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80.命名
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意外と…というのも変かもしれないけど、タタラの行動はそれなりに慎重だったらしい。
僕たちの前に姿を現した後も、天界からは感知されない状態をずっと保っていたそうだ。
存在が分かったのは、僕たちの言動から。
それでも“神の怒り”の狙いを定められたのは、僕が魂縛を使ったからだろうというのが、昨夜精霊になって来た人の考えだった。
そう聞かされると、標的になるような魂縛を使うのは躊躇われる。
「どうしても拘束しないといけませんか」
ルシウスや魂攫いに関係があるかもしれないとしても、タタラに対して、いきなり攻撃されるほどに悪い存在だとは思えないでいる。
「話は聞きたいが、拘束したくないなら無理にしなくてもいい。クソ神だって強制はしていない」
強制はしない。それはずっとそうだった。
むしろ僕に対して具体的に何かして欲しいと言って来たのが初めてで、別に僕の反抗がなくてもそれは変わらなかったのかもしれない。
「でも旧文明時代の軍人ってだけでも不安はありますよね。地上の生命が死に絶えるような兵器を作った人たちでしょう?」
サリアの不安は、ルシウスが“神の怒り”のような力を使えたら、と僕が考えたときのようなものだろう。いくらでも地上の命を奪える物のはずだ。
「軍人が1人や2人いたとしても、簡単に再現出来るような物ではありません。それは心配ないでしょう」
「気になるのは、前世なんて話をしていたことですわ! 誰が誰に生まれ変わったかなんて、それこそ人間に知らせてはいけないと明確に定められていることですもの!」
リリスの言葉で、初めてそれを知る。
いつか今生を終えて天界でリュラと再会できたとしても、また地上に生まれ変わっていく彼女を、僕は見守ることも待つことも出来ないと。
「ルシウスが天界の決まりを守るという前提はないが、そもそも記録は天界にあるんだろう。地獄から確認出来るようなものなのか?」
聖者様の疑問に、幻妖精たちは考え込むように沈黙する。
「それって、どうして人間に知らせてはいけないんですか?」
こういう話を始めると、どうしてもサリアの知識欲がすかさず出てくる。
「タタラがいい見本だ。ああいうことが天界でも起きかねないからな。子孫に対しても干渉したがる魂はいるが、やっぱり実際に関係のあった人間に対しては思い入れが違う」
そう答えた聖者様は、少し寂しそうにルルビィを見つめた。
「長く連れ添った夫婦なんかは、お互い影響し合って魂の位階にあまり違いは出ないし、生まれ変わっても性質的に惹かれ合うって説はあるけどな。…多分、人間の願望だ」
だけどそれは、もともと地上に生まれる魂同士のことだ。
僕や聖者様は、本来地上に生まれる位階の魂じゃない。
この先、好きな人と結婚して長く一緒にいたとしても、そう簡単に近い位階にまで変化するとは思えない。何世代か先には手が届くと言っていた聖者様でもそんな顔をするんだから、僕は絶望的だ。
僕のそんな思いを察したのか、リリスが近寄って来て、僕の周囲でフワフワと揺れる。
「あの、でもライルさんは、リュラさんの転生先を知ることは出来ると思いますわよ?」
リリスは今も僕が母さんたちに会いに行くときについて来ているから、2日目からはリュラにも会っている。
「え…?」
「そうですね、ライルさんは神子ですから。少なくとも十大天使と同等以上の権限は与えられるのではないでしょうか」
マリスにまでそう言われて、さっき感じたことがひっくり返されたような気分を感じる。そして僕は天に迎えられれば、もう人間としては扱われないと改めて思い知った。
「知らないほうがいいと思うぞ。転生先で他の男と仲良くしているのを見守れるか?」
タタラは別にいいと言っていたけど、僕はそれほど割り切れないと思う。聖者様もそうなんだろう。
