20 / 97
20.大人と子ども
しおりを挟む「聖者様だって本当は、このまま結婚したいんでしょう。ルルビィさんの気持ちが刷り込みだとしても、ルルビィさんも結婚するつもりでいたのに、あんなに泣かせてまで考え直してもらう必要あるんですか?」
あんなに泣かせて、という言葉には少し表情が曇ったけど、聖者様は顔を隠したまま話していたときよりは感情を出さずに、言い聞かせるように答える。
「…だから、ルルビィはまだ9歳だったんだ。俺しか頼る人間のいない状態で、正常な判断ができたと思うか? …それに」
一瞬、目を逸らされる。
「…子どもは知らなくていい」
まだ、言っていないことがあるらしい。
だけど僕はいいとしても、ルルビィさんにはちゃんと言うべきだと思う。
「9歳でも、婚約の意味はちゃんと分かってたんでしょう?」
「子どものうちの好意は、憧れとか依存と区別できてないだろう」
「僕は6歳で求婚しましたけど」
聖者様とダンが顔を見合わせる。
「…母親に?」
「そういうのじゃありません!」
確かに、僕の年頃にしては母親離れ出来ていないとは思う。
だけどそれは、母さんが数少ない僕の理解者だという事情のせいだ。
それに、母さん以外の大人に僕とリュラの話をしても、子どもの戯言だとまともに聞いてくれないのは分かっている。
だから今までおじいちゃんたちにも言わなかったけど、子どもだったという理由だけでルルビィさんの気持ちを否定されたことに我慢ができなかった。
「同い年の娘です。今でも気持ちは変わってません」
「えっとなぁ…子ども同士の約束とはまた違うんだよなぁ…」
思った通り、ダンが困ったように頭を掻く。
「今でも、か」
聖者様はテーブルに腕を乗せ、少し前のめりになって顔を寄せて来た。
「それじゃあ、これからは? いつか結婚したとして、どんな生活をする? 使徒は旅が続くと言っただろう。君は転移でいつでも帰れるだろうが、人目を忍んで帰る夫を持つ妻はどう暮らすんだ? 子どもでもできれば、周囲にどう見られるだろうな」
言葉に、詰まる。
今まで漠然と、リュラが孤児院を出たらこの村に来ればいいと思っていた。
だけどこの家は、長い間家業として教会運営をしていたから、家と教会が一体化したような造りになっている。
僕が教会を継がずに新しい司祭が派遣されたら、今さら教会と個人で所有部分を分けるのは難しいだろう。
そうなれば僕は、いつまでもこの家にはいられない。
「…悪い、八つ当たりしたな。君が成人するまでまだ時間はある。先のことなんてそれまでに考えればいい」
子ども相手に、こうやってすぐに自分の非を認める大人は珍しい。
ダンとは違う意味で、憎めない人だとは思った。
「…いいですよ、先のことをよく考えてなかったのは事実ですから。それと…」
一呼吸おいて、わざと強調してみせる。
「さっきみたいに『お前』でいいですよ」
聖者様には言った自覚がなかったらしく、口を押えて失敗したという顔をしている。
ルルビィさんの気持ちを否定された憤り分くらいの意趣返しにはなっただろうか。
「リリスにはお言葉はないのですか」
こちらもまだ憤っていたらしいマリスが、聖者様の目の前に迫る。
「ああ、悪かったな。だけどリリスは余計なことをしゃべり過ぎだ」
「サザン様」
そんなに迫ったら焦点が合わないだろうと思うくらいに近づくマリスに、リリスが寄り添う。
「マリスがわたくしのために怒ってくれるだけで十分ですわ」
「すまないリリス、こんなときに天使の姿だったら良かったのに」
「天使のマリスが怒ったら、聖者様がまた天に召されてしまいますわよ!」
何か、物騒なことを囁き合いながらイチャつき始める。
実体がないから本人たちはこれでももどかしいのかもしれないけど、この調子で本当に天使に戻れる日が来るのだろうか。
「…えぇっと、聖者様」
ダンが言いにくそうに口を開く。
「俺の勘…いや、予知ですね。ルルビィさん、明日には婚約破棄を受け入れますよ」
いつ感じていたんだろう。
聖者様は自分の手元を見つめて、寂しそうに笑った。
「サリアのおかげかな」
たとえ一時的な婚約破棄になったとしても、そんな顔をするくらいなら言わなければ良かったのに。
――その予知が、僕たちが想像しているものとはかけ離れた形で実現するとは、このときは誰も思っていなかった。
***
夜がふけて、僕は母さんの部屋に転移する。
「おかえりライル!」
「リュラ?!」
待ち構えていたように飛びついてきたリュラに驚く。
「今日は来れないかもしれないって、言っておいたよね?」
急いで遮音魔法をかける。
「来られなくても待っていたかったんですって」
後ろで母さんが、微笑ましそうに見つめていた。
部屋ではいつも頭のウィンプルを外しているけど、僕より黒味のある銀髪だから薄暗い中だとあまり違和感がない。
「院長先生に見つかったら怒られるよ。戻って来るときには迎えに行くから」
本当に警戒しているのは院長先生よりも、他の子どもに見つかって、リュラが贔屓されていると妬まれるかもしれないことだけど。
「院長先生がね」
リュラが琥珀の瞳で見上げてくる。
「私たちくらいの齢になったら、男の子は男の子同士だけで遊びたがるんですよって。でもライルはみんなより大人っぽいから、大人の人たちと旅をするなら、そっちのほうが楽しくなっちゃうのかなって思って…」
金色がかった薄い茶色の髪を揺らして、返事を待っている。
この髪を陽の下で見たら、金色に近い部分が透き通るようでとても綺麗なのに。もう何年も見ていない。
「リュラといるほうがいいよ」
そう言って抱きしめ返すと、満足そうに笑う。
僕が同じ年頃の子どもより大人っぽいなんて、言葉が分かるようになるまでの数年の差だと思う。
本当はまだまだ子どもだと、今日は思い知らされたばかりだ。
「聖者様には、無事にお会いできたのね?」
そう聞く母さんとリュラに、僕はとんでもない今日一日の出来事を話した。
***
「そんな…婚約者さん、かわいそう…」
「聖者様にも事情があったんじゃないかしら」
そう言う2人に、称号の話も交えつつ、聖者様の「事情」を説明する。
「そんなに、子どもの気持ちって信用できないものかなぁ」
母さんのベッドに、リュラを挟んで3人で座りながら話を続けた。
「いろんな事情もあるのでしょうけど。大人になって気持ちが変わってしまう人は、確かにいるわね」
「私は、ずっとライルのこと好きだから!」
なんの躊躇もなくそう言ってくれるのが嬉しい。
「うん、僕も好きだよ」
笑って応えると、リュラがうつむいて顔を赤くする。
こんな反応が返ってくるようになったのは1年くらい前からで、僕たちも変化はしていると思う。
「大事なのは、お互いを尊重することよ。ずっと好きでいられるのは良いことだけど、もしもどちらかの気持ちが変わっても、ちゃんと話をしてね」
そう言って母さんは僕たちの頭を撫でた。
いつも通りの、優しい母さん。
だけど僕は、自分の中に湧いてきた疑問を、はっきりと母さんに聞かなければいけないと覚悟を決めていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる