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13.聖者の役目
しおりを挟むしばらく考えて、サリアが諦めたように首を振った。
「…理解できません。旧文明では全人類で心中でもする気だったんですか」
「いろいろ複雑な思惑はあったらしいがな。無関係の子どもまで巻き込んで文明丸ごと破壊したんだから、よほどあってはならない物だったんだろう」
聖者様の言葉にうなずくように、マリスが軽く上下に動く。
「理解できなくてよろしいと思います。当時は自己の利益のために争いを長引かせたいと考える者も少なくなかったですから。文明としては後退しましたが、地上の位階は旧文明時代より上がっておりますよ」
「地上の位階、ですか?」
善行を積み重ねて神の位階に近づきましょう、という話は教会で聞いたし、聖者様にも魂の位階が高い者が魔法を使えると説明された。
だけど、地上の位階という言葉には覚えがなかった。サリアもそうらしい。
「ああ、聖者の役目についてそれを説明しないとな。その前に確認したいんだが、ライル、生まれる前の記憶はあるか?」
「生まれる前って…前世とかですか?」
「いや、前世の記憶は生まれる前に消されているはずだ。だけど俺は天界にいたときに、神から聖者として地上に生まれる意思はあるかと確認された。そこの記憶は残されてるから、俺も生まれたときから言葉が理解できたんだ」
昔の話だからか、神の呼び方がクソ神ではなくなっている。
「僕が覚えてるのは、生まれてからです」
「それで言葉が理解できていたのは妙なんだがな…まぁ、クソ神から何も知らされてないっていうことはそうなるのか」
聖者様が首を傾けて、不思議そうに僕を見た。
「位階の高い魂が地上で生きるのには危険がある。だから自衛手段も含めて、意思確認された記憶が残されているんだ。前任者がやらかしたから補佐役の使徒を強力にしたのかもしれないが、普通は聖者と違って使徒は生まれる前から決められているものじゃないし…」
「前任者…メリアですか」
再び出て来た名前に、サリアが眉根を寄せる。
「そうだ。普通は100年程度で聖者は再臨しない」
「いくら信心深くても、女として神を愛しているなんて不思議な話だと思っていましたが、メリアにも神と会った記憶があったんですね」
「あのクソ神、聖者の打診のときは思いっきり猫かぶって慈愛に溢れた神を演出してきやがるからな」
あからさまに悪態をつく聖者様の周りを、リリスがものすごい勢いで飛び回った。
「演出ではありませんの! 聖者として地上に送り出す魂を、本当に心配してらっしゃるのですわ!」
話が神学の分野に入ってきたからか、サリアは聖者様の態度より、話が気になってきたらしい。
「心配とか危険って、どういうものですか?」
僕が聞きたいと思ったことを、先回りして質問し始めている。
「それについては、弟子の出来栄えを確認させてもらおうか」
「はい!」
聖者様の視線を受けて、ルルビィさんが説明を始めた。
「聖者様の魂は、本来この地上より数段上の、天界と呼ばれる位階に在るべき魂です。地上とは、魂が肉体を得て生きる物質界とも言います」
スラスラと話し始めるルルビィさんに、ダンが感嘆の声を上げる。
「ホントにちゃんと弟子だったんですねぇ」
「当たり前だ。それも優秀な弟子だぞ」
ルルビィさんは嬉しそうに聖者様を見つめて、話を続けた。
「多くの魂が存在する位階に物質界も引き寄せられます。聖者様のお役目は、この物質界をより高い位階へ導くことです」
少し教会の説話より難しくなってきたと思ったら、すかさず分かりやすいように話が切り換えられた。
「例えれば、登山です。多くの人が山に登っていて、5合目にいる人数が一番多ければ、そこが物質界となります。聖者様は6合目まで登った方ですが、人々に道を教えて回るために5合目に下りて来られました。そして多くの人が6合目に登れば、物質界も6合目に引き上げられていきます」
