破戒聖者と破格愚者

桜木

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64.調停

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 教会では、調べるまでもなく話を聞くことが出来た。

 時間がかかったのは、その後だ。
 最初は、聖者様が道すがら耳にしたことを気にしたので、と話を聞けた。だけど僕が戻ろうとすると、今から樹海方面に向かうのは危ないと引き留められてしまった。
 善意で言ってくれているわけだし、あまり強引に逃げるわけにもいかなくて、押し問答の挙句に全てを聖者様に押し付けた。僕が人より速く移動出来るのも、暗くなっても大丈夫なのも「聖者様のお陰で」と言い張ったのだ。

 無理があるかなと思ったけど、気が抜けるほどあっさり納得してもらえた。
 やっぱり、奇跡の体現者としての聖者様の名前は、説得力がある。

 そしてやっと村の外に出て、人目も気配もないのを確認してから樹海へ転移した。

 樹海を出たときと同じく、タタラやシャシルから見えない位置に出て、歩いて戻る。急いではいるつもりだけど、ここの足場だとさっきのシャシルみたいに走るのはなかなか難しい。

 ようやくみんなが見えた、と思ったら、何だか揃って厳しい顔をしている。
 ダンは無精髭をいじりながら、唸るように「ん~」と声を出していた。

「…産後で体力が落ちてたからってことじゃないっスかね…」
「それにしてもな…」

 聖者様の視線の先には、シャシルが青ざめて座り込んだままだった。
 シャシルからまだ何か話を聞いていたらしい。だけどその近くにいたはずのタタラがどこにも見当たらない。

「タタラは?!」

 思わず、戻ったと声をかける前に訊いてしまう。
 転移みたいに突然近くに現れたわけじゃないから、あまりみんなを驚かせずには済んだけど。

「…消えた」

 聖者様が溜息をついて頭を押さえる。
 逃げないというのを信用して拘束が解けてでも僕を行かせたのだから、その判断に責任を感じているんだろう。

「でも、高位の魂なら地上に長くいるのは苦しいはずです。一旦天界に帰っただけで、夜にまた戻ってくるかもしれませんよ」

 ルルビィも、タタラがシャシルを放置したまま逃げるとは思っていない。
 だけどリリスの話から考えると、今天界に帰れば、またすぐに天使たちの目を盗んで地上に来るのも難しいと思う。

 そしてみんなは、タタラが使っていた力が普通の魔法じゃないことを知らないみたいだ。マリスもまだ警戒して、声を出していないということだろう。
 僕は注意深く、周囲を見渡して気配を探ってみる。

「いますよ、そこに」

 気配隠蔽を使っているんだろう。だけど幻妖精と同じで、覚えた気配なら微かにしか感じなくても見つけることが出来た。
 僕が指差した先で、顔をしかめたタタラが姿を現す。

「ウソだろ、何で分かるんだよ…地上にこんな人間、いないはずだろ」

 呆れたような口調だけど、視線は僕を観察するかのようだ。

「やっぱり拘束しておくか」

 聖者様も気配を隠されていたことで不信感が戻ったのか、タタラに厳しい目を向ける。
 だけどシャシルは違う。
 驚くどころか、声がしたほうに視線を動かしもしない。近くにいると確信していたように感じる。

「感謝してるんじゃなかったのかよ。身動き取れないのが嫌なだけだよ、好き好んで拘束されるような変態じゃねぇって」

 それは確かに、やましいことがなくたって誰でもそうだろう。

「障壁みたいなのを張ってるから、このままじゃ無理です。…まあ、壊せないこともないですけど」

 タタラも想定外の僕の力を警戒しているんだろう。姿は見せたけど、ずっと障壁を張ったままだ。僕の言葉を聞いて露骨に嫌そうな顔をしている。

 弱い障壁なら、僕の障壁とぶつけ合わせれば壊せるだろう。だけどこれはかなり頑丈そうだと感じる。
 確実に破壊するなら、“神の怒り”と同じ力を使うしかない。

「でも壊すとしても、上手く力の加減が出来ないかも」

 使ってみた今になっても、呼び名が自分の中でしっくりこない。
 呼び名の分からない力はただでさえ使いにくいのに、さっき1度使っただけだから余計にだ。

「あれは、気軽に使うな」
「ですよね」

 聖者様も壊す方法について、僕の言いたいことが分かったようだ。
 サリアが詳しく聞きたそうな顔でウズウズしているけど、僕たちがタタラたちの前で言わないことを察して我慢している。

「とりあえず拘束はいい。で、話は聞けたのか?」
「はい、その子は大丈夫です。…今のところは」

 どこかで話が間違ったのか、誰かが嘘をついたのかは分からない。でも話を聞く限りは、フィナの父親が人任せでかなり適当な対応ばかりらしいから、フィナにちゃんと伝わっていなかったのだと思う。
 実際は、シャシルの認識と少し違っていた。

「6年前に打診があったのは、引き取らないなら養女にしたいってことだったんです」

 育てているうちに情が移った、ということらしい。

「今はその子自身、育ての親を本当の親だと思ってるそうなんですけど、やっぱり1年くらい前から返すように言われてて。近いうちにどっちかの教会で調停することになりそうなんです」

 だから教会の人は、その子についてすぐに答えられた。
 話を聞いて、すぐに状況を整理したのはサリアだ。

「この国の法律だと、実の親が有利ね。それに、本人にも本当の家族じゃないって伝わっちゃうわよ」

 サリアの言葉でハッとする。僕はそのことについては、気にしていなかった。
 孤児院育ちだからかもしれないし、生まれたときから記憶があって、母さんが別人だなんて疑う余地もないからかもしれない。その辺りの感覚を理解出来ていない。
 だけど普通なら、それはショックを受ける事実なんだろう。

「調停するまでもないくらい養育能力がないと判断されれば、止められる。父親と話してみるべきだな。シャシル、その家まで案内してもらえるか?」

 聖者様にそう言われ、シャシルは僅かに震える。だけど唾を呑んでそれを堪えて、僕をじっと見た。

「ちょっと待って…大体それ、本当なの? こんなに短い時間でどうやって確認してきたの」

 それは疑われても仕方がない。

「僕はいろいろ出来るんだよ…えっと…」

 言い訳は、教会で使ったことと同じでいいだろうか。

「聖者様のお陰で」
「神に気に入られてるからな」

 間が空いたせいで、聖者様が取り繕おうとした言葉と被ってしまった。
 ちょっと気まずい視線を交わす。タタラがニヤニヤとして、面白そうに僕たちを見ている。

「とにかくちゃんと聞いて来たよ、当時のことも。最初は『ミィナの赤ちゃん』って呼んでたらしいよ。だけどすぐに訃報が届いたから、そのままミィナって名前になったって。フィナのお母さんの名前なんだよね?」

 預けられた先は、フィナの母方の伯父夫婦だった。
 幼馴染で夫婦になった2人は、小さい頃からフィナの母親を可愛がっていた。生活が厳しくても手放したくないと願うほどに情が湧くのも、そう時間はかからなかったそうだ。

「……うん、フィナのお母さんの名前だよ…そうなんだ…ミィナ……」

 フィナの母親が亡くなった当時はあまり親交がなかったしても、墓守りなら墓石に刻まれている名前は知っているだろう。
 シャシルは口元に両手を当てて、名前を呟く。
 見えない宝物を掬っているように。

「わざわざ養女にするくらいだから、その子は今の家で可愛がられてるんだろう。悪い予想が当たっていたとしたら、父親のことは知らないままのほうがいい。案内してくれないか」

 聖者様が重ねて案内を頼む。
 でも「悪い予想」というのが分からなくて、サリアに視線を向けてみた。

「…ちょっと、思ってたより厭な話かもしれないのよ」

 サリアは少し険しい顔をして溜息をつく。
 僕がいない間に、どんな話があったんだろう。

「…分かった、案内するから……だから教会に引き渡すのは、その後にして」

 ようやくシャシルが了承する。
 だけどその直前に、シャシルはタタラと一瞬視線を交わした。
 僕が戻る前に、気配を消したまま何かやり取りがあったのかもしれない。

 お互いに警戒をしたまま、ようやく僕たちは村へと移動を始めた。
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