す。
私は目の前で蜂蜜を握る変態と対峙する。
絶対的に可愛い早瀬さんの「大変です!変態です!」と叫ぶ声が遠くなっていく。
目の前の変態は最初こそおろおろしていたが、どうやら戦う覚悟を決めたようである。蜂蜜の容器を逆手に持ち直した。キャップの所で刺してくるつもりらしい。恐ろしい変態である。
しかし、私に戦うつもりは最初からなかった。
私は教室の出口までの道をあける。
「ほら、先生達が来る前にとっとと逃げろ」
「え?」変態がぽかんと口をあける。
「先生が来る、早く逃げろ!」
「え?でも」
「いいから早く!」私は大きな声を出す。
「はいぃ!」と悲鳴をあげて変態は教室から逃げ出した。
私は走り去ってゆく変態の背中を感謝の面持ちで見送った。
ありがとう、お前のおかげで九死に一生を得た。
結局、絶対的に可愛い早瀬さんが教師を連れて戻ってきた後も、変態と一緒に告白するタイミングも逃げちゃったということにして、事なきを得た。
ありがとう変態。
蜂蜜の容器を武器に応戦しようとした時はイラっとしたが、
お前は誰が何と言おうと私のヒーローである。
*
「あ、もしもし?涼香?今大丈夫?」
『もしもし~どうしたの~恭子』
「あ、いや、あんたこそどうしたの?疲れてる?」
『ちょっとね、今日はいろいろあってさ』
「ほんと?大丈夫?」
『うん、で、用件は?』
「用件って程ではないけど、恋する乙女が気になってね、愛しの人との逢瀬、どうだった?」
『別に、進展なし』
「まじかぁ、ガード固いねぇ」
『固すぎるよ、なんで?なんでなの?』
「まぁ仕方ないよ、卒業してからじゃだめなの?」
『目の前に育める愛があるのに何故我慢する必要があるのさ』
「涼香って、そういうところ非常識よね」
『てへっ』
「こいつ…てかさ、そもそもちゃんと好きだって伝えてる?」
『めちゃくちゃ伝えてるよ!あれで伝わらない方がおかしいよ!絶対伝わってる!』
「なんか、あやしいけれど、じゃあ涼香の想いには気付いているけど、応えようとしない訳だ」
『やめてよ。それ、本当に凹む』
「可哀そうな涼香」
『ねーなんで?私こんなに可愛いんだよ?なんで駄目なの?』
「そういうことを言っちゃうところじゃない?性格の悪さが露見してるんだよ」
『自分を可愛いって言うだけで悪女認定だなんて、生きづらい世の中だよ、十六年この顔で生きてるんだよ?街ではナンパにスカウトに声かけられ祭り、いい加減自分が可愛いって気付くでしょ?』
「はい早瀬涼香の好感度ダダ下がりぃ~」
『なんでなんでぇ!そんなの勝手に嫉妬されてるだけで、私は可愛いだけで罪はないでしょ?可愛いは正義でしょ?』
「あぁ、こりゃもう末期だな。安心して涼香、荒木ならいつでも付き合ってくれるよ」
『う~私は紳士と結婚したいだけなのに、ひどい言われようだ。え?恭子?慰めるために電話してくれたんじゃないの?私の傷口に塩を塗り込むために電話したの?』
「あはは、ごめんね、涼香が可愛すぎるからちょっと僻んじゃった。私は絶対的に可愛い早瀬涼香を応援してるよ」
『嘘ばっかり』
「松山、休む感じ?」電話の内容を隣で聞いていた学年主任の東堂が電話の内容を確認する。
「はい、やはり、昨日の件だと思います。」
昨日の松山智成に関する事件は学年の教師たちには周知してある。しかし教師の間でも松山智成本人が例の文章を書いたという見方が強い。なお教師たちの中で例のノートの文章を読んだ者はおらず、「松山が金谷にラブレターを送ったが拒絶され、そのことが大事になった」という認識を漠然と持っている程度である。そして松山の証言通り、「何者かが偽りのラブレターを書いて松山を陥れた」という見方をしているのは現時点で由紀乃だけであった。しかし何者かの犯行を匂わせる情報を由紀乃は幾つか掴んでいた。
・一昨日の放課後、図書室で駒林瑛人(こまばやしえいと)と鈴木怜奈(すずきれいな)が勉強をしていた。
・一昨日の放課後、3年4組の教室で相田道夫(あいだみちお)が大西唯(おおにしゆい)の机に蜂蜜を塗りたくっていた。
・一昨日の放課後、3年2組の教室で椚田司(くぬぎだつかさ)が制汗スプレーを自身に振りかけていた。
由紀乃は頭を抱えた。相田の蜂蜜事件には一時職員室が騒然となったが、今回の事件の現場が3年2組であることだけに、椚田司の不可解な行動が気になって仕方がない。
「どうして椚田君は教室にいたの?」由紀乃は小さくぼやく。
由紀乃は今一度、椚田司という生徒について考える。由紀乃が知る椚田は一言で言えば真面目な生徒である。彼が問題を起こしたという話を聞いたことがないし、試験結果に採点ミスがあった場合、自身の点数が下がることになるとしても正直に申告してくる生徒である。しかし彼は、友達が少なく、また当の松山浅井堂島から嫌がらせを受けている印象も伺えた。何か決定的な瞬間を目にした訳ではないが、彼らの椚田に対する接し方からそのように感じていた。数回、「椚田がいじめられているのでは?」と先輩同僚や学年主任に相談したことがあったが、「いじめと断定するのは早い、様子をみよう」と返された。以来由紀乃は椚田に対し注意を払い、気にかけてきたつもりである。ただ、もし、由紀乃の推測通り椚田が松山達から嫌がらせを受けており、苦痛を感じていたのなら、今回椚田がなんらかの形で松山に報復をしたと考えるのも筋が通る。
由紀乃は自分を責める溜息を漏らす。自分のせいだ。自分がもっと、しっかりしていれば。
学校の教師というのは気を遣う職業である。気を遣うことは美徳とされ、気が利かない教師は向いていないという烙印を押される。皆で仲良くやっていきましょうという暗黙の了解があるので、独断で行動する行為、事を荒立てる行為は絶対的なNGとされる。もし仮に一人が「いじめ」だ!と強く主張すれば、何人もの教師が事態の収束に向けて動くことになる。
多くの教師を巻き込むことになる。
良くも、悪くも。
それ故、「いじめ」という問題に対し、教師は慎重である。「いじめ」に対し絶対的な証拠を掴むまで率先して動こうとはしない。「いじめのサインを見逃すな」「子供がいじめを受けていると思われるときは適切かつ迅速な対応を」などと言われるが、実態はこれである。由紀乃もまた、若く経験も足りない自身の浅はかな行動が教師間の和を乱してしまうのではないかと恐れ、この問題を追及しようとはしてこなかった。
今回の事件は自分に非がある。自分が周囲の目を恐れたために、大切な生徒を傷つけてしまった。せめてまだ自分にできることがあるのなら、今度は勇気をもって行動を起こそう。大切な生徒を守るために。大切な彼らを二度と裏切らないために。心の内に戦う決意を宿した由紀乃は、安寧とした職員室を後にした。
*
教室に入ると、何故か絶対的に可愛い早瀬さんがいた。
「あ、おはようございます椚田先輩、昨日は大変でしたね」
朝からこんな絶対的に可愛い存在が視界に入ってくることは想像していなかったので、虚を突かれた私はたちまちあたふたしてしまう。周囲を見渡し、いつも通りのクラスメイト連中の顔を確認する。大丈夫、教室を間違えた訳ではない。
「は、早瀬さん、おはよう、どうしたの?」
「いえ、その、昨日せっかく先輩が誘ってくださったのに、途中で水を差されてしまったじゃないですか、だから、その」
だから、その、なんだろう。
まさかもう一度苺パフェを奢ってくれと言い出すんじゃないだろうか。
それはまずい。
それだけはできない。
最早もう一度苺パフェを奢る余裕など、私にはない。
「早瀬さん」彼女の言葉を遮って私は口を開く。
「え?はい」言葉を中断された彼女はぽかんと口を開ける。
「お昼は、学食?お弁当?」
「えっと、お弁当です」
「良かったら、昼休み二人で話さない?」
周りで「おぉ!」という驚きの声や「はぁっ⁉」という憤慨の声があがる。恐らく周りにはぼっちの私が絶対的に可愛い早瀬さんを口説こうとしているように見えているのであろう。ぼっち男子によるジャイアントキリングは成り得るのか。私たちは好奇の目に包まれる。
絶対的に可愛い早瀬さんは顔を赤らめて俯き、しかし上目遣いで私を捉えて返事をする。
「はい、よろしくお願いします」
周囲で「うそぉ!」「椚田マジで!」「ざけんなちくしょう!」と声が聞こえる。
