破戒聖者と破格愚者

桜木

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65.衝撃

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 樹海の中は昼でも薄暗かったから、陽が傾いてから動き始めた僕たちは、すぐに闇に包まれ始めた。
 僕の視覚なら見えはするけど、歩きやすさで言えばやっぱり明るいほうがいいし、何よりみんなが歩きづらそうだ。

「村まではどれくらいかかる?」

 シャシルに指示されながら先頭を歩いていた聖者様が、振り向いて問いかける。
 聖者様とルルビィは、指を交互に絡めるようにしっかりと手を握っていた。危ないからというのもあるんだろうけど、街道に出ても離さない気がする。

「私だけなら鐘1つくらいだけど…この調子だと、暗くて動けなくなるよ…」

 鐘は教会が、朝から夕方まで2時間置きに鳴らす。
 大時計のある教会で鐘を鳴らす手伝いもしていた僕と、自宅に時計があったサリアは時間で表現するけど、大抵の人は鐘の鳴る間隔で表現していた。

「……夜の樹海は、松明の火くらいじゃまともに歩けないよ」

 光源を作ることは出来る。僕自身を光らせればいい。
 使い途のない魔法だと思っていたけど、今思えば神が自分の姿を眩ませるために使っていたんだろう。だけど自分がそんなふうに光っているのを想像すると、ものすごく恥ずかしい。

 でも今は、樹海を歩き慣れていない僕たちが、足を引っ張っている。
 恥ずかしいとか思っている場合じゃないかな、と考えていると、タタラが面倒臭そうな声を出した。

「お前さっき、一瞬で離れたところに移動してただろ。あれで全員連れて行けねぇの?」

 見えない場所で転移をしたけど、気付かれていたようだ。
 だけど念のため、確認をする。

「確かに気配を消して移動したけど。何で一瞬でなんて思ったわけ?」

 そう訊くと、得意気に鼻で笑う。

「移動した先でまた気配が分かったんだよ。俺には物質界の距離なんて関係なく分かるからさ」

 あの村での僕の気配を感じたというなら、僕の気配感知より範囲が広い。
 だけどリリスが、天界から見る物質界の距離感は違うようなことを言っていたから、魂の状態だと違うのかもしれない。

 それにしても、障壁を張り続けて警戒している割に、やっぱり緊張感はそれほどない。予知能力の希少さを誇っていたときにも感じたけど、何というかじっとしていられないような子どもっぽいところがある。

「どこにでも行けるわけじゃないよ。でも僕だって距離は関係ないし」

 実際、行ったことのある場所ならどんなに離れていても行ける。気配感知に関しての距離とわざと曖昧にして言ってみた。

「俺だって、目印ターゲットさえあれば関係ねぇよ。今から行く場所に、目印ターゲットがあるか分からないだけだから」

 案の定、張り合うように答えてくる。煽れば結構、口を滑らせてくれそうだ。
 だけど僕はこういうのにはあまり慣れていない。聖者様なら上手く聞き出してくれそうだけど、タタラが使っているのが普通の魔法じゃないとまだ伝えられていない。遮音して話をすれば今以上に警戒されそうだし、どうしたものか。

