破戒聖者と破格愚者

桜木

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35.拒絶

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 遠くに、聖峰に連なる山が見える。
 あそこに転移出来たら周辺の村くらい見えるんだろうけど、山も村も遠すぎて足場として認識出来ないから、それは僕にとって転移が可能な対象にならない。

 結局、木の上ばかりを転移し続けて、やっと目的の村を確認してからみんなのところに戻った。

「…っ! だから、心の準備くらいさせてくれってば!!」

 突然目の前に現れた僕にみんなが顔を強張らせて、ダンから抗議されてしまう。

「少し離れたところから来るとかさぁ…」
「慣れてくれないと困るよ」

 これから何度もやるだろうから、毎回そこまで気を使える状況とは限らない。

「本気で心臓に悪いぞ。おじいさんたちの目の前ではやるなよ」

 そう言って振り返った聖者様の向こうに、体を起こしているルルビィさんが見えた。
 その体を支えているのが聖者様ではなくサリアなのは意外だったけど、多分また「あんまり触るな」と牽制したんだろう。

「ルルビィさん、大丈夫?」
「まだちょっと、記憶がはっきりしてない感じね」

 だけどその目からは虚ろさは消えていて、僕を見ると「あ」と小さく声を上げた。

「ライルさんが、神の子だってお話をしていましたよね」
「聞こえていたのか? いつから?」

 言葉はさっきより、ずっとしっかりしている。
 聖者様ももう、無理しなくていいとは言わずに、記憶を確認した。

「いつから…」

 ルルビィさんは、何かを思い出すように視線を彷徨わせる。

「……多分ずっと、見たり聞こえてはいたんです。でも他人の夢を見てるようで、実感がなくて……昨夜、部屋で一人になってから…」

 昨夜、と口にしてルルビィさんは少し暗い表情でうつむく。
 だけどそれは段々驚いたような表情に変わっていって、最後には真っ赤になった顔を両手で覆った。
 聖者様が「愛してる」とはっきり言ったことまで、一気に自分の記憶として取り戻したのかもしれない。

「ルルビィ、ごめん。傷つけるような言いかたをして。もう一度ちゃんと話をさせてほしい」

 聖者様も察したらしく、即座に姿勢を正して謝った。

「いえ…私がお話の途中で逃げてしまったから…」

 あの場で話を続けていても、聖者様が言いかたを変えることはなかったと思う。
 さっき言っていたように、決心が鈍らないうちにという焦りとか、寿命のことが引っ掛かったままだったに違いない。

「聞こえていたかもしれないが、俺は寿命より早くこの世を去ると思ってた。今もそうじゃないとははっきり言えない」
「はい…聞こえていました。でも……」

 顔を覆ったまま返事をするルルビィさんは、昨夜、組んだ両手を額に押し当てたまま話していた聖者様とどこか似ていた。

「いつ死んでしまうか分からないなんて、人間なら当たり前のことじゃないですか…私はもう、何度もそれを…体験してるんですよ」

 家族を流行り病で失ったと聞いて、何となく一度に亡くなったように感じていた。
 だけど考えてみればきっと、1人、また1人と感染していって、亡くなっていったんだろう。
 そして最後には、当時のルルビィさんにしてみれば人生の半分近くを一緒に過ごした聖者様にまで先立たれた。

 そんなルルビィさんの口から出る言葉は、身近な人を亡くしたことのない僕にはとても重い。

「だからこそ、俺のことで2回も悲しませたくなかった。…いや…これは俺の自己満足だな」

 言葉を選んでいる。
 僕とダンとサリアは視線を交わし合った。
 聖者様がルルビィさんを傷つけないように考えているなら、僕たちはしばらく口を挟まないほうがいいだろうと思う。

「結局俺は、君が大人になってから後悔されるのが怖いんだ。俺に向けてくれている好意が、保護者に対するようなものじゃないかって…自信がないんだよ」
「そんなこと…!」

 ルルビィさんは顔を上げた。
 だけど聖者様を見て、また赤面してしまって顔を覆う。

「大人同士でも、後悔する人はいるじゃないですか…」

 昨日まで破棄前提の婚約だったと知らなかったのに、愛してると言われたことにここまで赤面し続けるだろうか。
 僕はそう思ってしまったけど、聖者様はちゃんとその理由に気がついたらしい。

