破戒聖者と破格愚者

桜木

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78.精霊

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「あ、ごめんね! 起こしちゃったかな?」

 小さな藍色の発光体から、男性の声が聞こえる。

「幻妖精…?」

 まだ少し眠りの中にある思考で、見たままの印象を口にした。

「そうそう、似てるよね。僕は幻妖精って、天使を精霊化させたものじゃないかと思うんだよ」
「精霊…」

 そういえば今日…いやもう昨日になるけど、魂が地上に関与するのに精霊化するという話を聞いた。

「何をしているのですか。貴方はサザン様とお話しに来たのでしょう」

 マリスが藍色の発光体に近付いて、困ったような声を出す。

「だって、神子の顔も間近でよく見てみたかったんだよね」

 明るく陽気な口調だけど、リリスとはまた違う、何だか聞いていて落ち着く声色をしている。

「神が公表なさいましたの?!」

 今度はそのリリスの耳に響く声で、はっきりと目が覚めた。体を起こして部屋を見回してみたけど、聖者様とダンは眠ったままだ。

「いいや? 天界は大混乱だよ。100年ぶりに“神の怒り”が下されたかと思えば、それが打ち消されたんだからね。でも僕は、その前から見ていたからさ」

 藍色の光は、また僕に近付いた。

「地上にあまり関与出来ないからって、子育てに参加しないで父親と認めて貰おうなんて甘いよねぇ。なのに君に『言葉が足りない』って言われて、神託も下せないでいるんだよ。だから僕がサザンに伝えて来ますよって申し出て、言付けを預かって来たんだよね」

 何だか楽しそうにそう告げられる。本当に僕の言葉で神が神託も下せないとしたら、楽しむような事態ではないと思うんだけど。

「聖者様のご先祖様…ですか?」

 魂が地上に関与したがるのは、特定の血筋や土地に対してのことが多いと聞いた。聖者様を名前で呼ぶこの精霊は、聖者様の関係者だろうか。

「ごめんね、精霊化すると素性を明かせないことになってるんだよね。近しい者なら明かさなくとも分かるだろうし、ただの夢だと無視されればそれまでってことなんだよ。本来は地上に関与するべきではないからなんだけど、サザンは精霊の正体を知っているんだから今さらなのにね」
「貴方はまた、天界のことをペラペラとお話し過ぎですわ!!」

 リリスの抗議の口調に、覚えがある。
 何となくだけど、この精霊が誰なのか分かった気がした。

「使徒には、聖者の知り得る知識は与えていいはずだよね?」
「貴方は、聖者にも秘匿されるような情報までお話しになったでしょう」

 マリスが言っているのは、魂攫たまさらいにルシウスが関わっているかもしれないという話や、病める魂だった者たちの転生後の話だろう。

「人間に知らせてはいけない話は、明確に決められているよね? さすがに僕もそんな話は知らないし、知っているのは教えてもいいと判断されたからだよ。聖者に秘匿すべきなんて、君たちの判断だよね」
「天使の手伝いもしている貴方と、記憶を持って地上に戻るサザン様は違いますの!!」

 地上でも、法に触れなくても言って良いことと悪いことはあるけど。
 天界の基準がよく分からない僕には、どちらに理があるのかも当然分からない。

「あのさ、リリス…聖者様とダンが起きちゃうから、とりあえずもう少し小さい声で話そうよ」

 今夜だって、昨日までとは別の意味で寝られないでいる聖者様を魔法で眠らせた。
 枕に頭を押し付けて「ルルビィが可愛い……いやでも、まだ未成年…」なんて悶々としていたからだ。

「も、申し訳ありませんでしたの!」
「サザン様は起こしてもよろしいのではありませんか? この方のおっしゃる通り、精霊の正体はご存じですし、私どもも話を聞きたいのですが」

