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6章
(23)俗信
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「西門、南門、ともに避難完了です」
「全部隊、北門に合流しました」
「了解。これより全員で英雄の丘へ向かい、ヨルドの狩人と落ち合う。いいか、決して砂漠には入るなよ」
テキパキと報告が終わり、エラムラの狩人たちが各々の持ち場へ散っていく。
研大はその様子を遠目に確認しながら、鳴り止まない雷鳴と破砕音に背筋を強張らせた。仮想世界でNoDが持ち帰った記憶や旧世界の映像を元に、それなりに戦場というものを知っているつもりだった。しかし、実際に目の前で親友が化け物に変わり、砂利をタイヤで引き平すように群衆が押し潰される光景を見ると、知っているだなんて口が裂けても言えなかった。
結局のところ、仮想世界は死という概念そのものが縁遠かったのだ。魂や自我データを抹消すれば死を体感できるとしても、痛みもなく、バックアップもあるから、大したことではないと心のどこかで過信していた。
けれど、現実はそうじゃない。
「はぁ……」
咄嗟に溜息を手で押さえながら、研大は人目を忍んで肩を落とした。
情けない。こうなった時のために共に戦えるよう、仮想世界で爪を研いできたのに、何もできなかった。事前にハインキーから「戦闘になればすぐに人民の避難誘導をしろ」と言われていなければ、中途半端にゴモリーに戦いを挑んで犬死にしていたかもしれない。
──……ああそうだ、俺は怒っているんだ。軽々と人の命が奪われたことに。
遅すぎる自覚に人知れず苦笑が漏れる。
苦虫を噛み潰したような心地でエラムラの山を見上げると、渦巻く黒雲が不規則に点滅するのが見えた。天高くをうろつくマガツヒの周りでは、色鮮やかな光が飛び回っている。
「ここからじゃマガツヒしか見えないな……」
地上では、ハウラたちが命懸けでゴモリーの足止めをしているはずだ。ミカルラの娘を信じていないわけじゃないが、下手に手を貸せないというのも歯痒くて仕方がない。
研大と同じことを考えていたのか、旧人類の女性──宇田芸初美がくいっと袖を引っ張ってきた。
「藍空さん。やっぱり私たちも……」
「ダメだ。俺達はまだ現実の身体に慣れていない。仮想世界でシュミレーションした通りに動けなければ足手まといだよ」
連携の取り方すら知らないのだから、共闘すれば仲間の妨害もしかねない。初対面のハウラたちともなれば尚更だった。
でも、と宇田芸は眉を顰める。
すると元軍人の旧人類こと、古噺武涛が宇田芸に対して厳しい声を発した。
「避難民を護衛する戦力も必要だ。負傷者の治療を最優先にしろ」
古噺が顎でしゃくった先には、負傷したエラムラの民が地べたに座り込んで、束の間の休息を貪っていた。特に研大たちの周りには重傷者が集められており、つい先ほど全員の止血が終わったところだった。
負傷者のほとんどは、飛んできた瓦礫や流れ弾に当たった者だ。ごく一部だが、人とぶつかったり踏まれたりして骨折した者もいる。それ以上の怪我を負った者は、残念ながらここにいない。
研大たち旧人類は、リョーホの菌糸を移植したことで『雷光』による治療が可能だった。しかし、リョーホほどの能力は発動できず、たった五センチの切り傷を塞ぐだけでも数十秒を要した。骨折を治すとなれば、せめて二十分ほど時間が欲しい。もちろん、そんな時間は残されていない。
人命救助も立派な仕事だ。何度も言い聞かせるが、今この瞬間にも、知っている誰かが死んでいるかもしれない。そう思うと、目の前のことになかなか集中できなかった。
兎にも角にも、最低限の治療は終わった。全快とは行かずとも、皆自力で歩ける程度には回復している。
「ケンタさん。そろそろ東部隊も移動します」
エラムラの狩人に耳打ちされ、研大は深く頷いた。そして、疲弊した民に向けて声を張る。
