破戒聖者と破格愚者

桜木

文字の大きさ
上 下
87 / 97

87.夜目

しおりを挟む
 この旅を始めてから、母さんたちに会いに行った後は、おじいちゃんたちのところにも行っている。
 直接会ってはいないけど、僕の部屋に置いた石板でのやり取りが続いていた。

 最初はすぐに返事を書いたことを驚いていたようだけど、「聖者様のおかげで」の一言で割と何でも納得しても貰えるから助かる。
 だけど、リュラを心配させてしまったような、詳しい旅の出来事は書いていない。ただ元気だよという簡単な返事くらいで、その内に書くことがなくなるんじゃないかと思っていた。
 でもおじいちゃんたちから書かれることには、リベルの失敗談が尽きることがないようで、意外と日々の刺激としては役に立っているような気がする。
  …リュラにも、こんなふうに笑って済ませられることだけ伝えるようにしたほうが良いだろうか。

 昨夜は初めて石板を確認しに来なかったから、下のほうに僕を心配する言葉が書き加えられていた。
 念のため気配を探ると、おじいちゃんとおばあちゃん、それにリベルや孤児院の子どもたちもみんなそれぞれの部屋で眠っているようで安心する。

「あの…ライルさん…」

 リリスの控えめな声に顔を上げた。

「あれは、キスは毎日なさってますの?! だからリュラさんを送るときにわたくしがついて行くのを断られるのですわね?!」

 迫って来るような勢いでいきなりそう言われ、思わず石板を落としそうになる。

「何で今、その話?!」
「だって、羨ましいですもの!! ああ、でもそういうことでしたらわたくし、これからもお邪魔せずに待っておりますわ!」

 それは、そうしてくれたほうが有難いけど。

「…ずっと一緒に居られるリリスたちも羨ましいよ」

 こうして別行動をとることもあるけど、幻妖精たちは基本的にいつも一緒に居るし、お互い離れたくないと思っている。
 それが樹海のときのように、不意にふたりきりになった場合には時間を忘れてしまったりするから、天使としての仕事をしていないと罰を受けているわけだけど。

「そんな! 大好きなマリスの顔を見ることも、触れることも出来ませんのよ?!」

 そう、それはやっぱり罰だ。
 僕はリュラの手の温かさに安心した。それを感じられなくなるのは辛いと思う。

「うん…どっちも嫌だよね」
「そうですわね……想い合う者同士が天命以外で引き裂かれるなんて、あってほしくないですわ…」

 それをしたのが、ルシウスかもしれない。
 寿命でも悲しいと思うけど、天使の感覚ではそれが最善なんだろう。リリスなりに、ルシウスのことは気にしながらも僕に気を遣ってくれていたのだ。

 それ以上は何を言えばいいか分からずに、石板に石筆を走らせた。
 元気でやっていることと、忙しくなるから時々しか返事を書けなくなるよ、と。



 ***



 泊まっていた教会の部屋に戻ると、燭台の灯りが消えていた。
 今日はやっと先に寝たのか…と思って聖者様のほうを見ると、ベッドの上に座って僕を凝視していたからギョッとする。

「何してるんですか?!」

 ダンを起こしてしまわない程度の小声で言いながら、聖者様の側に近付いた。

「いや、今灯りを消したばかりなんだが…完全に暗くなったときの見え方が以前と違うんだよ」

 言われてみれば、聖者様が復活してからはいつも僕が最後に燭台の火を消していた。初日はダンと2人だったからどうしていたのかは知らないけど、今になって気付いたらしい。

「僕も夜目は利きますよ。それも同じなんじゃないですか?」
「夜目が利くどころじゃないぞ、この見え方」

 リリスとの話で天使に近い見え方をしていると知っても、僕は生まれたときからこうだったから、普通の夜目とどれほどの違いか分かっていない。

「肉体と魂は密接に関係しますから、少なくともライルさんの場合は魂の器として強くするための副産物のようなものでは…」

 マリスが、途中で言葉を止めてリリスに近付く。

「リリス、どうしたんだい?」

 表情は分からないはずなのに、リリスが少しの間黙っていることや僅かな動きで、様子がおかしいことに気付いたようだ。

「……ルシウス様が……いえ、ルシウス様かもしれない方が……」

 リリスもいざマリスを目の前にすると、一番に伝えなくてはいけないことで頭がいっぱいになったらしい。
 僕も、聖者様が眠っていたとしても起こして相談したかったことだ。

「聖者様。……人間が、生きたまま魂攫いに遭いかけたかもしれないんです」

 僕は東部教会でのことを、説明する。
 リリスはほとんど黙って、マリスに寄り添っていた。

 話が進むにつれ、聖者様は苦い表情を浮かべ、天を仰いで額を押さえた。

「聞けば聞くほど、聖者がどうにか出来る範疇を超えてるな…」

 聖者の役目は、地上の人々を相手にすることだ。
 地獄やルシウスのことがどうにも出来ないのは、仕方がない。

「でも僕は、リュラを守れるなら何だってしたい。もしまた会ったらタタラを捕まえてでも、地獄のことを聞き出したいです」

 今朝はまだ、無理に捕まえたくないと思ったばかりだったけど。
 自分勝手だけど、大事な人に危害が及ぶならやっぱり対応は変わってしまう。

「ああ、出来ることがあるならやればいい。加護を与えたのは発覚すれば騒ぎになるかもしれないが…今は仕方ないな」

 聖者様は、そんな僕の気持ちや行動を肯定してくれた。

「ただ、自分のせいだと思い詰めるな。少なくともタタラがお前を知ってからその娘が攫われるまで、お前との接触はなかったんだ。関係者だと分かってて狙われたわけじゃないだろう」

 そうだった。
 頭に血が上って混乱もしていたけど、リュラが攫われたのは昨夜遅くから朝までの間だ。その間、僕はリュラやおじいちゃんたちの所へは行っていない。
 だけどそうなると、別の心配も湧いてくる。

「でも魂攫たまさらいに遭う人は、生きているときから狙われてるかもしれないんですよね」

 タタラの言葉がその可能性を浮かばせた。
 僕はこの人生が初めてだけど、リュラには別の前世があっただろう。
 もしかしたら、前世の恋人として見守っている誰かがいるのかもしれない。

 そう考えると、胸の辺りがチクリと痛むのを感じる。
 生きたまま攫われなかったとしても、今生を終えたときにまたリュラの魂が地獄に攫われたとしたら。攫われた先にリュラの前世の恋人がいたら。

「それは今の段階では分からないが、またそんな実験みたいなことをされる前に対策を考えないとな」
「お待ちください、ルシウス様のことは神が対処することになっているのです。勝手に動くべきではありません」

 動揺していたらしいマリスも、ようやく慌てたように口を挟む。

「この状況になってもまだ神託すらないんだぞ。クソジジィがどうにかするならいいが、傍観した場合のためにも一応考えておくべきだ」
「神が傍観なさるなら、それなりの理由があるはずです」

 リリスは珍しく黙ったままだけど、マリスは譲らない。
 だけど、リュラが攫われるかもしれないというのに、神を信じてただ待つなんて僕には無理だ。

「待って、ちょっと頭を冷やそうよ。僕も混乱してるんだ。一度ちゃんと寝てから、明日また話させてくれないかな」

 昨夜は遅くまで起きていたし、途中で精霊に起こされてしまったのも幻妖精たちは分かっている。

「そうですわね、ライルさんは一度ゆっくり休みませんと…」
「ああ、一度冷静になるのは必要だな。心配だろうが今夜はもう寝よう」

 聖者様も、それには同意してくれた。

「じゃあ…おやすみなさい」

 そう言って、僕はベッドに潜り込む。
 聖者様はまた座ったまま考えているようで、幻妖精たちはひそひそと話を続けている。

 聖者様たちの意見を聞きたくて戻ってきたけど、このままだと平行線で話が進みそうにない。
 シーツを被ったまま、僕は1人で考える。

 リュラが狙われたのが僕のせいじゃないとしても、生きたままの人間を攫おうとしたのは、僕の存在が無関係とは思えない。
 ルシウスらしい存在は、地上の位階の変化を気にしていた。そして僕が何らかの特例だろうと。

 僕が特例だとはっきりすれば、無茶は止められるんだろうか。
 だけどどうやって証明すればいいのか。

 考えるほどに目が冴えてくる
 そして無性に、もう一度リュラの安全を確かめたくなった。

 いつもは必要以上に離れ難そうにしている聖者様や幻妖精たちに呆れていたから、今からまたリュラに会いたいと言い出すのも気恥ずかしい。

 僕は自分の身代わりになる幻影体を作り出し、自分の気配は消してシーツの中でこっそり入れ替わる。

 そしてそのまま、またリュラの元へと転移した。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...