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09.歓迎と期待
しおりを挟む予想を超える人の多さに、唖然とする。
母さんのことで気持ちがざわついたことも忘れるほどに。
「…隣村の人も来てます…」
リベルの行動から村の人に話が伝わり、それがさらに隣村へ伝わって、隣村からも人がやってきた…とすると、どう考えてもリベルは朝、僕たちが出発してすぐから外をうろついていたとしか思えない。
言い聞かせても待ちきれない子どものような行動に、ため息がでる。
「気配隠蔽して、教会に入ることもできますけど」
「いや、せっかく集まってくれたんだから、素通りしたら悪いだろう」
さすがにあれだけの人数に囲まれるのは困るだろうと提案してみたが、聖者様は足を止めなかった。
「騎士職あたりだと、気配隠蔽を使える人間もいるな。この国なら聖騎士、他国なら近衛騎士の一部ぐらいか。人外規格じゃないから、必要なときは使って構わないぞ」
いちいち「人外」と付けられるのは微妙な気分だけど、自分の魔法がどの程度の人が使えるものなのかを教えてもらえるのは参考になる。
そうして歩みを進めていると、案の定リベルが真っ先に気付いて大きく手を振ってきた。
それを見て、村人たちもこちらに気付く。
「聖者様!」
「聖者様、ご復活おめでとうございます!!」
駆け寄ってくる人々に、聖者様は笑顔で応える。
「ありがとうございます。皆様が祈って下さったおかげです」
今まで素の聖者様を見ていた僕たちにとってはもう、胡散臭い笑顔にしか見えない。
だけど、さっきまで僕たちが会話をしている間、また不安そうにしていたルルビィさんの表情は柔らかくなる。
ルルビィさんにとっては、この聖者様のほうが馴染み深いのだろう。
「あの、すみません聖者様! うちのおじいちゃん、肺が悪くて…助けていただけませんか?!」
突然、村の若い女性が声を上げた。
顔色の悪い老人が、その女性に寄りかかるようにして立っている。
あの2人の家は、教会から近くはないはずだ。
リベルがさっき僕たちの姿を確認して戻ってからでは、まだたどり着けるはずはない。
きっと聖者様がここで復活すると聞いて、すぐに来てしまったんだろう。聖教会が復活の地を伏せていた理由がよく分かった。
「お辛そうですね、すぐ治癒をしましょう。ルルビィ、頼む」
「はい!」
ルルビィさんが素早く前に駆けだした。
「治癒が必要な方は並んでお待ちください! 症状の重い方は先にいたしますので、おっしゃってください! リベルさん、椅子などありましたらお貸しいただけますか」
慣れた様子で、治癒を望んできた人と、ただ姿を拝みたい人を分けていく。
きっと、聖者様の生前からこうしていたんだろう。
「治癒、手伝いましょうか?」
僕は小声で聖者様に聞いてみた。
「大丈夫だ。使徒の存在が公表されるまで、目立つことはしなくていい」
聖者様も小声で答える。
「じゃあ僕、椅子を運ぶの手伝ってきます」
「俺もそっち行く」
僕はダンと教会に向かった。
「私はルルビィさんを手伝うわね」
サリアも動き、僕たちは教会の中に入った。
並ぶ人たちに待ってもらうのなら、長椅子がいいだろう。そう思って物置の方へ向かう。
すると、食堂の椅子を運ぼうとしていたリベルを、おじいちゃんがやはり長椅子のところへ案内していた。
「おかえり、ライル」
僕を見つけたおじいちゃんが微笑む。
この笑い方が母さんによく似ていて、僕は好きだ。
「ただいま。聖者様が外にいるよ」
「ああ。でも司祭様がいらっしゃってるから、私は後でご挨拶するよ」
おじいちゃんの言う司祭は隣村の教会の人で、常駐の司祭がいないこの教会に月に一度通って来ている。
この村の人たちは、洗礼や結婚式はその日に合わせて行っていた。
葬儀だけは、呼びに行って来てもらうことになるけれど、都合がつかずに遅れてしまうこともある。
そんな人まで、今日吹聴された噂話でやって来たのだ。改めて「聖者」という存在の影響力を知る。
物置には、村の行事で使ったりする長椅子が保管してあった。
ダンは細身だが、余分な肉がないだけで筋肉はそれなりにある。長椅子を一人で肩まで担ぎ上げ、さらに一つ、脇に抱えた。
僕は人に分からない程度の重力魔法を使って椅子を軽くして持ち上げ、苦戦しているリベルを置いてダンの後に続く。
そうして僕たちが教会の外に出たとき、言い争うような声が聞こえた。
いや、争いではない。一方的な誹りだ。
「後ろに並べ!」
「大体、忌咎族に治癒なんて必要ないだろう!」
忌咎族とは、墓守りを生業とする一族への蔑称だ。
元々は差別を受ける存在ではなかったが、遺体を扱う上に重労働であるため、罪人にそれを担わせることも多かった。
それが段々と「罪人の魂を持つ一族」という偏見に変わってしまったらしい。
この話は、サリアに説明された。
なぜなら――ルルビィさんが、忌咎族の出身だからだ。
「あの…おやめください、みなさん並んで…」
さっきまで生き生きとしていたルルビィさんの顔が青くなっている。
まずい、と思ったとき、サリアが前に出た。
「みなさん、神の教えに忌咎族という存在はありません! それにこの方々が働けなければ、葬儀があったときに困るのはみなさんですよ!」
「え…そうなのか?」
「でも、昔からそう言われて…」
村の人たちがざわつき始める。
あまりにも長く続く風習なので、誰もが当たり前だと思っていたのだ。
「そうは言うけど、あんた一体誰…」
村の人にとっては、ただの旅人でしかないサリアの言葉に疑問が投げかけられそうになったとき、周囲一帯を神聖魔法が覆った。
広域治癒だ。
「もう日が暮れますし、遠くから来られた方もいらっしゃるでしょう。急ぎの処置をさせていただきました」
聖者様が、さっきまでの「聖者らしい」笑顔とは違う、明らかな作り笑いでそう言った。
少し、怖い。
しかし遠くにいた人には、何が起きたか分からなかったようだ。
するとダンが長椅子を置いて、大きく息を吸った。
「みなさん! 聖者様がみなさんが早く帰れるようにしてくださいました! 聖者様もお疲れですので、今日はお引き取り願います!」
村中に響くかと思うほどよく通る大声で、ダンが呼びかける。
治癒をしてもらいにきたわけではない人たちも体が軽くなったようで、「すごい」「ありがたい」とあちこちで声が聞こえた。
人々の熱はなかなか下がらなかったが、「聖者様も疲れている」という言葉が効いたらしい。
夕暮れが近づく中、ゆっくりと人波は引いていった。
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