「あくまで例えだから、実際に言葉だけで導けるわけじゃない。人間同士が影響しあうのと同じで、関心を持たれたり対話することで魂が影響を受ける。奉仕や治癒はその場しのぎの救済だが、そうやって交流することで高位の魂からの影響を広げることが目的だ」
息の合ったタイミングで、聖者様はルルビィさんの説明に捕捉をつける。
6年間の空白があったとは思えないくらいだ。
「だから本来、広域治癒は緊急のときしか使わないんです。1人ずつお声がけしながら治癒をかけるほうが、聖者様のお役目としては効果があって…」
聖者様が広域治癒を使ったときに、ルルビィさんが謝っていたのはこのことだったのか。
それを思い出して少し元気をなくしたルルビィさんに、聖者様はさっきと同じように頭を撫でて声をかけた。
「ルルビィが謝ることはないって言っただろう。隣村からも人が来ていたし、暗くなる前に帰ってもらうにはギリギリの時刻だった。さあ、続けて」
促されて、ルルビィさんは顔を上げる。
「魂に影響を受けるのは、聖者様も同じです。悪い影響を受けて位階が下がることもあります。登山の例えに戻れば、5合目に下りるだけでも負担になりますし、道に迷えばさらに下へ行ってしまうかもしれません」
「それが危険ですね」
サリアは危険という言葉を使いながらも、その表情は神妙さとは程遠く、ワクワクした子どものようだった。
「危険は他にもいろいろある。ライルの魂はまず間違いなく俺より高位だろう。それを何の知識もなく地上に放り出すなんて、クソ神が何を考えているのかさっぱり分からない」
僕の魂が聖者様よりも高位だというのは、思ってもいなかった話だ。
だけどあまりにサラッと言われて、どう反応していいのか分からない。
「えっと…でも、神が関わっているって決まったわけじゃないですよね?」
「高位の魂は、物質界が自分の位階に上がってくるまで天界で待機している状態になります。天使級ともなれば、実際に天使の手伝いをする者もいるのです。神の関与なしに地上に転生することは考えられません」
やっと絞り出した言葉も、マリスにあっさり否定されてしまう。
「クソ神が君を導くように言ったのは、こういうことを俺から教えておけってことなんだろうな。事情も説明せずに勝手な話だが、向こうが何も言わないなら、こちらも勝手にするさ」
「なんだか、すみません…」
魔法が使えることで、使徒として役に立てると思っていた。
それが、素性不明の子どもの面倒を見させるようになってしまって、申し訳なくなる。
「クソ神の勝手ぶりはいつものことだ、気にするな。それに君が頼りになるって言ったのも社交辞令じゃない。浄化が使えるなら人目の多い時に自分を覆うようにかけていれば、他人からの悪影響はかなり減らせるぞ」
「それは寝てるときでもかけ続けられますけど、使いどころを絞ったほうがいいんですか?」
聖者様がギョッとしたような顔をして、幻妖精たちまで何か慌てたような変な動きになっている。
「神聖魔法の気配は感じないが? 神具みたいな媒介を持ってもいないよな」
「自分にじゃなくて、母と離れるときに…お守り代わりくらいのつもりだったんですけど」
正確には母さんとリュラにだ。
母さんは気にしていなかったみたいだけど、僕を産んだことに対して悪しざまな噂を立てる人もいた。リュラとの婚約は母さん以外には秘密にしていたけど、母さんの態度が贔屓に感じられてしまうかもしれない。
そんな、本当にお守り代わりの気持ちだった。
「俺でも浄化に専念したって1日できれば上等だし、年単位の上に寝ながらとか冗談にしか聞こえないぞ。神聖魔法特化の聖者の上を行く使徒なんて、むしろクソ神が何を企んでるのか暴く楽しみができたかもな…」
そう言って聖者様がまた、聖者らしくない笑みを浮かべた…
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