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71.懺悔
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シャシルはルルビィに促されてガルンから離れた場所に座り、ガルンは聖者様の「罪が軽くなる」という言葉ですっかり大人しくなった。
「あなたの素行を聞く限り、奥様が亡くなった後は娘さんにも暴力を振るっていたのではないかと思えるのですが」
ガルンは更に冷や汗をかきながら、聖者様に目を合わせられずに視線を彷徨わせている。
「ぼ、暴力なんてそんな。脅されてつい、手が出ただけで…他には全く身に覚えがないですよ!」
ああ、またあの嫌な感じが纏わりついている。
きっと心の中では、今の自分の状況も他人の所為にしているんだろう。
「それ、嘘です」
僕がそう告げると、ガルンは顔を歪ませて憎々しげな視線を僕に向けてきた。
「何言ってるんだ、このガ…」
ガキ、と言おうとしたんだろう。
「私の使徒です。彼が次に嘘だと判断したら、やはり先程のやり方でお聞きすることにしましょう」
聖者様には、嘘が分かると言ったことはない。そういう魔法はあるけど、他人の言葉の真偽になんて興味がなかったし、親しい相手には使おうとも思わない魔法だ。
だけどそんな魔法を使わなくても、こんな風に悪意に満ちていれば嘘だと分かる。
話を進めるのに都合が良かったからか、僕のやることは今さらだと思ったのか。聖者様はそのまま話を続けてくれた。
ガルンは観念したように、肩を落として下を向く。
「暴力っていうか…まぁ、躾でちょっとは……」
この人の言う「ちょっと」は、言葉通りに受け取れるものじゃないと、みんな分かっている。厳しい視線が集まって、さらに体を縮ませた。
「そういうことをされた子どもは、なかなか親に逆らえないものです。なのに脅されたとは、何があったのですか?」
聖者様の口調はあくまで穏やかだ。
強く問い質すと、嘘で誤魔化したり黙り込む子どもは多い。大人でもそういう性質は変わらないのかもしれない。
「あいつは本当に脅して来たんです! …それまで、口ごたえの1つもなかったくせに…」
フィナが亡くなった時には14歳だったはずだ。その齢まで口ごたえの1つもないというのは、やっぱり暴力に怯えていたんじゃなかと思う。
「何があったのか、順を追って説明していただけますか? 言いにくいようなら、やはり…」
「い…言います!」
大げさに困り顔をしてみせる聖者様に、ガルンは慌てて顔を上げた。これはこれで、脅迫しているように見える。
「…首都で、伝統を無視して女に職人やらせてる鍛冶工房があって……けど最近、そこの品が結構売れてるって、出入りの鉱物商に聞いたんですよ。まあどうせ、女を使って客に取り入ってるんでしょうけど」
正気に戻っても平然と女性を貶すガルンに、サリアの険しい視線が向けられる。やっぱり話が長引けば、またすぐに悪意に満ちた場に戻りそうだ。
「そんな工房でも、客が来るなら職人を探してる話も耳に入るだろうから…下のガキ…娘を思い出したんです。あの齢なら今からでも俺の仕事を覚えさせて、その工房に弟子入りさせてやってもいいかって…」
つまり息子に期待していた妄想を、妥協して娘に委ねようとしたわけだ。子どもを自己顕示欲を満たす道具としか見ていない。
「だから連れ戻そうと思って……世話だけしろって言ったら、急に狂ったみたいに声上げて、女房のことを教会に言われたくなかったら引き取るなって脅して来たんですよ! きっと世話が嫌だったんだ!」
それを聞いたシャシルが、テーブルを叩くようにして椅子から立ち上がった。
「…フィナが生きてたときから、引き取るなんて話があったの…? フィナが妹の世話を嫌がるわけないでしょ!! 妹をあんたから守りたかっただけだよ!! あんただったら、その子にだって暴力振るうでしょ?!」
