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67.登場
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「聖者様が復活されました!!」
ダンのよく通る声が響く。
教会の前で騒然としていた人たちが、一瞬で静まり返る。
聖者様を筆頭に、僕たちは礼拝堂から突然現れたように見せた。
ずいぶん派手な登場だ。もちろん、注目を集めるために聖者様が指示した演出だけど。
「お騒がせして申し訳ありません。司祭様でしょうか」
爽やかな聖者らしい笑顔で、はっきりと神具が見えるように左手を胸に当てて司祭らしき人に歩み寄る。
この登場の仕方を提案したときも聖者様はルルビィの手を離そうとしなくて、サリアから「最初だけでもいいから、使徒より1歩前に出て威厳を出してくださいよ!!」と念を押されていた。
「あ、ええ…はい、私がこの教会の司祭です。まさか聖者様はこちらでご復活されたのですか?!」
教会の聖職者が総出で村人の対応にあたっていて、礼拝堂には誰もいなかった。
そこでシャシル以外の気配隠蔽を解いて出てきたのだから、そう見えるだろう。
「いえ、復活したのは数日前なのですが、教皇猊下にご報告する前にあまり人目については騒ぎになってしまいますし…過分にも、聖騎士に引けを取らない者たちを使徒にしていただいたので、こうして密かに各地の礼拝堂で祈りを捧げながら教皇庁を目指していたのです」
気配隠蔽は聖騎士にも使える人がいるそうだから、使徒については嘘ではないけど。
今まで聖者様は、食事の前の感謝の祈りはしていたけど、礼拝堂で神に祈ることはしていなかった。
嘘は魂の穢れに繋がる。
今まで「日々を善く生きる」と同じように、教義にある言葉として漠然と理解していた。
だけど今日初めて、はっきりと分かるほどに魂が穢れた人を見て、少し怖さも感じてしまった。
あれほどじゃなくても、小さな嘘の積み重ねでも、魂が穢れてしまうんじゃないかと。
聖者様が少しくらい嘘を吐いても帳尻が合えばいいというようなことを言ってリリスに諫められたとき、それは他の善行で補うという意味かと思っていた。だけど今回、聖者様からは、話を納めるために多少の嘘を吐くだろうけど僕たちは肯定も否定もしなければいいと言われている。
聖者様の言う帳尻とは個人のことじゃなくて、地上の人々のためになるなら、自分が泥をかぶるのは構わない――そういう意味だったんだと感じた。
「先ほどの雷で皆様が不安を感じておられたようですので、出て参りました。あれは悪いもではありません。神も私の復活を祝ってくださったのでしょう」
「さっきの雷は、聖者様の復活祝いだそうです!」
離れた人にも聞こえるように復唱する拡声役のダンも、「聖者様がそう言っている」ということなら嘘にはならない。
リリスとマリスが聞いていたら、それでも苦言を呈しただろうけど。
この段取りを話し合っているときに、僕は「樹海に忘れものしちゃって…」と誤魔化して、幻妖精たちを連れに戻ろうとした。
だけどタタラも思い出したらしく、すぐに気付かれた。
「あ~…そういや、まだ誰か隠れてたっけ? コソコソするからこうなるんだよ」
と、大笑いされて、何だかこっちが後ろめたいことをしている気分だ。
幻妖精たちについては、聖者様も気付いてはいたらしい。
「あいつは俺の気配だけは分かるようになってるはずだから、そのうち合流できるだろう」
いつものように複数形じゃなく、「あいつ」と表現して、迎えに行くのを止められた。
聖者様にはタタラの使っている力が普通の魔法じゃないと伝えられていなかったけど、少なくとも転移が僕のものとはまるで違うのは分かったんだろう。幻妖精たちの情報を出すことを控えて、タタラが隠れても見つけて拘束できる僕がこの場を離れるのも警戒している。