「ここから先は移動しながら治療します! 隣の人と助け合って、焦らずゆっくり歩いてください!」
列の先頭にいた人から順に立たせて、傷口の様子を確認しながら途中まで連れ沿う。確認が終わればまた次の人へと、治癒能力持ちの人たち総出で負傷者を送り出す。
全員を英雄の丘に送り出すまでそう時間はかからなかった。しかし、ヨルドの里に向けて救難信号を送ってから、すでに半刻は経とうとしている。できれば英雄の丘で立ち往生することにならなければいいのだが。
率直に言ってエラムラからヨルドへの道のりは、非戦闘員にとっては過酷すぎる。これほど大勢の人間で砂漠を渡ろうものなら、たちまち上位ドラゴンに取り囲まれて食い散らかされてしまうだろう。研大たちが安全に砂漠を渡れたのは、ひとえにレオハニーたちが護衛してくれたおかげだ。
今度は研大たちが、エラムラの狩人と共におよそ数百人もの人間を守り抜かねばならない。ヨルドの狩人が救難信号に気づいていたら、あちらからも増援が来てくれるはずだが……。
「な、なんだあれ!?」
誰かの叫び声が空へ飛ぶ。見上げると、ヨルドの里の方角から楕円形の巨大な物体が飛んでくるのが見えた。
先頭にドリルを備え付け、下腹部にスクリューをつけたそれは、潜水艦だ。
「……は?」
後続にはトゥアハ派から鹵獲した巨大潜水艦が続々と列をなし、さも当たり前のように空を飛んでいる。
「わぁ……潜水艦が空飛んでらぁ……」
潜水艦の側面には、男のロマンをぎっしり詰め込んだ戦闘機の翼がしれっと生えていた。『砂紋』を極め抜いた旧人類の誰かが、研大たちがいない間に潜水艦の魔改造をしたのだろう。『紅炎』のジェットエンジンが、原始時代に似つかわしくない爆音を撒き散らし、直線上の煙を空に引いていた。
確かにこれなら、大量の人間を一気に運搬できる。少なくとも地中からの襲撃には怯えなくていいのだから。
「バカじゃねーの……バカじゃねーの!?」
なんでここにリョーホがいないんだよ。
興奮。歓喜。呆れ。やるせなさ。その他諸々の感情で、研大の情緒が乱離拡散する。思わず口を押さえるが、堪えきれなかった感情が泣きながら笑い出した。
旧世界の技術を知らない新人類にとって、空飛ぶ巨大物体はドラゴンにしか見えないだろう。慌てふためくエラムラの民たちに、古噺がよく響く声で呼びかけた。
「あれはオラガイアと同じ特殊なカラクリだ! ヨルドの民が乗ってる竜船だと思ってくれ!」
その説明がどれほどの効力を持ったか、ひとまずは集団パニックだけは防げたようだ。強靭な精神を持っているらしい一部のエラムラの民は未知の物体に目を輝かせていた。
飛行型潜水艦は、ジェットエンジンを逆噴射することで制動をかけ、ワイヤー代わりに『砂紋』の錘を地面に突き刺した。腹部に生え揃った車輪が英雄の丘を滑る。ついで、錘から伸びた砂の糸が伸びやかに速度を受け止め、潜水艦はスマートに着陸を成功させた。
「帰りが遅いんで迎えに来たぞィ!」
潜水艦から真っ先に飛び降りてきたのは、陽気な笑顔を浮かべるメルク村長だった。続いてメルクの背後からオリヴィアも飛び出してくる。
「あちこちからドラゴンが集まってきているわ。早くここを離れましょう!」
オリヴィアの忠告が終わるのを待たず、北の方角からドラゴンの鳴き声が近づいてきた。マガツヒの気配を察知して、気性の荒いドラゴンが縄張りを守るべく集まってきているようだ。
状況を察知したエラムラの狩人は、すぐにエラムラの民を飛行型潜水艦へと誘導し始めた。負傷者たちも砂漠を通らずに済むと知って、明らかに顔色が良くなっていた。
だが、宇田芸は安堵するどころか、必死の形相でメルクへと駆け寄った。
「エトロたちがまだエラムラの中に! 私たちも戦わないと!」
「すまんが増援は出せんぞィ。ヨルドの里の警備も今が限界じゃァ」