底辺男子が学校一の美女を射止める、または冴えない女子がイケメン男子に言い寄られる、そういうテーマは漫画やラノベで根強い人気を誇っている。満たされない劣等感を抱える読者が登場人物と自己を重ね疑似的なドキドキを体験する。しかしそれはフィクションだから良いのであって、現在、私と絶対的に可愛い早瀬さんの恋路を温かい目で見守っているものは皆無であろう。男子諸君は底なしの呪詛の念を送っていることであろう。
面食いという破壊的な呪縛に抗い世界平和を願う心と、そんなものは糞だ、理性よりも本能を優先せよという悪魔的囁きに身を任せたい心は、今なお私の中で葛藤を繰り広げている。
「面食いは悪だというが、かの麗しき乙女を創造したのは神ではないか、君は神が創造せしものを愛することを悪というのか?」
「その主張は論点をずらしている。麗しき乙女を愛するのは問題ではないが、それ以外の存在を疎かにすることが問題だと言っているのだ。神は全ての隣人を愛せよと仰せになったではないか」
「しかし君は一人を選ばなければならない。選ぶということは何かしらの優劣をつけて選び取る必要性があるのでは?」
「そうだ!しかしその優劣を決める判断基準に本人の努力だけではどうしようもない容姿に重きを置くのが理不尽かつ非合理的だと言っているのだ」
「そこまで分かっているのなら容姿にこだわるのはやめて手当たり次第に全ての女子にアプローチをかけてみてはどうかな?一人くらいは受け止めてくれる人がいるだろう。合理的だね?」
「ぐぬぅ」
そんな虚しい脳内討論会を展開しようとも付き合えることなら付き合いたいと思わせる、それほどまでに絶対的に可愛い早瀬さんは魅力的な人だった。絶対的に可愛い、ただそれだけなのに。
しかし、残念ながら私と彼女の関係は恋愛関係に成り得ない。私と彼女を結び付けるのは弱みを握ったものと握られた者という構図が成り立たせる隷属関係である。
「それでは、先輩、また後で」
彼女はぺこりと頭を下げると跳ねるような足取りで去って行った。
私はその後ろ姿を見送りながら、どうやってお金がないことを彼女に説明しようかと考えていた。
*
絶対的に可愛い早瀬さんが去った後、私は自身の席に着いて思案に暮れる。
絶対的に可愛い早瀬さんと今後どうするかについてだ。
今朝の様子から読み取るに、彼女は私に好意があるというあざとい演技をしている。それはもう明らかである。浅井と堂島が「お前、調子に乗ってんじゃねぇぞ」「弄ばれているだけなのにそんなことも分からないの?可哀そー!」と言いにやってくるほど彼女の目は恋する乙女モードだった。なんという演技力であることか、これ程の名女優がこんな所で燻っていていいものなのか。いっそ私がマネージャーになって彼女をプロデュースしようか。
何はともあれ彼女が演技をしていることは絶対である。
では、何故?ひょっとするとこの問題はそれほど難しいものではないのかもしれない。例えば恋愛観の相違。彼女ほどの女性となると言い寄る男は後を絶たない。彼氏も結婚もイージーゲームである。眼前の男どもは軒並み媚びへつらう犬と化す。つまり、高校で誰と付き合おうが微塵も気にしないのである。故に残るのは印象操作。誰と付き合うかということは周囲に与える印象に影響する。容姿に優れた者と付き合うということはなぜかそれだけでその者のステータスが向上するような錯覚を周囲に与える。本来誰が誰と付き合おうがそいつはそいつであることに変わりないのだが、世の中にはそういう見方が確かに存在する。言うなれば恋人のブランド化である。誰と付き合うかということは自身がどういう人間であるかということを物語る。
ならば彼女が私と付き合うことで得たい印象とは?
昨日彼女は執拗な松山からの攻撃にも屈しなかった私の姿勢を称える言葉を発した。つまり、「私は顔ではなく、性格を見て人を選んでいる」といういかにも自身は性格良き人間であることを周囲にアピールすることに成功している。
世間では何故だか容姿で人を選ぶ人間はクズ、性格で人を選ぶのが真っ当な人間であるという風潮が実しやかに囁かれている。そんな中、彼女は私と付き合うことで絶対的に可愛いだけで飽き足らず人格者であるという特質までほしいままにしてしまった。そしてその裏で奴隷GETである。恐ろしい女である。
絶対的に可愛い早瀬さんと疑似恋愛をする日々は楽しいかもしれない。しかし金銭が発生する隷属関係はやはり抵抗がある。何より、いつ私の弱みが白日の下に晒されるのか、気が気でない。彼女との今の関係を、続ける訳にはいかない。
やはり、彼女の弱みを握るしかない。
もしくは松山にしたように、奸計をめぐらし罠に嵌めるか。
しかし彼女はエスパーである。考えを読まれてしまえば罠に嵌めようがない。
気付かれることなく反撃の隙を与えることなく一撃必殺で沈めなければならない。
そんなこと、できるのか。
具体的な作戦を考え出そうとした所で思考を中断させる。
いけない、昼休みに彼女と会うのだ。今ここで彼女と戦うための作戦を立てても、彼女と会った時にエスパーで見抜かれてしまったら終わりである。今はこの敵意を完全に鎮める必要がある。
私は、彼女への反抗心を隠蔽すべく、彼女の良いところを100程数え上げることにした。
*
「おはようございます」
57個目の彼女の良いところを見つけた所で担任の東雲由紀乃が教室に入って来た。いつもは優しくおおらかな印象を持つ東雲だが、今朝はどこか真剣な空気を纏っていた。その東雲の様子の異変に気付いたのか、会話のために席を立っていた男子も女子も比較的速やかに席に着いた。
生徒の注意が自分に向いていることを確認した東雲は口を開いた。
「松山くんについて、昨日あったことも含めて、お話があります」
始業のチャイムが鳴っても教室に松山の姿が見えないので、クラスの皆もだいたいなんの話か見当をつける。
「昨日、松山くんの現代文のノートが金谷さんの机に入っていたことは皆知っているよね?そしてそのノートには金谷さんへのメッセージが書かれていた」
皆は黙って話の成り行きを見守る。
「このことに関して二つ、お話があります。まず一つ、松山くんは今回のことをやっていないと話しています。誰かのいたずらだと」
「でも先生」堂島が手を挙げて東雲の話を遮る。
「あの字は松山の字だったぜ」
東雲は堂島の方を見て頷いてみせる。
「私はその字を見てないけれど、そうみたいだね」
「先生、あいつ結構平気で嘘つきますよ。都合が悪くなると『やってないやってない』って」
「そうだね、確かに松山くんが恥ずかしくなって嘘をついているってこともあるかもしれないね」
「いや絶対にそうだって」浅井も加勢に加わる。昨日まで友達だったはずの堂島と浅井のこの手の平返し、実に見事である。
「あんなことになって、あいつが素直に『僕がやりました』なんて言うはずがねぇ」
その言葉を聞いた誰かがくすりと笑う。その笑い声につられて教室中に「松山が嘘をついている」という空気が漂いだした。
想像以上にクラス全員が何の迷いもなしに松山を疑っていることを知り、自身の犯行の成果に私は感嘆としていた。
「たとえそうだとしても!」
東雲の透き通った声が松山を嗤おうとする空気を一瞬で搔き消した。
「たとえそうだとしても、皆が彼を馬鹿にして笑うのは、違うんじゃないかな?」
教室はしんと静まり返る。
「私は松山くんが嘘をついたのかついてないのかは分からないよ、でもね、今松山くんが辛い気持ちでいることは分かる。私は、そんな友達を笑うような人間に、皆になってほしくない」
誰も、何も言い返さない。
今まさに松山を嗤おうとしていたクラスメイト達はきまり悪そうな顔をして視線を下げる。
東雲が言っていることは正しい。
たとえどんな理由があっても他人を嘲笑する行為は人間として恥ずべき行為である。他人をどれだけ見下そうと、自分の価値があがる訳ではない、ただの自己満足なだけの、愚かな行為。
そんなことは分かっている。
分かっているが、面白くない。
人を見下す行為は下劣である。下劣ではあるが、それを誰よりも好んでいたのは松山自身ではないか。
毎日毎日しょうもない理由を見つけては人を貶めにかかるのは松山が大好きなことではないか。
それをいざ自分が体感すると、人を見下す行為は良くないと主張しだすのか?
