44 / 97
44.伝言
しおりを挟む
母さんの部屋に戻ると、なんだかリリスと打ち解けたようになっていて、すっかり笑顔を取り戻していた。
「あら、早かったわね」
むしろ遅かったと言われるんじゃないかと思っていたけど、多分母さんのほうが時間を忘れるほど話し込んでいたんだろう。
「リュラに求婚したときに使った魔法って、すごいものだったのね」
クスクスと軽い感じで笑われたけど、さっきまで婚約式の真似事なんてしていたところだったからつい過剰に反応してしまう。
「なんで知って…?!」
「分かるわよ。2人で婚約の報告に来たときに、リュラが大事そうに季節外れの花を持っていたでしょう」
確かに求婚するからにはと、リュラの好きな花を時間加速で急成長させて用意した。
母さんに気づかれていたとしても普段はそんなに気にならないのに、やっぱりまだ気持ちの昂ぶりが残っていたみたいで、顔が熱くなるのを感じる。
「リリスも、そんなにいろいろ話していいわけ?!」
「天界のことはお話し出来ないこともありますけど、今日の出来事を話すのは問題ありませんの!」
赤面しているのを気づかれないように誤魔化したつもりだったけど、今度は顔が青くなるような言葉を聞いてしまった。
今日の聖者様の脅しや非道発言については、さすがに母さんにも話せないと思っていたのに。まさかそこまで話したんだろうか。
「今日の出来事って…」
「とっても久しぶりにマリスの顔が見られましたことは、嬉しくてしょうがありませんでしたわ!!」
そうだ、基本的にリリスの頭の中はマリスのことでいっぱい…だと思ったところで
「サザン様の酷い言動も、それでマリスと触れ合えたのですから良かったと思えてしまうくらいですの!」
と、台無しな言葉が続いた。ニコニコしたままの母さんの表情で、すでに話してしまったことに察しがつく。
「聖者様のことだけれどね。神は言葉が足りないと言っていたでしょう。それは解釈の幅を広げるために、わざと解りにくい御言葉を使ったりするせいもあるの。だからもしかしたら…」
母さんは聖者様の言動について、呆れるわけでもなくにこやかに話す。
「…これは、直接お会いしたときにお話ししたほうがいいわね」
何か意味ありげな笑みを見せる。
どういうことか聞きたいけど、今日の出来事にあまり踏み込んだ話をしづらい気持ちのほうが強かった。
「じゃあ、今日はもう戻るよ」
僕はそう言って、靴を履いて立ち上がる。
「そうだ、おじいちゃんたちのところにも寄るけど。何か伝言とかある?」
「魔法のこと、打ち明けたの?」
意外そうな顔をする母さんに、聖者様のおかげということにして石板を使ってやりとりしようと考えたことを伝えた。
母さんはまたクスクスと笑う。やっぱり今日はいつもより楽しそうだった。
「2度も奇跡を認定されるような方の名前は、説得力があるわよね」
流行り病が消滅したとき、誰が申請しなくとも聖教会は聖者様の功績だと奇跡認定した。
今回の復活についても、間違いなく奇跡だと認定されるだろう。
そして多分、1人で2度も奇跡認定された人は今までいない。
「だけどあまりやり過ぎると、やっぱり驚かせてしまうでしょう。私のことは、聖者様と正式に面会に来たときに会ったと知らせてくれればいいわ。病気とか、何かあったら教えてちょうだい。そのときくらいは外出許可を頂いて戻るから」
出家して家族との関係を完全に断つ人もいるけど、それは教会が強制していることじゃない。修業期間を終えれば、家族の事情で一時的に里帰りというのは大して厳しい条件がつくわけでもなかった。
「病気になったら、おじいちゃんたちが寝てる間にでも治癒しておくから大丈夫だよ。何もなくてもたまには帰っていいんじゃない?」
そう言うと、母さんは少し寂しそうな笑みを見せる。
「治癒で治る病気だったらいいのだけどね。2人とも、あと10年もすればこの国の平均寿命くらいにはなるのよ? 老いた姿を見てしまったら、きっと見送るまで離れられなくなってしまうわ」
おじいちゃんもおばあちゃんも元気だし、もうそんな齢だということをあまり実感していなかった。それにまだ12年しか生きていない僕にとって、10年なんて遥か先のように感じられる。
だけど大人は10年なんてあっという間だと言うし、時間は確実に流れている。
「…そうだね。石板だけじゃなくて、たまには遠くから様子を見てみるよ」