 そう考えていたら、サリアが純粋な好奇心を発揮したらしい。

目印ターゲットって何? 知ってる場所のことじゃないの?」

 僕との違いを、会話で感じ取ってくれたようだ。

「気配を覚えてる相手だよ。知ってる場所でも行けるけど、目印ターゲットがあるほうが俺には確実だし、ここにいる全員だって連れて行けるね」

 予知能力の話をしたときのように、誇らしげに語る。やっぱり自分の得意なことを自慢したがるようなところがある。

「…私が修道士から隠れてるとき、あいつらの気配が近づいたら教えてやるって言ってたよね。今でも分かるの?」

 シャシルはタタラの能力について、既にいろいろと理解しているようだ。僕が自分の能力との違いを考えているうちに、驚くわけでもなく聞き返している。

「あの黒い服の奴ら? ん~と、6人覚えてるけど全員1カ所に集まってるな。そこに行けばいいのか?」

 場所よりも、人を目印にする。
 これも魂の状態で物質界にいるからという違いだろうか。何だか僕も興味が湧いてきた。

「まだ日も暮れてないのに、全員…?」

 シャシルは少し考え込むようにしたけど、頷いた。

「何かあったとしても、集まってるなら教会だと思う。……でも教会の目の前に行ったりしたら見つかっちゃうよね…」

 シャシルは気がかりを解決する前に、教会に引き渡されることを恐れている。村の人にもあまり見つかりたくないんだろう。

「なら、気配を消して転移すればいいだろう。俺としても、フィナの父親と話をつけるまでは目立ちたくない」

 聖者様がそう言うと、少し間が空いて、タタラは思い出したように言う。

「あ~…そうそう転移、ね。あ、でも俺さっきも言ったけど、あんま器用じゃないからさ。俺以外の気配消すのはそっちでやってくれる?」

 まるで転移という言葉を忘れていたかのようだ。
 僕も日常的に使っている転移は呼び名を意識しなくても使えるけど、忘れるなんてことがあるだろうか。

 そこも不思議だけど、自分の得意なところは張り合ってくるのに、苦手なところは素直に頼ってくる。それに警戒していても、思ったことはすぐ口に出る。
 こんな性格なのに、今までこの異質さを天界で知られずに済んだことも不思議だ。

「どっちでも構わないが…」

 そう言って、聖者様が僕に視線を向ける。「どっちでも」ということは、聖者様は最初から、明るい内に出られなかったら僕の転移を使うつもりだったんだろう。だからサリアが陽の傾きを気にしたときも、シャシルが落ち着くことを優先させた。

「僕がやったら手間がかかるから、それでいいんじゃないですか?」

 僕が今から村の場所を確認するなら、街道に戻って道なりに目視で転移を繰り返すのが確実だ。だけどタタラの能力が本人の言う通りなら、今すぐに1度で行ける。

「じゃあ連れて行ってやるよ。ほら、近くに寄れよ」

 機嫌良く手招きするタタラの近くにみんなが集まったけど、またすぐに困ったような顔をされる。

「いやもっと寄って、ていうか、そこの2人みたいに手でも繋いでくれればいいのに」

 指差されたのは、聖者様とルルビィだ。相変わらず繋いだ手を離さないでいる。

 僕の場合は、自分の近くだと認識出来れば、それほど密着しなくても一緒に転移できる。タタラの場合は接触が必要らしい。
 魂の位階の問題じゃない。優劣でもない。
 やっぱり性質そのものが違う。

 その後、さらに身を以て違いを知ることになった。

 ルルビィが空いているほうの手でシャシルの手を握ると、サリアがシャシルを挟むように手を繋ぐ。ルルビィだけでなく、サリアが何の躊躇もなく自分に触れるのを驚くように見るシャシルは、やっぱり他の村人とは距離があったんだろう。
 サリアとしては、普段から男女の接触に対して厳しいし、それが当然と思ってのことだろうけど、そんなサリアが近くにいた僕にそのまま手を伸ばす。分かってはいたけどサリアからも全く異性扱いされていないんだなと思いつつその手を取る。
 ダンは聖者様の近くにいたのに、わざわざ僕のほうに回り込んできた。ルルビィとだけ手を繋いでいる状態の聖者様に気を遣ったんだろう。
 なんとなく、みんなの性格を表わしたような配置で手を繋ぎ終えた。

「気配、消したよ」

 タタラからは分かるように気配隠蔽と遮音をかけてから、そう告げる。

「じゃ、行くか~」

 タタラが障壁に隙間を空け、シャシルの肩に手を乗せた。
 肉体のない魂にああされると、どんな感じなんだろう。

 そんなことを考えていたら、突然それは来た。
 何かにものすごい力で投げ飛ばされたような、強い衝撃。
 一瞬、息が止まるかと思った。
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