都合が良すぎる。
理不尽が過ぎる。
何故、私が攻撃を受けている時は何も言わなかったのに、私が反撃に応じるとそれは駄目だと言い出すのか。
「誰かのある一面を見て、『これは良くないな』と思うことは自然なことだと思う。でもね、それを笑ったり、それを理由に強い言葉を使って攻撃したりすることは、とても恥ずかしいことだと思います。私は今回の件で、クラスの中に友達を笑っても許されるという空気があったことを、とても悲しく思っています」
一人だけ納得がいかない私をよそに、大半は東雲の言葉を聞いて自身の机とにらめっこをしている。自身の浅ましさを恥じるかのように。
多くの生徒に自身の言葉が届いたと感じたのか、東雲は次の話に移った。
「二つ目、もし松山くんが嘘をついていなかったとした場合。その場合、誰かが松山くんを陥れようとしたということになります。もしかしたらほんのちょっとした悪戯心でしたことが、予想以上に大事になって引っ込みがつかなくなっているだけなのかもしれない。どちらにせよ、松山くんを深く傷付けたことに変わりはありません。もしかしたらこの教室にそれをした人はいないのかもしれないし、私もそうだと信じたい。けれどもし、この中に、胸に覚えのある人がいるのなら、後でこっそりとでいいから、私のところに来てほしいな」
東雲は教室を見回すが、不意に私と目が合った。
1秒、2秒、3秒、長くないか、そう思った矢先、東雲はふいと視線を外してまたクラスの様子に目を配る。
偶然か?
いや、まさか。
そう思い、再度私は東雲を見る。
偶然ではない。
東雲も私を見ている。
目の端に私を捉えるように。
私の思考を読み取ろうとするように。
東雲が私を見ている。
何故、と思ったが、すぐにその理由に気付いた。
なるほど、物理の田中か。
恐らく一昨日の放課後、私が教室にいたことを物理の田中から聞いたのだろう。そこで松山を陥れた犯人として私に目星をつけた訳だ。
私は心の中で舌打ちをした。やはり教室にいたところを目撃されたのは失敗だった。言い訳は用意しているものの、やはり疑いは強まってしまう。ましてや普段の私と松山との関係性を知っていれば疑いは確信とまで行ってもおかしくない。
恐らく間違いない。
東雲由紀乃は松山を陥れた犯人として私を疑っている。
私は心の中でため息を漏らす。
東雲由紀乃は良い教師である、そう感じていた。
面倒見がよく、困っていることがないか何度も声をかけてくれた。
教師として、東雲を尊敬しており、好いてもいたのだが…
そうか、彼女は松山の肩を持つのか。
私ではなく、松山の肩を。
今まで散々攻撃を受けてきた私ではなく、たった一度の反撃を受けただけの松山の肩を持つというのか。
残念だ。
早々に松山を潰したことで、残るは絶対的に可愛い早瀬さんの口を封じるだけだと思っていたが、どうやら東雲由紀乃をも、敵として認めなければならないらしい。
非常に残念だ。
*
椚田司の様子が異質だ。
由紀乃は教室中に視線をやり、そう感じた。
あるものは自身の言葉が届いたのかその顔に反省の色を、またあるものは突如楽しい楽しい玩具を取り上げられて面白くなさそうな様相を浮かべている。
しかし椚田が見せる顔はそのどれでもなく、言うなれば、失望と怒りであった。
もし自身の見立て通り、松山が椚田に嫌がらせをしていたとしたら。そしてもし今回の事件が、椚田から松山への反撃だったとしたら。
——どうして今まで黙っていたくせに、急にしゃしゃり出てくるんだよ。
椚田がそういう思いを抱いたとしても、それはすごく自然なことではないか。
——教師が頼りないから、自分が戦うしかなかった。
そう言われてしまえば、なんて返せば良いのだろう。
いいや、返す必要なんてないのだ。
自分は椚田を守ることができなかった、それは確かなのだから。
必要なのはお詫びと今後どうあるか。
教師だって人間である、完璧ではない。
しかし完璧であることを求められる職業である。
また、例え今完璧でなくても、正しいことを求める人間でありたい、由紀乃はそう考えていた。
そして同様に、生徒たちも、正しいことを求める人間であってほしいと願っている。
失敗したっていい。
間違ってもいい。
過ちに気付いて、再び立ち上がってくれたらいい。
だから、見て見ぬふりはできない。
教師である自分が過ちに目をつむると、生徒が過ちに気付くことはできない。たとえそこにどんな理由があったにせよ、過ちを肯定する人間にはなってほしくない。
由紀乃は睨むようにこちらを見ている椚田と視線を合わせる。
視線が合ったことに椚田は動揺を見せるが、しかし椚田が視線を外すことはなかった。
由紀乃は椚田から視線を外し、クラス全体に語りかける。
「偉そうに言ってるけれど、私だって間違いは犯す。皆より長く生きてる分、皆より沢山失敗しています。でもね、だからこそ知っていることもあって、伝えたいこともある。私が言いたいのは、これだけ。陰口は自分の品位を損ねてしまう。相手を傷つける行為は肯定されない。そして、」
これは、自分への、そして椚田へのメッセージでもある。
「物事は、正しく見極めなければならない」
それは、東雲由紀乃からの宣戦布告であった。
*
授業の内容は、あまり頭に入ってこなかった。
行動原理が謎に包まれている絶対的に可愛いエスパーな早瀬さんに、何故か今頃になって正義感を燃やす担任教師東雲、対処しなければいけない問題が多すぎる。
昼休み、どのように接したらよいのか分からないまま、
「お疲れ様です椚田先輩。どこで食べます?」
絶対的に可愛い早瀬さん襲来。脳内で緊急アラートが鳴り響く。
私たちは、運動場の朝礼台に腰掛け、お弁当を食べることにした。
「私、こんな所でお弁当を食べるの、初めてです」
絶対的に可愛い早瀬さんが恥じらうような声音でそう零す。
うん、私だってはじめてだ、というかこんな所でお弁当を食べる輩は相当なる変態である。朝礼台は広い運動場のトラックの内側、校舎より少し離れた位置にある。つまり、私と絶対的に可愛い早瀬さんとの密会は大勢の生徒どもの監視下に晒されているのである。なぜこんな所で?仕方がないではないか、絶対的に可愛い早瀬さんが冴えない男と一緒にいるだなんて格好の話題の種である。私と絶対的に可愛い早瀬さんがどのような愛のやり取りをするのか、皆気が気でない様子である(特に浅井と堂島)。しかし、これから私たちがするのは交渉である。私の残り少ない幸せなハッピースクールライフが懸かっている。誰にも聞かれる訳にはいかない。それ故、衆人環視ではあるが、誰の耳にも入らないこの場所を選んだのである。
「なんか、すごく視線を感じます」
「まぁ、運動場の朝礼台だからね」
一瞬ぽかんとした後、絶対的に可愛い早瀬さんがくすりと笑う。
「先輩って本当に、肝が据わってますね」
肝が据わっている?御冗談を、さっきから脇汗がだらだらである。
「先輩のお弁当、美味しそうですね、先輩のお母さんが作られてるんですか?」
くれってか?流石、搾取できるものはとことん搾取するスタイル、恐ろしい女である。私は無言でお弁当箱を絶対的に可愛い早瀬さんに差し出す。
「あ、いえ、そういう意図で言った訳ではないんですが、あ、それではおかずを一品交換っこしませんか?」
交換?一方的に搾取するのではなく?何を考えているんだ彼女は?
絶対的に可愛い早瀬さんが何を考えているのか分からないため、私は彼女のお弁当箱のおかずから二つあるブロッコリーのうち一つを所望した。ブロッコリーを取られて怒る人もいなかろう。安全牌安全牌。
「ブロッコリーですか?遠慮しなくていいんですよ?卵焼き食べます?これ私の手作りで——」
「いえ、ブロッコリーが好きなんです」しょうもない嘘をついてしまった。
絶対的に可愛い早瀬さんはまたもやくすりと笑い、「覚えておきます」と微笑んだ。しょうもない嘘を覚えられてしまった。
「それでは私、卵焼きをいただいてもよろしいですか?」絶対的に可愛い目で見つめられる。断れる訳がない。
私は母が作った卵焼きを献上し、お弁当のおかず交換会という謎の儀式は無事に終わった。私は絶対的に可愛い早瀬さんから賜ったブロッコリーを見つめながら、ひたすら考えていた。
私と彼女との関係について、そして今後の彼女との関係について。
「そういえば、二人で話したいことがあるって言ってましたよね」
わたしがその問いに答えを見つけるのを待たず、絶対的に可愛い早瀬さんは切り出した。
「話したいことって、なんですか?」
食べかけのお弁当を見つめながら、彼女はそう尋ねる。
ついにこの時が来たか、私は周りを確認する、誰もいない。厳密には浅井と堂島が手洗い場の陰から頭一つ、江戸時代の打ち首獄門さながらに覗かせていたが、距離があるため会話が聴かれることはない。
私は恐れていた。この話をすることで今後彼女との関係がどのように転がるのか、皆目見当もつかなかった。ただ、このまま曖昧で宙ぶらりんな状態でいるより白黒つけなければ、疑心暗鬼に陥り、悩みの種が尽きなくなることは目に見えていた。この何を考えているのか分からない絶対的に可愛い早瀬さんの本質を早急に突き止めること、それは自身の身を守るためにも不可欠であった。
彼女は本当にエスパーなのか。
彼女は本当に私が犯人だと知っているのか。
彼女は本当に私との隷属関係を望んでいるのか。
彼女は何故恋人ごっこを演じるのか。
彼女は何故、自分に接近してきたのか。
「早瀬さん」
「…はい、」絶対的に可愛い声で、彼女は答える。少し頬を赤らめている、それは演技か?
確かめるためにも、言わねばならない。
「僕の収入源は、月々3000円、親からのお小遣い、それだけなんだ」
「え?」
絶対的に可愛い早瀬さんが、口をぽかんとさせている。
その「え?」はどういう意味の「え?」だ?
*
金銭感覚は人それぞれである。それはもう資本主義の日本では、仕方のないこと。果たして絶対的に可愛い早瀬さんはどちらのタイプだ?①金銭感覚が低い②高い③同程度
①の場合、「はぁ?月3000円?え?どうやって生きていくの?服すら買えないじゃん、あぁ、もういいわ、お前はもう用なし、例の事件、お前が犯人って皆に言っておくね」
このパターンが一番怖い、かつ一番あり得る。彼女は絶対的に可愛いし、貢いでくる男子は後を絶たないだろう。このパターンに行きつく未来が見えているため私は散々頭を悩ましているのだ。
②のタイプではどうだろうか。「さ!3000円も貰っているんですか?毎日うまい棒一本食べても使いきれませんよ!えー先輩、素敵ぃ~!」
こんな人間はそういないと思われるが、絶対的に可愛い早瀬さんが何故私に色目を使うのか、説明がつく。毎日うまい棒一本しゃぶっている身分からしたら、1500円のパフェをどんと奢ってくれる先輩をキープしたくなる気持ちも分かる。まぁ、そんな人間、いないと思うが。
③のタイプだと、「ふぅん、3000円ですか、まぁいいでしょう、では先輩が犯人だってことは黙っておきますから、今後はその3000円、全額私のために使うこと、よろしいですか?」
こんな感じだろうか、これはこれでコンスタントに3000円搾取されるのでかなり厳しい未来である。
さぁ、絶対的に可愛い早瀬さんの金銭感覚は如何に?
私は緊張の面持ちでぽかんとした彼女の顔を見つめる。可愛い。
その絶対的に可愛い口は次にどんな言葉を紡ぐのか。
胸の鼓動が早まる。
彼女は随分長い事お口をぽかんとさせて考えている。
何を考えている?「3000円?3000円かぁ、んー少なくはないけど、微妙だなぁ、んーどうしようかぁ、ここはあっさりと切っとくべき?」そんなことを考えているのだろうか?
私はごくりと唾を飲み込む。
絶対的に可愛い早瀬さんはようやく考えがまとまったのか、表情を和らげ、お弁当箱を傍らに置いた。
どっち?どっちだ?
彼女の顔色を窺っているところ、彼女はゆっくりとお尻を浮かし、私との距離を詰めてきた。そして、お弁当箱を持つ私の両手に、手を添える。
触れ合う二人の手を通して絶対的に可愛い早瀬さんの温度が、熱が伝わってくる。汗が額に浮かぶ。熱い、熱いぞ、熱し殺される。
心臓の鼓動が強くなる。可愛い。呑まれる。次に出るであろう彼女の言葉一つが、何故これ程までに恐ろしいのか。
近くなった彼女の顔を、私はただただ見つめている。
彼女の唇が開く。
「お気遣いさせてしまって、すみません」
優しい声音で彼女はそう言った。
「別に気にしませんよ、私は」
何の話だ?
「私たちは高校生なんですから、お金のかからないデートをしましょう」
彼女はおもむろにスマホを取り出し、カメラのアプリを起動させるや、私と自身を画面に収め、シャッターを押した。
これは、彼女との関係に、白黒つけるための告白であった。彼女について、知るための告白だった。
彼女は本当にエスパーなのか。
彼女は本当に私が犯人だと知っているのか。
彼女は本当に私との隷属関係を望んでいるのか。
彼女は何故恋人ごっこを演じるのか。
彼女は何故、自分に接近してきたのか。
しかし、彼女に対する疑問は深まるばかりだった。
まさか、
彼女は本当に、私に惚れているのか?
