破戒聖者と破格愚者

桜木

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73.共感

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「ルシウスって言ったか、今? いくら何でも、ルシウスの堕天前から天界にいる魂じゃないだろう?」

 聖者様の声で、部屋の空気が張り詰める。

「別に直接聞いたわけじゃないし。そんな目くじら立てんなよ」

 タタラは相変わらず緊張感のない態度で手を左右に振るけど、当然それで簡単に納得は出来ない。

「じゃあ、誰に聞いたんだ」
「面倒だから、これ以上はナシ」

 両手の人差し指でバツ印を示して、断固拒否の構えを見せる。
 直接じゃないなら、僕だって幻妖精たちから少しは聞いているし不思議はない。だけど、タタラの態度はあまりにも不審過ぎた。

「それにさ。シャシルがまだ悲しい気持ちのままなんだけど。結局シャシルのことはどうにもなってないのに、情報だけ出せってズルくねぇ?」

 そう言われてシャシルを見ると、表情を隠すように俯いてしまう。
 確かに、解決したのは「心残り」であって、むしろ死を躊躇う理由がなくなってしまったとも言える。

 聖者様はタタラとシャシルをじっと見たあと、ダンにも目を向けた。

「ルシウスに関してはク…神が自ら対応すると言っているし、今のところ神託もないか…」

 クソジジィ、と言いかけた。さすがにこの2人の前ではギリギリで止めたけど、あんなに普段から言っているんだから、他の人々の前でもうっかり言ってしまいそうで心配になる。

「あれは…予感も何もなくていきなりだったんで、いつ来るか分からないっスけどね」

 ダンは神託を受けたときのことを思い出して、首を傾げる。
 感覚はよく分からないけれど、口を乗っ取られたようなものだろう。

「来たら、そのときに対応することにしよう」

 軽く息を吐いて、聖者様は改めてシャシルに向き直った。
 幻妖精たちがこの場にいて、さっきの言葉に覚えがなかったとしたら、こんな後回しにするようなことには声を上げていたかもしれない。だけど今は、シャシルの気持ちを変えられなければ、タタラだって何も話さないと思う。

「慰めにもならないだろうが、君のやったことで法的に問題になるのは、まだ息のある人を見つけても助けを呼ばなかったことくらいだ。倫理的には問題があるから、教会の監視はしばらく付くかもしれないが、拘置まではされないと思う」

 シャシルは迷いのある人を死に誘惑して、その人の望む死に方を教えていた。
 良くないことだと思うけど、法の上では結局、実行したのは自害した本人だということだ。

「甘いんだね。私は今でも人は死に方を選んでいいと思ってるから、悪いことしたなんて思ってないのに。それにフィナのことだって、やっぱり止めなければ良かったと思ってるよ。もっと酷い目に遭ってたかもしれないんだから」

 俯いたまま、力なく笑うように言う。
 そしてやっと聞き取れるほどの小さな声で、付け加えた。

「……死にたいなんて思う人が、いない世の中になればいいのに」

 そうであればいいと思う。誰もがそうだろう。
 いろんな理由を付けてもシャシルは結局、人が死ぬのを見るのは辛かったんだと思う。

「自分が死ぬまでの間くらいは、と言っていただろう。そんなふうに思いながら1年も続けていたのは、まだ生きたい気持ちがあったからじゃないのか?」
「違うよ。条件が合う日を待ってただけ」

 シャシルが顔を上げて、聖者様の言葉をきっぱりと否定する。

「フィナが死にたいって言ってたやり方を、せめて私が代わりにやろうと思ったんだよ」

 それが、タタラの予知した今日だったということか。
 だけどそれを聞いたタタラが、また納得がいかないという感じで首を傾げる。

「もう、そんな義理立てすることなくねぇ? ずっと一緒にいたシャシルより、話したこともない妹ってのを優先させた奴だろ?」

 タタラの言葉に、シャシルは僅かに唇を震わせた。

「だって…妹だよ、仕方ないでしょ」

 実際に妹がいるダンも、一緒に声を上げた。

「話したこともねぇって、赤ん坊だったんだから当たり前だろ。むしろ喋るようになってから小憎らしくはなるけど、それでも大事だよ」

 ダンとシャシルの言っていることは、頭では分かっている。だけど僕は、感情ではタタラと同じように感じていた。
 やっと分かった。
 僕が引っ掛かっていた何かは、これだ。

