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48.友達
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洗顔を済ませて部屋を出るなり、すぐに廊下でルルビィさんとサリアに出くわす。
体調を尋ねようと聖者様が口を開こうとした瞬間、先にサリアが突然の宣言をした。
「私、ルルビィとは友達になりましたから!」
いきなりの呼び捨てに、僕たち男性陣はポカンとしてしまう。
「今ルルビィに必要なのは、同性の友人です。聖者様の側が安心するのは分かりますけど、度が過ぎれば依存になるでしょう。それに聖者様の婚約者じゃなくなるなら、ただの使徒同士ですから何も遠慮する必要はありませんし」
昨夜のルルビィさんの様子を直接目にしたサリアにも、思うところがあったんだろう。
言いたいことを一気に言い切ったという感じのサリアに腕を引かれるようにして、ルルビィさんはくすぐったいような笑みを浮かべていた。
「破棄すると決まったわけじゃないんだが…確かに旅続きの生活で、友達なんていなかったからな。いいんじゃないか」
ルルビィさんの表情で、強引だけど嫌がっていないことは聖者様も察したらしい。
「はい、嬉しいです。私はちょっと、サリアさんを呼び捨てにするのは慣れないんですけど…」
「それは性分みたいだから無理にとは言わないけど。そうだ、ライルも異性扱いされてないんだし年も近いんだから、友達になったらいいじゃない」
そうもはっきり「異性扱いされていない」と言い切られるのは、複雑な気持ちになる。
…それに、聖者様の視線が怖い。
「今は男らしく見えなくても、これからすぐにでかくなるぞ」
男らしいとまでは自分でも思っていないけど、女の子に間違われるほどでもないのに。
それでもこんなに警戒心を露わにするんだから、誰が来ても威嚇するだろうというダンの予想はかなり的確だったと思う。
「少しずつ変化するなら、慣れさせるのには最適じゃないですか?」
サリアが聖者様の態度に圧をかけるような視線を投げるのと対照的に、ルルビィさんは照れるように両手の指を動かしながら僕たちを見た。
「友達とまではいかなくても、ダンさんもライルさんも、私にさん付けなんてしなくていいのにとは思ってたんです。でも私も呼び捨てできない癖があるから、言い出す機会がなくて」
今までは、家族以外で対等に接する人はいなかったんだろう。
出自を問題視する人には見下されたかもしれないし、逆に称号で敬われたりと、極端な扱いを受けてきたんだと思う。
「いやぁ…でも俺は、今さら無理っスよ」
もう1年も行動を共にしているダンは仕方ないかもしれない。
だけどサリアだって9カ月間も一緒にいるのに、こうと決めたら切替えが早い。
僕はどうだろう。
一緒に行動した時間はまだ短いし、孤児院の中でもみんな齢に関係なくお互いを呼び捨てにしていた。少しくらい年上の人に敬称をつけないことには慣れている。
ルルビィさん。
ルルビィ。
うん、やっぱりそれほど抵抗感はない。
「僕はルルビィで大丈夫だよ」
にっこり笑ってそう言った途端、聖者様の嫌そうな視線を感じる。
「まさか、これくらいも許せない狭量さじゃないですよね」
すかさず釘を刺すようなサリアの言葉に、聖者様も誤魔化すように目を逸らす。
ルルビィさん…ルルビィに関することになると本当に心が狭い。自覚して堪える気は一応あるようだけど。
「まぁ…とりあえず、良かったな。友達ならあまり遠慮しすぎないで、ちゃんと頼るようにするといい」
「そうよ、私も遠慮しないからね! 頼ってもらえないなら友達甲斐がないんだから!」
頭を撫でる聖者様と、腕を絡ませるサリアの間で見えたルルビィの柔らかい笑みが、ずいぶん久しぶりに思えた。
かなり気が紛れたんだろう。
こんなとき、サリアの押しの強さは頼もしいな、と思った。
***
簡単に朝食を済ませると、すでに教会には多くの人が集まっていた。
聖者様がいつもの外面の笑顔で「復活できたのは皆様が祈ってくださったおかげです」と対応している間に、サリアは決して休むつもりのないルルビィを、半ば強引に聖者様の後ろへ隠すようにして、顔は出さなくていいと念を押す。
ルルビィの身長は聖者様の喉元くらいだから、マントをつけた聖者様の後ろに居ればほとんど見えなくなる。
そしてサリアは僕とダンに、まず治癒が必要な人と、聖者様の姿を見たいとかお礼を言いたいという人を選り分けるように指示を飛ばしてくる。
それは聖者様の挨拶に区切りがつくと同時に、ダンのよく通る大声ですぐ振り分けられた。
やっぱり治癒が必要な人より、聖者様を一目見たいというような人が圧倒的に多い。治癒が優先とはいえ、聖者の役目としては神の奇跡で復活した姿をしっかり見せて言葉をかけることも大事だから、サリアは教会の階段を使って聖者様が少し高い位置に立つように最初から提案していた。
普段は人々と同じ目線を心がけている聖者様も、ルルビィがいる背後に人が回り込みにくい配置ならと了承している。
ダンが振り分けたあと、サリアはすぐルルビィに人数や村の人の様子を伝え、確認と相談して僕たちに伝えに来た。
治癒を希望する人は30人くらいだったし、僕のいた村と同じで、大した症状ではないけれど聖者様に治癒してもらえるなら是非お願いしたいといった人が多かったから、特に優先度を考える必要もなくてサリアが1人でさっと並ばせてしまう。そしてまた、ルルビィのところに確認に戻る。
遠慮はしないと言ったサリアは、ルルビィを徹底的に人目から避けさせるつもりらしい。
サリアの飲み込みの速さもあって、それはかなり上手くいったと思う。
ダンの大声は頻繁に使うと委縮させたり反感を買うかもしれないから、最初だけがいいというルルビィからの伝言で、僕とダンは人々が近づきすぎて押し合いにならないように小まめに注意を促す。
だけど、そこまでしても。
人々の視線から守られてサリアから状況を伝えられても、やっぱりルルビィはただじっとはしていられなかったんだろう。自分の目でも状況を見たかったのも分かる。
聖者様の後ろからルルビィが何度か顔を出して人々を確認していたけど、よく見ていれば、そのとき見知らぬ男性が視界に入るだけで、ルルビィの神経が削られていくのが分かった。
教会の司祭や修道士たちが相手でも、それは同じだ。
これなら、昔メリアに呪われた修道女たちが修道院に戻るしかなかったのも仕方なかっただろう。
サリアなら都市部に着く前に、ルルビィの代わりができるようにはなるかもしれない。
問題はやっぱり、ルルビィが慣れることができるのか、より悪化するかだ。
あと2日。
聖者様が様子を見ると言った区切りの2日間で、ルルビィが旅を続けられるかが決まる。
体調を尋ねようと聖者様が口を開こうとした瞬間、先にサリアが突然の宣言をした。
「私、ルルビィとは友達になりましたから!」
いきなりの呼び捨てに、僕たち男性陣はポカンとしてしまう。
「今ルルビィに必要なのは、同性の友人です。聖者様の側が安心するのは分かりますけど、度が過ぎれば依存になるでしょう。それに聖者様の婚約者じゃなくなるなら、ただの使徒同士ですから何も遠慮する必要はありませんし」
昨夜のルルビィさんの様子を直接目にしたサリアにも、思うところがあったんだろう。
言いたいことを一気に言い切ったという感じのサリアに腕を引かれるようにして、ルルビィさんはくすぐったいような笑みを浮かべていた。
「破棄すると決まったわけじゃないんだが…確かに旅続きの生活で、友達なんていなかったからな。いいんじゃないか」
ルルビィさんの表情で、強引だけど嫌がっていないことは聖者様も察したらしい。
「はい、嬉しいです。私はちょっと、サリアさんを呼び捨てにするのは慣れないんですけど…」
「それは性分みたいだから無理にとは言わないけど。そうだ、ライルも異性扱いされてないんだし年も近いんだから、友達になったらいいじゃない」
そうもはっきり「異性扱いされていない」と言い切られるのは、複雑な気持ちになる。
…それに、聖者様の視線が怖い。
「今は男らしく見えなくても、これからすぐにでかくなるぞ」
男らしいとまでは自分でも思っていないけど、女の子に間違われるほどでもないのに。
それでもこんなに警戒心を露わにするんだから、誰が来ても威嚇するだろうというダンの予想はかなり的確だったと思う。
「少しずつ変化するなら、慣れさせるのには最適じゃないですか?」
サリアが聖者様の態度に圧をかけるような視線を投げるのと対照的に、ルルビィさんは照れるように両手の指を動かしながら僕たちを見た。
「友達とまではいかなくても、ダンさんもライルさんも、私にさん付けなんてしなくていいのにとは思ってたんです。でも私も呼び捨てできない癖があるから、言い出す機会がなくて」
今までは、家族以外で対等に接する人はいなかったんだろう。
出自を問題視する人には見下されたかもしれないし、逆に称号で敬われたりと、極端な扱いを受けてきたんだと思う。
「いやぁ…でも俺は、今さら無理っスよ」
もう1年も行動を共にしているダンは仕方ないかもしれない。
だけどサリアだって9カ月間も一緒にいるのに、こうと決めたら切替えが早い。
僕はどうだろう。
一緒に行動した時間はまだ短いし、孤児院の中でもみんな齢に関係なくお互いを呼び捨てにしていた。少しくらい年上の人に敬称をつけないことには慣れている。
ルルビィさん。
ルルビィ。
うん、やっぱりそれほど抵抗感はない。
「僕はルルビィで大丈夫だよ」
にっこり笑ってそう言った途端、聖者様の嫌そうな視線を感じる。
「まさか、これくらいも許せない狭量さじゃないですよね」
すかさず釘を刺すようなサリアの言葉に、聖者様も誤魔化すように目を逸らす。
ルルビィさん…ルルビィに関することになると本当に心が狭い。自覚して堪える気は一応あるようだけど。
「まぁ…とりあえず、良かったな。友達ならあまり遠慮しすぎないで、ちゃんと頼るようにするといい」
「そうよ、私も遠慮しないからね! 頼ってもらえないなら友達甲斐がないんだから!」
頭を撫でる聖者様と、腕を絡ませるサリアの間で見えたルルビィの柔らかい笑みが、ずいぶん久しぶりに思えた。
かなり気が紛れたんだろう。
こんなとき、サリアの押しの強さは頼もしいな、と思った。
***
簡単に朝食を済ませると、すでに教会には多くの人が集まっていた。
聖者様がいつもの外面の笑顔で「復活できたのは皆様が祈ってくださったおかげです」と対応している間に、サリアは決して休むつもりのないルルビィを、半ば強引に聖者様の後ろへ隠すようにして、顔は出さなくていいと念を押す。
ルルビィの身長は聖者様の喉元くらいだから、マントをつけた聖者様の後ろに居ればほとんど見えなくなる。
そしてサリアは僕とダンに、まず治癒が必要な人と、聖者様の姿を見たいとかお礼を言いたいという人を選り分けるように指示を飛ばしてくる。
それは聖者様の挨拶に区切りがつくと同時に、ダンのよく通る大声ですぐ振り分けられた。
やっぱり治癒が必要な人より、聖者様を一目見たいというような人が圧倒的に多い。治癒が優先とはいえ、聖者の役目としては神の奇跡で復活した姿をしっかり見せて言葉をかけることも大事だから、サリアは教会の階段を使って聖者様が少し高い位置に立つように最初から提案していた。
普段は人々と同じ目線を心がけている聖者様も、ルルビィがいる背後に人が回り込みにくい配置ならと了承している。
ダンが振り分けたあと、サリアはすぐルルビィに人数や村の人の様子を伝え、確認と相談して僕たちに伝えに来た。
治癒を希望する人は30人くらいだったし、僕のいた村と同じで、大した症状ではないけれど聖者様に治癒してもらえるなら是非お願いしたいといった人が多かったから、特に優先度を考える必要もなくてサリアが1人でさっと並ばせてしまう。そしてまた、ルルビィのところに確認に戻る。
遠慮はしないと言ったサリアは、ルルビィを徹底的に人目から避けさせるつもりらしい。
サリアの飲み込みの速さもあって、それはかなり上手くいったと思う。
ダンの大声は頻繁に使うと委縮させたり反感を買うかもしれないから、最初だけがいいというルルビィからの伝言で、僕とダンは人々が近づきすぎて押し合いにならないように小まめに注意を促す。
だけど、そこまでしても。
人々の視線から守られてサリアから状況を伝えられても、やっぱりルルビィはただじっとはしていられなかったんだろう。自分の目でも状況を見たかったのも分かる。
聖者様の後ろからルルビィが何度か顔を出して人々を確認していたけど、よく見ていれば、そのとき見知らぬ男性が視界に入るだけで、ルルビィの神経が削られていくのが分かった。
教会の司祭や修道士たちが相手でも、それは同じだ。
これなら、昔メリアに呪われた修道女たちが修道院に戻るしかなかったのも仕方なかっただろう。
サリアなら都市部に着く前に、ルルビィの代わりができるようにはなるかもしれない。
問題はやっぱり、ルルビィが慣れることができるのか、より悪化するかだ。
あと2日。
聖者様が様子を見ると言った区切りの2日間で、ルルビィが旅を続けられるかが決まる。
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