むしろ、シャシルのほうが狼狽えて「あそこに誰か残ってたの?! 危ないよ!!」と、迎えに行かないことを不思議がった。
タタラの言うとおり、本心では人が死ぬことを悲しんでいるんだろう。
聖者さまが「事故とかケガの心配はない奴だから、気にしなくて大丈夫だ」と説明してすんなり受け入れたのは、タタラや僕の普通じゃないところを見て、もう感覚が麻痺している気がする。
それでもやっぱり、シャシルはまだ姿を現すことには怯えがあるようだった。これもタタラの言う通りだけど、本人の気持ちが変わらなければ、教会に引き渡してもいつか自害してしまうかもしれない。
そんないろんな思惑が交じった話をして、シャシルは姿を隠したままにするということにした上で、ようやく僕たちだけが村人たちの前に姿を現したのだ。
「そうでしたか! 聖者様が復活されたとなれば、あの光景も奇跡に思えます」
深い皺を刻んだ司祭が、目元のその皺を一層深くして手を組み、祈りの姿勢をとる。
ダンの大声と、司祭のその姿勢で納得が出来たのか、村人たちから一斉に歓喜の声が沸き上がった。
ただ1人、雷を凶兆のように騒ぎ立てていた男性を除いて。
だけどそれも、聖者様の次の言葉で一変する。
「ところで、あの流行り病が発生せずに済んだというような話が聞こえたのですが」
周囲の人たちは、息を呑んだり焦った表情を見せた。
その人の話をまともに聞いてはいけない、と止めようとしている。だけど男性の反応のほうが早い。
「そうなんですよ! さすがは聖者様!! 俺の話をどこかで聞いて来たんですか? 聖剣を作るのに相応しいのは俺です!!」
さっきまでとは一変して、喜色に溢れた様子だ。
今聞こえたと言ったはずなのに、どこかで聞いてわざわざ聖者様が訪ねて来たかのような捉えかたをしている。人の話をちゃんと聞かず、自分に都合のいい部分だけを拾って話を盛ってしまう。
…ちょっとリベルを思い出してしまった。
母さんに「今日はちゃんと年少の子のお世話ができたのね」と声を掛けられただけで、何故か「チビたちの世話が上手いと褒められた」と言って回っていた。孤児院では年下の子たちの世話をするのは当たり前のことで、それが出来たと言われただけなのに。
こういう思考の人は、少なからずいるものなんだなと思った。
「聖剣、ですか。優れた刀剣が神聖視される地域では、信仰の対象になることもあるそうですが、この国の習慣ではありませんね。ああ、もしかして他国で学ばれたのですか? それはさぞ優秀な技術をお持ちなのでしょう」
この男性が首都で鍛冶見習いをしていたのは、シャシルから聞いている。それを知っていて、わざとこんな言い方をして相手の勢いを削いだ。
「あ…いやそれは……」
「聖者様、この者の話は…」
言い淀む男性と、聖者様相手に誤解だと言いにくそうな司祭に、聖者様はにっこりと微笑む。
「お話には興味があります。後でお聞かせいただけますか。ですがまずは……」
聖者様が僕たちのほうを振り返る。
ルルビィが、聖者様が復活したあの日のように、前に出て手際よく身振り手振りしながら声を上げた。
「ご病気やお怪我のある方はいらっしゃいますか? 治癒が必要でしたらこちらにお並びください! 特に具合の悪い方はお知らせください!!」
やっぱり、こうしているルルビィが1番生き生きとしている。
村人たちも、一気に活気を取り戻した。並び始めたり、病人を呼んで来ようと一斉に動き出す。ここ数日で慣れたダンとサリアが手伝い、あまり役に立たなそうに見える僕は、タタラとシャシル、そして「後で」と言われた男性が逃げ出さないように見張りながら聖者様の背後に控える。
だけど困り顔の司祭と違って、男性は得意気にニヤついていた。やっぱり、自分にとって耳当たりの良かった「優秀な技術」という言葉だけ頭に残っているんだろう。
シャシルは見えていないと分かっていても、どうしても柱の陰に隠れてしまっている。仄暗いその場所で表情を隠してはいたけれど、男性を横目で静かに睨み続けていた。
ダンのよく通る声が響く。
教会の前で騒然としていた人たちが、一瞬で静まり返る。
聖者様を筆頭に、僕たちは礼拝堂から突然現れたように見せた。
ずいぶん派手な登場だ。もちろん、注目を集めるために聖者様が指示した演出だけど。
「お騒がせして申し訳ありません。司祭様でしょうか」
爽やかな聖者らしい笑顔で、はっきりと神具が見えるように左手を胸に当てて司祭らしき人に歩み寄る。
この登場の仕方を提案したときも聖者様はルルビィの手を離そうとしなくて、サリアから「最初だけでもいいから、使徒より1歩前に出て威厳を出してくださいよ!!」と念を押されていた。
「あ、ええ…はい、私がこの教会の司祭です。まさか聖者様はこちらでご復活されたのですか?!」
教会の聖職者が総出で村人の対応にあたっていて、礼拝堂には誰もいなかった。
そこでシャシル以外の気配隠蔽を解いて出てきたのだから、そう見えるだろう。
「いえ、復活したのは数日前なのですが、教皇猊下にご報告する前にあまり人目については騒ぎになってしまいますし…過分にも、聖騎士に引けを取らない者たちを使徒にしていただいたので、こうして密かに各地の礼拝堂で祈りを捧げながら教皇庁を目指していたのです」
気配隠蔽は聖騎士にも使える人がいるそうだから、使徒については嘘ではないけど。
今まで聖者様は、食事の前の感謝の祈りはしていたけど、礼拝堂で神に祈ることはしていなかった。
嘘は魂の穢れに繋がる。
今まで「日々を善く生きる」と同じように、教義にある言葉として漠然と理解していた。
だけど今日初めて、はっきりと分かるほどに魂が穢れた人を見て、少し怖さも感じてしまった。
あれほどじゃなくても、小さな嘘の積み重ねでも、魂が穢れてしまうんじゃないかと。
聖者様が少しくらい嘘を吐いても帳尻が合えばいいというようなことを言ってリリスに諫められたとき、それは他の善行で補うという意味かと思っていた。だけど今回、聖者様からは、話を納めるために多少の嘘を吐くだろうけど僕たちは肯定も否定もしなければいいと言われている。
聖者様の言う帳尻とは個人のことじゃなくて、地上の人々のためになるなら、自分が泥をかぶるのは構わない――そういう意味だったんだと感じた。
「先ほどの雷で皆様が不安を感じておられたようですので、出て参りました。あれは悪いもではありません。神も私の復活を祝ってくださったのでしょう」
「さっきの雷は、聖者様の復活祝いだそうです!」
離れた人にも聞こえるように復唱する拡声役のダンも、「聖者様がそう言っている」ということなら嘘にはならない。
リリスとマリスが聞いていたら、それでも苦言を呈しただろうけど。
この段取りを話し合っているときに、僕は「樹海に忘れものしちゃって…」と誤魔化して、幻妖精たちを連れに戻ろうとした。
だけどタタラも思い出したらしく、すぐに気付かれた。
「あ~…そういや、まだ誰か隠れてたっけ? コソコソするからこうなるんだよ」
と、大笑いされて、何だかこっちが後ろめたいことをしている気分だ。
幻妖精たちについては、聖者様も気付いてはいたらしい。
「あいつは俺の気配だけは分かるようになってるはずだから、そのうち合流できるだろう」
いつものように複数形じゃなく、「あいつ」と表現して、迎えに行くのを止められた。
聖者様にはタタラの使っている力が普通の魔法じゃないと伝えられていなかったけど、少なくとも転移が僕のものとはまるで違うのは分かったんだろう。幻妖精たちの情報を出すことを控えて、タタラが隠れても見つけて拘束できる僕がこの場を離れるのも警戒している。
むしろ、シャシルのほうが狼狽えて「あそこに誰か残ってたの?! 危ないよ!!」と、迎えに行かないことを不思議がった。