 もともと静かだったマリスまで、僕の一言で声をひそめてしまう。リリスに聞いていたのか僕を様付けで呼ぼうとはしなかったけど、どこか畏まれている気もする。

「それはサザンに聞くといいよ。神の言付けとは別に、僕も話したいことがあるからね。精霊らしく夢に出るとするよ」

 そしてまた僕に近付いて、耳元で囁いた。

「まだ夜明けまで時間はあるよ。おやすみ、良い夢を」

 優しい響きに、リュラからおやすみのキスをされたときの感覚を思い出す。

「おやすみなさい…」

 ごく自然に、そう返事をしてしまった。
 頷くように上下に揺れたあと、聖者様の枕元までゆっくり近付いた光が薄く消えていくのを見守る。

 終わるのを待って、僕ももう少し話してみたい。そんな気持ちがよぎる。
 こんなふうに思わせてしまうのも、きっと――聖者の素質なんだろう。

「あ…でも、こんなことが出来るなら、フィナもシャシルに会いに来てくれればいいのに……」

 名乗れなくても、確かにシャシルなら分かると思う。

「精霊化が許されるのは、生前にかなりの善行を積んだ者だけですの」
「それにその少女は、魂が病んでいた可能性もあると思います」

 幻妖精たちは申し訳なさそうに答えた。
 やっぱり、死んでしまった人が地上に干渉するのは簡単なことじゃない。
 残された人間が、自分で立ち直るしかないのだ。

 そんな話をして少し時間は経ったけど、精霊が再び現れる様子はない。
 僕はもう一度ベッドに体を横たえて、瞼を閉じた。



 ***



「ああ、もうー!!」

 聖者様の怒鳴るような声で目が覚める。
 さっき横になったばかりの気分だったのに、外はもうかなり明るい。

「どうしたんスか、聖者様」

 ダンはいつもどおり早起きしていたようで、ちゃんと服も整え終えていた。

「夢に師匠が出て来た…昨夜、来てただろ!!」

 そう聞かれた幻妖精たちは、寄り添ってフワフワと浮いたまま聖者様の近くに寄る。

「私どもからは誰とは言えませんが、確かに精霊が来ていました。神の言付けを預かっていらしたのでしょう。内容をお聞かせいただきたいのですが」

 聖者様は髪をくしゃくしゃに掻き乱して、深い溜息を吐く。

「それは後で全員揃ってからな…まったく、あの人は…」
「精霊って、素性を明かせないんじゃないんですか?」

 聖者様は、旧文明時代の聖者から師匠呼びを強要されたと言っていた。幻妖精たちとのやりとりで、多分そうじゃないかとは思っていたけど、やっぱりその人だったようだ。

「夢に死んだ家族が出て来たなんて話は聞くだろう。こっちが誰だと感じたのかを話すのは問題ない…この話、お前にしたか?」

 精霊化という言葉自体、昨日まで知らなかった僕だ。首を傾げられるのも当然だろう。

「聖者様の夢に出る前に会ったんです。気配はあまりしなかったんですけど、すごく見られてる感じがして目が覚めちゃって」
「サザン様たちのことをずっと見ていたようですの! それで神が公表していらっしゃらないのに、『神子の顔を間近で見たかった』なんて不躾にライルさんに近付きましたのよ!!」

 告げ口のように息まくリリスに、聖者様は額を押さえて再び深い息を吐く。

「どこからどこまで見ていたんだか…」

 本物の師弟関係と言っていいのかは分からないけど、久しぶりに師匠に会ったにしては嫌そうにしている。

「言付けと別に何か話したいことがあるって言ってましたけど、個人的なことですか?」

 個人的なことかもと思いつつ聞いてしまうのも、僕としては珍しい。
 聖者様は、どことなく不機嫌そうに少しだけ顔を上げる。

「………もっと余裕を持たないと、初夜で失敗するよ。…だと」

 途端にダンが激しく咳き込んだ。
 いや、咳き込む前に少し吹き出していたから、それを誤魔化しているんだろう。

「それは…まぁ…女性陣には聞かせられないっスね…」

 肩を震わせて、また咳き込む。
 それにしても、わざわざそんな忠告をするために神の言付けを預かると申し出て来たんだろうか。そうだとしたら、確かに聖者様をからかって楽しんでいるような…聖者様たちが「困った人」のような表現で語るのが分かる気がした。

「でも本当に、恋愛からやり直すにしては距離感がおかしいと思いますよ…もう、すぐに結婚してもいいんじゃないですか?」

 冗談半分に言ってみたけど、聖者様は真面目に考え込む。

「政略結婚でも、相手が未成年なら成人するまで夫婦別室が通例だ。それに俺はルルビィの出自を隠す気はないからな。シャシルみたいな誤解は案外普通に生まれやすい」

 庶民的にも、結婚は成人してからという観念はある。
 そしてシャシルの誤解というと、忌咎きこう族が売られるという話だろう。

「実際、本物の幼児趣味な金持ちが、買った子に手を出すこともあるんだ。結婚したなら法には触れていないが、そんなのと同類に見られたくないし、ルルビィが買われて結婚したとも思われたくない」

 さり気なく自分は本物じゃないと主張する。まぁ、成長した今のルルビィに対して理性を抑えているわけだから、一応正常だとは思うけど。

「そんなら、結婚はルルビィさんの成人まで待つんスか?」

 ダンの問いかけに、聖者様は頷く。

「それも含めて話し合いたいんだよ。誰にもケチをつけられない形で結婚したいからな。……それにしても、あと3年か…」

 そして再び、昨夜のように頭を枕に押し付ける。
 聖者様の悶々とした日々は、まだ続きそうだ。
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