破戒聖者と破格愚者

桜木

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39.魂の性質

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「いっそのこと、ライルに聖者代理をやらせるって出来ないんですか?」
「僕?!」

 その日の夕食の席で、サリアが突拍子もないことを言い出して、つい声が裏返る。

 温泉の後には、もちろんまた色々あった。
 聖者様の思惑通り、石板を見た人たちから話が広まって、朝を待たずに村の人たちが訪ねて来たからだ。

 そしてやっぱりルルビィさんは、おとなしく部屋で休んだりはしなかった。
 聖者様に少しでも触れることが出来たのだから、今の自分がどこまで大丈夫なのか確かめたいと言うのを、聖者様も強く止めなかった。

 分かったことは、1年間一緒に旅をしていたダンなら、会話したり手の届かない程度の距離なら近付いても大丈夫だということ。
 そして僕にいたっては、ほとんど異性として見られていなくて、直接触れられると緊張はするけど恐怖までは感じないらしいこと。

 怖がられないのは良かったけど、少し複雑な気分でもある。

 だけど問題はやっぱり、見知らぬ男性たちだった。
 村の人たちを前にすると、どうしても委縮して聖者様の後ろに隠れてしまう。

 隠れながらも僕たちに色々と教えてくれた。
 治癒が必要な人に並んでもらうこと。それ以外の人たちは少し離れてもらって割込みが起きないように見通しを良くすること。特に具合の悪そうな人を見つけたら、穏便に前に連れていくために周囲に気遣うこと。

 ルルビィさんが今までやっていたことは、ただ並んでもらうだけじゃなくて、その上で多くの人が聖者様の話を聞いたり姿を見られるようにするということも含めていて、想像以上に気配りが必要なことだった。
 今日は何とかなった。でもそれは、昨日のように隣村からまで人が来たりしたわけじゃないし、司祭に言われたとおり明日にしようと遠慮してくれた人がいたからで、人が多い地域へ行くことを思うと不安になる。

 それを実感していたときに出た、サリアの言葉だった。

「高位の魂から影響を広げるのが聖者の役目なんですよね。使徒であることを公表してから神聖魔法を使ってみせれば、ある程度信用は得られるでしょう。修道院に籠っていつ消えるか分からないメリアの記憶に怯えるより、聖者様とルルビィさんは人の少ないところで慣らしていったほうがいいんじゃないですか。二手に分かれるのは効率としてもいいと思いますけど」

 突拍子もないとは思ったけど、サリアもやっぱりこれから都市部を巡るのは難しいと判断したらしい。

 だけど聖者様は、すぐに首を横に振った。

「高位の魂なら誰でもいいってわけじゃない。魂にも個性というか、性質がある。人に影響を与えやすい魂を神聖魔法に特化させて、神の恩恵を感じやすいようにしてるんだ。…メリアの場合は、悪目立ちという形で影響が出てしまったけどな」

 神も全能じゃない。
 聖者として選んだ魂が期待どおりの成果を上げられるとは限らないわけで、人々に神の奇跡の象徴として関心を寄せられる今の聖者様は、自然の理に反してでも地上に復活させたい人だったんだろう。

 同じ自然の理に反した存在なのにという後ろめたさはあるけど、いきなり聖者代理なんて僕には荷が重い。正直に言うと、少しホッとしてしまった。

「ライルはあまり人に影響を与える性質じゃないみたいだな。一概には言えないが、素質があるなら人に関心を持たれやすい傾向になるらしい。出生のこととか、いくら聞きにくくても知りたくなるくらいには。だけど村を出るときだって、お前が一緒に来ることについて誰にも聞かれなかった」

 それは僕自身、自分から積極的に人に関わって良好な関係を築こうともしなかったせいもあると思う。
 だけど聖者様の言うとおりなら、僕に素質があれば、僕が何をしなくても村の人たちからもっと興味を持たれていたということだろう。

「なら、しばらくは人の少ない北回りを行くってのは、良かったんじゃねえっスか」

 念のためと気を遣って、ルルビィさんから一番離れた席に座ったダンが言う。

「そういえば、用事って何ですか?」

 今朝、その話が出たときは聞ける雰囲気じゃなかった。
 クリスという天使が頼んでいた件だとは思うけど、そのときもそれどころじゃなくて、ようやく今疑問を口にした。

「聖峰から続いてる連峰のもう少し先に、麓が結構入り組んだ地形になってる樹海があってな。わざと入って行く人がいるんだよ。いわゆる『自殺の名所』ってやつなんだが…ここ数年、増えてるらしい」

 それを聞いたサリアが、また体を強張らせる。

「聖峰から続いてるって…まさかそこにも妙なのが出てるんじゃないでしょうね?!」
「いや、歪みがあるのは聖峰の一部だけだ。それに天使が調べたら、手助けしてる人間がいるらしい。…それで、人間の問題は人間で解決しろってやつだよ」

 聖者様が肩をすくめる。
 自害した魂が消滅するなら。神が魂の消滅を嘆いているというリリスの言葉は、母さんの話とも矛盾しない。
 それを手助けするなんて、どれほどの罪だろうか。

「そんな人には、天罰が下らないんですか?」

 自分でも軽率なことを言ってしまったとは思う。
 命を奪う“神の怒り”は、そう簡単に打たれていいはずがない。

「死後に天界の審判では裁かれるだろうけどな。“神の怒り”みたいな直接的な天罰は、ダンが教皇だけが打たれると思ってたように、クソジジイへの背信に対する見せしめの要素が強い」

 だけど旧文明が破壊されたのは、例外なんだろう。
 見せしめる大衆ごと沈めてしまったのだから。
 その力の使い方を自覚したからこそ、それがどれだけ容赦のない力だったかも分かってしまう。

「メリアの場合は、神が選んだ聖者に対して枢機卿という立場にある者が行ったことですから、打たれて当然なわけですよね…」

 今でも「我が家の問題」と思っているらしいサリアが、少し沈んだ声でついその名前をだしてしまう。
 そしてその話に、ルルビィさんがサリアよりも苦しげな表情を見せる。
 当然、聖者様はすぐに気付いたらしくて、少し大げさに声を上げてみせた。

「まあ、しばらくは集落ごとにゆっくり進めばいいさ。転移なんて気分の悪いもの、なるべく使いたくないからな」
「あれはホントに勘弁して欲しいっスよねぇ」

 多分、同じように気付いたダンもおどけた調子で応える。

「慣れてくれなきゃ困るってば」

 僕も一緒に笑ってみせながら、考えた。
 自分はこんな風に、周りの空気に合わせる人間だったろうか。
 これも聖者様からの影響というものかもしれない。

 神の子だからって、今のルルビィさんの問題を解決してあげられる力はないのがもどかしい。
 元凶がメリアだとしても、メリアを狂わせた一因は神にもあると思う。

 みんなの気遣いに申し訳なさそうにしながらも一緒に笑顔を浮かべるルルビィさんが、一日でも早く呪いから解放されることを願った。
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