タタラの言うとおり、本心では人が死ぬことを悲しんでいるんだろう。
聖者さまが「事故とかケガの心配はない奴だから、気にしなくて大丈夫だ」と説明してすんなり受け入れたのは、タタラや僕の普通じゃないところを見て、もう感覚が麻痺している気がする。
それでもやっぱり、シャシルはまだ姿を現すことには怯えがあるようだった。これもタタラの言う通りだけど、本人の気持ちが変わらなければ、教会に引き渡してもいつか自害してしまうかもしれない。
そんないろんな思惑が交じった話をして、シャシルは姿を隠したままにするということにした上で、ようやく僕たちだけが村人たちの前に姿を現したのだ。
「そうでしたか! 聖者様が復活されたとなれば、あの光景も奇跡に思えます」
深い皺を刻んだ司祭が、目元のその皺を一層深くして手を組み、祈りの姿勢をとる。
ダンの大声と、司祭のその姿勢で納得が出来たのか、村人たちから一斉に歓喜の声が沸き上がった。
ただ1人、雷を凶兆のように騒ぎ立てていた男性を除いて。
だけどそれも、聖者様の次の言葉で一変する。
「ところで、あの流行り病が発生せずに済んだというような話が聞こえたのですが」
周囲の人たちは、息を呑んだり焦った表情を見せた。
その人の話をまともに聞いてはいけない、と止めようとしている。だけど男性の反応のほうが早い。
「そうなんですよ! さすがは聖者様!! 俺の話をどこかで聞いて来たんですか? 聖剣を作るのに相応しいのは俺です!!」
さっきまでとは一変して、喜色に溢れた様子だ。
今聞こえたと言ったはずなのに、どこかで聞いてわざわざ聖者様が訪ねて来たかのような捉えかたをしている。人の話をちゃんと聞かず、自分に都合のいい部分だけを拾って話を盛ってしまう。
…ちょっとリベルを思い出してしまった。
母さんに「今日はちゃんと年少の子のお世話ができたのね」と声を掛けられただけで、何故か「チビたちの世話が上手いと褒められた」と言って回っていた。孤児院では年下の子たちの世話をするのは当たり前のことで、それが出来たと言われただけなのに。
こういう思考の人は、少なからずいるものなんだなと思った。
「聖剣、ですか。優れた刀剣が神聖視される地域では、信仰の対象になることもあるそうですが、この国の習慣ではありませんね。ああ、もしかして他国で学ばれたのですか? それはさぞ優秀な技術をお持ちなのでしょう」
この男性が首都で鍛冶見習いをしていたのは、シャシルから聞いている。それを知っていて、わざとこんな言い方をして相手の勢いを削いだ。
「あ…いやそれは……」
「聖者様、この者の話は…」
言い淀む男性と、聖者様相手に誤解だと言いにくそうな司祭に、聖者様はにっこりと微笑む。
「お話には興味があります。後でお聞かせいただけますか。ですがまずは……」
聖者様が僕たちのほうを振り返る。
ルルビィが、聖者様が復活したあの日のように、前に出て手際よく身振り手振りしながら声を上げた。
「ご病気やお怪我のある方はいらっしゃいますか? 治癒が必要でしたらこちらにお並びください! 特に具合の悪い方はお知らせください!!」
やっぱり、こうしているルルビィが1番生き生きとしている。
村人たちも、一気に活気を取り戻した。並び始めたり、病人を呼んで来ようと一斉に動き出す。ここ数日で慣れたダンとサリアが手伝い、あまり役に立たなそうに見える僕は、タタラとシャシル、そして「後で」と言われた男性が逃げ出さないように見張りながら聖者様の背後に控える。
だけど困り顔の司祭と違って、男性は得意気にニヤついていた。やっぱり、自分にとって耳当たりの良かった「優秀な技術」という言葉だけ頭に残っているんだろう。
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