*
「ねぇ、ちょっと涼香のあれ、やばくない?」
「距離近くね?恭子どう思う?けしからんくね?」
やもりのように教室の窓に張り付くさくらと葵に、私、豊島恭子はどうでもいいと思いながら視線を送る。
「クラス揃って窓に張り付いているこの光景の方がよっぽどやばいと思うね」
「言えてる。これね、他のクラスの子たちも窓に張り付いてあの二人の様子を見てるんよ?グラウンドから見たら超シュールよね」窓から顔を離し、さくらが笑う。
「いやいや、あんな皆が見ている前でいちゃつく涼香が悪い、あいつ、自分のルックス、ちゃんと自覚してる?ほら、相手の、椚田先輩、固まってるよ」葵も窓から顔を離し、ぶつくさと抗議を申し立てている。
「智成たんを撃墜した椚田先輩も、美少女相手には手も足もでなかったかぁ」
この昼休み、教室中いや、恐らく学校中が、窓の向こう、運動場の朝礼台で展開される青春劇に大熱狂である。
女子からはキャー、男子からはゔああぁという奇声が終始漏れ聞こえてくる。
涼香と一緒にいる先輩、椚田司は松山智成の事件と共に学校中で話題になっている。なんでも、松山智成の度重なる執拗ないじめをものともせずにひとり立ち向かい続けたのだと。私はその全容は知らないが、純粋にそれはすごいことだと思った。多分自分が同じ目に遭うと、耐えられないだろう。
椚田司は松山達に目をつけられていたということもあり、友達もおらず、地味で目立たない存在であった。しかし決して器量が悪かった訳でもなく、松山失脚後、瞬く間に孤高のヒーローとして、その株価は上昇していった。
「それにしても涼香のアプローチは早かったねぇ、昨日の今日であれだよ、ちょっと異常」
葵は涼香と椚田司がくっつくことに対して(あるいは涼香に彼氏ができることに対して)不服な様子である。
5時間目の授業が始まる5分前に、渦中の早瀬涼香が教室に帰って来た。
「涼香あんた大胆すぎ!」葵が開口一番に難癖をつける。
「え、いや、手を握っただけだよ?てか、やっぱり見てたの?」涼香は少し顔を赤らめた。
「あんなもん、見てくれって言っているようなものじゃん!なんなの?かまってちゃんなの?」
「あおっち言い過ぎね。でも確かにあれはちょっと刺激的だったかなぁ。全校生徒に見せていいものではないよ。ほら見なよ、男子たちの様子を」
さくらに促され、涼香は教室中を見渡す。どきりとした男子たちは視線を逸らすが、その意気消沈ぶりは隠せていない。
そんな中、1年生の頃に涼香に告白して撃沈したという経歴を誇る荒木が不貞腐れた様子で涼香に詰め寄った。
「お前たち、もう付き合ってんの?」
涼香は一瞬どきりとした顔をしたが、肩を竦ませ「分かんない」と答えた。
「なんだよそれ、はっきりさせねぇと、相手にも悪いんじゃねぇの?」
この荒木の発言、一見椚田司のことを気遣っているように受け取れるが、涼香が椚田司といちゃついている間、ずっと「なんだよちくしょう」「あんな男のどこがいいんだ」「陰キャ臭はんぱねぇんだけど」とぼやきにぼやいていた。どうやら現実が受け入れられないらしい。
まぁ、諦めが悪いことは、悪い事ではないと思うけれど。
「うん、私も、はっきりするのかなぁと思ってたんだけど」
「え?何?まさか、告白されなかったの?」さくらがにやにやしながら問い詰める。
「糞チキン野郎じゃねぇか!」荒木が吠えた。
「やめやめ、そんなはっきりしない男はやめちまいな」葵が便乗する。
「ちょっと、先輩のこと、悪く言うのはやめてよ」
「涼香はさぁ、椚田先輩のこと、好きなの?」さくらが単刀直入に切り込んだ。荒木の顔に緊張が走る。
「分かんない…」涼香がか細く答える。
荒木、安堵の吐息。
「何それ、あんたもはっきりしないじゃん。涼香の方から言い寄ったんでしょ?昨日の昼休みにわざわざ出向いて。あーやらしいやらしい」
「あれは、そういうつもりで行ったんじゃないんだけど、ちょっと聞きたいことがあって、そしたら、誘われて・・・」
「何それ、あんたそんな流されやすい女だったの?ちょっと見損なうんだけど」
「あおっち、辛辣すぎるよ、涼香の心に100のダメージ」
「とりあえず、俺は認めねぇ」荒木が言い捨てて自分の席に着く。ん?何故お前の許しがいる?
「涼香、あんたモテるんだから、付き合う相手はちゃんと選びなよ」
「んーそういう点なら椚田先輩は性格よさそうだし、問題ないと思うけどねー」
そう言って、葵とさくらも自分の席に着く。
高校生特有のカップルいびりを受けた涼香は暗い表情で席に着く。
そんな涼香に私は囁くように一つの質問を投げかける。
涼香はしばらく目をぱちくりとさせた後、妖艶に笑った。
ふぅん、なるほどね。
*
絶対的に可愛い早瀬さんに関して、一つ、確信したことがある。
彼女は、エスパーではない。
絶対的に可愛い早瀬さんとの逢瀬を終えた後、私は午後の授業そっちのけで、彼女に関する考えをまとめていた。
何故絶対的に可愛い早瀬さんはエスパーではないか、その理由は簡単。
彼女はあまりにもぽかんとしすぎている。
毎月のお小遣いが3000円であるという恥ずかしいカミングアウトをした際も彼女はお口をぽかんとした。私の考えが読めるのであれば何故あれ程までにぽかんとする必要があるのか。
私との付き合い方を考える長考であるならまだしもぽかんて、まるで、「こいつは何を言っているんだ?」と私の発言の意図を必死に理解しようとしているようであった。エスパーが使えるのなら、そのあたり、なんやかんやピピーと分かりそうなものである。
しかしこれだけではまだなんとも言えない。ぽかんが演技である可能性も十分にある。女は得てして女優であるとどこかの疑心暗鬼の愚か者が口にしていた。それを踏まえて決め手となったのがコミュニケーションの齟齬である。
私のカミングアウトを受けて彼女は「お金のかからないデートをしましょう」と返した。私は「毎月3000円しか出せませんが、それでもこの主従関係を継続させますか?」と確認したかったのである。
どうにも会話が嚙み合っていない。
そしてその理由は、恐らく私にある。
私は彼女に対して誤った理解をしていた、その一つが、「絶対的に可愛い早瀬さんはエスパーである」説である。うん、普通に考えたらありえないって秒で分かりそうなものである。やはり私は阿呆であった。哀しいことに。とほほ・・・
以上の点を以て改めて以下の点について考えていきたい。
①彼女は本当にエスパーなのか。
②彼女は本当に私が犯人だと知っているのか。
③彼女は本当に私との隷属関係を望んでいるのか。
④彼女は何故恋人ごっこを演じるのか。
⑤彼女は何故、自分に接近してきたのか。
①はたった今否定された。では①が否定されたことで、彼女に対してどのような認識を改める必要があるか、そもそも私は何故彼女をエスパーであると錯覚した?
恐らく次の二つである。
・私が「ぶひぃーーっ‼」と口にした事を知っていた。
・マウントを取られた。
よくよく考えればかなりしょうもない理由で私は彼女のことをエスパーであると決めつけていたようである。救いようのない阿呆である。マウントを取られたのは、彼女の絶対的な可愛さ故であろう。認めることは甚だ不本意ではあるが、そう解釈すれば筋が通る。
そして、何故彼女は「ぶひぃーーっ‼」を知っていたのか。二つの仮説が挙げられる。一つ目は、SNSを通して三年の誰かから伝え聞いた。絶対的に可愛い早瀬さんはあの美貌である、三年生に知り合いがいたとしても何ら不思議ではない。しかし私はもう一つの説の方が有力であると考えている。
すなわち、保健室で、松山から伝え聞いた可能性。
昨日松山と決闘した際、松山が口にした情報から推測すると、松山は保健室で絶対的に可愛い早瀬さんと会っていた。それも、例の事件に関して、真犯人が他にいることを話していた。絶対的に可愛い早瀬さんが松山のアリバイを確認した様子から、恐らく彼女も半信半疑だったのだろう。真犯人が別にいるかもしれないし、松山がそのまま犯人である可能性も視野に入れていた。そして恐らく松山は私が「ぶひぃーーっ‼」と口にしたこと、私が怪しいことを絶対的に可愛い早瀬さんに伝えたのだ!
