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82.聖者一行
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「殺されるのが救いだなんて…」
シャシルと話した後、僕たちは荷物をまとめに寝室へ向かった。
その途中、切なそうに呟いたルルビィの頭を聖者様が撫でる。
「正論じゃ救えない人もいるんだよ。俺たちには難しかった」
サリアもすっきりしない表情で頷いた。
「毒薬を持ち歩いて『いつでも死ねると思うと安心する』って人もいるそうですからね」
それは、かなり危うい精神状態に思える。
僕には理解できない苦しみを抱えている人は、世の中にまだまだいるんだろう。
「盾に使うくらいには、自分の命に価値を感じているなら、昨夜よりは少しマシになってる。本当に今回は無力だったな、俺は」
聖者様はそう言うけど、何も出来なかったわけじゃない。
少なくともフィナの父親の罪を暴いて、妹を守ることは出来た。落ち着けばそのことも、シャシルにとって救いになるかもしれない。
それに僕たちが何もしなくても、タタラが「最終手段」を明かせば自害は止められたかもしれないけど、それだけならシャシルは村に帰ることが出来ずに、そのままタタラに殺されることを望んでしまった気もするからだ。
「でも盾に使うって言っても、隠すほどタタラのこと知らないんじゃないかと思うんですよ。僕とタタラの力を『どっちも変』って一括りにしてたくらいだし、前世とか地獄のこともよく知らないみたいだったじゃないですか」
オバケと呼んで、構われるのも迷惑そうにしていたくらいだ。
前世で関りがあるなんて思ってもみなかっただろう。
「地上の人間の感覚からしたら、確かに『どっちも変』でしかないだろう」
呆れたような聖者様の言葉に、ガックリと肩が落ちる。反論の余地もない。
「いつ地上に来たのかくらいは聞きたかったんだが、今は無理だな」
溜息を吐く聖者様に、ダンが恐る恐る手を挙げる。
「1カ月経ってないんじゃないっスか」
自信なさげに首を捻りながら続けた。
「あの『次の満月』って言い方、あいつが予知したそのまんまじゃないかと思うんスけど」
予知能力者同士だからこその感覚だろうか。そして確かに、タタラは予知の内容をわざわざその時点からの見方に置き換えて言い直すような細かさがあるようにも思えない。
「そうか…それなら、クリスが俺に持ち掛けて来た時期とあまり変わらないな。クソ神、タタラが現れて結構すぐに気付いてたんじゃないのか」
神に対して不満げなのが、ひしひしと伝わってくる。
「そんなわけはありませんわ! あれほど異質な者が関わっていると分かっていましたなら、最初から上位天使を遣わしたはずですの!」
神を疑うような発言に、リリスも反論してきた。
「上位天使を急ぎで動かすほどの確信がなかっただけだろう。かといって、天界から感知されないような存在が本当にいたら、下位天使には荷が重い」
「…それならば、上位天使以上の力を持ちつつ、人間として動けるライルさんは適任だったのでは。神子としての実績を作らせるおつもりではないかという、お母様の推測も納得できます」
リリスに聞かれたことは、全てマリスに伝わっているようだ。そんなマリスの言葉で、またみんなの視線が集まる。みんなも慣れてきたはずなのに、段々と話も大きくなっている気がする。
「つまり、俺はただの引率役ってことか…」
聖者様の深い溜息に申し訳ない気分になりつつも、それだけじゃないはずだとも思う。
「それは本当に、母さんの推測ですよ。『かもしれない』って言ってたし。僕1人じゃシャシルを見つけるのも、話をするのも難しかったですよ」
ダンがいなければこんなに早くは見つけられなかっただろうし、ルルビィが囮を買って出なければ確信は持てなかっただろう。
「『聖者一行』で対応した、ってことでいいんじゃないですか? 私は見習いらしく1番役に立ちませんでしたけど」
サリアはやっぱり、「賢者」の称号は分不相応だと考えている。
わざわざ強調するその言い方に、聖者様は少し意地悪く笑ってみせた。
「いや、創世史に残るような偉業をしただろう」
「その話はやめてくださいってば!!」
適当に呟いただけの言葉が、本当にその魔法の名称になってしまったことがかなり不本意らしい。耳を塞ぐように手を当てて頭を振る。
「それだけじゃありません。私もサリアさんのお陰ですごく助かりましたし……」
笑顔でサリアに振り返ったルルビィが、不意に顔を曇らせて足を止めた。
「……私、あのとき体調も悪くないのに、どうして吐いたりして……」
記憶を辿るようにサリアを見つめる様子に、緊張が走った。
慌ただしくていつの間にかすっかり良くなったように感じていたけど、タタラに注意されていたはずだった。
思い出すようなことは言わないほうがいいと。
とっさにダンが、思考が吹き飛ぶような大声を上げる。
「あ、ルルビィさん! そこから階段だから、ちゃんと前見ないと危ないっスよ!!」
サリアも続けて、努めていつもの調子で言った。
「聖者様。過剰な接触はどうかと思いますけど、階段でのエスコートは慣れておいたほうがいいですよ。婚約者ならそれが当たり前の国も多いでしょう」
聖者様も2人に合わせて、何事もなかったかのように微笑んで、ルルビィに左腕を差し出した。
「そうだな。成長してくれたお陰で、やっとこういう組み方もできる」
手を繋ぐだけなら、昔もしていただろう。昨日みたいに指を絡めるような繋ぎ方かはともかく。
腕を組むのは、ルルビィの背が伸びた今だから出来ることだ。
「あ…は、はい!」
ルルビィは顔を赤くしながら、差し出された腕にぎこちなく手を回した。
「ライル、遮音して」
前を歩く2人が階段を上り始めると、サリアが小声で僕にそう言った。
僕は遮音をかけて、聖者様に声を掛ける。
「聖者様、今ルルビィには聖者様の声しか聞こえなくしてますから」
そう伝えると、聖者様は了解の合図らしく右手を小さく振って、ルルビィに「歩きにくくないか?」と話しかけたり足元に注意を逸らせたりし始めた。
「天使が一番、今の状態について理解出来てるんじゃないの?」
サリアは聖者様の合図を確認するなり、どこにいるか分からない幻妖精たちに向けて訊く。実際は聖者様と僕たちの中間辺りにいた幻妖精たちは、姿は現さないまま歯切れの悪い返事をした。
「そうですわね……メリアの記憶が封印されているのでしたら、思い出すきっかけはメリアが体験したことではないと思いますの」
「おそらくですが……メリアの記憶でルルビィさんの言動に影響が出ていたときのことに違和感を持つことが、良くないのではないでしょうか」
確かに昨日、ガルンの話にはメリアの被害を思い出させるような部分もあった。
「ああ、そういや昨日の話を聞いたときは、普通に酷い話って感じだったよなぁ」
ダンも同じことを思い出している。
「とりあえず、あの時期の話はしないようにしましょう」
階段を上れば、寝室はすぐそこだ。
サリアは手短に、今のところの対応を纏める。
僕も、もう大丈夫だと思ってみんなに伝えた。
「上ったところで、遮音は解くから」
階段を上るだけのほんの短い間だけ遮音して、ルルビィは慣れていない腕を組んでの歩き方に気を取られている。
上手くいったと、思っていた。
だけど階段を上りきると、ルルビィは組んでいた聖者様の腕に寄りかかるように頭を傾けた。
「…私、よく思い出せないときのことは、考えないほうがいいんですね」
話の遮り方が不自然だったからか、階段を上る間に僕たちの声が聞こえなかったからか。
遮音していたことを、気付かれていたようだった。
それにルルビィは、聖者様の態度に対してはかなり敏感だ。
想像もしていなかった婚約破棄を告げられたときにも、その予感が過るほどに。
「…ごめん、悪気はないんだ」
聖者様は申し訳なさそうに右手でその頭を撫でる。
ルルビィは、頭を寄せたまま顔をうずめるように頷いた。
「はい、分かっています。私のためなんですよね。信じています、聖者様のこともみなさんのことも」
そして僕たちにも、振り返って微笑んだ。
満面の笑みとはいかなくても、僕たちに感謝と信頼を寄せてくれている。
メリアの記憶に蝕まれていたときの笑顔は、どうしても無理をしているのが伝わってきたけど、今は穏やかだ。
タタラにとっては気まぐれのような行為だっただろう。でも、あれがなければ今はもうここにルルビィはいなかったはずだ。サリアの言う「聖者一行」が、揃ってこの村から出られるとは思っていなかった。
もしまたタタラと会うことがあったとしても、やっぱり無理矢理捕まえるようなことはしたくない。
改めてそう思った。
シャシルと話した後、僕たちは荷物をまとめに寝室へ向かった。
その途中、切なそうに呟いたルルビィの頭を聖者様が撫でる。
「正論じゃ救えない人もいるんだよ。俺たちには難しかった」
サリアもすっきりしない表情で頷いた。
「毒薬を持ち歩いて『いつでも死ねると思うと安心する』って人もいるそうですからね」
それは、かなり危うい精神状態に思える。
僕には理解できない苦しみを抱えている人は、世の中にまだまだいるんだろう。
「盾に使うくらいには、自分の命に価値を感じているなら、昨夜よりは少しマシになってる。本当に今回は無力だったな、俺は」
聖者様はそう言うけど、何も出来なかったわけじゃない。
少なくともフィナの父親の罪を暴いて、妹を守ることは出来た。落ち着けばそのことも、シャシルにとって救いになるかもしれない。
それに僕たちが何もしなくても、タタラが「最終手段」を明かせば自害は止められたかもしれないけど、それだけならシャシルは村に帰ることが出来ずに、そのままタタラに殺されることを望んでしまった気もするからだ。
「でも盾に使うって言っても、隠すほどタタラのこと知らないんじゃないかと思うんですよ。僕とタタラの力を『どっちも変』って一括りにしてたくらいだし、前世とか地獄のこともよく知らないみたいだったじゃないですか」
オバケと呼んで、構われるのも迷惑そうにしていたくらいだ。
前世で関りがあるなんて思ってもみなかっただろう。
「地上の人間の感覚からしたら、確かに『どっちも変』でしかないだろう」
呆れたような聖者様の言葉に、ガックリと肩が落ちる。反論の余地もない。
「いつ地上に来たのかくらいは聞きたかったんだが、今は無理だな」
溜息を吐く聖者様に、ダンが恐る恐る手を挙げる。
「1カ月経ってないんじゃないっスか」
自信なさげに首を捻りながら続けた。
「あの『次の満月』って言い方、あいつが予知したそのまんまじゃないかと思うんスけど」
予知能力者同士だからこその感覚だろうか。そして確かに、タタラは予知の内容をわざわざその時点からの見方に置き換えて言い直すような細かさがあるようにも思えない。
「そうか…それなら、クリスが俺に持ち掛けて来た時期とあまり変わらないな。クソ神、タタラが現れて結構すぐに気付いてたんじゃないのか」
神に対して不満げなのが、ひしひしと伝わってくる。
「そんなわけはありませんわ! あれほど異質な者が関わっていると分かっていましたなら、最初から上位天使を遣わしたはずですの!」
神を疑うような発言に、リリスも反論してきた。
「上位天使を急ぎで動かすほどの確信がなかっただけだろう。かといって、天界から感知されないような存在が本当にいたら、下位天使には荷が重い」
「…それならば、上位天使以上の力を持ちつつ、人間として動けるライルさんは適任だったのでは。神子としての実績を作らせるおつもりではないかという、お母様の推測も納得できます」
リリスに聞かれたことは、全てマリスに伝わっているようだ。そんなマリスの言葉で、またみんなの視線が集まる。みんなも慣れてきたはずなのに、段々と話も大きくなっている気がする。
「つまり、俺はただの引率役ってことか…」
聖者様の深い溜息に申し訳ない気分になりつつも、それだけじゃないはずだとも思う。
「それは本当に、母さんの推測ですよ。『かもしれない』って言ってたし。僕1人じゃシャシルを見つけるのも、話をするのも難しかったですよ」
ダンがいなければこんなに早くは見つけられなかっただろうし、ルルビィが囮を買って出なければ確信は持てなかっただろう。
「『聖者一行』で対応した、ってことでいいんじゃないですか? 私は見習いらしく1番役に立ちませんでしたけど」
サリアはやっぱり、「賢者」の称号は分不相応だと考えている。
わざわざ強調するその言い方に、聖者様は少し意地悪く笑ってみせた。
「いや、創世史に残るような偉業をしただろう」
「その話はやめてくださいってば!!」
適当に呟いただけの言葉が、本当にその魔法の名称になってしまったことがかなり不本意らしい。耳を塞ぐように手を当てて頭を振る。
「それだけじゃありません。私もサリアさんのお陰ですごく助かりましたし……」
