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12.神の怒り
しおりを挟む「メリアについては、あとはよく知られている話だと思います。知られていないのは、首謀者である大叔父と兄弟たちが“神の怒り”に打たれたことでしょう」
「“神の怒り”って…あの、ふさわしくない人間が教皇になったら落ちるっていう雷…?」
ダンが怪談を聞いたような反応をする。
“神の怒り”については、教会でもよく話を聞いた。神だけが行使できる最大の天罰だと。
「あら、少しは知っていたのね」
その様子を見て、サリアがいつもの調子を取り戻す。
「クソ神は人間同士の話し合いに丸投げしてるから、多少の不適格じゃ打たれることはないけどな。脅迫だとか、まともじゃない就任の仕方をすれば打たれるかもしれないが」
「いやいや、そんなの分かっててする人なんていないでしょ!」
ダンは全力で首を横に振る。
「何百年もすれば忘れてしまうんだよ。自分は大丈夫だと思うんだろうな」
聖者様は、少し遠くを見るようにして言った。
「当時の本家当主は分家の我が家に家を譲り渡して、残った家族と国を出ました。教皇には神託で“神の怒り”が打たれたことは告げられましたが、我が家のために伏せて、事故死扱いにしてくださいました」
“神の怒り”に打たれるということは、とても不名誉なことだとされている。
当主が交代したとしても、世間に知られればオーディスタ家は没落したかもしれない。
「それで今も、学問に重きを置く家柄になったわけか」
「はい。聖教会の内部事情にも関わらないようにしていたので、この教会の噂も知りませんでした。でも、不名誉でも…愚行が繰り返されないためには、公にするべきではないかと考えてしまうんです。こんな話を私の一族が秘匿しているのが、腹立たしくもあります」
多分、ずっと考えていたことなんだろう。そしてその名を聞いたことで、いつも抱いていた「どうしても抑えられない衝動」を吐き出してしまいたくなったようだ。
「常に疑問を持って考えるのは、賢者見習いとしていいことだ。人の意見を聞くのもいいし、答えが出なくてもいい」
「では、聖者様のご意見はどうでしょう」
サリアが、聖者様を試すような物言いになっている。
裏表のある聖者らしくない態度を見ていれば、これから使徒としてついていくのに人となりを確認したくなる気持ちは分かる。それにしてもずいぶんとあからさまで、度胸があるのか怖いもの知らずかどちらだろうと思ってしまう。
「愚行を繰り返させないという思いは賛成だ。…が、意見は他にもあるようだぞ」
聖者様はサリアの態度をむしろ面白がるようにして、ルルビィさんに視線を向けた。
「私は…いくら罪を犯したとはいえ、それだけ純潔にこだわっていた方なら死後も公表されたくないのではと思います」
「故人の尊厳ということですか」
血塗れの聖女の名は恐怖の象徴になっている、しかも100年前の人間だ。それを一人の女性として見たルルビィさんの意見は、サリアにとっても意外だったようだ。
「それでは罪人が野放しになってしまいますが…首謀者も実行犯も、もうこの世にいませんからね。私の父なら考えてくれるかもしれないと思っていましたが、やっぱり意見はいろいろあるものですね」
「公表するにしても、周囲の了承は必要だぞ」
「もちろん一族で話しますよ」
聖者様は腕を組んで、少し神妙な面持ちになった。
「一族だけじゃない。当時の教皇も隠蔽に加担している」
「…心得ています。枢機卿の行為は聖教会の威信に関わりますから。教皇の配慮も、我が家を擁護するためだけではなかったでしょうね」
サリアがため息をつく。
悩みの問題点を聖者様に把握されていたのが、面白くなかったようにも見える。
「ライルのお袋さんの件もだけど、教会ってけっこうややこしいところなんだな」
ダンの一般人的感覚にほっとしてしまう。
組織としての聖教会はともかく、集落ごとにある小さな教会は、住民にとって生活に根付いた身近な存在なのだから。
「あなたも称号持ちになるなら、急にすり寄ってくる人間がいるだろうから気を付けなさいよ」
「“神の怒り”なんておっそろしいもんが教皇じゃなくても落ちるんなら、悪さなんてできるわけないだろ!」
再びダンが、全力で首を横に振った。
「本当に少ししか知らないのね。教皇どころか文明一つが“神の怒り”で滅亡したこともあるらしいわよ」
その話は、僕もこの村に来てから聞いたことがある。
「それって、伝説じゃなかったんだ?」
孤児院にいたころには知らない話だったから、地方だけに伝わる昔話みたいなものかと思っていた。
「伝説か事実かはまだ検証が進んでないけど…」
「事実だ」
サリアが確定できないという話を、聖者様がそう断言した。
「聖峰の向こうが海になってるだろう? あそこは昔、ずっと遠くまで大陸が続いていた。
“神の怒り”にも耐えるような建造物を作れる文明だったのに、人間が堕落したらしくてな。大陸の一部を沈めるほどの“神の怒り”が落ちて、そのとき押し流された陸地の一部が盛り上がって聖峰ができたんだ」
目の前にある聖峰が、滅亡した文明の名残だとは思いもよらなかった。
だから首都よりも、東部で伝説として残っていたんだろうか。
「陸地ごと…」
言葉を失うみんなの周りを、リリスとマリスが慌てるように飛び回った。
「でもでもっ! 神が文明を滅亡させたのはその旧文明だけですわよ! それ以前の古代文明は自然消滅ですわ!」
「そうです、なにしろ旧文明は地上の全生命が死に絶えるような兵器をいくつも作っていたのですから」
兵器と言われても、僕にはよく分からない。
そもそも聖教国が、司祭や司教を派遣されなくなると困るという実利面と信仰心から侵略を受けずに済んでいる国だから、護衛用の武器はあっても兵器と呼べる物はない。
サリアなら他国の軍事にも詳しいかもしれないと思ったけど、その本人も首をかしげている。
「全生命が死に絶えるって…そんな兵器をいくつも使うような脅威が旧文明にはあったんですか?」
「それは…」
マリスは言いにくそうにしていたが、聖者様は知っているようで、先を促すようにうなずいた。
「…人間同士で争っていたのです」
その言葉に、沈黙が流れる。
今でも領土や資源を目的に争いをしている国はある。
だけど被害が拡大すれば復興が難しくなるから、仕掛けた側も仕掛けられた側も短期決戦を優先しているはずだ。
全生命が死に絶えたりしたら、復興どころの問題じゃなくなるだろう。
今のこの時代に生きる僕たちには、到底理解の及ばない話だった。
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