これで彼女のエスパー疑惑は説明がつく。
だとすると、②彼女は本当に私を犯人だと知っているのか、この問題はどうだろう。知っていたと仮定しよう、⑤彼女は何故、自分に接近してきたのか。彼女が私と恋愛ごっこをしようとしている様子から、③彼女は本当に私との隷属関係を望んでいるのか、は否定される。では④彼女は何故私との恋愛ごっこを演じるのか。犯人と分かっている人間と恋愛関係になる、そういう変態か?そういう性的嗜好が?いや、違う、絶対的に可愛い早瀬さんに限ってそうではないと信じたい。
例えば、絶対的に可愛い早瀬さんは傲慢馬鹿である松山に対して強い恨みを抱いていた。その松山を破滅へと追いやった私に敬意を表して私に接近してきた。おぉ、これなら筋が通る。筋が通るが、では何故、私が「ぶひぃーーっ‼」と言うのか確認してきたんだ?これから好き合う相手が「ぶひぃーーっ‼」と奇声を発する豚だと困るからか?そもそも、顔も分からない奴が敵を討ってくれたからって恋愛感情を持つだろうか?
それよりも、この路線はどうだろうか、絶対的に可愛い早瀬さんは私が犯人だと知らない。では何故接近してくる?私が犯人かどうか確かめるため、というのはどうだろうか、保健室で松山から話を聞いた絶対的に可愛い早瀬さんは松山に恨みを抱いているであろう私に容疑を向けた、しかし証拠がない、その証拠を探るために私に接近した。恋愛ごっこはそのカモフラージュ。だとしたら昨日の松山の暴走も囮で疑いの目を彼女に向けさせないための作戦。
松山と絶対的に可愛い早瀬さんは裏で繋がっている。
あり得そうな話であるような気がした。
ライトブルー男に金髪女子、偏見極まりないが、ぼっちと金髪女子よりもはるかにしっくりくる組み合わせである。信じたくはないが、そうなのか。
君も、敵なのか?
*
終礼が終わり、職員室に戻った由紀乃は、他の業務を後回しにして、松山の家へと向かった。近くの有料駐車場に車を停めた由紀乃はふぅと息を漏らす。昨日別れた際は多少笑顔を見せるまで持ち直していたようであるが、あの後一体何があったのか、何を考えるようになったのか。
由紀乃は震える心を鼓舞して松山の家の前に立ち、インターホンを鳴らす。
自分に何ができるのか分からない。
目の前の生徒たちより、ほんの少しだけ長く生きているだけの、ただの弱い大人。
そんな無力な自分を憂いながらも、生徒の前では毅然としなければならない。精一杯見栄を張って、少しでも彼らが頼りたいと思えるように。
頼りにされたって、何もできないかもしれないのに。
応答はない。由紀乃は再度インターホンをならす。
しばらく経った後、はい、と松山智成の元気のない声が聞えた。
*
インターホンでの挨拶を経て、松山は東雲に自宅へ上がるよう促した。
松山の家は片親であり、現在は働きに出ているため家には松山智成と由紀乃の二人だけだった。流石に親が不在の中、男子生徒の自宅に上がることを躊躇った由紀乃は玄関で話をすることにした。
「ごめんね、休んでいるところ、押しかけて、今日はゆっくり休めた?」
松山は少し間を置いた後、まぁな、と小さくこぼした。
どう考えても昨日別れた時と同じ松山とは思えない。
まず、左前髪半分のライトブルーが消失している。
アイデンティティの確立。
アイデンティティの拡散。
採用試験対策の勉強時に学び、それ以降全く使われることのなかった言葉が不意に由紀乃の脳裏をよぎった。
自分らしさを模索し、しかしそのライトブルーという個性は受け入れられることなく集団の中からはみ出す要因となった。
――うん、分かってる。今ライトブルーは関係ない。恐らくライトブルーには触れてはいけない。ライトブルーのことは忘れろ。あれは若気の至り、悪い夢だった。若者は黒歴史を踏み台に大人の階段を上るのだ。いやいや落ち着け私、ライトブルーは本当に関係ない、松山くんが今日学校を休んだ理由はきっとそういうことではない。
由紀乃は脳内からライトブルーにこだわる自分をなんとか追いやった。
そう、ライトブルーは関係ない。
ライトブルーなくしても、この松山は昨日までの彼とは別人であった。
まるで、希望を見失ったかのような。
「今日ね、クラスの子たちには話しておいたよ、今回の事件、松山くんはやってないって」
しかし松山は何も応えない、そんなこと、どうでもいいとばかりに。
由紀乃は困った。必死に探す、彼の心を開く言葉を。
「まぁ、それでも、あんなことがあったすぐじゃあ、中々気持ちの整理がつかないよね?」
できるだけ明るく、松山の気持ちに寄り添おうと由紀乃は話す。しかし松山は顔を上げようとしない。
「私にできることがあったら何でもするよ?それでもやっぱり教室の居心地が悪いんだったらさ、別室登校とかもできるし」
松山は困ったように、ははっと笑う。
届かない、由紀乃の言葉が、届かない。
それもそのはず、由紀乃は知らないのだから。
まだ、聞いていないのだから。
「昨日、学校を出てから、何があったの?」
ずっと、引っかかっていた疑問。
松山は応えない、しかし今回の言葉は届いた、そう感じた。
松山は何か言葉を探しているようであった。
由紀乃はもう言葉を発さない。次に口を開くのは、松山の番だと心に決める。
松山はしばらく視線を彷徨わせた後、別に、と小さくこぼした。
何が「別に」なのか、由紀乃は口を開かない。
何が「別に」なものか、何もないはずがない。
由紀乃の無言の圧に負けて、松山はもごもごと口を動かす。
「別に、自分が嫌になった、それだけだ」
「自分が、嫌になった?」由紀乃にはまだ、松山が言わんとしていることが分からない。
「どうして?松山くんは悪くないよ!」
松山は被害者である、何故彼が自分を責めるのか、由紀乃には理解できなかった。
「いや、俺が全部悪いんだ」
「どういうこと?例のラブレターは、松山くんが書いたわけじゃないんでしょう?」
「・・・そうだけど」松山はズボンの布地を巻き込みながら拳を握る。
「じゃあ自分を責める理由なんて———」
「俺がどうしようもねぇクズだからだろ!」
「——っ!」
ようやく悟った。彼の言わんとするところを。
しかし、それは、
「俺がどうしようもねぇクズだから、こんなくだらねぇ罠に嵌められたんだろ」
「ちっ違うよ!」由紀乃は必死に否定する。
認めてはいけない!
いや、実際にはそうなのかもしれない、今回の事件は松山に強い怒りを抱いている者の報復なのかもしれない。因果応報なのかもしれない。
それでも由紀乃は、認める訳にはいかなかった。
「違うよ!それは違う!」
——違う?何が違うんだ?
「違わねぇよ!普段周りに迷惑かけてきたから、当然の報いなんだよ!」
由紀乃だって心当たりがないわけではない。松山智成の身勝手な振る舞いは度々周囲を悩ませてきた。「自業自得だ、これからは真っ当に生きろ」そう言い捨てることは簡単だった。自分で自分の過ちに気付いて反省しているのだから、問題ないではないか、むしろ素晴らしいことではないか。
それでも、認めることは許されない。
教師である自分が、
味方だと言ったその口が、
どんなに周りに悪影響を与えてきたとはいえ、
自身の生徒の価値を貶めることなど、あってはならない。
「松山くんはクズなんかじゃない!」
罪を犯した人には何をしてもいいだなんて、認める訳にはいかない。
「周りに迷惑をかけたから何をされても文句を言えないなんて、間違ってる!」
「違う!」松山も反論する。
「罪を犯したら罰を受けるのは当然の事だろ!ましてや俺は、もっと悪いことを沢山してきたんだ。今回の事件が可愛いと思えるくらいな、もっと悪質で、陰湿なことをいっぱいしてきた!それを一回俺がやられただけで…俺には、文句を言う資格もねぇ!」
――違う、
「罰と仕返しは違う!全然違うよ!」
「そうだとしても!」
松山のズボンを握る力が一層強まる。
「俺がいない方が、皆が幸せなのは違いねぇだろ!」
「——っ!」
由紀乃はハッとする。
これなのか、理由は。
一緒に戦うことを誓った松山が、何故学校を休んだのか。
松山は悔いているのだ、過去の自分の振る舞いを。
松山は恥じているのだ、過去の己の身勝手さを。
松山は恐れているのだ、己の愚かさが、再び他者を傷つけるのを。
「松山くんは、後悔しているんだね?」
「俺には、後悔する資格すらない」
——ん?後悔する資格すらない?ごめん、流石にそれは何言っているのか分からない?ここにきて中二病か?