まだいくらでも何度でも会えると思っていたけど、おじいちゃんたちからしてみれば、今生の別れというくらいの気持ちで送り出してくれたのかもしれない。
そしてただ1人の孫だというのに、家や教会の跡継ぎについて僕が重荷に感じるようなことは何も言わずに育ててくれた。
自由に生きて欲しいという母さんの気持ちを聞いていたのかもしれないけれど、今更ながらにそれをありがたく思った。
***
今朝離れたばかりの自分の部屋に転移すると、急にリリスが声を上げた。
「あら、伝言と言えばライラさんにリベルさんのこと伝えなくて良かったんですの?!」
転移と同時に気配隠蔽と遮音をするのは癖のようになっているからいいけど、静かな部屋でこの甲高い声はやっぱり気になってしょうがない。
そういえば出発したときに「ライラさんによろしく!」と言われていたけど、僕にとっては今更な話題で忘れかけてもいた。
「リベルのことは、ここに来たときから時々話してるから大丈夫だよ。それこそ正式に面会したときでいいって」
そう言いながら、石板のある机の前に行く。
今日出発したばかりで伝言も何もないだろうと思いつつ、念のために見に来てみたつもりだったけど。
――ライル、元気にしているか――
そんな、何カ月かぶりに出す手紙のような内容が、おじいちゃんとおばあちゃん2人の筆跡でいっぱいに書かれていた。
「まあ、孫想いですわね!」
「やっぱりリリスも見えるんだ?」
部屋の中は暗くて、普通の人なら多分文字までは読み取れないだろう。
「物質界の物の見え方は人間とは違いますもの!」
つまり僕もやっぱり、天使並みの目まで持っているということだ。
こういうときは便利だけど、我が子の体だからって、神は特別にし過ぎじゃないだろうか。
会ったこともなければ意図もよく分からない父親の仕業より、僕にはおじいちゃんたちの文字のほうが嬉しく感じる。
消してしまうのはもったいなかったけど、僕にも伝えないといけないことがある。
――血塗れの聖女は、もう現れないよ――
どこまで詳しく書いていいのか迷って、ここでも聖者様の名前を出してメリアは昇天したと簡単に説明する。
そして僕はゆっくりと石筆を置いた。
「あら、早かったわね」
むしろ遅かったと言われるんじゃないかと思っていたけど、多分母さんのほうが時間を忘れるほど話し込んでいたんだろう。
「リュラに求婚したときに使った魔法って、すごいものだったのね」
クスクスと軽い感じで笑われたけど、さっきまで婚約式の真似事なんてしていたところだったからつい過剰に反応してしまう。
「なんで知って…?!」
「分かるわよ。2人で婚約の報告に来たときに、リュラが大事そうに季節外れの花を持っていたでしょう」
確かに求婚するからにはと、リュラの好きな花を時間加速で急成長させて用意した。
母さんに気づかれていたとしても普段はそんなに気にならないのに、やっぱりまだ気持ちの昂ぶりが残っていたみたいで、顔が熱くなるのを感じる。
「リリスも、そんなにいろいろ話していいわけ?!」
「天界のことはお話し出来ないこともありますけど、今日の出来事を話すのは問題ありませんの!」
赤面しているのを気づかれないように誤魔化したつもりだったけど、今度は顔が青くなるような言葉を聞いてしまった。
今日の聖者様の脅しや非道発言については、さすがに母さんにも話せないと思っていたのに。まさかそこまで話したんだろうか。
「今日の出来事って…」
「とっても久しぶりにマリスの顔が見られましたことは、嬉しくてしょうがありませんでしたわ!!」
そうだ、基本的にリリスの頭の中はマリスのことでいっぱい…だと思ったところで
「サザン様の酷い言動も、それでマリスと触れ合えたのですから良かったと思えてしまうくらいですの!」
と、台無しな言葉が続いた。ニコニコしたままの母さんの表情で、すでに話してしまったことに察しがつく。
「聖者様のことだけれどね。神は言葉が足りないと言っていたでしょう。それは解釈の幅を広げるために、わざと解りにくい御言葉を使ったりするせいもあるの。だからもしかしたら…」
母さんは聖者様の言動について、呆れるわけでもなくにこやかに話す。
「…これは、直接お会いしたときにお話ししたほうがいいわね」
何か意味ありげな笑みを見せる。
どういうことか聞きたいけど、今日の出来事にあまり踏み込んだ話をしづらい気持ちのほうが強かった。
