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10.忌咎族
しおりを挟むダンの背中を、サリアが肘でつつく。
「やればできるじゃない」
「賭場じゃあ、声が通らないと寄ってもらえないからな!」
「…言葉遣いのことだったんだけど」
サリアがため息をついたとき、後ろからリベルがようやくやって来た。
「あれ?! 村の人たちは?」
「あ、もう椅子いらなくなったから」
僕の言葉に絶望の色を浮かべて、リベルが長椅子を引きずるように戻っていく。
周囲から人がほとんどいなくなり、名残惜しそうに遠巻きに聖者様を拝んでいる人くらいになると、聖者様はサリアに歩み寄った。
「知ってたんだな」
「ルルビィさんは、初めてお会いしたときに打ち明けてくださいましたから」
僕に対してもそうだった。
――私は「聖人」の称号持ちですが、忌咎族の者です。
私と旅をするのが嫌でしたら、聖者様が復活するまで待っていてください。
聖者様が復活してからの旅では私が使徒を辞退するので、どうか聖者様のお力になってください――と。
自分が忌み嫌われている忌咎族だと打ち明けるのは、かなりの覚悟が必要だっただろう。
それでも、自分のせいで聖者様の役目に支障があってはならないという決意があった。
ダンは同じように忌まわしいと思われて故郷を出た身だし、ルルビィさんに恩を感じていた。
サリアはその知識で忌咎族という風習に疑問を持っていた。
僕も孤児院にいた頃には呼び名だけは聞いたことがあったけど、教会で聞かされた説話にそんな言葉はなく、この村に来て初めてそう呼ばれる人たちを目にしたのだ。
そして、葬儀では埋葬する場所や遺体を運ぶ手順について、おじいちゃんと念入りに打ち合わせる姿を見ていたから、村の人たちの態度を不思議に思っていた。
だから、使徒は誰一人としてルルビィさんを拒絶することはなかった。
「聖者様、すみません…私のせいで」
それでもルルビィさんの心には、常に忌咎族であることが重くのしかかっているようだ。
「君が謝ることはひとつもない」
「でも、聖者様のお役目が…」
「大丈夫、問題ない」
聖者様はルルビィさんの頭を抱え込むようにして、優しくなでた。
復活したときには少し遠慮しているように見えたけど、やっぱり大切にしていると感じる。
「ライル、この村に家から動けないような重病人はいるか?」
聖者様が、振り返って聞いてくる。
広域治癒の届かないところに、治癒が必要な人はいないかという確認だろう。
「いなかったはずです。それにさっき集まってた人のほとんど、聖者様を見たかっただけで、並んでいた人も腰痛とか軽い持病の人ですよ」
でも、忌咎族と誹られていた人は、腕に痛々しい痣があった。
墓守りの仕事は重労働が多い。
墓穴を掘ったり、墓石を運んだりすることはもちろん、葬儀がないときでも墓地の管理がある。
木を切り倒して墓地を広げ、縁者のいなくなった墓は掘り返して合葬する。草を刈り、墓石が傾けば立て直したりもする。
その最中の事故だったのかもしれない。
「ならもういいな。休ませてもらおうか」
ルルビィさんに寄り添う聖者様を、教会の入り口へ案内する。
そのとき、いつの間にか姿を消していたリリスとマリスが、少し離れたところでフワフワと浮いているのが目に入った。
「…実際に目にしますと、サザン様のおっしゃることも分かりますわ…」
「だけど、私たちが口出しするべきではないよ」
何やら声を潜めて話しているが、ルルビィさんを気遣っている聖者様は気が付いていないようだ。
僕が声をかければ、どちらにとっても邪魔だろう。
そしてようやく、僕たちはそろって教会へ足を踏み入れた。
***
是非お祝いの食事会を、という隣村の司祭からの誘いを、聖者様は固辞した。
「教皇猊下から正式に認められる前に、そのような席を設けていただくわけにはいきません」
そう言われると司祭も引き下がるしかなく、他にも来ていた隣村の人々と帰って行った。
だけど聖者様は、僕のおじいちゃんとおばあちゃんには一緒に食事をしましょうと声をかけた。
どうやら、2人から話を聞きたかったらしい。
自分も是非ご一緒に! と浮かれていたリベルは、孤児院の世話をするように言いつけられて名残惜しそうに肩を落として去って行った。
「孤児院は今、何人くらいいるのですか?」
「3人です。聖者様のおかげで6年前から新しい子は入っておりませんし、余裕のできた親族に引き取られた子もおります」
6年前に流行り病が消滅するまで、孤児院はどこも飽和状態だった。
だけど流行り病で両親を亡くしたという子どもはそれほど多くない。体力のない子どものほうが早く命を落とすことが多かったからだ。
引き取り手がいなかったり、迎えに行けないというほうが大きな理由だった。
「立ち入った話でしょうが、娘さんはどうして修道女になられたのですか?」
「跡取り娘なので、家に残って欲しかったのですが…あの子は物心つく頃から修道女になると言っていたものですから」
母さんの言動が気になると言っていた聖者様からの質問は、穏やかな口調でも僕にはなんだか落ち着かない。
「ご兄弟はいないのですか」
「ええ、それもありますが、もともとライン家は女系なのです。私も婿養子で」
「それって、珍しいですね?」
サリアが興味を示した。
この国を含め、周辺国でも男性が優先的に家を継ぐことが一般的だ。
「女が家を継いで、男は教会を継いできたんです。良家だったら、私は当主というところでしょうか」
おばあちゃんが照れくさそうに口を開く。
「あの子の決意は成人しても変わりませんでした。本来、教会は家のものではありませんし、跡継ぎがいなくて困るような財産もありませんから、あの子の気持ちを尊重することにしたのです」
「では、成人してすぐに修道院に?」
うなずくおじいちゃんたちを見て、聖者様は少し考えてから慎重に言葉を選ぶようにして聞いた。
「…ライルについて、東部教会からはどのように聞いていますか」
「他言無用と言われておりますので、養子だと思っている村の者もおりますが。私たちは娘を信じていますよ」
口止めされているだけあって、何を信じているかとは、はっきり口にしない。
そして聖者様の配慮をよそに、おじいちゃんたちは笑顔を見せる。
「でも昔から馴染みのある人はうっすら気づいているわよね、ライン家が養子をとるなら女の子のはずだって。それにあの子、とても小さい頃から『修道女になって子どもを産む』なんて言って回っていたし」
おばあちゃんの言葉に誰より驚いたのは、多分僕だ。
「…それ、初耳なんだけど…」
「ああ、お前はまだ6歳だったから、あまり覚えていないかな。お母さんはよく不思議なことを言う子だったよ」
「子どもに跡継ぎのことを心配させてしまったせいだと思っていたのにねぇ」
おじいちゃんたちは、僕が今でも毎晩のように母さんに会っていることを知らない。
僕に母さんの話をすると、寂しがらせてしまうと思ったんだろう。
「ご両親が信じておられても、東部教会からはあまりいい扱いを受けていないと思うのですが…こちらに呼び戻すおつもりはないのですか」
「この教会に、修道女は務めさせられないのですよ」
おじいちゃんは、残念そうに言った。
母さんがこの教会の人手不足を嘆いても戻れず、この村で軽々しく聖女と口にしてはいけないその理由。
「この地は、聖女メリア最期の地なのです」
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