破戒聖者と破格愚者

桜木

文字の大きさ
上 下
15 / 97

15.魂攫い

しおりを挟む


「でも、本当に仕事はちゃんといたしましたわ! この周辺に亡霊の気配がないことは確認いたしましたもの!」

 リリスたちは、反省はしたものの弁解を続けた。

「その後の騒ぎについては下位の天使が調べましたが、教会でメリアの呪いと発言した者たちは時間が経つにつれて落ち着きました。天に迎えたときには『何か怖い思いをした』という程度の記憶しかなかったのです。噂話が恐怖を煽った末の一時的な集団催眠のようなものかと…」

 やけに申し訳なさそうにしているのも、自分たちが解決できなかったからだろう。

「稀に死者の魂が消えたようになくなる魂攫たまさらいという現象があります。メリアについてもそう判断したのです」
「消えるのに『攫い』って呼び方をしてるのは、ルシウスの関与を疑っているからなんだろう? つまり、天使が調べられない領分の問題になったわけか」
「どうしてご存知でっ…」

 甲高い悲鳴のようなリリスの声に、聖者様はどことなく意地の悪い笑みを浮かべた。

「俺の天界修行は、ほとんど高位階の魂との対話だったからな。雑談することもあるさ」
「ああぁ、そういえばいらっしゃいましたわね! 元聖者とは思えぬ態度の魂が! ですけど、ルシウス様が関与されているかは確証がありませんの!」
「リリス、落ち着いて…」

 マリスが宥めたが、もう遅い。

「それは? どういうことですか? 聖峰でも魔王の話が途中でしたよね?」

 サリアは、さっきまで強張っていたとは思えない勢いで立ち上がる。

「位階が高すぎて、長い間転生しないままの魂もいるんだ。その中でも旧文明時代の聖者が、長く天界にいるだけあって物知りでな。“神の怒り”が文明を滅亡させた話もその人に聞いたんだが…サリアの質問に答えていたら夜が明けそうだから、今日はいったん置いておこう」
「そんな! せめてその『魂攫たまさらい』のことだけでも聞かないと、怖くて眠れません!」

 期待に満ちたサリアの目は、とても怖がっているようには見えない。
 知識のためなら、自分の矜持プライドも利用する。
 この好奇心の強さを僕は見習うべきかもしれない。

「ですが、リリスも申しましたとおり確証のないことです。軽々に地上の人間に広めて良い話ではありません」
「賢者としての成長を期待するなら、その判断も出来るように教えるべきじゃないか?」

 聖者様はそう言いながら、サリアの知りたがりな様子を面白がっているようにも見える。

「それは、そうかもしれませんが…」
「お願いします! そういうことなら口外しませんから!」

 今にもテーブルに乗り出しそうになるサリアに、マリスは観念したようだ。

「分かりましたから、椅子にお掛けください。あとお声を控えめに…」

 立ち上がったままのサリアを落ち着かせようとする。

「声は大丈夫だよ、遮音魔法かけてあるから」

 僕がそう言うと、視線が集まる。
 うん、こういう反応が返ってくるだろうと、そろそろ僕も学習していた。
 こんな天界の裏話のようになるとは思ってなかったけど、母さんや僕が普通ではないという話になりそうだったからかけていた。

「鍛錬すれば、本気で聖騎士にもなれそうだな」
「諜報方面でも需要がありそうね」

 聖者様とサリアも僕のやることに慣れてきたようで、視線は向けたものの、いちいち驚かずに力の使い道について表裏両面から提案してくる。
 使徒になろうと決めたばかりなのに、それ以外の道を示されても困るのだけど。

「じゃあ、サリアが興奮しても大丈夫らしいし、説明は頼んだマリス」
「えっ」

 聖者様は、マリスに向かって手をひらひらと振る。

「今は一応俺の使徒なんだから、天界の事情を隠さず話す姿勢を見せてほしい」

 もっともらしいことを言っているが、「適当なところで止めてやるから」と付け加えたことで、サリアの勢いを受け止めることをマリスに投げたことが分かる。
 マリスは諦めたようにため息をついた。

「これには、ルシウス様の堕天の経緯からお話ししないといけないのですが…」
「ええ、是非!」

 願ってもない、というサリアの様子から、確かにこの知識欲を満たすには一晩では足りないだろうと感じる。

「ルシウス様が神に反発されたのは、魂の救済に対するお考えの相違からです。神は地上の位階を上げることを最優先とされていますが、ルシウス様は最下層の位階の魂からこぼさず上げていくべきだと主張されました」
「それほど悪いことには思えませんが」

 僕もそう思う。
 でもルルビィさんの話を思い返すと、それは多分、途方もなく時間も労力も必要になりそうな考えだった。

「問題はその手段です。最下層の魂の救済に、数が多い地上の位階の魂を聖者のように遣わそうと提案されたのです。しかし地上より下層というのはいわゆる地獄です。それも最下層となれば、魂にかかる負荷が大きすぎます。最悪の場合、消滅しかねません」
「ルルビィさんの例えなら、山の麓にまで下りて案内するということですね」

 そう言われて、ルルビィさんは少し首を傾げた。

「下層に降りる魂の負荷は、山よりも水に潜るように考えた方がいいかもしれません。深く潜るほどに苦しくなるのでしょう?」

 そして確認するように、聖者様を見上げる。

「ああ…そうだな、そんな感じだ。…それは君が自分で考えたのか?」

 聖者様は少し目を丸くしてルルビィさんを見つめた。

「はい。ダンさんを探しに国外に出たときに、素潜り漁をされている方のお話を聞いて、聖者様がおっしゃっていた感覚を思い出しました」

 にっこりと笑うルルビィさんだったが、素潜り漁ができるような地域はかなり遠いはずだ。
 聖教国で唯一海に面しているこの東部では、聖峰があるので住民は海とは無縁の生活を送っている。
 他国から船で近づくことはできるが、断崖絶壁になっていて、とても船を寄せられる地形ではないらしい。それは南北の隣国にまで続いているという。

「苦労させたね…君は本当に優秀な弟子だ」

 ルルビィさんをいたわるように頭をひと撫でしたが、すぐに拳を握るようにしてその手を引く。

 まただ。
 何か引け目のあるような言い方といい、聖者様のルルビィさんに対する態度には、どこか遠慮のようなものを感じることがある。
 6年間の空白のせいでぎこちないだけかもしれないけど、時々見せる距離の近さからはそれは感じられない。

 この違和感は、何なんだろう。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...