由紀乃は心に浮かんだツッコミを押し殺し言葉を紡ぐ。
「人は、成長する生き物だよ?失敗しない人間なんて——」
「人はそう簡単には変われねぇんだよ!」
「そうだけど、でも——」
「昨日、学校出た後、椚田と話をした。」
「えっ!?」
「俺、あんなことがあって、学校にいる間に、変わろうって決めたんだよ、これからは真っ当に生きようって」
——その決意の表れとしてのライトブルー消滅⁉
「でも、俺、椚田を疑ったんだ。お前が犯人だろって、問い詰めた。」
椚田司、事件前日の放課後に教室で制汗スプレーを自身に振りかけていた生徒。これまでの松山との人間関係から見ても、最も松山に恨みを抱いていると思われる、容疑者筆頭候補。
「それで?」由紀乃は続きを促す。
「あいつにはアリバイがあるんだ。あいつ、一昨日は部活の打ち上げに参加していたんだ。その後は二次会でカラオケ、あいつに犯行は無理だ」
「えっ?」
アリバイがあった?でも、田中先生の目撃証言はどうなる?打ち上げに参加しているはずの椚田司が何故教室にいる?何故教室に行ったことを伏せて打ち上げに参加していたなどと供述する?
「変わりたいと思った矢先に俺は、また椚田を攻撃してしまったんだ。本当に嫌になる。俺はどうしようもないクズ野郎だよ!」
ふと椚田のアリバイについて意識を向けてしまった間にも、松山はどんどん自身の罪に酔いしれていく。しきりに「俺はもう駄目なんだ」と口にしている。
——いけない、集中しなければ。
「松山くんは、自分がまた、誰かを傷つけるのが怖いんだよね?」
「怖い?怖いっつーか、情けないんだよ」
「情けない自分は、嫌い?」
「…あぁ」
「まぁ、そうだよね、自分の弱いところなんて、見たくないよね」
「……」
「でも、自分の弱いところを認めることができるなんて、すごいことだよ」
「別に、今回のことがなかったら、ずっと気付かないままだったろうな、そんで、もっと周りに迷惑をかけてた」
「でも、気付いたんだよ?」
「……だから、なんだよ?」
「すごいよ、本当に松山くんの言うようなクズだったら、未だに気付かないままじゃないかな?」
「……だから、なんだってんだよ」
「昨日までの松山くんは気付かなかった、でも今の松山くんは自分の弱さを知っている。ほんの少しの差かもしれないけれど、松山くんは成長したんだよ。変わりたいと思った松山くんは、ちゃんと成長しているよ」
「つまり、どういう意味だよ」
「松山くんが変わりたいと思い続ける限り、これから松山くんが犯す間違いは、罪なんかじゃない、失敗になるんだよ」
「どう違うんだよ」
「失敗は成功の素っていうでしょ?その失敗はいつか成功に結び付くんだよ、前進することができるんだよ」
「ん?つまりどういうことだよ」
——しまった、松山くんには難しすぎたか。
「松山くんは、これからどうなりたいの?教えてよ。簡単じゃないかもしれないけれど、それを助けるのが、私の、教師の仕事なんだよ」
「……」
松山はしばらく由紀乃の言葉を咀嚼していた。
今の自分の言葉を松山は理解することができたのか、また、それは松山の心を開くことができたのか、分からないまま、由紀乃は松山を見守る。
ふいに、松山が小さく笑って、顔をあげた。
「英語を教えるだけじゃ、ねぇんだな」
つられて由紀乃も笑った。
——やっと、私の顔を見てくれた。
*
「すみません椚田先輩、遅くなってしまいました」
図書室の前で立っている私の下へ、絶対的に可愛い早瀬さんが駆け寄ってくる。
「ちょっと、保健室に寄っていました」
「保健室?大丈夫?どこか怪我でもしたの?」
「あ、いえ、ちょっと、女の子の悩みで相談をしていただけです」
女の子の悩みと聞いて私はどきりとした。
なんだかよく分からないが、特に親しい間柄ではない自分がそれに触れることはマナーに反すると感じた。
「ところで先輩、こんな所でどうしたんです?中に入らないんですか?」
図書室の入り口で突っ立っている私を見て、絶対的に可愛い早瀬さんは怪訝そうな目を向ける。
昼休み、絶対的に可愛い早瀬さんは「お金のかからないデート」と口にした。その一つがこれから行われる、放課後居残り勉強会である。
放課後居残り勉強会はお金もかからず、学力も伸び、時には勉強を教えてあげることで親密度を上げることができる素晴らしいデートプランであり、私はかねてよりそのようなデートをしてみたいと切に願っていた。それをこのような絶対的に可愛い早瀬さんと行うことができるのだから、椚田一族の中でもこれ程の幸福を掴んだものはいなかろうと思われる、のだが——。
絶対的に可愛い早瀬さんは裏で松山と繋がっており、私が犯人でないかと探っているかもしれないという疑念のせいもあり、素直に喜べない。
昨晩の松山との決闘時、よく分からないおじいさんが「ハニートラップか?」と口にした。あれはあながち間違いではなかったのかもしれない。
絶対的に可愛い早瀬さんは私を捕えるための罠、そう思えば、迂闊に彼女との距離を縮める訳にはいかない。
一方、万が一、もしも彼女が何らかの変態で本当に私に好意を抱いていたとしたら、そういう期待も捨てきれない。もしそうだとしたら、自分は絶対的に可愛い早瀬さんと過ごす残り少ない幸せハッピースクールライフを掴む千載一遇のチャンスをつまらない疑心暗鬼で棒に振ることになってしまう。そうなってしまえば、椚田一族末代に至るまで悔やむに悔やみきれない。
白黒つけたい。
腹を割って、彼女と話したい、しかし、
私は図書室の中に視線を向ける。
放課後の図書室には、既に先客がいた。
一組のカップルが二人だけの世界に入りながら勉強をしていた。
こんな他人に聞かれるリスクのある中で、腹を割って話せる訳がない。
絶対的に可愛い早瀬さんも図書室の中に目をやり、「あぁ、そういうことですか」と何か納得した様子である。
「駒林くんと怜奈ちゃんですね、あの二人のイチャつきようは2年生では知らぬものはなく、あの二人は訪れる場所を聖域へと変えてしまう変態として名高いです。確かに、あの二人が支配する聖域に立ち入るのは勇気がいりますね、『俺たちのサンクチュアリに踏み入ろうものなら火傷するぜ』が駒林くんの口癖だそうです」
絶対的に可愛い早瀬さんが困ったように笑う。なるほど、恐ろしい変態どもである。
「場所を変えましょうか?私の教室はどうです?多分誰もいないと思いますよ」
「あ、じゃぁ、うん」
「では行きましょう」
絶対的に可愛い早瀬さんがニコリと笑い、私の手を取る。
彼女に導かれるようにして、彼女の教室へと向かう。
彼女に手を引かれながら、「松山と絶対的に可愛い早瀬さんが裏で繋がっていて、彼女は私に探りを入れるために接近してきた」、この仮説に真偽を下すにはどうすればいいのか、ひたすらそのことだけを考えていた。
*
「早瀬さん」
尾行を含め周囲にだれもいないことを確認した私は、教室に入るなり彼女の名を呼んだ。
「は、はい、なんでしょう?」突然名前を呼ばれた絶対的に可愛い早瀬さんはきょとんとした顔で振り返る。
「早瀬さんは、どうして昨日の昼休み、わざわざ僕のところに来たの?」
核心に近づきつつも直球過ぎない言葉を慎重に探す。
「そ、それは、言わなきゃ、だめですか?」
怪しいな、やはり私が犯人かどうか確かめにやって来たのか。
「いや、ごめん、別に、嫌なら言わなくてもいいよ」
何故だか分からないが、私の胸はずきりと痛んだ。
「あ、いえ、すみません、昨日もお伝えしたのですが、その、ちゃんと言わないと、駄目ですよね?」
そういえば、ファーストコンタクトの際、めちゃくちゃ軽いノリで絶賛されていたような記憶が蘇る。
「ちょっとした、好奇心です。」
「好奇心?」
「すみません、その、私、生理痛がひどくて、保健室で休んでいたんですけど、そこにたまたま松山先輩が来られたんです。」
「松山が保健室に?何故?」
「なんでも先生たちから逃げているようでした。そこであきちゃんが松山先輩をかくまったんです。」
「あきちゃん?」
「保健の先生です」
あぁ、あの養護教諭の、確か白石と言ったか。やたらと女子の間で評判のいい。そして男子どもが気持ち悪くなにかと呻いている……。
「そこで、その、松山先輩から、椚田先輩の話を聞いたんです。」
私が犯人かもしれないってか?
