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83.再出発
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村を発つ前の、恒例の見送りが始まった。
だけど今日は、いつもと違う。
村の人たちに囲まれた聖者様の隣には、笑顔のルルビィが寄り添っている。
旅を始めて、今日やっとこんな光景を見ることが出来た。
…そして、使徒だと明かされた僕たちも、初めてそんなふうに囲まれている。
特に子どもである僕は、好奇心の的になってしまったらしい。
「こんなに若いのに、親御さんから離れて偉いわね」
と、感心されたり。さらには小さな子どもたちも加わって
「子どもでも使徒になれるの?」
「どうやってなるの? 僕にもなれる?」
なんて、羨望の眼差しを向けられる。
慣れない。これは簡単に慣れられそうにない。
だけどふと、考える。
もしも、生まれる前から神子だと神託で明かされていたら。
きっと母さんの処女受胎は奇跡認定されていただろう。
そして僕は多分、魔法が使えても使えなくても、教皇庁で生き神のように祀られていたんじゃないだろうか。
生まれたときからそんな扱いを受けていたら、それが当たり前だと思っていたかもしれない。
今までの僕も世間知らずだったけど、もっと何も知らないまま、驕った人間になっていたかもしれない。
母さんや神が、僕が特別扱いされないように望んだのは、確かに僕のためになった。
タタラの残した「世界がどうなるか分からない」という言葉に不安はある。
聖者様のように、人々のために力を使うというのはまだ実感が湧かないけど、守りたい人たちはいる。
世間的には使徒でしかない僕の言動も、聖者様への信頼や信仰に影響するなら、これからは人との関りを避けてばかりじゃいられない。
「使徒は神が決めるんだよ。神はあまり多くを語らないから、どうしたら選ばれるのかは分からないけど」
嘘はつかない程度にだけど、出来るだけちゃんと説明する。
首都の孤児院では嫉妬を向けられることが多かったから、村の孤児院の子どもたちには最初からあまり関わろうとしなかった。
でも、積極的に関わっていたら、おじいちゃんたちのように僕も家族みたいに思ってもらえたかもしれない。
関りを持てば、大切とまではいかなくても、シャシルを心配するような気持ちも湧いてくる。
ゆっくりにはなってしまうけど、僕が地上の人々のことを思うには、やっぱり旅をすることがいいんだろう。
世間を知ることと、人と関わっていくこと。
僕は旅の目的をまた1つ、心に決めた。
***
ようやく村から出たのは、もう正午を過ぎた頃だった。
教会を出たのがいつもより遅かったから仕方ないけど、ダンも囲まれてしまって、昨日までのように頃合いを見て聖者様に声をかけることが出来なかったことが特に響いている。
「自分が話しかけられてると、なかなか切り上げられないもんっスね…」
出発したばかりなのに、歩き方も話し方も、もう疲れているような感じがする。
「ああ、歓迎してもらえるのはありがたいんだが……この調子だと、1日でいくつかの集落を通り過ぎるのが難しそうなんだよな…」
聖者様も、ここまでの状態になるとは考えてなかったらしい。
最初は樹海に寄ることも含めて教皇庁まで2週間くらいを予想していたけど、こうなるともっとかかるんだろうか。
地理をしっかり把握しているサリアも、難色を示す。
「1つの集落に1日かけてたら、1カ月じゃ済みませんよ。今回ばかりは乗合馬車でも使ったらどうですか?」
「あれだと、途中で困ってそうな人を見かけても止められないんだよ」
今までは辺境沿いを移動していたから、立ち寄る集落ごとに泊まっていた。でも首都に向かうほどに集落も密集して人も多くなる。僕が乗合馬車に乗ったのは首都から引き取られたときだけだけど、幌がかかっていて後方くらいしか外の様子を見られなかった。
多くの人と関わろうとする聖者様は道中でもなるべく声を掛けているし、東部は生前に訪れなかったから余計にそう思うんだろう。
