2 / 97
02.聖者復活
しおりを挟む神託で告げられた、聖者復活の日がやってきた。
ルルビィさんは既に「聖人」という、聖者に属した称号を持っている。
本来は聖者を育み、寄り添う者として、両親と配偶者だけに与えられるものだ。
だけど聖者様は早くに両親を亡くし、ルルビィさんがまだ若かったということで、特例として婚約時点で与えられたらしい。
そして聖者の唯一の弟子でもあるルルビィさんを第一の使徒として、神託で新たに見出された僕たち3人を合わせた4人の使徒は聖峰と呼ばれる険しい山を登った。
早朝に麓の教会から出発したが、神託で告げられた洞窟へとたどり着いたのはもう日が傾き始めた頃だった。
ルルビィさんが、おそるおそる洞窟の中に足を踏み入れる。
「聖者様…?」
その声は明らかに緊張していた。
聖者の称号を与えられた者は過去にもいたけれど、一度死んで復活するというのは前例がない。
神を疑うわけではないが、本当に復活するのか。
復活したとしても生前と同じ姿形で戻ってくるのか。
不安になるのも無理はない。
「ルルビィ!」
洞窟の奥から、早足に土を蹴る音と、若い男の声が聞こえた。
ルルビィさんは一瞬息をのみ、その声の主に向かって駆け寄った
「聖者様!!」
ルルビィさんの後を追うように僕たちも洞窟の奥に進む。
二人が邂逅した時に、僕にもようやくその姿が見えた。
聖者という言葉から何となく神々しいイメージを持っていたけれど、そこにいたのは僕たちと同じような、簡素な旅装束を身にまとった普通の青年だった。
そもそも聖職者は基本的に質素倹約を旨としているのだし、聖者様は布教と奉仕の旅を続けていたのだから、考えてみれば当たり前の装いだ。
だけど首元まで伸びる黒髪は濡れたように艶めいて、深い藍色の瞳との組み合わせと整った顔立ちは、教会に飾られた天使画に似た印象を抱かせた。
そして、ルルビィさんの両肩に手を置き、その顔を見つめる眼差しは、天使画の慈愛に満ちた微笑みよりももっと優しいものだった。
「大きくなったね、ルルビィ」
「はい…はい! 聖者様はお変わりなくて…」
不安が解けるのと同時に、その翠の瞳には涙が溢れている。
初めて会った時、ルルビィさんの瞳は絵画で見た南国の海みたいだと思った。明るい金の髪が日差しを連想させたせいかもしれない。
そんな瞳から溢れる涙は、やっぱり海から零れ落ちているようだなんて思ってしまう。
しかし再会の喜びに浸っているルルビィさんを、聖者様はその肩に置いた手で少し横にずらすようにする。そして僕たちに目を向けた。
「使徒を見つけて来てくれたんだね、ありがとう」
感動の再会でしばらく二人の世界が続くだろうと思っていたのに、すぐに僕たちの方へ話を向けられて、不意をつかれてしまった。
少し事務的なようにも感じられたが、ただ単に人前だから遠慮したのだろうか。
ルルビィさんも、目元を拭ってすぐに僕たちに向き直った。
「はい。こちらがダン・ガフィロさんです」
瘦せ型で長身なせいか、少し猫背気味のおじさん…に見えるが、実は見た目より若い23歳の青年だ。
ボサボサの赤毛に無精ヒゲ。衣服の痛み具合も激しくて、僕もルルビィさんに紹介されなければ使徒だなんて思わなかっただろう。
本人も未だに信じられないようで、いきなり最初に紹介されてガチガチに緊張している。
「は、初めまして! ダン・ガフィロっす! なんか、ホントに俺なんか間違いじゃないかと思うんですけど…」
そんなダンに、聖者様はにっこりと微笑んで歩み寄る。
「ルルビィが見つけたなら間違いはない。君には『予言者』の称号が与えられる」
「称号っすか⁈」
「君の場合、神託を俺に伝える役割があるわけだが『預言者』は本来教皇だけだからな。予知能力のある君の特殊な感受性を使って神託を授けつつ、称号は微妙に変えようっていう魂胆があるんだから、そうありがたがるものでもない」
…なんとなくだけど、聖者様の口調に違和感を覚えた。気のせいだろうか。
しかしルルビィさんも、なんだか戸惑っているように見える。
「え…と、それでこちらがサリア・オーディスタさんです…」
続けて紹介された女性は、短衣の裾をつまみ上げ、綺麗な所作で頭を下げる。
「お初にお目にかかります。サリア・オーディスタと申します」
僕たちと同じく飾り気のない旅装束だが、サリアだけはよく見ると生地も仕立ても格段に良い物を身に着けている。短く切り揃えたサラサラの黒髪が日に焼けていない白い肌を際立たせて、裕福な家の出身であることを感じさせていた。
実際、彼女が使徒であると分かったときには、一族総出で1カ月もの期間をかけて旅立ちの準備がされ、サリアは待たせているルルビィさんに恐縮しきりだったという。
「学問の名家オーディスタ家か。君には『賢者』の称号が与えられえる」
「『賢者』!? 私がですか?」
去年成人したばかりらしいが、そうとは思えない落ち着きを常に持っていたサリアのこんな声を、僕は初めて聞いた。
そしていつもはややキツい印象を持つ濃い緑の瞳が、丸く見開かれてしまっている。
「事実上は見習いの『賢者』だけどな。聖者の使徒として活動してもらう上で、形から先に入ってもらうことになる。これから精進してくれればいい」
「か、かしこまりました。称号に恥じないよう、努力いたします」
少し冷静さを取り戻したらしいサリアが、改めて頭を下げる。
その様子を見て、聖者様は笑みをこぼした。
「そうかしこまらないでくれ、これから長い付き合いになるんだから。使徒がみんな若いのは、俺の旅に一生のほとんどを付き合ってもらうことになるからだ。…だから、俺も君たちの前では本音を言おう。はっきり言って、俺は神の言いなりになる気はない」
「え?」
「は?」
サリアとダンが同時に聖者様を凝視する。
二人を紹介する間もずっと聖者様を見つめていたルルビィさんは、僕が最初に聖者様の口調に違和感を覚えたときからだんだん青ざめているように見えた。
と、いうか僕の紹介がまだなのに、なぜこんな爆弾発言を聞かされているのだろう。
不安しかない初対面は、こうして始まった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる