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63.変異
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転移して来たのは、今朝聖者様がルルビィに旅の終わりを告げた場所だ。
あのときはこんなにあっさりルルビィの状態が良くなることも、タタラのような存在に出会うことも、全く予想していなかった。
聖者様に初めて会った日も、メリアと対峙した日も長く感じたけど、今日はまだこれからどうなるかも分からない。世間の常識というのもまだちゃんと分かっていないのに、常識外のことにばかり遭遇している気がする。
「タタラってさ…シャシルの先祖とかなのかな…?」
この時代の服装じゃないということだし、シャシル自身はタタラを知らなかったみたいなのに、タタラはシャシルを大事に思っている。
それくらいしか理由が思いつかなくて、リリスに問いかけてみた。
「あっ…そ、そうですわね……でも、それにしてもあのような力は天界でも……その…」
姿を現したリリスが、フラフラしたように飛びながらしどろもどろになっている。いつもの勢いがまるでない。
「あの…ライル…様、とお呼びしたほうが…よろしいのですかしら…」
「……え?」
村に向かって歩き始めていた足が、思わず止まる。
「で、ですから…“神の怒り”と同じ力をお使いになったということは、もう神子として疑いようがありませんの…」
使うつもりはなかったのに、つい神のやり過ぎに反発して使ってしまったのが、やっぱり“神の怒り”と同じ力だった。そして予想していたように、ルシウスには使えない力だったようだ。
「そっか…神にしか使えない力なんだね」
「当然ですわ! 神が攻撃特化の力を他の者に与えるわけはありませんもの! 神具にしても、マリスのように魂を傷付けてしまうかもしれないような物は、能力だけではなく適性や判断力を認められた者のみが持つことを許されますのよ! マリスはすごいのですわ!!」
最後には惚気になってしまうのに、思わず笑ってしまう。
「あっ…失礼しましたわ、ライルさ…様…」
だけどこんな風に畏まられると調子が狂う。
「いつも通りでいいよ。神だって、僕を特別扱いしないように願ってたらしいし」
願ったはずなのに、傷1つであんなに怒るほど特別扱いしている。人間の子育ても、親も子も理想通りにはいかないと聞くけど、神もそうなんだろうか。
「ですけど、神子であることを疑いもしましたし…申し訳ありませんわ…」
あまりにもしおらしい様子に、こっちが申し訳なくなってくる。
「神が何も言わないんだから、しょうがないよ。僕だってあんまり自覚ないし…あ、もしかしてタタラを警戒してたんじゃなくて、それで黙ってたの?」
するとリリスは、首を振るように左右に激しく揺れた。
「いいえ、警戒しておりますわ!! そもそも予知能力は突然変異のようなものですもの! 天界でもあのように違いがあることなど把握しておりませんの!!」
天界が把握していないことを知っているとは、どういうことなんだろうと考えてみる。
「個人的に、自分の能力と他の人を比較してみたってことはないかな? 天界でも、人によって知識の差はあるみたいだし」
旧文明時代の聖者という人は物知りらしいし、神は何か把握していてもちゃんと天使たちに共有しているのか、正直に言えば僕はあまり信用出来ていない。
「ないとは言い切れませんけども…わたくしたちと違って本当に希少な変異ですのに、他の者などそうそう見つけられるものではありませんわ!」
「…? リリスも何か変異してるの?」
幻妖精という存在はリリスとマリスしかいないから、希少そのものだ。だからそのことじゃなくて、天使としての話だろう。
「緩やかな変異は誰しもしておりますわ。魂の位階が変わることも変異の1つですもの。わたくしとマリスが珍しいのは、天使でも性別があるような外見をしていますでしょう? 多くはありませんが、希少というほどでもありませんの」
リリスとマリスの外見は最初からじゃなくて、昔はクリスのように無性別らしい外見だったということか。確かに十大天使画でも、何体かは性別があるように描かれている。
「神が関与しない変異は『成長』であり、神も喜んでおられる…とルシウス様はおっしゃっていたものですけど…」
リリスに勢いがないのは、僕に恐縮しているだけじゃないようだ。
その変異が、ルシウスが魔王として地獄で消滅せずにいられるという可能性になっているのだから。
「タタラが使ってるのって、普通の魔法じゃないよね。あれも変異?」
「変異にしても、あのような変わり方をするものですかしら…聞いたこともありませんの。とにかく得体がしれませんから、わたくしたちは隠れたままでいますわ」
リリスたちが警戒するのは分かる。でも僕には、悪い人という感じもしない。
ただ「聞いたことがない」というだけでは、怪しむほどの理由にならない。実際、僕自身が前例もなければ常識で考えられない存在なわけだから。
タタラへの魂縛は予想通り転移と同時に解けてしまったけど、あまり不安はなかった。
「タタラは見届けたら帰るって言ってるんだから、あとは天界で調べるよね?」
だけどそれは真夜中になる。今日は母さんとリュラには会いに行けないだろう。
人の生死が関わっているのにそんなことを言ってる場合じゃないのは分かっているけど、感情はどうしようもない。
今までも行けない日は何度もあった。だから遅くなったら、待っていないで寝ていて欲しいといつも言っているけれど。会いたい気持ちの比重が母さんよりリュラへ傾いていくほどに、会えない日は寂しさを感じる。
「“神の怒り”が放たれたのですもの! すぐに上位天使が来てもおかしくない状況ですわ! サザン様が声を上げていましたから様子を見られているのでしょうけど、天界へ戻ればいろいろと調べられるはずですわ!!」
それならやっぱり、今はタタラのことを考えるより、シャシルの問題を優先して解決するべきだろう。
村に住んでいる人のことを聞くなら、村長か教会だ。孤児院に入っているかもしれないなら教会のほうが確実だし、僕が聖者様に同行しているのを知っているから信用して貰えるだろう。
「とりあえず教会に行くから、姿は消してて」
改めて歩き出しながら、リリスに声をかける。
「分かりましたわ、ライルさ…さ…」
「『様』はいらないから!」
リリスが言い直そうとしているのを感じて、釘を刺す。
いつか天に迎えられて、神から神子だと公言されれば、そうはいかなくなるかもしれない。
だけど地上に生きている間くらいは、普通に接してもらいたいと思う。
とはいえ、普通じゃないのが実情だ。
教会の人に話を聞くために、僕だけが戻って来たことなんかの言い訳を考えながら、足を速めた。
あのときはこんなにあっさりルルビィの状態が良くなることも、タタラのような存在に出会うことも、全く予想していなかった。
聖者様に初めて会った日も、メリアと対峙した日も長く感じたけど、今日はまだこれからどうなるかも分からない。世間の常識というのもまだちゃんと分かっていないのに、常識外のことにばかり遭遇している気がする。
「タタラってさ…シャシルの先祖とかなのかな…?」
この時代の服装じゃないということだし、シャシル自身はタタラを知らなかったみたいなのに、タタラはシャシルを大事に思っている。
それくらいしか理由が思いつかなくて、リリスに問いかけてみた。
「あっ…そ、そうですわね……でも、それにしてもあのような力は天界でも……その…」
姿を現したリリスが、フラフラしたように飛びながらしどろもどろになっている。いつもの勢いがまるでない。
「あの…ライル…様、とお呼びしたほうが…よろしいのですかしら…」
「……え?」
村に向かって歩き始めていた足が、思わず止まる。
「で、ですから…“神の怒り”と同じ力をお使いになったということは、もう神子として疑いようがありませんの…」
使うつもりはなかったのに、つい神のやり過ぎに反発して使ってしまったのが、やっぱり“神の怒り”と同じ力だった。そして予想していたように、ルシウスには使えない力だったようだ。
「そっか…神にしか使えない力なんだね」
「当然ですわ! 神が攻撃特化の力を他の者に与えるわけはありませんもの! 神具にしても、マリスのように魂を傷付けてしまうかもしれないような物は、能力だけではなく適性や判断力を認められた者のみが持つことを許されますのよ! マリスはすごいのですわ!!」
最後には惚気になってしまうのに、思わず笑ってしまう。
「あっ…失礼しましたわ、ライルさ…様…」
だけどこんな風に畏まられると調子が狂う。
「いつも通りでいいよ。神だって、僕を特別扱いしないように願ってたらしいし」