「それは僕も、よく分からないんだよ。自分が死んだら友達が悲しむって分かるよね? それでも死にたいって言ってたくらいあの人に怯えてたはずなのに、妹のためだからって脅すくらい反抗出来るものなのかなって…」

 会ったこともない父親に全く興味がなくて、おじいちゃんとおばあちゃんに対してだって、血が繋がっていると分かってはいても最初はあまり関心がなかった。

 だけど孤児院にいた周囲の子どもたちは、記憶にない家族でも大事に思っている子が多かった。僕のほうが変わっていると思う。
 だから、そんなことに引っ掛かっていたのが、そもそも普通じゃなかった。そして僕と同じように感じていたタタラも、この場では異質だ。

「あ、地上の人間でもやっぱそう思う? そうだよな、そんなに大事さが違うんならさ、シャシルは利用されてただけで友達とは思われてなかったんじゃねぇの?」
「え…いや、そこまでは思わないよ?!」

 フィナという少女について、僕たちは直接知らない。ずっと一緒にいた友達より、ほとんど関わりのなかった妹を大事にすることは僕もよく理解出来なかったけど、利用していたなんて発想もなかった。
 だけど反論せずに俯いて拳を握りしめるシャシルには、思い当たることがあったのかもしれない。

「言い過ぎでしょ、あなたが追い詰めてどうするのよ」

 サリアはもう、幽霊だとか魂だとか、そんなことは忘れたように普通にタタラを叱り付ける。
 その隣で、シャシルは小さく首を振った。

「……私だって、利用してたみたいなものだよ。頼られるのが嬉しくて、フィナが話したがらないことを無理に聞いたら避けられるんじゃないかって怖くて……こんなの、友達じゃないよね」

 母親の死について気付いていたらしいフィナが、そのことや父親からの暴力をシャシルに話さなかった理由はもう分からない。
 シャシルの気持ちを変えるには、タタラの言うように利用されていただけと割り切ったほうがいいのかもしれない。
 だけどそれは、シャシルの心の中からも友達を失わせることになる。ルルビィは、それはさせたくないようだった。

「友達だから、巻き込みたくなくて話さなかったんじゃないですか。墓守り相手だったら、強気に出る人は多いですし…さっきの男性なら、あなたにも暴力を振るったかもしれません」

 それでもシャシルは、さらに首を振る。蓋をしていた思いが、堰を切ったように。

「もしかしたら、もっと前から死ぬ気はなくなってたかもしれない…考えないようにしてたけど、何だか……人が死ぬところを見るのを、楽しんでるみたいな気はしてたんだよ…」

 フィナのことを聞いたとき、それはもう心が病み始めていると思った。
 シャシルはそれを目にする度に辛い気持ちだったはずなのに、フィナは楽しんでいたとしたら、利用されていたとのいうのはあながち言い過ぎではないのかもしれない。

 聖者様は、しばらく黙って僕たちのやり取りを聞いていた。
 これは難しい話だ。どうしたって死んでしまった人の本心は分からない。
 本当の友達じゃなかったと思わせれば、フィナのやりたかったという死に方をなぞらせるのは止められるかもしれない。だけどそれはまた、シャシルに別の心の傷をつけてしまう。

「…フィナは、どうやって死にたいと言っていたんだ?」

 何か気持ちのやり場を変える手段はないかと探るように、シャシルの様子をよく見ながら尋ねる。

「……あんまり現実的じゃないんだよ。最初は楽な死に方を探してたはずなのにね。結局、本気じゃなかったのかな……」

 はっきりとは答えず、この1年間に自分がやってきたことの意味を探すように、視線が漂う。
 答えたところで、何も分からないという諦めがあるように感じた。

 その視線に、強引にタタラが割り込んだ。
 顔を覗き込むようにして、目を合わせる。

「そんな訳の分からないことのために死ぬとかやめてさ、他のこと考えてみれば?」

 そしてごく自然な動きで、シャシルの肩に手を乗せようとする。

「俺のために生きる、とかさ」

 ダメだ、と思った。直感だ。
 タタラがシャシルの肩に手を乗せるなら、障壁に隙間を空ける。そしてわざわざそんなことをするなら――

 見られてしまうとか考えている余裕も、聖者様に伝える隙もない。
 反射的にシャシルの真横に転移して、僕もタタラの反対側から肩を掴む。

 その瞬間、あの息の止まるような衝撃を感じた。
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