メルクの言う通り、ヨルドの里はまだドラゴン避けが十全に行われていない。スキュリアのようにふんだんなお香があるわけでも、ハウラのような結界があるわけでもないのだ。メルクがヨルドの里を離れているだけでも、かなりの綱渡りである。
宇田芸は頬を打たれたように目を見開いて、悔しげに鼻を歪ませながらメルクに従った。
「っじゃあせめて、私は残る! まだ戦ってる人の命なら助けられる!」
「俺も残ります、メルク村長」
「うむ。避難が終われば儂もまた戻るでな!」
メルクは研大と宇田芸、それから他の旧人類たちの腰を叩いて、身軽に潜水艦へ戻っていった。
まもなく、避難民を乗せた飛行型潜水艦が、ヨルドの里に向けてゆっくりと旋回を始める。流石に避難民を全員乗せることは叶わなかったため、半数以上がまだ英雄の丘に取り残されている。残っているのはほぼ男性ばかりで、女子供、老人はみな船内だ。
ごぅん、と骨に響く重低音が、エンジンの点火を声高に告げる。それは『紅炎』の火力だけで加速し、英雄の丘の斜面を利用しながら、力強く空へ羽ばたいていった。
「藍空さん……これからどうなってしまうんでしょう。この世界は」
遠ざかっていく飛行型潜水艦を見上げながら、宇田芸は呟く。
「未来なんて誰にも分からない。だけど俺は信じてるよ」
研大は涙の滲む目尻を拭い、エラムラの里へ踵を返した。墨汁を吸ったように澱んだ空の中で、長い胴体で頭を包んだ親友を見据える。
「リョーホは絶対に帰ってくる」
研大の親友は文字通り、死んでも死なない男なのだ。
・・・───・・・
ハウラは、目の前で別人となった男を唖然と凝視していた。
金髪と赤い瞳、血の気を感じさせぬ白い肌。これが、ゴモリー・リデルゴアの真の姿なのだろうか。造形の全てが作り物めいているせいで、まるで人形が一人でに動いているような猛烈な違和感に襲われる。
──戦争が止まらぬ理由を考えたことはあるか。
そう問いかけておきながら、ゴモリーあっさりとハウラから視線を外した。
「……っ」
まるで、最初から答えを期待していないと言わんばかりだ。こちらを小馬鹿にするための一方的な問いだったのだと気づき、ハウラは頬に屈辱の血潮を感じた。
当然、ゴモリーはハウラの反応に興味すら抱いていなかった。
「世界とは、弱肉強食で成り立つもの。原子、生物、惑星ですらも、エネルギーの奪い合いによって生き永らえてきた。つまり我々が生きている限り、争いは決してなくならない」
会話の途中、友人をふざけて叩くような気軽さで、ゴモリーの人差し指が地平を撫でた。
瞬間、極限まで細く練り込まれたダアトの糸が、ハウラの背後にいる影鬼ごとエラムラの山を切り飛ばした。
上半身を失った影鬼越しに、ハウラはエラムラの山々を見上げた。歴史ある名画をカッターで引き裂いたように、断面から上が浮かんでいた。
ほんの数秒、時間が止まった気がした。
やがて鼓膜を乱打する轟音と共に、エラムラの山々が地平に墜落する。巨大質量の落下地点では土砂崩れが起き、かろうじて残っていたエラムラの街並みが、片っ端から土塊に押し流されていった。
砂埃が、小石を運びながらハウラの元まで押し寄せる。エラムラの民が耕した畑の土の匂いがした。
形容しがたい激情に全身が拍動する。
「こっ……のおおおおお!」
ハウラは崩れかけた影鬼を分解し、ドラゴンの軍勢へと再構築した。地を這うサランドから、飛行型のヴルトプスまで、外見だけを模した『腐食』のドラゴンがくぐもった咆哮を上げる。それらは鋭い牙を鈍く光らせながら、空中に浮かぶゴモリーへとなだれ込んだ。
視界を覆いつくすほどの黒鬼は、ゴモリーの腕の一薙ぎであっけなく四散した。
しかし、払われた黒い霧の奥から、薙刀を振りかぶったハウラが飛び出す。
「せあああああ!」
薙刀がゴモリーの頭部に直撃する。確かな手応えが両腕に伝わる。完全に頭蓋を引き裂いた。
だというのに、ゴモリーは平然とハウラを見つめ返した。
いくら致命傷を与えても、この男を止められない。
いったいどうすれば。