「先に宿泊地を決めておいて、予定を理由に切り上げるか…」
足は止めないまま考え込む聖者様に、旅慣れているダンも難しい顔をする。
「けど、旅なんてそう予定通りにはいかねぇもんでしょう」
「そうなんだよな。不測の事態も結構あるし」
午前中に集落に到着すれば、そこの人たちと話している間に、近隣の集落からも人が集まってくるかもしれない。
初日でリベルがやったことを思い出して、溜息が出た。
「今は無理ですけど、落ち着いたら荷馬車を使ってもいいかもしれませんね」
ルルビィは、そんな聖者様の悩ましい顔すらも愛おしそうに見上げる。
「一家で行商や興行をしている方たちは、子どもたちも一緒に旅をして、宿を取らずに天幕を張って過ごしていたりして……あんなふうに旅をするのもいいなって思ったんです」
旅の中で見た光景に、温もりや憧れを感じたんだろう。
ルルビィがこれからの旅を楽しみにしていたと、ダンが言っていたのがよく分かる。
「いいっスね、農作業用の馬しか世話したことないけど、練習すれば俺も扱えると思いますよ」
ダンもルルビィがいろいろと語っていたのを思い出したのか、肯定的だ。
「そうだな…自前の馬車なら、道中でも人を見つけやすいし好きに止まれるし、いいかもな」
そんなルルビィの頭を優しく撫でる聖者様だったけど、すぐに別のことを考えたようで視線が動く。
「……それに天幕なら、人目を気にしなくていいし…」
と、小さく呟いたのがしっかり聞こえてしまった。
「うん、教皇庁に着いたら早速掛け合ってみるか」
勇み足の聖者様に、呟きが聞こえていたのかは分からないけど、サリアが冷静な言葉を突き付けた。
「すぐには無理ですよ。周囲の人が熱狂していたら馬が暴走しかねません。ライルの転移を使うこともあるでしょうから、仔馬から飼育して慣れさせないと」
言われてみれば、みんなもまだ転移の度に気持ち悪そうにしているのに、言葉が通じない馬をいきなり一緒に転移させたら、パニックを起こしそうだ。
「何年かかるんだ、それ…」
「ルルビィが成人する頃じゃないですか?」
すまし顔で釘を刺すサリアの懸念に対しては、実はすぐに対処は思いついた。
馬を眠らせれば、多分興奮させずに転移できる。それに馬は一度の睡眠時間が短いから、眠らせてもそれほど待たずに目を覚ますだろう。
だけど言ってしまうと、また聖者様のほうが暴走しそうだし、人々の熱狂が落ち着いてからというのは変わらない。
今はまだ、黙っておくことにした。
***
次の村には、日暮れ前に着いた。
僕がいた村も首都方向にある西隣の村は近かったし、普通に歩けば3時間くらいの距離だったっと思う。
途中、休憩を取るときにやっと聖者様とルルビィが2人きりで話す時間を取れて、それが長くかかった。
サリアが、婚約継続をはっきり決めない限りは目の届く範囲で、と厳しく注意したから変なことは起きていない。だけど遠目にも顔を赤らめたり幸せそうな様子のルルビィを見ていると、みんな「そろそろ出発を」とは声を掛けにくかったのだ。
それだけ話したのに、まだ聖者様たちは結論を出せていない。
まあ、教皇庁に着くまでに存分に話し合えばいいと思う。
到着した村で、また村の人たちの対応をして、教会に1泊させてもらう。
その夜にもいろいろ話し合った。やっぱり今の僕たちには、シャシルの様子を小まめに見に行って、タタラの気配がないか確認するくらいしか出来ないということになる。
そしてルルビィとサリアを連れて、今朝話したばかりのシャシルの様子を見に行く。家に戻っていたシャシルはまだ家族とぎこちなかったけど、しばらくは大丈夫そうに思える。
そんな用事をいろいろ終えると、ちょうど孤児院の消灯時間が過ぎた。
僕は用意して貰った寝室に着くと、聖者様たちに声をかけてすぐに母さんの部屋へ転移した。
早くリュラに会いたい。
だけど転移した先にいた母さんは、いつものように微笑んで迎えはしなかった。
ウィンプルも外さず、机の前で両手を組んで祈っている。
「母さん?」
僕が声をかけると、母さんにしては珍しく椅子を弾くように立ち上がり、焦った様子で声を上げた。
「ライル、早くリュラのところに行ってあげて!」
だけど今日は、いつもと違う。
村の人たちに囲まれた聖者様の隣には、笑顔のルルビィが寄り添っている。
旅を始めて、今日やっとこんな光景を見ることが出来た。
…そして、使徒だと明かされた僕たちも、初めてそんなふうに囲まれている。
特に子どもである僕は、好奇心の的になってしまったらしい。
「こんなに若いのに、親御さんから離れて偉いわね」
と、感心されたり。さらには小さな子どもたちも加わって
「子どもでも使徒になれるの?」
「どうやってなるの? 僕にもなれる?」
なんて、羨望の眼差しを向けられる。
慣れない。これは簡単に慣れられそうにない。
だけどふと、考える。
もしも、生まれる前から神子だと神託で明かされていたら。
きっと母さんの処女受胎は奇跡認定されていただろう。
そして僕は多分、魔法が使えても使えなくても、教皇庁で生き神のように祀られていたんじゃないだろうか。
生まれたときからそんな扱いを受けていたら、それが当たり前だと思っていたかもしれない。
今までの僕も世間知らずだったけど、もっと何も知らないまま、驕った人間になっていたかもしれない。
母さんや神が、僕が特別扱いされないように望んだのは、確かに僕のためになった。
タタラの残した「世界がどうなるか分からない」という言葉に不安はある。
聖者様のように、人々のために力を使うというのはまだ実感が湧かないけど、守りたい人たちはいる。
世間的には使徒でしかない僕の言動も、聖者様への信頼や信仰に影響するなら、これからは人との関りを避けてばかりじゃいられない。
「使徒は神が決めるんだよ。神はあまり多くを語らないから、どうしたら選ばれるのかは分からないけど」
嘘はつかない程度にだけど、出来るだけちゃんと説明する。
首都の孤児院では嫉妬を向けられることが多かったから、村の孤児院の子どもたちには最初からあまり関わろうとしなかった。
でも、積極的に関わっていたら、おじいちゃんたちのように僕も家族みたいに思ってもらえたかもしれない。
関りを持てば、大切とまではいかなくても、シャシルを心配するような気持ちも湧いてくる。
ゆっくりにはなってしまうけど、僕が地上の人々のことを思うには、やっぱり旅をすることがいいんだろう。
世間を知ることと、人と関わっていくこと。
僕は旅の目的をまた1つ、心に決めた。
***
ようやく村から出たのは、もう正午を過ぎた頃だった。
教会を出たのがいつもより遅かったから仕方ないけど、ダンも囲まれてしまって、昨日までのように頃合いを見て聖者様に声をかけることが出来なかったことが特に響いている。
「自分が話しかけられてると、なかなか切り上げられないもんっスね…」
出発したばかりなのに、歩き方も話し方も、もう疲れているような感じがする。
「ああ、歓迎してもらえるのはありがたいんだが……この調子だと、1日でいくつかの集落を通り過ぎるのが難しそうなんだよな…」
聖者様も、ここまでの状態になるとは考えてなかったらしい。
最初は樹海に寄ることも含めて教皇庁まで2週間くらいを予想していたけど、こうなるともっとかかるんだろうか。
地理をしっかり把握しているサリアも、難色を示す。
「1つの集落に1日かけてたら、1カ月じゃ済みませんよ。今回ばかりは乗合馬車でも使ったらどうですか?」
「あれだと、途中で困ってそうな人を見かけても止められないんだよ」
今までは辺境沿いを移動していたから、立ち寄る集落ごとに泊まっていた。でも首都に向かうほどに集落も密集して人も多くなる。僕が乗合馬車に乗ったのは首都から引き取られたときだけだけど、幌がかかっていて後方くらいしか外の様子を見られなかった。
多くの人と関わろうとする聖者様は道中でもなるべく声を掛けているし、東部は生前に訪れなかったから余計にそう思うんだろう。
「先に宿泊地を決めておいて、予定を理由に切り上げるか…」
足は止めないまま考え込む聖者様に、旅慣れているダンも難しい顔をする。