だからこそ、今生で後悔のないように大事にしたいと思っているのだから。
「それにしてもお前ら、急に態度が変わったな。神子だって納得できたのか?」
聖者様の不審げな問いに、リリスは僕が訊いたときと同じ勢いで同じように答える。
「当然ですわ! “神の怒り”と同じ力をお使いになったのですもの!」
「ああ…そう言えば、あれについてまだ聞いてなかったな」
聖者様に「後で聞く」と言われていたのを思い出して、無意識に背筋が伸びる。
「あんなことが出来るなら、最初から言っておけばルシウスだなんて疑われなかっただろう」
ルシウスも使えていたかもと考えて、それで直接命を奪える可能性を幻妖精たちに聞きづらかったせいもある。だけどやっぱり一番は、呼び名がはっきりしなかったことだ。
「それは…自分でもよく分からなかったんです。他の魔法と違って、あれだけは何て呼ばれてるか分からなくて。今でも“神の怒り”だってあまり実感ないんですけど」
「名称も分からないで、よく制御出来たな」
制御出来たとは言い難い。
――実際、このときの僕は、どうして打ち消せたのかも理解していなかった。
そして呆れたような聖者様の物言いで、やっぱり名称の認識は重要なんだと分かる。
「それは、ライルさんが神とはまた違う存在だからではありませんか? 神だけが行使出来る力としての名称ですから」
多分、マリスの言う通りだと思う。使用者の名が冠されているのは“神の怒り”だけだ。
それ以外の魔法は、分かりやすい名称が多い。使うときにどんな力なのか思い描きやすいようにするためだろう。
「へぇ…それじゃライルのは、“神子の怒り”って感じなのね」
何気なく言っただろうサリアの言葉だったけど、それが頭の中の空白にカチリと音を立てて嵌ったような気がした。
「あ…今、それで決まったみたいだよ」
以前よりも、力の使い方がはっきりと把握できる。
「えっ…ちょっと待って、そんな簡単に決まるものなの?!」
慌てるサリアに、聖者様の楽しげな視線が向けられる。
「魔法の名付けをした人間なんて初めてじゃないのか? 流石は賢者だな」
「すごいです、サリアさん」
「それも文献に残るのか?」
ルルビィとダンにも感心したような声を漏らされて、サリアは僕に迫った。
「考え直して! 私、まだ見習いなんでしょ?!」
「そう言われても…変更なんて出来ないと思うよ。もうそれが名称だって頭の中ではっきりしちゃってるし」
サリアはテーブルに両肘をついて、頭を抱え込んでしまう。
「付けさせてくれるにしても、いくつか候補を出して慎重に考えたいわよ! こんな適当に言ったのがこれからも残るなんて…! それに神子の存在はまだ公言されないし、幻妖精の存在公表が保留になったなら、その文献も出せないんでしょう?! これで賢者なんて名乗れないわよ!!」
落胆するサリアに笑いながらも、聖者様は溜息を吐く。
「クソ神は天界で、昨日の”神の怒り”については『いずれ説明する』としか言ってないそうだ。こんな危険物を12年も放置した挙句にまだ説明もしないなんて、頭が痛くなるな」
「危険物って。使うつもりはなかったですよ…」
物騒な力なのは認めるけど、言い方が酷い。
「お前がすぐキレて見境なく魔法を使うような人間じゃなかったのは、クソ神にとっては運が良かっただけだよ」
口は悪いけど、頬杖をついて僕を見るその目からは、本当に良かったと思ってくれているのが感じられた。
考えてみれば、僕がもしそんな人間だったなら、母さんを悲しませてでも地上から消し去らなくてはならなかっただろう。
そして魂すらも、封印のようなことをされていたかもしれない。
結果として良かったのは、神だけじゃないのだ。
「多分、もう使いませんよ」
「ああ、そうだといいな」
目を閉じて答えた聖者様は、そのまま何か考えているようだった。
「結局、分からないことが増えただけだったな……“神子の怒り”って名称以外は」
それに対して、今度はサリアがまた昨夜のようにテーブルに突っ伏した。
「もう使わないなら、なかったことにして欲しいわよ……」
