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15.魂攫い
しおりを挟む「でも、本当に仕事はちゃんといたしましたわ! この周辺に亡霊の気配がないことは確認いたしましたもの!」
リリスたちは、反省はしたものの弁解を続けた。
「その後の騒ぎについては下位の天使が調べましたが、教会でメリアの呪いと発言した者たちは時間が経つにつれて落ち着きました。天に迎えたときには『何か怖い思いをした』という程度の記憶しかなかったのです。噂話が恐怖を煽った末の一時的な集団催眠のようなものかと…」
やけに申し訳なさそうにしているのも、自分たちが解決できなかったからだろう。
「稀に死者の魂が消えたようになくなる魂攫いという現象があります。メリアについてもそう判断したのです」
「消えるのに『攫い』って呼び方をしてるのは、ルシウスの関与を疑っているからなんだろう? つまり、天使が調べられない領分の問題になったわけか」
「どうしてご存知でっ…」
甲高い悲鳴のようなリリスの声に、聖者様はどことなく意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺の天界修行は、ほとんど高位階の魂との対話だったからな。雑談することもあるさ」
「ああぁ、そういえばいらっしゃいましたわね! 元聖者とは思えぬ態度の魂が! ですけど、ルシウス様が関与されているかは確証がありませんの!」
「リリス、落ち着いて…」
マリスが宥めたが、もう遅い。
「それは? どういうことですか? 聖峰でも魔王の話が途中でしたよね?」
サリアは、さっきまで強張っていたとは思えない勢いで立ち上がる。
「位階が高すぎて、長い間転生しないままの魂もいるんだ。その中でも旧文明時代の聖者が、長く天界にいるだけあって物知りでな。“神の怒り”が文明を滅亡させた話もその人に聞いたんだが…サリアの質問に答えていたら夜が明けそうだから、今日はいったん置いておこう」
「そんな! せめてその『魂攫い』のことだけでも聞かないと、怖くて眠れません!」
期待に満ちたサリアの目は、とても怖がっているようには見えない。
知識のためなら、自分の矜持も利用する。
この好奇心の強さを僕は見習うべきかもしれない。
「ですが、リリスも申しましたとおり確証のないことです。軽々に地上の人間に広めて良い話ではありません」
「賢者としての成長を期待するなら、その判断も出来るように教えるべきじゃないか?」
聖者様はそう言いながら、サリアの知りたがりな様子を面白がっているようにも見える。
「それは、そうかもしれませんが…」
「お願いします! そういうことなら口外しませんから!」
今にもテーブルに乗り出しそうになるサリアに、マリスは観念したようだ。
「分かりましたから、椅子にお掛けください。あとお声を控えめに…」
立ち上がったままのサリアを落ち着かせようとする。
「声は大丈夫だよ、遮音魔法かけてあるから」
僕がそう言うと、視線が集まる。
うん、こういう反応が返ってくるだろうと、そろそろ僕も学習していた。
こんな天界の裏話のようになるとは思ってなかったけど、母さんや僕が普通ではないという話になりそうだったからかけていた。
「鍛錬すれば、本気で聖騎士にもなれそうだな」
「諜報方面でも需要がありそうね」
聖者様とサリアも僕のやることに慣れてきたようで、視線は向けたものの、いちいち驚かずに力の使い道について表裏両面から提案してくる。
使徒になろうと決めたばかりなのに、それ以外の道を示されても困るのだけど。
「じゃあ、サリアが興奮しても大丈夫らしいし、説明は頼んだマリス」
「えっ」
聖者様は、マリスに向かって手をひらひらと振る。
「今は一応俺の使徒なんだから、天界の事情を隠さず話す姿勢を見せてほしい」
もっともらしいことを言っているが、「適当なところで止めてやるから」と付け加えたことで、サリアの勢いを受け止めることをマリスに投げたことが分かる。
マリスは諦めたようにため息をついた。
「これには、ルシウス様の堕天の経緯からお話ししないといけないのですが…」
「ええ、是非!」
願ってもない、というサリアの様子から、確かにこの知識欲を満たすには一晩では足りないだろうと感じる。
「ルシウス様が神に反発されたのは、魂の救済に対するお考えの相違からです。神は地上の位階を上げることを最優先とされていますが、ルシウス様は最下層の位階の魂からこぼさず上げていくべきだと主張されました」
「それほど悪いことには思えませんが」
僕もそう思う。
でもルルビィさんの話を思い返すと、それは多分、途方もなく時間も労力も必要になりそうな考えだった。
「問題はその手段です。最下層の魂の救済に、数が多い地上の位階の魂を聖者のように遣わそうと提案されたのです。しかし地上より下層というのはいわゆる地獄です。それも最下層となれば、魂にかかる負荷が大きすぎます。最悪の場合、消滅しかねません」
「ルルビィさんの例えなら、山の麓にまで下りて案内するということですね」
そう言われて、ルルビィさんは少し首を傾げた。
「下層に降りる魂の負荷は、山よりも水に潜るように考えた方がいいかもしれません。深く潜るほどに苦しくなるのでしょう?」
そして確認するように、聖者様を見上げる。
「ああ…そうだな、そんな感じだ。…それは君が自分で考えたのか?」
聖者様は少し目を丸くしてルルビィさんを見つめた。
「はい。ダンさんを探しに国外に出たときに、素潜り漁をされている方のお話を聞いて、聖者様がおっしゃっていた感覚を思い出しました」
にっこりと笑うルルビィさんだったが、素潜り漁ができるような地域はかなり遠いはずだ。
聖教国で唯一海に面しているこの東部では、聖峰があるので住民は海とは無縁の生活を送っている。
他国から船で近づくことはできるが、断崖絶壁になっていて、とても船を寄せられる地形ではないらしい。それは南北の隣国にまで続いているという。
「苦労させたね…君は本当に優秀な弟子だ」
ルルビィさんをいたわるように頭をひと撫でしたが、すぐに拳を握るようにしてその手を引く。
まただ。
何か引け目のあるような言い方といい、聖者様のルルビィさんに対する態度には、どこか遠慮のようなものを感じることがある。
6年間の空白のせいでぎこちないだけかもしれないけど、時々見せる距離の近さからはそれは感じられない。
この違和感は、何なんだろう。
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