シャシルからもまた、嫌な感じが溢れてくる。
人を憎むのも憎まれるのも良くないと、聖者様が最初に会った日に言っていた。僕には無関係のように思えたけど、もし母さんやリュラが誰かに酷いことをされたら、やっぱり悪意は持ってしまったと思う。
シャシルは運が悪かったのかもしれない。だけどガルンも他からの影響でこうなってしまったのだとしたら――考え出すときりがない。だからこそ、人々に良い影響を与える聖者という存在が地上に送られているんだろう。
「うるさい! お前が余計なことをするから悪いんだろうが! おかしいと思ったんだよ、樹海に行かせても平気で帰ってくるし、他の奴らに会わないように教会にも行かせなかったのに、知恵つけやがって!!」
ガルンもシャシルの憎しみに当てられたように立ち上がって、聖者様の前であることを忘れたように汚い言葉で怒鳴り始める。
「あんた、フィナが巡回の人に見つかったら、迷ったって嘘吐くように命令してたんでしょ? 忌咎族が捜索以外でも樹海に行くなんて考えてなかったんでしょ。フィナは命令守ってたよ。なのによくもそんな酷いこと…」
「何が酷いもんか、迷惑してんのはこっちだよ! ガキを戻すのにこんなに手間がかかると思ってなかったし、鉱物商の話を聞いてなかったら、森で襲われたことにして孕ませてやろうかと――」
悪意に呑まれて、理性が働かなったんだろう。
口から滑り出た言葉に、部屋全体がシンと静まり返って、さすがにガルン本人も硬直している。
「なるほど」
聖者様がゆっくりと、無感情に低く声を発した。
「傷物になれば縁談はまず来ない。上手くいけば念願の男児が手に入る。よく考えましたね」
シャシルは、あまりのことに言葉を失っている。
「肉体があると好きでもない相手とそういうコトになるの、気持ち悪いよな~」
タタラの言うことは、内容は的外れではないとしても、今は追い打ちにしか聞こえない。ちょっと黙っていて欲しい。
「いや……少し、ほんのちょっと頭をよぎっただけで…やってません、絶対に!!」
ガルンは勢いよく床に膝をつき、祈るように手を組んで聖者様を見上げた。
「暴力は振るいました、懺悔します! これで罪にはならないんでしょう?」
聖者様はいつもの外面とはまた違う、僕には怖く感じるような笑みを浮かべる。
「そうですね、罪人も留置中や労役中に懺悔の機会はいくらでもあります。心から反省すれば、天界の審判での罪は軽くなるでしょう」
「は…? だから今、懺悔……」
ポカンと口を開けて見上げるガルンを突き放すように、聖者様は腕を組んで深く椅子の背にもたれた。
「私は教皇から称号を与えられて聖教会の庇護と援助を受けていますが、聖職者の資格はありません。神の代理は出来ないし、守秘義務もない」
しばらくの沈黙のあと、ガルンが震えながら立ち上がる。
「だ…騙したな?! あんた、それでも聖者か!!」
…それは僕も、思い違いをしていた。
そして確かに、聖者様は懺悔を勧めたけど、自分が聞くとは言っていない。
「聖者だから、あなたが今生のうちに反省するように促しているのです。では、司祭を呼びましょうか」
聖者様がそう言って立ち上がると、ダンもすぐに立ち上がってガルンの腕を掴んだ。逆恨みしたガルンが暴れないようにそうしたんだろうけど、ダン自身も怒っているのが分かる。
みんなこれ以上、ガルンと言葉を交わさないほうがいいだろう。
「ま…待ってよ! こんなんじゃ、まだ気が済まない!!」
シャシルの怒りは、ダンの比じゃないはずだ。だけど聖者様も、これ以上は悪意が増すだけだと判断したようだ。
「思った以上に質が悪い。もうやめておいたほうがいい。それに…」
その怒りを鎮めるように、聖者様はじっとシャシルの目を見る。