苦笑いしか返せない。
そうしているうちに、修道士がやって来た。
聞き取りが終わったから、今ならシャシルと話が出来るという報せだった。
僕たちの前に姿を現した後も、天界からは感知されない状態をずっと保っていたそうだ。
存在が分かったのは、僕たちの言動から。
それでも“神の怒り”の狙いを定められたのは、僕が魂縛を使ったからだろうというのが、昨夜精霊になって来た人の考えだった。
そう聞かされると、標的になるような魂縛を使うのは躊躇われる。
「どうしても拘束しないといけませんか」
ルシウスや魂攫いに関係があるかもしれないとしても、タタラに対して、いきなり攻撃されるほどに悪い存在だとは思えないでいる。
「話は聞きたいが、拘束したくないなら無理にしなくてもいい。クソ神だって強制はしていない」
強制はしない。それはずっとそうだった。
むしろ僕に対して具体的に何かして欲しいと言って来たのが初めてで、別に僕の反抗がなくてもそれは変わらなかったのかもしれない。
「でも旧文明時代の軍人ってだけでも不安はありますよね。地上の生命が死に絶えるような兵器を作った人たちでしょう?」
サリアの不安は、ルシウスが“神の怒り”のような力を使えたら、と僕が考えたときのようなものだろう。いくらでも地上の命を奪える物のはずだ。
「軍人が1人や2人いたとしても、簡単に再現出来るような物ではありません。それは心配ないでしょう」
「気になるのは、前世なんて話をしていたことですわ! 誰が誰に生まれ変わったかなんて、それこそ人間に知らせてはいけないと明確に定められていることですもの!」
リリスの言葉で、初めてそれを知る。
いつか今生を終えて天界でリュラと再会できたとしても、また地上に生まれ変わっていく彼女を、僕は見守ることも待つことも出来ないと。
「ルシウスが天界の決まりを守るという前提はないが、そもそも記録は天界にあるんだろう。地獄から確認出来るようなものなのか?」
聖者様の疑問に、幻妖精たちは考え込むように沈黙する。
「それって、どうして人間に知らせてはいけないんですか?」
こういう話を始めると、どうしてもサリアの知識欲がすかさず出てくる。
「タタラがいい見本だ。ああいうことが天界でも起きかねないからな。子孫に対しても干渉したがる魂はいるが、やっぱり実際に関係のあった人間に対しては思い入れが違う」
そう答えた聖者様は、少し寂しそうにルルビィを見つめた。
「長く連れ添った夫婦なんかは、お互い影響し合って魂の位階にあまり違いは出ないし、生まれ変わっても性質的に惹かれ合うって説はあるけどな。…多分、人間の願望だ」
だけどそれは、もともと地上に生まれる魂同士のことだ。
僕や聖者様は、本来地上に生まれる位階の魂じゃない。
この先、好きな人と結婚して長く一緒にいたとしても、そう簡単に近い位階にまで変化するとは思えない。何世代か先には手が届くと言っていた聖者様でもそんな顔をするんだから、僕は絶望的だ。
僕のそんな思いを察したのか、リリスが近寄って来て、僕の周囲でフワフワと揺れる。
「あの、でもライルさんは、リュラさんの転生先を知ることは出来ると思いますわよ?」
リリスは今も僕が母さんたちに会いに行くときについて来ているから、2日目からはリュラにも会っている。
「え…?」
「そうですね、ライルさんは神子ですから。少なくとも十大天使と同等以上の権限は与えられるのではないでしょうか」
マリスにまでそう言われて、さっき感じたことがひっくり返されたような気分を感じる。そして僕は天に迎えられれば、もう人間としては扱われないと改めて思い知った。
「知らないほうがいいと思うぞ。転生先で他の男と仲良くしているのを見守れるか?」
タタラは別にいいと言っていたけど、僕はそれほど割り切れないと思う。聖者様もそうなんだろう。
だからこそ、今生で後悔のないように大事にしたいと思っているのだから。
「それにしてもお前ら、急に態度が変わったな。神子だって納得できたのか?」