「じゃあ、今日はもう戻るよ」
僕はそう言って、靴を履いて立ち上がる。
「そうだ、おじいちゃんたちのところにも寄るけど。何か伝言とかある?」
「魔法のこと、打ち明けたの?」
意外そうな顔をする母さんに、聖者様のおかげということにして石板を使ってやりとりしようと考えたことを伝えた。
母さんはまたクスクスと笑う。やっぱり今日はいつもより楽しそうだった。
「2度も奇跡を認定されるような方の名前は、説得力があるわよね」
流行り病が消滅したとき、誰が申請しなくとも聖教会は聖者様の功績だと奇跡認定した。
今回の復活についても、間違いなく奇跡だと認定されるだろう。
そして多分、1人で2度も奇跡認定された人は今までいない。
「だけどあまりやり過ぎると、やっぱり驚かせてしまうでしょう。私のことは、聖者様と正式に面会に来たときに会ったと知らせてくれればいいわ。病気とか、何かあったら教えてちょうだい。そのときくらいは外出許可を頂いて戻るから」
出家して家族との関係を完全に断つ人もいるけど、それは教会が強制していることじゃない。修業期間を終えれば、家族の事情で一時的に里帰りというのは大して厳しい条件がつくわけでもなかった。
「病気になったら、おじいちゃんたちが寝てる間にでも治癒しておくから大丈夫だよ。何もなくてもたまには帰っていいんじゃない?」
そう言うと、母さんは少し寂しそうな笑みを見せる。
「治癒で治る病気だったらいいのだけどね。2人とも、あと10年もすればこの国の平均寿命くらいにはなるのよ? 老いた姿を見てしまったら、きっと見送るまで離れられなくなってしまうわ」
おじいちゃんもおばあちゃんも元気だし、もうそんな齢だということをあまり実感していなかった。それにまだ12年しか生きていない僕にとって、10年なんて遥か先のように感じられる。
だけど大人は10年なんてあっという間だと言うし、時間は確実に流れている。
「…そうだね。石板だけじゃなくて、たまには遠くから様子を見てみるよ」
まだいくらでも何度でも会えると思っていたけど、おじいちゃんたちからしてみれば、今生の別れというくらいの気持ちで送り出してくれたのかもしれない。
そしてただ1人の孫だというのに、家や教会の跡継ぎについて僕が重荷に感じるようなことは何も言わずに育ててくれた。
自由に生きて欲しいという母さんの気持ちを聞いていたのかもしれないけれど、今更ながらにそれをありがたく思った。
***
今朝離れたばかりの自分の部屋に転移すると、急にリリスが声を上げた。
「あら、伝言と言えばライラさんにリベルさんのこと伝えなくて良かったんですの?!」
転移と同時に気配隠蔽と遮音をするのは癖のようになっているからいいけど、静かな部屋でこの甲高い声はやっぱり気になってしょうがない。
そういえば出発したときに「ライラさんによろしく!」と言われていたけど、僕にとっては今更な話題で忘れかけてもいた。
「リベルのことは、ここに来たときから時々話してるから大丈夫だよ。それこそ正式に面会したときでいいって」
そう言いながら、石板のある机の前に行く。
今日出発したばかりで伝言も何もないだろうと思いつつ、念のために見に来てみたつもりだったけど。
――ライル、元気にしているか――
そんな、何カ月かぶりに出す手紙のような内容が、おじいちゃんとおばあちゃん2人の筆跡でいっぱいに書かれていた。
「まあ、孫想いですわね!」
「やっぱりリリスも見えるんだ?」
部屋の中は暗くて、普通の人なら多分文字までは読み取れないだろう。
「物質界の物の見え方は人間とは違いますもの!」
つまり僕もやっぱり、天使並みの目まで持っているということだ。
こういうときは便利だけど、我が子の体だからって、神は特別にし過ぎじゃないだろうか。
会ったこともなければ意図もよく分からない父親の仕業より、僕にはおじいちゃんたちの文字のほうが嬉しく感じる。
消してしまうのはもったいなかったけど、僕にも伝えないといけないことがある。
――血塗れの聖女は、もう現れないよ――
どこまで詳しく書いていいのか迷って、ここでも聖者様の名前を出してメリアは昇天したと簡単に説明する。
そして僕はゆっくりと石筆を置いた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる