家に帰りたい狩りゲー転移

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7章

(7)もう一つの仮想世界

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「なんで、門が……開いちゃった……」

 愕然と口を開けたまま、宇田芸はずるずると床に座り込んだ。

 制御室中央に鎮座する巨大モニター。ついさっきまで眩い光を放っていたそれは、今や鈍色の酷い砂嵐に覆われ、不気味なノイズ音を流し続けていた。画面に表示されていた鍵穴は消滅し、代わりに「認証完了」の文字が途切れ途切れに浮かび上がっていた。

 しかしそれよりも、狩人達の視線はモニター前の虚空に釘付けであった。ついさっきまでそこに立っていたはずのアンリが、影も形もなくなっていたからだ。地面には真っ黒な焼け跡が放射状に張り付いているだけで、アンリの持ち物どころか、毛髪一つだって残っていない。

「アンリは、消えてしまったのか……?」

 呆然とグレンが呟くも、誰も答えを口にできなかった。あれで死んだと確定づけるには、あまりにも無味無臭で呆気なさすぎたのだ。

 永遠にも思える長い沈黙の後、宇田芸は口を押えながら床に蹲った。

「わ……わたしが……私が死ぬはずだったのに……そんな……どうしよう、どうしよう」

 旧人類にとって、それは想定しうる最悪の結果だった。宇田芸たち旧人類は、新人類に命を繋いでもらった恩を返すため、ここで命を擲つつもりだった。なのに、守るべき子に自分の役目を押し付けて、あまつさえ見殺しにしてしまったのだ。これでは、同胞やヨルドの里の先祖に顔向けできない。

 絶望に打ちひしがれる宇田芸を、グレンは少し離れた場所から眺めることしかできなかった。が、桃色の髪をした小さな影がたった一人、迷いなく宇田芸の元へ駆け寄った。

「ウタゲ、泣くのは早いし!」
「で、でも、シャルちゃん……」
「オレ、最後までちゃんと見てたし! アンリの魂がどこに行ったのか!」

 確信を持って放たれたシャルの言葉に、消沈していた面々がまばらに顔を上げた。そして、ゼンが倒れ込むような勢いでシャルの肩を掴む。

「もしかして、アンリはまだ生きてるのか?」
「分かんない。けど、普通は誰か死んだとき、身体から魂が出てきて、そのまま消えるだろ? なのにアンリは、身体がまるごと魂になって、この板の中に吸い込まれたんだし!」

 と、紫色の大きな瞳が真っ直ぐとゼンを見上げる。

 この場にはシャル以外に魂が見える人間がいない。リョーホから『瞋恚』を受け継いだ宇田芸と武涛も、菌糸能力を発動する余裕がなかった。それはつまり、シャルの言葉を裏付けられる人間はいないと言うことだ。

 ……だが、もし。シャルの言った通り、アンリの肉体が魂へ変化していたとすれば。その魂がモニターの中に入ったのなら。

「アンリは、仮想世界にいる……?」

 ツクモの小さな声が、大きな響きを伴って全員の鼓膜を揺らした。

「ハインキー、ミッサ」
 
 ゼンが仲間たちを振り返り、不敵に笑った。

「どちらにしろ、吾輩たちは仮想世界に入るのが目的だったであろう。何も問題はないではないか」
「だな! さっさと入っちまおうぜ!」
「ついでに、テララギのサーバーもサクッと浄化しなきゃねェ!」

 拳を突き合わせながら、ミッサが意気揚々と笑い出す。シャルもツクモも異論はない。シュレイブとクライヴはまだ浮かない表情をしていたが、彼らの目には強い光が宿っていた。しかし――。

「どうして……みんな簡単に切り替えられるの?」

 グレンだけは、いまだ沈んだ顔で立ち竦んでいた。

 グレンからしてみれば、アンリの身に起きた惨劇は恐怖でしかなかった。原理の分からない謎の機械に魂を直接蝕まれ、最後は氷のように身体が砕けて跡形もなくなった。鮮血が残っていないのが尚のこと『未知の死に方』というグロテスクさに拍車をかけていた。

 あんな光景、狩人でなければ耐えられない。非戦闘員ならば一生の傷となるだろう。

 だというのに、ハインキーたちはきっぱりとこう言った。

「生きてる可能性があるなら、速攻そっちに向かうべきだ。泣いてる暇なんかねぇよ」

 狩人らしい真っ当な発言だ。彼の優れた決断力は、一瞬の迷いで容易く死ねる戦場で培われたものだろう。

 もちろん、討滅者であるグレンもまた、勝利のために数え切れないほど非道な選択をした。その上でグレンの本能はこう告げている。「死者が出た以上、深入りするのは危険だ」と。

 下手をすれば全員が消滅してしまうかもしれない。なのになぜ、彼らは突き進むのか。
 
 グレンが取り残されているのを尻目に、ツクモが制御室の外へ走り出した。
 
「ヨルドの里のように余りのポッドがあるかも知れません! 探してきます!」
「いや、テララギには予備のポッドすらない。当時はヨルドほど余裕がなかったのでな」

 と、武涛が事情を話すと、ツクモは足を止めて悔しげに眉を顰めた。

「では、どうやって仮想世界に入れば良いのですか」

 静かな怒気を孕んだ声だ。いつも以上に感情を発露させるツクモに、狩人たちはタジタジになってしまう。

 ふと、床に座り込んでいた宇田芸が、シャルに支えられながら立ち上がった。

「浦敷博士が貴方達に渡した通行証……あれがあれば、ダアトで新しくポッドを作れるよ。アンリのお陰で鍵も開いたから、現実世界側からでもアクセスできるはず……」
「でも、通行証を持ってたのはアンリだぞ? さっきアンリごと持って行かれたが、どうするんだ?」
「……あ!?」

 宇田芸の間抜けな叫びが、現状の全てを物語る。ハインキーたちが愕然とするや、宇田芸はワタワタと言葉を継ぎ足した。

「で、でもアンリが向こうで通行証を使えば、どっちにしろダアトを使えるようになるから……!」
「じゃあそれまで、俺達はここで待ちぼうけってことか……? アンリの生死も分かんないのに……?」

 シュレイブの覇気のない声に、宇田芸は咽び泣くように崩れ落ちた。


 
   ・・・───・・・


 
 車、という名のカラクリに乗って走ること数分。アンリたちは廃墟の街のど真ん中を走行していた。

 地平線から追いかけてきたウイルスの群れはもう見えない。アンリたちが地道に撃退したのもあるが、大部分は廃墟に近づくなり逃げ去っていったのだ。どうやら、この廃墟の街にはウイルスが嫌う何かがあるようだ。

 廃墟の街は、やはり現実世界の街並みとはかなり異なっていた。立ち並ぶ建物はどれも垂直かつ規則的で、人工物の美学が圧縮されている。もしここが廃墟でなかったなら、初めて見知らぬ土地を訪れたときのような高揚感を覚えたかもしれない。

 だが廃墟と化したこの街には、もはや未知の不気味さしか残っていない。爆撃を受けたような煤を被っていたり、倒壊したりしているわけではない。写真の一角を破り捨てたように、不自然に物質が欠けているのだ。ウイルスの襲撃がいかに凄惨だったかを物語っている。

 とっくの昔に滅びた旧人類文明を、このような形で見ることになるとは思いもしなかった。しかもその時代を生きた人間たちと車に相乗りしているとくれば、不思議な人生を歩んでいるものだと感慨深くなる。

 アンリはずいぶん昔に、リョーホから故郷の話を聞いたことがあった。あの時は面白い空想話で済ませていたが、もっと真剣に聞いてやればよかったと少し思う。

「見えてきたぞ。あれが唯一侵食から免れた第十一保護区だ」

 タカ、という名の操縦者の男が、側面の窓から前方を指差した。車の進行方向には、天まで届きそうな半透明の青い結界があった。その中には所々テクスチャが禿げた白い要塞と、車が入れそうな大門がある。

 車は半透明の結界を何事もなく透過すると、速度を落としながら大門へとハンドルを傾けた。

 大門の左右の壁には、小さな白いカラクリが張り付いていた。カラクリの正面には黒いレンズが嵌め込まれており、内部で赤い光が点滅していた。

「あれもカラクリだよね?」
「カラクリっつーか、ロボットっていうんだよ。あれは監視カメラって名前で、人間の代わりに門の監視をしてるんだ」
「へぇ、うちにも欲しいな」

 あれがヨルドの里にあったら、いちいち危険な巡回をする必要もない。先ほど通り過ぎた青い結界もドラゴンや他里への牽制になりそうだ。

 顎に手を当てながらアンリが目を輝かせていると、バンダナを巻いた男――クロウが、ライフルを抱くように座り直した。

「マジで別世界の人間なんだな、あんた。車すら知らないなんて信じられねぇ」
「仕方ないだろ。こっちには車もないし、いんたーねっと? とかも聞いたことない。空を飛ぶ乗り物はあるけど、君たちの言うヒコウキとは別物だろうね」

 アンリが指折り数えながら列挙すると、クロウは身をすくめながらおいおいと狼狽した。
 
「ってことは絶対インフラも終わってんだろ。外に出ても地獄なんじゃねぇのか? ただでさえドラゴンがいるってだけでも恐怖なのによ」

 途端、助手席にいる色白のヤシギがゲラゲラと笑った。
 
「今更だろ。何十年同じこと言ってんだ」
「だってよぉ! 誰が好き好んでサバイバル生活したがるよ! いくら五感に飢えてるったって、死ぬかもしれねぇのに!」

 どうやらクロウは、他の二人よりも楽観的ではいられないらしい。今まで出会ってきた旧人類は皆、現実世界に戻れることを夢見ているものばかりだったため、クロウのようなタイプは珍しかった。

 しかし冷静に考えて見れば、クロウの反応は至極真っ当であろう。戦ったこともない化け物がいる異世界に、身体一つで飛び込むなんて自殺行為なのだから。もっとも、死すら超越した仮想世界も滅びに向かっているのだから、死ぬ方法を選べるだけマシと言えよう。

 とはいえ、アンリはクロウに対して同情はしなかった。そしてにっこりとクロウへ笑いかける。
 
「俺からすれば、ドラゴンのいない世界の方が怖いけどね」
「なぜだ?」
「そりゃあ……」

 続きを紡ぐより早く、運転席の方からノイズ混じりの声がした。
 
『タカ、荷台にいる男は誰だ?』
「新人類。外の世界から来たお客人だ。丁重にもてなせよ」

 アンリがフロントから運転席を覗き込めば、タカが手のひらサイズの黒い機械に話しかけていた。あの機械はおそらく、ロッシュの『響音』と同じく、遠い相手に声を支えるための道具だろう。

 通信が終わるのとほぼ同時に、固く閉じられていた大門が左右に開かれた。タカは車が通れる最低限の隙間へハンドルを傾ける。がこん、と段差を乗り上げれば、一気に開けた場所に出た。

 第十一保護区と呼ばれるそこは、外の廃墟を新品に入れ替えたような街並みだった。空を見上げれば、四角い建物が謎の原理で空中に浮かんでいた。

 オラガイアを連想させる光景にアンリが目を白黒させていると、車に緩やかな制動がかかった。気づけば大門から随分と離れて、街の中心部まで来ていたようだ。車は大通りの角をぐるりと回った後、一際背の高い建物の前で停車した。

「おお……」

 中央都市でも見たことのない、やたら高さを重視した建物にアンリは驚嘆する。見惚れている間に操縦席からタカとヤシギが降りて、ドアを閉める衝撃が車を揺らした。
 
「うっし。ここまで来れば安全だ。あの化け物共もあの結界を越えて入ってこれないからな」

 降りろ、と手招きされ、アンリは躊躇いもなく荷台から飛び降りた。

「この高さを飛び降りる奴があるかよ……」

 同じく荷台に乗っていたクロウは、足場にきっちり重心を乗せながら降りはじめた。

 アンリはクロウが降りるのを待つ間、遠目に見える青い結界を見上げた。
 
「あの結界って、ウイルスが撒かれる前からあったのか?」

 その問い真っ先に答えたのはヤシギだった。
 
「いや、作られたのは襲撃の後だ。テララギに残ったうちの博士が、突貫で作ってくれたんだ。……と」

 不自然に言葉が途切れたので、アンリはなんとなくヤシギを見やる。ヤシギの視線は、すぐ側のエントランスから出てくる男に注がれていた。
 
「噂をすれば。あの人が結界を作ったクレイン博士だ」
「へぇ……あれが博士?」
 
 アンリが間抜けな声を出してしまうぐらい、クレイン博士は、全くもって博士らしくない格好をしていた。黒い外套の下に鈍色のバトルスーツを着込んでおり、鍛えられた筋肉は守護狩人にも引けを取っていない。何よりその凶悪な顔立ちは連続殺人鬼のようだった。

 クレイン博士はメガネをギラギラと光らせ、長身を猫背にしながらキビキビ歩いてきた。アンリを凝視するグリーンの瞳は、隠しきれない好奇心で茹っていた。

「やあ、門番が言っていたのは君か」

 意外にも柔和な声が飛び出してきて、アンリは面食らった。
 
「あ、ああ。はじめまして。俺はアンリ。君たちの言う新人類だよ」
「はは! まさか生きているうちに会えるとはな!」

 クレイン博士は快活に笑い、少し高い位置からアンリに握手を求めた。
 
「俺はクレイン・マクドウェル。浦敷博士と共に菌糸融合実験を推し進めた研究者だ。ま、肝心の自分が適合できず、こうして仮想世界の虜囚となっているがね」

 アンリは苦笑しながらクレイン博士の握手に応えた。握り合った手の感触は、手袋を隔てたように曖昧だ。微妙な顔でアンリが手元を見つめると、クレイン博士はゲラゲラ笑いながら背中を叩いてきた。
 
「ははは! 仮想世界じゃ感覚も鈍いだろう? ま、続きは中で話そう。そのカードの使い方も教えなくてはね」

 と、クレイン博士は蛇のように口角を釣り上げて、さっき通ったばかりのエントランスへと引っ込んでいった。
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