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14.奇跡の仕組
しおりを挟む「企むだなんて人聞きの悪い! 神には神のお考えがあるはずですわ!」
抗議するリリスに、聖者様は頬杖をついて呆れた目を向ける。
「自然の理に反して俺を復活させたこと自体、信仰心を高めようっていう企みだろうが」
「それは、サザン様の功績あってのことで…確かに効果的ではありますけれど…」
珍しくリリスが勢いを失ったところで、聖者様が僕たちに視線を戻す。
「聖者の役目のもう一つが、信仰心を高めることだ。信仰心は神が奇跡を起こす力になる。俺の死が殉教と見なされて高まった信仰心が、あの病を消滅させる奇跡になった。病が消えてまた高まった信仰心で俺の肉体を再生できた。そうして復活した聖者が人々を救う…」
「より信仰心は強まりますね。奇跡が奇跡を呼ぶと」
サリアの受け答えは早い。
「クソ神の力のためだと思うと癪だが、病を消滅させるような使い方をするならいいさ。ただ乱発すればありがたみが薄れるから、効果的に使うはずだ」
そして、聖者様は僕をじっと見る。
「話を聞く限り、君の母親は本当に処女受胎だった可能性があると思う。しかし事実だとしたら、そう神託を下せば使徒としてかなり箔が付くのに、あのクソ神のやることにしては効率が悪い」
「…母さんは、魔法も使えない普通の人ですよ」
そう答えながら、僕自身ももう、母さんに疑問を抱き始めている。
またいつも通り「母さん」と言ってしまうくらいには困惑していた。
「内部だけとはいえ、東部教会がそう言い張れたのは実際に教皇庁並みの警備を誇っているからだろう。こんな話をするのもなんだが、聖教会の一番の収入源は他国からの寄付金だ。あそこの筆頭の大司教は治癒魔法に長けているし、流行り病のときも教会内で死者は出さなかったんじゃないか?」
その通りだ。
だから僕は、流行り病の話を聞いても災難が続いているなという程度の認識しかなくて、世界ではどれほど大変なことになっているか実感できていなかった。
「それに俺は君の母親をよく知らないが、誓約を破っても平気で修道女を続けていられる人なのか?」
それは、深く考えたことがなかった。
でも、母さんは確かに神を敬愛していると思う。
神への誓いを破ったなら、自分から修道女を辞めてもおかしくない。
父親のことなんて興味はないし、知りたいとも会いたいとも思ったことはない。
だから母さんが話したいことだけを聞いていれば十分だと思っていた。
もっと自分から、聞いておけば良かっただろうか。
そんな後悔のような感情が顔に出てしまっていたのか、聖者様は神への悪態と追及を止めて姿勢を戻す。
「君は何も知らなかったんだから、あまり気にするな。母親を守るのもいいが、とりあえずは自分の魂にも注意するんだ」
神への態度とは裏腹に、穏やかな口調になる。
「基本的には倫理にもとる行いをしなければいい。それと肉体は魂を守るものでもあるが、体の傷が元で心にも傷がつくことがある。まあ、治癒魔法使いが2人いるんだから、それはまず問題ない」
「そういえば治癒魔法って、自分にはかけられないですよね」
試してみるまでもなく、僕は当然のようにそれを理解していた。
広域治癒も使ったことはないけど、使い方は分かる。
僕にとってはこれが普通のことで、そこが地上の人間として普通じゃないところなんだろう。
「魔法は神の力に準じるものだから、神が出来ないんだろうな。そもそもあのクソ神がケガや病気をするとは思えないし…」
再び悪態口調に戻りかけたのを、飲み込むように止める。
「気を付けないといけないのは、悪意だ。さっきも言ったように人から受ける悪影響は浄化で減らせるが、君自身が人を憎むのも良くない」
「悪意と言うか、嫉妬みたいなのだったら、孤児院にいるのに母が一緒だったから向けられてましたけど。憎むようなことは覚えがないです」
嫉妬されて、母さんから離されることになっても、それを憎いと思ったことはない。
僕が転移を使えるから、できることかもしれないけれど。
「君がその嫉妬を気にしないなら、悪意を返すこともないだろう。あとは直接的な暴力だな。暴力を受けて気にしないというのは難しいし、メリアのように他人に暴力を返せばなおさらだ。位階が高いままだとしても、天界の審判で地獄に堕とされてるだろう」
「あっ…」
「それは…」
リリスとマリスが妙な反応をする。
少しの沈黙の後、マリスが申し訳なさそうに言った。
「…メリアの魂は、見つかっておりません…」
教会では、死者の魂は天使に迎えられると教えられる。
元天使として、その行方も知っているようだけど、見つかっていないとはどういうことだろう。
「じゃあまさか、この教会の修道女の話は、本当にメリアの亡霊の仕業だったのか?」
聖者様の言葉に最も反応したのは、サリアだった。
肩をビクッと震わせて、隣にいたダンの服を思わず掴んでいた。
「やっぱり怖いんじゃないのか? 大丈夫かおい」
「う、うちでは子どもはみんな『悪いことをすると血塗れの聖女が来るぞ』って脅されて育つんだから、メリアは特別なのよ!」
この村では名前を口にすることも不吉だと思われているのに、首都のオーディスタ家ではむしろ積極的に名前を出しているのが意外だった。
家の歴史を思えば、不思議ではないのかもしれないけれど。
「サリアさん、怖がることはありませんわ! わたくしとマリスの能力はそういう往生際の悪い霊の捕縛に適していますから、当時もこちらに参りましたけど全く見つかりませんでしたの!」
「見つからなかったって言ってもな…100年前ってお前らが結婚だの何だの言い出したって頃だろう。ちゃんと仕事したのか?」
聖者様の疑いの眼差しに、リリスは少し言葉を濁した。
「それは…そのですねっ…100位以上の天使が地上に降りることは滅多にありませんから、久しぶりの地上で人間の夫婦を見て、ああいうのっていいですわねぇって思いはしましたけど…仕事はちゃんといたしましたわよ…」
この元天使たちが昔ここに来ていたということも、それがきっかけで結婚に憧れ出したというのも、不思議な気分だった。
そんなリリスに、ルルビィさんは柔らかく微笑む。
「お仕事は大事ですけど、好きな方と一緒にいられたなら、気を取られてしまいますよね」
「分かっていただけますのね、ルルビィさん!」
リリスが飛びつくように近づいて、その手元でフワフワと揺れる。握手を求めている気持ちらしい。
それを見た聖者様は、苦い表情を浮かべる。またリリスに呆れたのかと思ったが、口元に手を当てて、目を逸らしながらつぶやいた。
「ルルビィ、君のその…」
何かを言いかけて、やめる。
「とにかくよそ見はしていたんだなバカ夫婦。いいか、お前らは前例のないことをしてるんだぞ。それでその体たらくじゃ、もし他にも結婚したいなんて考える天使が出てきたらどうなる? お前らが例に挙げられて、認められにくくなるだろうな」
「それについては、返す言葉もございません…」
「早く神の信頼を取り戻せるよう、務めますわ…」
元の調子に戻った聖者様は、口は悪いが天使たちの将来を考えている。
リリスとマリスもそれは分かっているらしく、おとなしく反省の意を示した。
だけど僕は、聖者様が復活したときにルルビィさんに少し遠慮していたような、わずかな違和感をまた感じていた。
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