「けど、旅なんてそう予定通りにはいかねぇもんでしょう」
「そうなんだよな。不測の事態も結構あるし」
午前中に集落に到着すれば、そこの人たちと話している間に、近隣の集落からも人が集まってくるかもしれない。
初日でリベルがやったことを思い出して、溜息が出た。
「今は無理ですけど、落ち着いたら荷馬車を使ってもいいかもしれませんね」
ルルビィは、そんな聖者様の悩ましい顔すらも愛おしそうに見上げる。
「一家で行商や興行をしている方たちは、子どもたちも一緒に旅をして、宿を取らずに天幕を張って過ごしていたりして……あんなふうに旅をするのもいいなって思ったんです」
旅の中で見た光景に、温もりや憧れを感じたんだろう。
ルルビィがこれからの旅を楽しみにしていたと、ダンが言っていたのがよく分かる。
「いいっスね、農作業用の馬しか世話したことないけど、練習すれば俺も扱えると思いますよ」
ダンもルルビィがいろいろと語っていたのを思い出したのか、肯定的だ。
「そうだな…自前の馬車なら、道中でも人を見つけやすいし好きに止まれるし、いいかもな」
そんなルルビィの頭を優しく撫でる聖者様だったけど、すぐに別のことを考えたようで視線が動く。
「……それに天幕なら、人目を気にしなくていいし…」
と、小さく呟いたのがしっかり聞こえてしまった。
「うん、教皇庁に着いたら早速掛け合ってみるか」
勇み足の聖者様に、呟きが聞こえていたのかは分からないけど、サリアが冷静な言葉を突き付けた。
「すぐには無理ですよ。周囲の人が熱狂していたら馬が暴走しかねません。ライルの転移を使うこともあるでしょうから、仔馬から飼育して慣れさせないと」
言われてみれば、みんなもまだ転移の度に気持ち悪そうにしているのに、言葉が通じない馬をいきなり一緒に転移させたら、パニックを起こしそうだ。
「何年かかるんだ、それ…」
「ルルビィが成人する頃じゃないですか?」
すまし顔で釘を刺すサリアの懸念に対しては、実はすぐに対処は思いついた。
馬を眠らせれば、多分興奮させずに転移できる。それに馬は一度の睡眠時間が短いから、眠らせてもそれほど待たずに目を覚ますだろう。
だけど言ってしまうと、また聖者様のほうが暴走しそうだし、人々の熱狂が落ち着いてからというのは変わらない。
今はまだ、黙っておくことにした。
***
次の村には、日暮れ前に着いた。
僕がいた村も首都方向にある西隣の村は近かったし、普通に歩けば3時間くらいの距離だったっと思う。
途中、休憩を取るときにやっと聖者様とルルビィが2人きりで話す時間を取れて、それが長くかかった。
サリアが、婚約継続をはっきり決めない限りは目の届く範囲で、と厳しく注意したから変なことは起きていない。だけど遠目にも顔を赤らめたり幸せそうな様子のルルビィを見ていると、みんな「そろそろ出発を」とは声を掛けにくかったのだ。
それだけ話したのに、まだ聖者様たちは結論を出せていない。
まあ、教皇庁に着くまでに存分に話し合えばいいと思う。
到着した村で、また村の人たちの対応をして、教会に1泊させてもらう。
その夜にもいろいろ話し合った。やっぱり今の僕たちには、シャシルの様子を小まめに見に行って、タタラの気配がないか確認するくらいしか出来ないということになる。
そしてルルビィとサリアを連れて、今朝話したばかりのシャシルの様子を見に行く。家に戻っていたシャシルはまだ家族とぎこちなかったけど、しばらくは大丈夫そうに思える。
そんな用事をいろいろ終えると、ちょうど孤児院の消灯時間が過ぎた。
僕は用意して貰った寝室に着くと、聖者様たちに声をかけてすぐに母さんの部屋へ転移した。
早くリュラに会いたい。
だけど転移した先にいた母さんは、いつものように微笑んで迎えはしなかった。
ウィンプルも外さず、机の前で両手を組んで祈っている。
「母さん?」
僕が声をかけると、母さんにしては珍しく椅子を弾くように立ち上がり、焦った様子で声を上げた。
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