「そうなんだ、地味だとか暗い奴だとか言ってたでしょ?」
「いえ、そんなことは、ただ、椚田先輩が『ぶひぃーーっ‼』って言うって聞きました。私、『ぶひぃーーっ‼』っていう人を見たことがないので、いったいどういうものなのか気になってしまったんです。」
そんな理由で上級生のところに来るか?ますます怪しい。
「でもすみません、先輩は、その『ぶひぃーーっ‼』について触れてほしくないんですよね?本当にすみません、浅はかでした。」
「ううん、大丈夫だよ、気にしないで」私は笑顔で返す。その「ぶひぃーーっ‼」については本当に触れてほしくない。単に弁明できないだけではなく、こんな絶対的に可愛い早瀬さんを前にすると純粋に恥ずかしい。
「で、でも、それは口実といいますか、それだけが理由で声をかけた訳ではないんです」
うん、まぁ、そうだろうね。私が犯人だという証拠を見つけることが狙いだもんね。
「私は2年生なので、松山先輩の悪事を目にした訳ではありませんが、それでも彼の噂は度々耳にしました。それで、その、椚田先輩の話も」
「1年の時から、絡まれてたからね、同じクラスだったし、散々な高校生活だったな、黒歴史だよ」
言葉にして、闇が深かったか、と少し反省する。
「かっこいいなって、思いましたよ」
「え?」予想だにしなかった言葉に、思考が停止する。
「私は、椚田先輩、かっこいいなって思いました」
何を言っている?分かっている。演技だ。私の懐に入るための演技だ。
「だから、話しかけたんです」
絶対的に可愛い早瀬さんがそう言って、俯く。
落ち着け、椚田司、落ち着け、これは演技、演技だ、騙されるな、騙されてはいけない。
「すみません、その、それでも実際にお会いするまでは、やはり好奇心が強かったんだと思います。昨日話しかけた時はこんなこと、なんのためらいもなく口にできたのに、まさか先輩と、こんな関係になるとは思ってもいなかったので」
こんな関係ってどういう関係?落ち着け椚田司、大丈夫、お前はまだ絶対的に可愛い早瀬さんとどのような関係にも至っていない。惑わされるな、巧妙な話術に心を乱されるな。
ふぅーふぅーと息を吐く。いかん、今の息遣いは変態のそれだ。落ち着け!世界に通用する紳士たれという平尾釟三郎先生の言葉を思い出せ。
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貴重な酸素を無駄にしてしまった。なんとも愚かな脳細胞たちよ。
脳が機能しない中、なんとか言葉を紡ぐ。
「僕も、よく分からないけれど、そうするべきだって、思ったんだ」
絶対的に可愛い早瀬さんがきょとんとする。
そりゃそうである、そりゃ誰だってきょとんとするだろう。
「それは、どういう意味ですか?」
やめてくれ、聞かないでくれ、私だって自分でも何を言っているのか分からずにいるのである。どこの聖人も「苺パフェを奢れ!」と天啓を受けることはないだろう。
無駄に頭部に血液が回っている故、自分の顔が物凄く赤くなっていることが分かる。
どうすべきなのだ?彼女との距離を縮めるべきなのか?
「どうして苺パフェに誘ってくれたんですか?」という質問はすなわち告白待ちの問いである。絶対的に可愛い早瀬さんが告白するチャンスを作ってくれましたよ、というなんとも甘酸っぱいシチュエーションである、第三者から見れば。
ここで中途半端な返事をすれば私の子孫は末代に至るまでチキンという汚名を着せられるだろう。
最早私には彼女に告白する以外に道がない。
白黒つけるつもりが、白黒つけさせられる、なんと恐ろしい女!恐ろしい、魔女である!
悔しいが、ここはいったん負けを認めよう。
私は彼女に告白する。
だが、告白すると言っても、私が犯人だと告白するわけではない。
君が好きだと、君の絶対的な可愛いさに負けたのだと告白するだけだ。
大丈夫、まだ付き合ったからといって、すぐに私が犯人だとバレる訳ではない。
そもそも、彼女が本当に私に好意を抱いているのなら、これは素晴らしい展開ではないか、よし、告白しよう。
私は先ほど浪費した分まで鼻からいっぱいに空気を吸い込む?
ん?
なんだこの匂いは?
なんか甘ったるいぞ?
なんか、蜜のような匂いがする。
私は絶対的に可愛い早瀬さんを見る。
絶対的に可愛い早瀬さんは顔を赤らめてもじもじしている。
私はもう一度すぅーと息を吸う。
不意に光明を得た!
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ありがとう、お前のおかげで九死に一生を得た。
結局、絶対的に可愛い早瀬さんが教師を連れて戻ってきた後も、変態と一緒に告白するタイミングも逃げちゃったということにして、事なきを得た。
ありがとう変態。
蜂蜜の容器を武器に応戦しようとした時はイラっとしたが、
お前は誰が何と言おうと私のヒーローである。
*
「あ、もしもし?涼香?今大丈夫?」
『もしもし~どうしたの~恭子』
「あ、いや、あんたこそどうしたの?疲れてる?」
『ちょっとね、今日はいろいろあってさ』
「ほんと?大丈夫?」
『うん、で、用件は?』
「用件って程ではないけど、恋する乙女が気になってね、愛しの人との逢瀬、どうだった?」
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『固すぎるよ、なんで?なんでなの?』
「まぁ仕方ないよ、卒業してからじゃだめなの?」
『目の前に育める愛があるのに何故我慢する必要があるのさ』
「涼香って、そういうところ非常識よね」
『てへっ』
「こいつ…てかさ、そもそもちゃんと好きだって伝えてる?」
『めちゃくちゃ伝えてるよ!あれで伝わらない方がおかしいよ!絶対伝わってる!』
「なんか、あやしいけれど、じゃあ涼香の想いには気付いているけど、応えようとしない訳だ」
『やめてよ。それ、本当に凹む』
「可哀そうな涼香」
『ねーなんで?私こんなに可愛いんだよ?なんで駄目なの?』
「そういうことを言っちゃうところじゃない?性格の悪さが露見してるんだよ」
『自分を可愛いって言うだけで悪女認定だなんて、生きづらい世の中だよ、十六年この顔で生きてるんだよ?街ではナンパにスカウトに声かけられ祭り、いい加減自分が可愛いって気付くでしょ?』
「はい早瀬涼香の好感度ダダ下がりぃ~」
『なんでなんでぇ!そんなの勝手に嫉妬されてるだけで、私は可愛いだけで罪はないでしょ?可愛いは正義でしょ?』
「あぁ、こりゃもう末期だな。安心して涼香、荒木ならいつでも付き合ってくれるよ」
『う~私は紳士と結婚したいだけなのに、ひどい言われようだ。え?恭子?慰めるために電話してくれたんじゃないの?私の傷口に塩を塗り込むために電話したの?』
「あはは、ごめんね、涼香が可愛すぎるからちょっと僻んじゃった。私は絶対的に可愛い早瀬涼香を応援してるよ」
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束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
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