願ったはずなのに、傷1つであんなに怒るほど特別扱いしている。人間の子育ても、親も子も理想通りにはいかないと聞くけど、神もそうなんだろうか。
「ですけど、神子であることを疑いもしましたし…申し訳ありませんわ…」
あまりにもしおらしい様子に、こっちが申し訳なくなってくる。
「神が何も言わないんだから、しょうがないよ。僕だってあんまり自覚ないし…あ、もしかしてタタラを警戒してたんじゃなくて、それで黙ってたの?」
するとリリスは、首を振るように左右に激しく揺れた。
「いいえ、警戒しておりますわ!! そもそも予知能力は突然変異のようなものですもの! 天界でもあのように違いがあることなど把握しておりませんの!!」
天界が把握していないことを知っているとは、どういうことなんだろうと考えてみる。
「個人的に、自分の能力と他の人を比較してみたってことはないかな? 天界でも、人によって知識の差はあるみたいだし」
旧文明時代の聖者という人は物知りらしいし、神は何か把握していてもちゃんと天使たちに共有しているのか、正直に言えば僕はあまり信用出来ていない。
「ないとは言い切れませんけども…わたくしたちと違って本当に希少な変異ですのに、他の者などそうそう見つけられるものではありませんわ!」
「…? リリスも何か変異してるの?」
幻妖精という存在はリリスとマリスしかいないから、希少そのものだ。だからそのことじゃなくて、天使としての話だろう。
「緩やかな変異は誰しもしておりますわ。魂の位階が変わることも変異の1つですもの。わたくしとマリスが珍しいのは、天使でも性別があるような外見をしていますでしょう? 多くはありませんが、希少というほどでもありませんの」
リリスとマリスの外見は最初からじゃなくて、昔はクリスのように無性別らしい外見だったということか。確かに十大天使画でも、何体かは性別があるように描かれている。
「神が関与しない変異は『成長』であり、神も喜んでおられる…とルシウス様はおっしゃっていたものですけど…」
リリスに勢いがないのは、僕に恐縮しているだけじゃないようだ。
その変異が、ルシウスが魔王として地獄で消滅せずにいられるという可能性になっているのだから。
「タタラが使ってるのって、普通の魔法じゃないよね。あれも変異?」
「変異にしても、あのような変わり方をするものですかしら…聞いたこともありませんの。とにかく得体がしれませんから、わたくしたちは隠れたままでいますわ」
リリスたちが警戒するのは分かる。でも僕には、悪い人という感じもしない。
ただ「聞いたことがない」というだけでは、怪しむほどの理由にならない。実際、僕自身が前例もなければ常識で考えられない存在なわけだから。
タタラへの魂縛は予想通り転移と同時に解けてしまったけど、あまり不安はなかった。
「タタラは見届けたら帰るって言ってるんだから、あとは天界で調べるよね?」
だけどそれは真夜中になる。今日は母さんとリュラには会いに行けないだろう。
人の生死が関わっているのにそんなことを言ってる場合じゃないのは分かっているけど、感情はどうしようもない。
今までも行けない日は何度もあった。だから遅くなったら、待っていないで寝ていて欲しいといつも言っているけれど。会いたい気持ちの比重が母さんよりリュラへ傾いていくほどに、会えない日は寂しさを感じる。
「“神の怒り”が放たれたのですもの! すぐに上位天使が来てもおかしくない状況ですわ! サザン様が声を上げていましたから様子を見られているのでしょうけど、天界へ戻ればいろいろと調べられるはずですわ!!」
それならやっぱり、今はタタラのことを考えるより、シャシルの問題を優先して解決するべきだろう。
村に住んでいる人のことを聞くなら、村長か教会だ。孤児院に入っているかもしれないなら教会のほうが確実だし、僕が聖者様に同行しているのを知っているから信用して貰えるだろう。
「とりあえず教会に行くから、姿は消してて」
改めて歩き出しながら、リリスに声をかける。
「分かりましたわ、ライルさ…さ…」
「『様』はいらないから!」
リリスが言い直そうとしているのを感じて、釘を刺す。
いつか天に迎えられて、神から神子だと公言されれば、そうはいかなくなるかもしれない。
だけど地上に生きている間くらいは、普通に接してもらいたいと思う。
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