「さっきもごめん! 君の体まで傷つけるところだった」
「…いえ、私を助けようとしてくださったのですし……意識が私じゃないのと…その、外でというのは少し、イヤですけど…」

 一瞬、2人の会話の内容が、僕の頭の中でかみ合わなかった。
 メリアへの脅しのことだとは気がついたけど、僕から見れば凶悪でしかなかったあの聖者様の笑顔を思い出したとして、どうしてこんな反応になるんだろうと。

 他の2人を見ると、目が合ったサリアは呆れたように首を振る。
 ダンは顔を背けて肩を震わせていた。

 あんな状況だったのに、純潔を奪うと宣言する顔を思い出せば赤面してしまったり、さらに外ではイヤだなんて言ってしまうくらい、はっきり異性として見ている。
 そして、そんな反応に聖者様はすぐに気がつく。

 呆れるくらい、この2人は相思相愛なわけだ。

 ルルビィさんの様子に、ようやく聖者様は少し緊張がほぐれたような声になる。

「俺は死ななきゃ治らないようなバカだったみたいでな…今際の際にいろいろ分かったよ。前世は覚えていないが、転生前に天界にいた頃の俺は、今みたいな話しかたをしていたのを思い出した。多分、以前は聖者らしくあろうと自分を抑えていたと思う。君への気持ちも…」

 そこまで言って、ようやく僕たちの存在を思い出したかのように顔を上げる。

「あー…悪い。ルルビィが落ち着いたら、改めて2人で話をしたいんだが…」

 ここまで来たら、改めて話すと言っても、生前に自覚出来ていなかったという気持ちの告白だろう。

「はいはい、私たちがいてはお邪魔でしょうから、どうぞごゆっくり」

 サリアももう、聖者様の言葉がルルビィさんを傷つけるとは心配してなさそうだった。

「ライルさんと確認してきた村ですが、枯れていなければ温泉が湧いていたはずです。血流を良くするのは、感覚を戻すのにも良いですよ」

 マリスの言葉には、僕も覚えがある。

「うん、今でもあるよ。村の人しか使わないくらい小さい温泉らしいけど、嫁いできた人が話してた」

 僕は温泉というものに入ったことはないけど、里帰りの楽しみだという話だったから、気持ちのいいものなんだろう。

「だったら早く行くか。みんな、1回の転移なら大丈夫だな?」
「1回くらいなら…」

 諦めたような顔でみんなが立ち上がる。
 ルルビィさんも足の動きを確認しながら立ち上がろうとすると、聖者様はすぐに側へ寄った。

「転移の間、抱き上げてるくらいはいいだろう?」

 よほどきつく牽制されていたのか、聖者様はサリアに聞く。

「そうですね、私じゃ無理ですし。でもそれ以上は、ちゃんとお話が終わってからにしてくださいよ。婚約破棄なんて言い出したケジメはつけてください」

 釘を刺されながら聖者様が傍らに膝をつくと、ルルビィさんはこれ以上間近に顔を見るのは耐えられないとでもいう感じで、さらに顔を赤くして首を横に振った。

「大丈夫です、立っているくらいできます!」
「あの転移の感覚で、立ってられないだろう?」

 僕にはごく自然な感覚だけど、そこまで言われるとこれからは一緒に転移する人の体調も気をつけないといけないかなと思う。
 それより先に、慣れてもらったほうがいいけれど。

――そんなふうに、軽い気持ちでいられたのもそこまでだった。

 聖者様がルルビィさんを抱き上げた途端、さっきとは違う声色でルルビィさんが叫ぶように訴えた。

「降ろしてください…っ!!」

 さっきまでの、恥ずかしがっている声じゃない。

「サザン様! いけませんわ、離れてください!!」

 リリスまでもが制止する。
 ルルビィさんの顔は、さっきまでとは正反対に青ざめていた。

「ルルビィ…?」

 心配そうに顔を覗き込む聖者様から目を逸らして、ルルビィさんは震える声で告げた。

「……しますから…」

 震えて、小さな声。
 はっきり言葉を出せなかったのをルルビィさん自身も分かっていて、もう一度声を振り絞った。

「婚約破棄、しますから! 降ろしてください…!」
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