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60.回避
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「回避って…未来を変えられるってこと?!」
ついさっきまで、タタラに怯えていたサリアが話に喰いついた。
タタラはメリアのように狂気が滲み出ているような感じもしないし、何よりその緊張感のなさが恐怖とは程遠いからかもしれない。
「そうなのか?! 予知したことって、変えられるのか?!」
ダンも珍しい勢いで喰らいつく。自分以外で同じような能力を使える相手に会ったのは初めてだろうから、これは当然の反応だろう。
「俺は始めからそうだったから、あんたのとは性質が違うんじゃない? まぁ、希少だからあんまり詳しく分かんねぇけど、絶対俺のほうが便利だろ」
同じ予知でも、性質の違いがあるらしい。
そうだとしたら、ダンの能力の精度が上がっても悪い予知は変えられない。だけどそんな違いがあることを、どうしてタタラは知っているのか。サリアの知っている文献では、真偽すら怪しいというくらいよく分かっていない能力のはずなのに。
マリスの言うとおり、得体が知れないとしか言いようがない。
「そうか、違うのか…」
ダンは期待が外れたようで、肩を落とす。
性質が違ったとしても、ダンの能力だって気を落とすようなことはないと思う。
「もう少し具体的には、予知出来ていないのか?」
聖者様が訊くと、タタラはシャシルを見て溜息をついた。
「それがさぁ。次の満月の夜、月が一番高いところに上がった時って分かったから来たんだけど。それってもう今夜だろ」
シャシルは何も言わずに顔を背ける。
今日、自分がそうする心当たりがあるのだろうか。
「その時まで監視して、無理矢理止めても回避にはなるんだけどさ。シャシルの『死にたい』って気持ちを止めなきゃ、後々またやるかもしれないだろ。だからシャシルのやりたいことやらせてれば気が済むかと思ったんだよ。でもその度に悲しい気持ちになってるから、今回は止めてみたわけ」
つまり今までは、シャシルの行動を止めていない。
だけど地上への干渉が問題になるなら、それを責めることはできないだろう。
聖者様がシャシルのほうへ足を進めると、シャシルはその場に力なく座り込んだ。こんな状況で長身の成人男性2人に挟まれては、逃げる気力を失うのも無理はない。
だけど聖者様はシャシルの目の前に来ると、すぐに膝をついて目線を合わせる。まるで治癒をかける患者を相手にしているように。
「もう生まれ変わりたくもないなんて思うほど、何に絶望しているのか教えてもらえないか?」
その口調は、いつもの外面ではない。目の前でタタラと素の調子で話していたから今さらだというのもあるだろうけど、僕たちと初めて会った日のようだった。
誠意を持って、本音で話そうという姿勢だ。
「…どうせ…街道沿いの、安全な森しか巡回してない教会の人たちと同じようなことしか言わないんでしょ」
シャシルは聖者様の視線からも目を逸らす。
だけど、その言葉にサリアは何か引っかかったらしい。
「ちょっと待って」
口元に手を当て、少しの間考えを巡らせるように視線を彷徨わせたあと、再び口を開く。
「あなた、もしかして墓守りの一族?」
シャシルが、ルルビィが…みんながサリアに視線を向けた。
「やたらとこの樹海を歩き慣れてる感じよね。ここって、年に何度か一斉捜索するんでしょう? でも教会の人が安全な森しか巡回をしてないってことなら、遺体に携わる仕事は…」
確かに、遺体を触るような仕事はほぼ墓守りに任される。
教会の人間が捜索をしたとしても、運んだり埋葬するのは墓守りがやることになるだろう。それなら捜索から任されていても不思議はない。
そして何より、流行り病の後に人手が足りなくて捜索が減ったという話だ。
墓守りは流行り病のときに一番多く働き手を失った仕事である上に、危険な樹海に行くことを断れないような扱いを受けている。
「…そうだよ、忌咎族だよ。私なんかが死んでも、どうでもいいでしょ。わざわざ教会に引き渡すことないよ、もう死ぬから放っておいて」
何もかも諦めたような顔をして、シャシルは力なく呟く。
そして死ぬ意思があることも認めた。
初めに話を聞いたときには、どんな恐ろしい人だろうと思っていた。
だけど実際に会ってみれば、何か辛いことがあったようではあるけれど見た目は普通の女の子だ。
やっていたことは許容できなくても、話を聞いて理解したいと思える。
聖者様の後ろにいたルルビィが、前に出て並んで膝をつき、シャシルの脱力した手に両手を重ねた。
「聖者様はちゃんと話を聞いてくださいますよ。私も、忌咎族なんですから」
重ねられた手に神具が嵌められているのを見たシャシルが、力なく笑った。
多分、ルルビィが忌咎族だというのを信じていない、嘲りの笑いだ。
「騙してたクセに、よく言うね」
「ごめんなさい。でもここに来たときの私には、確かにそういう気持ちもあったんです。だけど私のことを心配して、調べたり考えたりしてくださった人たちがいたお陰で耐えられたことは覚えています。だから私も、あなたのお話だけでも聞かせてほしいんです」
それでも何も信用しないという顔をして、シャシルは口を閉ざす。
聖者様は、少しわざとらしく大きな溜息をついた。
「2人とも。忌咎族は蔑称だ。自分からそう名乗るものじゃない」
それは聖者様が本気で思っていることで、本気であることをシャシルにも伝えるためにわざとらしいくらい窘めるような口調にしたんだろう。ルルビィもちゃんと解っているようで、苦笑しながら返す。
「そうですね。でもどうしても、こちらのほうが通じやすいものですから」
「それが問題なんだ。風習全部をいきなり変えるのは難しいが、まずはその呼び方から変えるように働きかけるべきかな」
真面目に忌咎族という根強い風習への対処を話す2人に、シャシルは戸惑った表情を見せる。
「…本当に忌咎族なの?」
「そうですよ。多分、他の集落より酷い扱いを受けていたと思います。…あなたの村は、どうなんですか?」
シャシルは視線を落として、小さな声で答える。
「お母さんは、自分のいた村よりはずっといいって言ってたけど…でも別に、それが死にたい理由じゃないから」
少しだけど、シャシルから言葉が出始めた。
今はルルビィに任せるのが良さそうだ。
「そのお母さんや、家族に心残りはないんですか?」
「お母さんは流行り病で死んだよ。ほかの家族は…」
目を逸らしたままだったシャシルが、急に息を呑んでルルビィに縋りつく。
「家族……何で忘れてたんだろ…心残り、ある…!」
そして聖者様にも視線を向ける。
「聖者様、全部話すから。教会に引き渡したって構わないから、その前に1つ確認させて…!」
やっと何かが、シャシルの心を動かしたらしい。
聖者様が力強く頷くのを見て、シャシルは少し混乱しながらも話を始めた。
ついさっきまで、タタラに怯えていたサリアが話に喰いついた。
タタラはメリアのように狂気が滲み出ているような感じもしないし、何よりその緊張感のなさが恐怖とは程遠いからかもしれない。
「そうなのか?! 予知したことって、変えられるのか?!」
ダンも珍しい勢いで喰らいつく。自分以外で同じような能力を使える相手に会ったのは初めてだろうから、これは当然の反応だろう。
「俺は始めからそうだったから、あんたのとは性質が違うんじゃない? まぁ、希少だからあんまり詳しく分かんねぇけど、絶対俺のほうが便利だろ」
同じ予知でも、性質の違いがあるらしい。
そうだとしたら、ダンの能力の精度が上がっても悪い予知は変えられない。だけどそんな違いがあることを、どうしてタタラは知っているのか。サリアの知っている文献では、真偽すら怪しいというくらいよく分かっていない能力のはずなのに。
マリスの言うとおり、得体が知れないとしか言いようがない。
「そうか、違うのか…」
ダンは期待が外れたようで、肩を落とす。
性質が違ったとしても、ダンの能力だって気を落とすようなことはないと思う。
「もう少し具体的には、予知出来ていないのか?」
聖者様が訊くと、タタラはシャシルを見て溜息をついた。
「それがさぁ。次の満月の夜、月が一番高いところに上がった時って分かったから来たんだけど。それってもう今夜だろ」
シャシルは何も言わずに顔を背ける。
今日、自分がそうする心当たりがあるのだろうか。
「その時まで監視して、無理矢理止めても回避にはなるんだけどさ。シャシルの『死にたい』って気持ちを止めなきゃ、後々またやるかもしれないだろ。だからシャシルのやりたいことやらせてれば気が済むかと思ったんだよ。でもその度に悲しい気持ちになってるから、今回は止めてみたわけ」
つまり今までは、シャシルの行動を止めていない。
だけど地上への干渉が問題になるなら、それを責めることはできないだろう。
聖者様がシャシルのほうへ足を進めると、シャシルはその場に力なく座り込んだ。こんな状況で長身の成人男性2人に挟まれては、逃げる気力を失うのも無理はない。
だけど聖者様はシャシルの目の前に来ると、すぐに膝をついて目線を合わせる。まるで治癒をかける患者を相手にしているように。
「もう生まれ変わりたくもないなんて思うほど、何に絶望しているのか教えてもらえないか?」
その口調は、いつもの外面ではない。目の前でタタラと素の調子で話していたから今さらだというのもあるだろうけど、僕たちと初めて会った日のようだった。
誠意を持って、本音で話そうという姿勢だ。
「…どうせ…街道沿いの、安全な森しか巡回してない教会の人たちと同じようなことしか言わないんでしょ」
シャシルは聖者様の視線からも目を逸らす。
だけど、その言葉にサリアは何か引っかかったらしい。
「ちょっと待って」
口元に手を当て、少しの間考えを巡らせるように視線を彷徨わせたあと、再び口を開く。
「あなた、もしかして墓守りの一族?」
シャシルが、ルルビィが…みんながサリアに視線を向けた。
「やたらとこの樹海を歩き慣れてる感じよね。ここって、年に何度か一斉捜索するんでしょう? でも教会の人が安全な森しか巡回をしてないってことなら、遺体に携わる仕事は…」
確かに、遺体を触るような仕事はほぼ墓守りに任される。
教会の人間が捜索をしたとしても、運んだり埋葬するのは墓守りがやることになるだろう。それなら捜索から任されていても不思議はない。
そして何より、流行り病の後に人手が足りなくて捜索が減ったという話だ。
墓守りは流行り病のときに一番多く働き手を失った仕事である上に、危険な樹海に行くことを断れないような扱いを受けている。
「…そうだよ、忌咎族だよ。私なんかが死んでも、どうでもいいでしょ。わざわざ教会に引き渡すことないよ、もう死ぬから放っておいて」
何もかも諦めたような顔をして、シャシルは力なく呟く。
そして死ぬ意思があることも認めた。
初めに話を聞いたときには、どんな恐ろしい人だろうと思っていた。
だけど実際に会ってみれば、何か辛いことがあったようではあるけれど見た目は普通の女の子だ。
やっていたことは許容できなくても、話を聞いて理解したいと思える。
聖者様の後ろにいたルルビィが、前に出て並んで膝をつき、シャシルの脱力した手に両手を重ねた。
「聖者様はちゃんと話を聞いてくださいますよ。私も、忌咎族なんですから」
重ねられた手に神具が嵌められているのを見たシャシルが、力なく笑った。
多分、ルルビィが忌咎族だというのを信じていない、嘲りの笑いだ。
「騙してたクセに、よく言うね」
「ごめんなさい。でもここに来たときの私には、確かにそういう気持ちもあったんです。だけど私のことを心配して、調べたり考えたりしてくださった人たちがいたお陰で耐えられたことは覚えています。だから私も、あなたのお話だけでも聞かせてほしいんです」
それでも何も信用しないという顔をして、シャシルは口を閉ざす。
聖者様は、少しわざとらしく大きな溜息をついた。
「2人とも。忌咎族は蔑称だ。自分からそう名乗るものじゃない」
それは聖者様が本気で思っていることで、本気であることをシャシルにも伝えるためにわざとらしいくらい窘めるような口調にしたんだろう。ルルビィもちゃんと解っているようで、苦笑しながら返す。
「そうですね。でもどうしても、こちらのほうが通じやすいものですから」
「それが問題なんだ。風習全部をいきなり変えるのは難しいが、まずはその呼び方から変えるように働きかけるべきかな」
真面目に忌咎族という根強い風習への対処を話す2人に、シャシルは戸惑った表情を見せる。
「…本当に忌咎族なの?」
「そうですよ。多分、他の集落より酷い扱いを受けていたと思います。…あなたの村は、どうなんですか?」
シャシルは視線を落として、小さな声で答える。
「お母さんは、自分のいた村よりはずっといいって言ってたけど…でも別に、それが死にたい理由じゃないから」
少しだけど、シャシルから言葉が出始めた。
今はルルビィに任せるのが良さそうだ。
「そのお母さんや、家族に心残りはないんですか?」
「お母さんは流行り病で死んだよ。ほかの家族は…」
目を逸らしたままだったシャシルが、急に息を呑んでルルビィに縋りつく。
「家族……何で忘れてたんだろ…心残り、ある…!」
そして聖者様にも視線を向ける。
「聖者様、全部話すから。教会に引き渡したって構わないから、その前に1つ確認させて…!」
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