笑顔でサリアに振り返ったルルビィが、不意に顔を曇らせて足を止めた。
「……私、あのとき体調も悪くないのに、どうして吐いたりして……」
記憶を辿るようにサリアを見つめる様子に、緊張が走った。
慌ただしくていつの間にかすっかり良くなったように感じていたけど、タタラに注意されていたはずだった。
思い出すようなことは言わないほうがいいと。
とっさにダンが、思考が吹き飛ぶような大声を上げる。
「あ、ルルビィさん! そこから階段だから、ちゃんと前見ないと危ないっスよ!!」
サリアも続けて、努めていつもの調子で言った。
「聖者様。過剰な接触はどうかと思いますけど、階段でのエスコートは慣れておいたほうがいいですよ。婚約者ならそれが当たり前の国も多いでしょう」
聖者様も2人に合わせて、何事もなかったかのように微笑んで、ルルビィに左腕を差し出した。
「そうだな。成長してくれたお陰で、やっとこういう組み方もできる」
手を繋ぐだけなら、昔もしていただろう。昨日みたいに指を絡めるような繋ぎ方かはともかく。
腕を組むのは、ルルビィの背が伸びた今だから出来ることだ。
「あ…は、はい!」
ルルビィは顔を赤くしながら、差し出された腕にぎこちなく手を回した。
「ライル、遮音して」
前を歩く2人が階段を上り始めると、サリアが小声で僕にそう言った。
僕は遮音をかけて、聖者様に声を掛ける。
「聖者様、今ルルビィには聖者様の声しか聞こえなくしてますから」
そう伝えると、聖者様は了解の合図らしく右手を小さく振って、ルルビィに「歩きにくくないか?」と話しかけたり足元に注意を逸らせたりし始めた。
「天使が一番、今の状態について理解出来てるんじゃないの?」
サリアは聖者様の合図を確認するなり、どこにいるか分からない幻妖精たちに向けて訊く。実際は聖者様と僕たちの中間辺りにいた幻妖精たちは、姿は現さないまま歯切れの悪い返事をした。
「そうですわね……メリアの記憶が封印されているのでしたら、思い出すきっかけはメリアが体験したことではないと思いますの」
「おそらくですが……メリアの記憶でルルビィさんの言動に影響が出ていたときのことに違和感を持つことが、良くないのではないでしょうか」
確かに昨日、ガルンの話にはメリアの被害を思い出させるような部分もあった。
「ああ、そういや昨日の話を聞いたときは、普通に酷い話って感じだったよなぁ」
ダンも同じことを思い出している。
「とりあえず、あの時期の話はしないようにしましょう」
階段を上れば、寝室はすぐそこだ。
サリアは手短に、今のところの対応を纏める。
僕も、もう大丈夫だと思ってみんなに伝えた。
「上ったところで、遮音は解くから」
階段を上るだけのほんの短い間だけ遮音して、ルルビィは慣れていない腕を組んでの歩き方に気を取られている。
上手くいったと、思っていた。
だけど階段を上りきると、ルルビィは組んでいた聖者様の腕に寄りかかるように頭を傾けた。
「…私、よく思い出せないときのことは、考えないほうがいいんですね」
話の遮り方が不自然だったからか、階段を上る間に僕たちの声が聞こえなかったからか。
遮音していたことを、気付かれていたようだった。
それにルルビィは、聖者様の態度に対してはかなり敏感だ。
想像もしていなかった婚約破棄を告げられたときにも、その予感が過るほどに。
「…ごめん、悪気はないんだ」
聖者様は申し訳なさそうに右手でその頭を撫でる。
ルルビィは、頭を寄せたまま顔をうずめるように頷いた。
「はい、分かっています。私のためなんですよね。信じています、聖者様のこともみなさんのことも」
そして僕たちにも、振り返って微笑んだ。
満面の笑みとはいかなくても、僕たちに感謝と信頼を寄せてくれている。
メリアの記憶に蝕まれていたときの笑顔は、どうしても無理をしているのが伝わってきたけど、今は穏やかだ。
タタラにとっては気まぐれのような行為だっただろう。でも、あれがなければ今はもうここにルルビィはいなかったはずだ。サリアの言う「聖者一行」が、揃ってこの村から出られるとは思っていなかった。
もしまたタタラと会うことがあったとしても、やっぱり無理矢理捕まえるようなことはしたくない。
改めてそう思った。
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