聖者様の不審げな問いに、リリスは僕が訊いたときと同じ勢いで同じように答える。
「当然ですわ! “神の怒り”と同じ力をお使いになったのですもの!」
「ああ…そう言えば、あれについてまだ聞いてなかったな」
聖者様に「後で聞く」と言われていたのを思い出して、無意識に背筋が伸びる。
「あんなことが出来るなら、最初から言っておけばルシウスだなんて疑われなかっただろう」
ルシウスも使えていたかもと考えて、それで直接命を奪える可能性を幻妖精たちに聞きづらかったせいもある。だけどやっぱり一番は、呼び名がはっきりしなかったことだ。
「それは…自分でもよく分からなかったんです。他の魔法と違って、あれだけは何て呼ばれてるか分からなくて。今でも“神の怒り”だってあまり実感ないんですけど」
「名称も分からないで、よく制御出来たな」
制御出来たとは言い難い。
――実際、このときの僕は、どうして打ち消せたのかも理解していなかった。
そして呆れたような聖者様の物言いで、やっぱり名称の認識は重要なんだと分かる。
「それは、ライルさんが神とはまた違う存在だからではありませんか? 神だけが行使出来る力としての名称ですから」
多分、マリスの言う通りだと思う。使用者の名が冠されているのは“神の怒り”だけだ。
それ以外の魔法は、分かりやすい名称が多い。使うときにどんな力なのか思い描きやすいようにするためだろう。
「へぇ…それじゃライルのは、“神子の怒り”って感じなのね」
何気なく言っただろうサリアの言葉だったけど、それが頭の中の空白にカチリと音を立てて嵌ったような気がした。
「あ…今、それで決まったみたいだよ」
以前よりも、力の使い方がはっきりと把握できる。
「えっ…ちょっと待って、そんな簡単に決まるものなの?!」
慌てるサリアに、聖者様の楽しげな視線が向けられる。
「魔法の名付けをした人間なんて初めてじゃないのか? 流石は賢者だな」
「すごいです、サリアさん」
「それも文献に残るのか?」
ルルビィとダンにも感心したような声を漏らされて、サリアは僕に迫った。
「考え直して! 私、まだ見習いなんでしょ?!」
「そう言われても…変更なんて出来ないと思うよ。もうそれが名称だって頭の中ではっきりしちゃってるし」
サリアはテーブルに両肘をついて、頭を抱え込んでしまう。
「付けさせてくれるにしても、いくつか候補を出して慎重に考えたいわよ! こんな適当に言ったのがこれからも残るなんて…! それに神子の存在はまだ公言されないし、幻妖精の存在公表が保留になったなら、その文献も出せないんでしょう?! これで賢者なんて名乗れないわよ!!」
落胆するサリアに笑いながらも、聖者様は溜息を吐く。
「クソ神は天界で、昨日の”神の怒り”については『いずれ説明する』としか言ってないそうだ。こんな危険物を12年も放置した挙句にまだ説明もしないなんて、頭が痛くなるな」
「危険物って。使うつもりはなかったですよ…」
物騒な力なのは認めるけど、言い方が酷い。
「お前がすぐキレて見境なく魔法を使うような人間じゃなかったのは、クソ神にとっては運が良かっただけだよ」
口は悪いけど、頬杖をついて僕を見るその目からは、本当に良かったと思ってくれているのが感じられた。
考えてみれば、僕がもしそんな人間だったなら、母さんを悲しませてでも地上から消し去らなくてはならなかっただろう。
そして魂すらも、封印のようなことをされていたかもしれない。
結果として良かったのは、神だけじゃないのだ。
「多分、もう使いませんよ」
「ああ、そうだといいな」
目を閉じて答えた聖者様は、そのまま何か考えているようだった。
「結局、分からないことが増えただけだったな……“神子の怒り”って名称以外は」
それに対して、今度はサリアがまた昨夜のようにテーブルに突っ伏した。
「もう使わないなら、なかったことにして欲しいわよ……」
苦笑いしか返せない。
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