破戒聖者と破格愚者

桜木

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47.証明

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「ライル、お前な…」

 聖者様が、目が覚めると同時に睨みつけてきた。

 誰よりも早く寝て誰よりも早く起きたダンに昨夜の事情を説明している間も、聖者様は深く眠っていた。精神的にも疲れていたんだろう。

「おはようございます。よく眠れましたか」

 僕は何食わぬ顔でその視線を躱す。

「…せめて説明してからやれ」

 聖者様も睡眠不足だったことは認めているらしく、大きく溜息をついて目を閉じる。

「説明したら、どうせ大丈夫だとか言って断ったでしょう」

 それは図星だったようで、聖者様は目を逸らして無言で髪を掻き上げた。

「説明しねぇで眠らせたのかよ」

 魔法で眠らせたとだけ聞いていたダンが、呆れるように言う。

「ちゃんとベッドに座ってから、倒れても大丈夫な状態でかけたよ」

 問題はそこじゃない、とでも言いたげな表情をされるけど、それは予想の範囲内だった。

「あんなことが出来るなら、メリアにやれば良かったものを…」

 聖者様が不満そうに口にする。
 リリスと同じようなことを言っているけど、同じ状況で自分に対してそうして欲しかったと言われたとは思っていないらしい。

「メリアには効かなかったと思いますよ」
「何でだ?」

 浄化が効かないと感覚で思ったのと同じで、どうしてかと訊かれると自分でもよく分かっていない。

「ライルさん、もしかして効かない理由は理解できていないのですか?」

 首を傾げている僕にマリスが近づいてきたから、頷いてみせた。

「あの時はまだ、眠っている体をメリアが動かしているような状態でしたもの!」
「体につられてメリアの意識まで眠るようになっていたら、切り離すのにルルビィさんの魂まで傷つけかねませんでしたね」

 それを聞いた聖者様は、眉間に皺を寄せる。

「今の状態でまだマシなほうなのか。冗談じゃないな」

 そして、もう一度目を閉じて深く息をついてから、決心したように顔を上げた。

「確かに一度眠ったほうが冷静になれるな。……ルルビィを修道院に預けるとしても自分で送りたいっていうのは、俺の我儘だ。ライル、俺が無理だと判断したらルルビィをすぐに東部教会に連れて行ってくれ」

 聖者様は我儘だと言うけど、今の状態のルルビィさんを1人で行かせるわけにもいかないし、教会で最初に対応してくるのは多分、男性である衛士や修道士だ。
 ルルビィさんが、自分で話を出来るとは思えない。
 僕が付き添ったとしても、使徒だと公表されていないただの子どもの説明だと、納得してもらうのに時間がかかりそうだ。

「ライルの転移を使うにしたって、聖者様も一緒に行けばいいじゃないっスか」

 昨夜の話を聞いて、ダンも人が少ない地域を回ることすら厳しいと感じていた。

「さすがに首都の教会に顔を出したら、すぐに教皇庁に連絡が行く。今回は俺の復活の宣言だとかいろいろ大げさなことになるだろうから、そうしたらこっちに戻りにくくなるだろう。その間にまた例の樹海で自殺者が出たりしたら、ルルビィが責任を感じてしまう」

 聖者様は天使のクリスに対して、急いだほうがいいだろうからと、教皇庁より先に行く判断を自分でしたように言っていた。
 聖者様自身も、現状を止めたいと思っているんだろう。

「ルルビィは、まだ慣れてないだけだからもう少し頑張りたいと言っている。樹海の近くの村までは多分2日で着く。…だから、あと2日は様子を見ようと思う」

 もしかしたら、慣れるどころか悪化するかもしれない。
 そんな様子を見るのは聖者様も辛いはずだけど、それでもルルビィさんの気持ちも汲んでの2日という区切りだろう。

 ちょうどそのとき、ノックの音がする。
 聖者様が返事をすると、昨日の僕のように修道士が洗面用の水を持ってきて、もうすぐ朝食の支度が整うことを告げた。

 聖者様が水を受け取っていると、姿を消したマリスが修道士に聞こえないように囁く。

「先ほどの話ですが。私どもが天使の姿のときでも、メリアを半分引きずり出さなければ状態は分からなかったのですよ。ライルさんはその前に判断できていたのですね?」
「…ルシウスだったら判断出来た?」

 僕は頷きながら、同じように小声で訊く。

「肉体の中にある魂の状態を見極めるのは私どもには無理ですが、十大天使であれば出来るかもしれません」
「十大天使は創世以降、地上に降りていないはずですの。実際にはよく分かりませんわ」

 リリスも声を潜めている。抑えようと思えばこんなに抑えられるんだと、ちょっと意外なくらいだ。

 僕は生まれてすぐに他の子とは違うと母さんに教えられていたから、普通じゃないことは自覚していた。
 だけど天使との比較なんてする機会もなかったから、初めて自分と他者との違いということに興味が湧いてきた気がする。

 神の真意は分からなくても、ルシウスに出来なくて僕に出来ることがあれば、少なくともルシウスでないことの証明にはなるかもしれない――それに思い至って、僕は口を閉ざす。

“神の怒り”

 それらしき力の使い方を僕は分かるけど、この力だけはなぜか呼び名がはっきりと分からない。
 だけどあんな物騒な力を、確かめるためだけに使うわけにもいかないし、ルシウスが使えないとも限らない。

 …でも多分、ルシウスには使えないだろうと思う。
 神だけが行使できる天罰だと伝えられていることもあるけど、魂攫たまさらいをしているかもしれないルシウスがその力を使えるなら、もっと天界の総力を上げてでも行方を捜すんじゃないだろうか。
 それが出来るなら、人の死を待つまでもなく、その力で地上の命を奪って魂を攫っていくことがいくらでも出来るはずだから。

 だけどその可能性を、ルシウスを慕っているリリスとマリスに尋ねるのは酷な気がする。

 そう考えていると、扉を閉めた聖者様が呆れたような顔で戻ってきた。

「また探るようなことしてるのか」

 僕たちの話が少し聞こえていたらしい。

「僕が知りたかったんです」
「まあ、お前は自分のことだから気になるのは当然か」

 その当然のことをこれまで気にしてこなかったから、今になって説明に困ったり、聞いていいのか迷ったりしているわけだけど。

 天界の常識どころか、世間の常識にすら疎い僕があまり憶測を口にするのは、混乱を招くだけかもしれない。
 これからも聖者様や母さん、幻妖精たちにも話は聞ける。
 まずは知ることから始めよう。そう思った。
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