「フィナにはもう、死ぬ気はなかったんだ。妹を守るために生きるつもりだった。残念な結果にはなったが、君が思い出してくれたからフィナの願いは叶ったんだ」
シャシルは何も言えず、力なく椅子に腰を落とした。
「あなたの素行を聞く限り、奥様が亡くなった後は娘さんにも暴力を振るっていたのではないかと思えるのですが」
ガルンは更に冷や汗をかきながら、聖者様に目を合わせられずに視線を彷徨わせている。
「ぼ、暴力なんてそんな。脅されてつい、手が出ただけで…他には全く身に覚えがないですよ!」
ああ、またあの嫌な感じが纏わりついている。
きっと心の中では、今の自分の状況も他人の所為にしているんだろう。
「それ、嘘です」
僕がそう告げると、ガルンは顔を歪ませて憎々しげな視線を僕に向けてきた。
「何言ってるんだ、このガ…」
ガキ、と言おうとしたんだろう。
「私の使徒です。彼が次に嘘だと判断したら、やはり先程のやり方でお聞きすることにしましょう」
聖者様には、嘘が分かると言ったことはない。そういう魔法はあるけど、他人の言葉の真偽になんて興味がなかったし、親しい相手には使おうとも思わない魔法だ。
だけどそんな魔法を使わなくても、こんな風に悪意に満ちていれば嘘だと分かる。
話を進めるのに都合が良かったからか、僕のやることは今さらだと思ったのか。聖者様はそのまま話を続けてくれた。
ガルンは観念したように、肩を落として下を向く。
「暴力っていうか…まぁ、躾でちょっとは……」
この人の言う「ちょっと」は、言葉通りに受け取れるものじゃないと、みんな分かっている。厳しい視線が集まって、さらに体を縮ませた。
「そういうことをされた子どもは、なかなか親に逆らえないものです。なのに脅されたとは、何があったのですか?」
聖者様の口調はあくまで穏やかだ。
強く問い質すと、嘘で誤魔化したり黙り込む子どもは多い。大人でもそういう性質は変わらないのかもしれない。
「あいつは本当に脅して来たんです! …それまで、口ごたえの1つもなかったくせに…」
フィナが亡くなった時には14歳だったはずだ。その齢まで口ごたえの1つもないというのは、やっぱり暴力に怯えていたんじゃなかと思う。
「何があったのか、順を追って説明していただけますか? 言いにくいようなら、やはり…」
「い…言います!」
大げさに困り顔をしてみせる聖者様に、ガルンは慌てて顔を上げた。これはこれで、脅迫しているように見える。
「…首都で、伝統を無視して女に職人やらせてる鍛冶工房があって……けど最近、そこの品が結構売れてるって、出入りの鉱物商に聞いたんですよ。まあどうせ、女を使って客に取り入ってるんでしょうけど」
正気に戻っても平然と女性を貶すガルンに、サリアの険しい視線が向けられる。やっぱり話が長引けば、またすぐに悪意に満ちた場に戻りそうだ。
「そんな工房でも、客が来るなら職人を探してる話も耳に入るだろうから…下のガキ…娘を思い出したんです。あの齢なら今からでも俺の仕事を覚えさせて、その工房に弟子入りさせてやってもいいかって…」
つまり息子に期待していた妄想を、妥協して娘に委ねようとしたわけだ。子どもを自己顕示欲を満たす道具としか見ていない。
「だから連れ戻そうと思って……世話だけしろって言ったら、急に狂ったみたいに声上げて、女房のことを教会に言われたくなかったら引き取るなって脅して来たんですよ! きっと世話が嫌だったんだ!」
それを聞いたシャシルが、テーブルを叩くようにして椅子から立ち上がった。
「…フィナが生きてたときから、引き取るなんて話があったの…? フィナが妹の世話を嫌がるわけないでしょ!! 妹をあんたから守りたかっただけだよ!! あんただったら、その子にだって暴力振るうでしょ?!」
シャシルからもまた、嫌な感じが溢れてくる。
人を憎むのも憎まれるのも良くないと、聖者様が最初に会った日に言っていた。僕には無関係のように思えたけど、もし母さんやリュラが誰かに酷いことをされたら、やっぱり悪意は持ってしまったと思う。
シャシルは運が悪かったのかもしれない。だけどガルンも他からの影響でこうなってしまったのだとしたら――考え出すときりがない。だからこそ、人々に良い影響を与える聖者という存在が地上に送られているんだろう。
「うるさい! お前が余計なことをするから悪いんだろうが! おかしいと思ったんだよ、樹海に行かせても平気で帰ってくるし、他の奴らに会わないように教会にも行かせなかったのに、知恵つけやがって!!」
ガルンもシャシルの憎しみに当てられたように立ち上がって、聖者様の前であることを忘れたように汚い言葉で怒鳴り始める。
「あんた、フィナが巡回の人に見つかったら、迷ったって嘘吐くように命令してたんでしょ? 忌咎族が捜索以外でも樹海に行くなんて考えてなかったんでしょ。フィナは命令守ってたよ。なのによくもそんな酷いこと…」
「何が酷いもんか、迷惑してんのはこっちだよ! ガキを戻すのにこんなに手間がかかると思ってなかったし、鉱物商の話を聞いてなかったら、森で襲われたことにして孕ませてやろうかと――」
悪意に呑まれて、理性が働かなったんだろう。
口から滑り出た言葉に、部屋全体がシンと静まり返って、さすがにガルン本人も硬直している。
「なるほど」
聖者様がゆっくりと、無感情に低く声を発した。
「傷物になれば縁談はまず来ない。上手くいけば念願の男児が手に入る。よく考えましたね」
シャシルは、あまりのことに言葉を失っている。
「肉体があると好きでもない相手とそういうコトになるの、気持ち悪いよな~」
タタラの言うことは、内容は的外れではないとしても、今は追い打ちにしか聞こえない。ちょっと黙っていて欲しい。
「いや……少し、ほんのちょっと頭をよぎっただけで…やってません、絶対に!!」
ガルンは勢いよく床に膝をつき、祈るように手を組んで聖者様を見上げた。
「暴力は振るいました、懺悔します! これで罪にはならないんでしょう?」
聖者様はいつもの外面とはまた違う、僕には怖く感じるような笑みを浮かべる。
「そうですね、罪人も留置中や労役中に懺悔の機会はいくらでもあります。心から反省すれば、天界の審判での罪は軽くなるでしょう」
「は…? だから今、懺悔……」
ポカンと口を開けて見上げるガルンを突き放すように、聖者様は腕を組んで深く椅子の背にもたれた。
「私は教皇から称号を与えられて聖教会の庇護と援助を受けていますが、聖職者の資格はありません。神の代理は出来ないし、守秘義務もない」
しばらくの沈黙のあと、ガルンが震えながら立ち上がる。
「だ…騙したな?! あんた、それでも聖者か!!」
…それは僕も、思い違いをしていた。
そして確かに、聖者様は懺悔を勧めたけど、自分が聞くとは言っていない。
「聖者だから、あなたが今生のうちに反省するように促しているのです。では、司祭を呼びましょうか」
聖者様がそう言って立ち上がると、ダンもすぐに立ち上がってガルンの腕を掴んだ。逆恨みしたガルンが暴れないようにそうしたんだろうけど、ダン自身も怒っているのが分かる。
みんなこれ以上、ガルンと言葉を交わさないほうがいいだろう。
「ま…待ってよ! こんなんじゃ、まだ気が済まない!!」
シャシルの怒りは、ダンの比じゃないはずだ。だけど聖者様も、これ以上は悪意が増すだけだと判断したようだ。
「思った以上に質が悪い。もうやめておいたほうがいい。それに…」
その怒りを鎮めるように、聖者様はじっとシャシルの目を見る。
「フィナにはもう、死ぬ気はなかったんだ。妹を守るために生きるつもりだった。残念な結果にはなったが、君が思い出してくれたからフィナの願いは叶ったんだ」
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