「ぐあっ!?」
動揺した隙をつかれ、ゴモリーの腕がやたら滑らかな動作でハウラの首を掴んだ。両足が振り回されるほどの勢いで、頭から地面に思い切り叩きつけられる。
「がはっ……!」
「お前たちはまだ戦う知能があるだけ、まだマシな部類だ」
ゴモリーの指先に力が込められ、ゆっくりと気道が塞がれていく。苦しみ悶えるハウラが手首を引っ掻くみ、ダアトの膜で覆われた皮膚に傷一つつけられなかった。
「旧世界では、戦争から目を背ける堕落した糞袋ばかりが繁栄していたものだ」
身体に籠った熱を追い出すように、ゴモリーの口の端から白い糸状の息が漏れた。濁った赤い瞳は、相も変わらずハウラではないどこかを見据えており、人形じみた不気味さに拍車をかけていた。
「核兵器を捨てろ。戦争を止めろ。不平等、格差を無くそう。全く、愚蒙な思想だよ。生物から闘争を奪うことなどできはしない。仲良しこよしで繁殖する旧人類は、世の理に反していながら、なおも存続を諦めきれなかった。なぁ、醜いことこの上ないだろう?」
ハウラは遠ざかりかける意識をどうにか繋ぎ止めながら、必死にゴモリーを睨みつけた。
「あ、なたは、旧世界を、憎んでいるのですか? 旧人類の復活の、ために、終末の日を引き起こそうとしている、あなたが!」
ゴモリーの親指の付け根を捻り、勢いよく拘束を引き剥がす。同時に鳩尾を蹴り飛ばし、ダメ押しに『腐食』の槍を叩き込んで、ようやくゴモリーがハウラの上から離れた。
至近距離で『腐食』を使いすぎたせいで、菌糸が織り込まれた衣服はすでにボロボロになっていた。はだけそうになる胸元を押さえながら、ハウラは後ずさる。
ゴモリーは無感情にそれを眺めながら不気味な笑みを作った。
「想像してご覧。安寧に溺れ、現実から逃げ出した愚者共を肉体の檻に閉じ込めるだけでもワクワクするだろう? 平和が欲しいと豚のように泣き叫ぶ奴らが、人類に相応しき闘争の化け物に進化する様を、想像するだけでも胸が湧き立つだろう!」
爛々と目を輝かせ、絶叫するゴモリー。その姿を見上げていると、不意にミカルラの記憶が蘇った。
ゴモリーは世界滅亡の決定打を打った大犯罪者だ。それ故に、仮想世界に魂を送ることすら許されず、現実世界へ放逐され、今日まで生きてきた。その後どうやって仮想世界と連絡を取り、予言書を用いて終末の日を画策するに至ったのかは不明だ。
だが少なくとも、ゴモリーは良かれと思って、ドラゴン毒素の元となる細菌を世界中にばら撒いたのだろう。言動の端々からも、旧人類に幻滅しながら期待するような感情が見受けられる。この異常な執着の源は──。
「復讐、ですか?」
「いいや、これは愛だ。私は誰よりも、人類を信じている」
裏返った囁き声が、狂気を孕ませながら断言する。ハウラは少しだけ、この男が自身でも気づいていない本心を垣間見た気がした。
「わたしは旧人類がどのような生活を送っていたのか知りませんが、一つだけ分かります」
ハウラは胸元から手を離し、足に影鬼を纏わせながら一瞬で距離を詰めた。
ゴモリーの手首を掴み、全力の『腐食』を解き放つ。何度も高濃度の『腐食』に晒された衣服が、ついに限界を迎えて袖口から消滅していった。それでもハウラは能力を止めることなく、ついにダアトの膜を貫き、ゴモリーの腕を黒く染め上げる。
「っ!」
ブン、と音を立てて、ゴモリーが忽然と目の前から姿を消した。少し離れた場所で、ゴモリーが手首を押さえながら驚愕に目を見開いている。今のいままで、ハウラの『腐食』がダアトを上回ったことは一度としてなかったからだ。
ハウラが身を起こすと、布切れと化した衣服が滑り落ち、足元に蟠った。そこからつま先を抜いて、半身から『腐食』の黒霧を生成する。それらは大勢の黒鬼へと変貌し、ハウラの背後で整列した。
「民は戦争をするために生きているのではない。戦場に赴く者は、あなたの言う弱肉強食のために武器を取るのではない。ただ、大切な人との時間を守りたいだけ!」
手のひらから薙刀を伸ばし、硬質な音を立てながら強く握りしめる。
「誰もがあなたのように戦いたいわけじゃない。あなたは戦いたくない人たちを大勢巻き込んで、自分のルールで勝とうとしている卑怯者です」
腕を絡めるように水平に薙刀の刃先を突きつける。ゴモリーは漆黒に染まった刃を眺めた後、どこか挑戦的に首を傾けた。
「ここで投降すれば、エラムラの里だけでも救ってやる、と言っても?」
「わたしたちは、決してあなたの土俵に立ちません。これから先もずっと」
ゴモリーは満足げに目を閉じると、鎖骨が揺れ動くほどに肺を震わせた。
「くくく……はははははははは! 命を捨て、矜持に生きるか……いい、実にいい。貴様の生き様は、新世界に相応しい!」
どん! と堤防が決壊したかの如く、ゴモリーの左腕からダアトが溢れ出す。
「お前の死後、その生き様を新世界まで語り継いでやろう。私の腹の中で、永劫に!」
ダアトはゴモリーの手前で大きく波打ち、大蛇の相貌を携えてハウラへと襲いかかった。
──リィン、と鈴の音が澄み渡る。
直後、ハウラの姿が霧のように消え失せ、ダアトの大蛇が虚空をすり抜ける。
それと同時に、ゴモリーの真下から鮮血の大鎌が斬り上げられた。
「ごっ……!」
鎌の先端はゴモリーの腹部に直撃し、その場に杭のように縫い付ける。
この程度の傷、『星詠』を使えばなんの障害にもならない。ゴモリーはにやりと目を細めながら赤い瞳を白く染め──しかし、世界は書き換えられなかった。
「──!?」
驚愕するゴモリーの背中に、深々と鎖鎌が穿たれる。胸を貫通した鎖鎌は、そのまま尾を巧みに回し、ゴモリーの身体を鎖でがんじがらめにした。
さらに上空では眩い閃光が放たれ、流星の如く大剣が振り下ろされる。
ザン! と茂みの葉をはぎ取る様な音がして、ゴモリーの頭が宙を舞った。
ゴモリーの足元から、剣を振り抜いた体勢のシュレイブがぬらりと現れる。近くには大鎌を握るレブナが、鎖鎌の根元にはゼンがいる。『迷彩』が取り払われたことで、二人だけだった戦場に次々と人の姿が現れてたようだ。
「────」
空中をくるくると舞うゴモリーの首が、ぎょろりとエラムラを見渡す。
かつて広場があった場所に、不敵に笑うクライヴを見つける。
クライヴの隣には、指先を淡く光らせる金髪の女性がいた。女性の胸元にはエラムラの紋章が刻まれた銀色の鈴が下がり、存在を誇示するように瞬いている。
「『星詠』の予知は十秒先まで。事象を書き換えられる範囲もまた、十秒。ならばあなたの時を遅らせることで、あなたの未来は闇となる」
刺し伸ばされた女性の指先で『保持』の菌糸模様が煌めく。それは力強く、油断なくゴモリーの肉体から時の流れを奪い続けていた。
「──ははは! あの男、やはり面倒な置き土産ばかり残してくれるわ!」
生首だけの男が苛烈に笑った。
「全部隊、北門に合流しました」
「了解。これより全員で英雄の丘へ向かい、ヨルドの狩人と落ち合う。いいか、決して砂漠には入るなよ」
テキパキと報告が終わり、エラムラの狩人たちが各々の持ち場へ散っていく。
研大はその様子を遠目に確認しながら、鳴り止まない雷鳴と破砕音に背筋を強張らせた。仮想世界でNoDが持ち帰った記憶や旧世界の映像を元に、それなりに戦場というものを知っているつもりだった。しかし、実際に目の前で親友が化け物に変わり、砂利をタイヤで引き平すように群衆が押し潰される光景を見ると、知っているだなんて口が裂けても言えなかった。
結局のところ、仮想世界は死という概念そのものが縁遠かったのだ。魂や自我データを抹消すれば死を体感できるとしても、痛みもなく、バックアップもあるから、大したことではないと心のどこかで過信していた。
けれど、現実はそうじゃない。
「はぁ……」
咄嗟に溜息を手で押さえながら、研大は人目を忍んで肩を落とした。
情けない。こうなった時のために共に戦えるよう、仮想世界で爪を研いできたのに、何もできなかった。事前にハインキーから「戦闘になればすぐに人民の避難誘導をしろ」と言われていなければ、中途半端にゴモリーに戦いを挑んで犬死にしていたかもしれない。
──……ああそうだ、俺は怒っているんだ。軽々と人の命が奪われたことに。
遅すぎる自覚に人知れず苦笑が漏れる。
苦虫を噛み潰したような心地でエラムラの山を見上げると、渦巻く黒雲が不規則に点滅するのが見えた。天高くをうろつくマガツヒの周りでは、色鮮やかな光が飛び回っている。
「ここからじゃマガツヒしか見えないな……」
地上では、ハウラたちが命懸けでゴモリーの足止めをしているはずだ。ミカルラの娘を信じていないわけじゃないが、下手に手を貸せないというのも歯痒くて仕方がない。
研大と同じことを考えていたのか、旧人類の女性──宇田芸初美がくいっと袖を引っ張ってきた。
「藍空さん。やっぱり私たちも……」
「ダメだ。俺達はまだ現実の身体に慣れていない。仮想世界でシュミレーションした通りに動けなければ足手まといだよ」
連携の取り方すら知らないのだから、共闘すれば仲間の妨害もしかねない。初対面のハウラたちともなれば尚更だった。
でも、と宇田芸は眉を顰める。
すると元軍人の旧人類こと、古噺武涛が宇田芸に対して厳しい声を発した。
「避難民を護衛する戦力も必要だ。負傷者の治療を最優先にしろ」
古噺が顎でしゃくった先には、負傷したエラムラの民が地べたに座り込んで、束の間の休息を貪っていた。特に研大たちの周りには重傷者が集められており、つい先ほど全員の止血が終わったところだった。
負傷者のほとんどは、飛んできた瓦礫や流れ弾に当たった者だ。ごく一部だが、人とぶつかったり踏まれたりして骨折した者もいる。それ以上の怪我を負った者は、残念ながらここにいない。
研大たち旧人類は、リョーホの菌糸を移植したことで『雷光』による治療が可能だった。しかし、リョーホほどの能力は発動できず、たった五センチの切り傷を塞ぐだけでも数十秒を要した。骨折を治すとなれば、せめて二十分ほど時間が欲しい。もちろん、そんな時間は残されていない。
人命救助も立派な仕事だ。何度も言い聞かせるが、今この瞬間にも、知っている誰かが死んでいるかもしれない。そう思うと、目の前のことになかなか集中できなかった。
兎にも角にも、最低限の治療は終わった。全快とは行かずとも、皆自力で歩ける程度には回復している。
「ケンタさん。そろそろ東部隊も移動します」
エラムラの狩人に耳打ちされ、研大は深く頷いた。そして、疲弊した民に向けて声を張る。
「ここから先は移動しながら治療します! 隣の人と助け合って、焦らずゆっくり歩いてください!」
列の先頭にいた人から順に立たせて、傷口の様子を確認しながら途中まで連れ沿う。確認が終わればまた次の人へと、治癒能力持ちの人たち総出で負傷者を送り出す。
全員を英雄の丘に送り出すまでそう時間はかからなかった。しかし、ヨルドの里に向けて救難信号を送ってから、すでに半刻は経とうとしている。できれば英雄の丘で立ち往生することにならなければいいのだが。
率直に言ってエラムラからヨルドへの道のりは、非戦闘員にとっては過酷すぎる。これほど大勢の人間で砂漠を渡ろうものなら、たちまち上位ドラゴンに取り囲まれて食い散らかされてしまうだろう。研大たちが安全に砂漠を渡れたのは、ひとえにレオハニーたちが護衛してくれたおかげだ。
今度は研大たちが、エラムラの狩人と共におよそ数百人もの人間を守り抜かねばならない。ヨルドの狩人が救難信号に気づいていたら、あちらからも増援が来てくれるはずだが……。
「な、なんだあれ!?」
誰かの叫び声が空へ飛ぶ。見上げると、ヨルドの里の方角から楕円形の巨大な物体が飛んでくるのが見えた。
先頭にドリルを備え付け、下腹部にスクリューをつけたそれは、潜水艦だ。
「……は?」
後続にはトゥアハ派から鹵獲した巨大潜水艦が続々と列をなし、さも当たり前のように空を飛んでいる。
「わぁ……潜水艦が空飛んでらぁ……」
潜水艦の側面には、男のロマンをぎっしり詰め込んだ戦闘機の翼がしれっと生えていた。『砂紋』を極め抜いた旧人類の誰かが、研大たちがいない間に潜水艦の魔改造をしたのだろう。『紅炎』のジェットエンジンが、原始時代に似つかわしくない爆音を撒き散らし、直線上の煙を空に引いていた。
確かにこれなら、大量の人間を一気に運搬できる。少なくとも地中からの襲撃には怯えなくていいのだから。
「バカじゃねーの……バカじゃねーの!?」
なんでここにリョーホがいないんだよ。
興奮。歓喜。呆れ。やるせなさ。その他諸々の感情で、研大の情緒が乱離拡散する。思わず口を押さえるが、堪えきれなかった感情が泣きながら笑い出した。
旧世界の技術を知らない新人類にとって、空飛ぶ巨大物体はドラゴンにしか見えないだろう。慌てふためくエラムラの民たちに、古噺がよく響く声で呼びかけた。
「あれはオラガイアと同じ特殊なカラクリだ! ヨルドの民が乗ってる竜船だと思ってくれ!」
その説明がどれほどの効力を持ったか、ひとまずは集団パニックだけは防げたようだ。強靭な精神を持っているらしい一部のエラムラの民は未知の物体に目を輝かせていた。
飛行型潜水艦は、ジェットエンジンを逆噴射することで制動をかけ、ワイヤー代わりに『砂紋』の錘を地面に突き刺した。腹部に生え揃った車輪が英雄の丘を滑る。ついで、錘から伸びた砂の糸が伸びやかに速度を受け止め、潜水艦はスマートに着陸を成功させた。
「帰りが遅いんで迎えに来たぞィ!」
潜水艦から真っ先に飛び降りてきたのは、陽気な笑顔を浮かべるメルク村長だった。続いてメルクの背後からオリヴィアも飛び出してくる。
「あちこちからドラゴンが集まってきているわ。早くここを離れましょう!」
オリヴィアの忠告が終わるのを待たず、北の方角からドラゴンの鳴き声が近づいてきた。マガツヒの気配を察知して、気性の荒いドラゴンが縄張りを守るべく集まってきているようだ。
状況を察知したエラムラの狩人は、すぐにエラムラの民を飛行型潜水艦へと誘導し始めた。負傷者たちも砂漠を通らずに済むと知って、明らかに顔色が良くなっていた。
だが、宇田芸は安堵するどころか、必死の形相でメルクへと駆け寄った。
「エトロたちがまだエラムラの中に! 私たちも戦わないと!」
「すまんが増援は出せんぞィ。ヨルドの里の警備も今が限界じゃァ」
メルクの言う通り、ヨルドの里はまだドラゴン避けが十全に行われていない。スキュリアのようにふんだんなお香があるわけでも、ハウラのような結界があるわけでもないのだ。メルクがヨルドの里を離れているだけでも、かなりの綱渡りである。
宇田芸は頬を打たれたように目を見開いて、悔しげに鼻を歪ませながらメルクに従った。
「っじゃあせめて、私は残る! まだ戦ってる人の命なら助けられる!」
「俺も残ります、メルク村長」
「うむ。避難が終われば儂もまた戻るでな!」
メルクは研大と宇田芸、それから他の旧人類たちの腰を叩いて、身軽に潜水艦へ戻っていった。
まもなく、避難民を乗せた飛行型潜水艦が、ヨルドの里に向けてゆっくりと旋回を始める。流石に避難民を全員乗せることは叶わなかったため、半数以上がまだ英雄の丘に取り残されている。残っているのはほぼ男性ばかりで、女子供、老人はみな船内だ。
ごぅん、と骨に響く重低音が、エンジンの点火を声高に告げる。それは『紅炎』の火力だけで加速し、英雄の丘の斜面を利用しながら、力強く空へ羽ばたいていった。
「藍空さん……これからどうなってしまうんでしょう。この世界は」
遠ざかっていく飛行型潜水艦を見上げながら、宇田芸は呟く。
「未来なんて誰にも分からない。だけど俺は信じてるよ」
研大は涙の滲む目尻を拭い、エラムラの里へ踵を返した。墨汁を吸ったように澱んだ空の中で、長い胴体で頭を包んだ親友を見据える。
「リョーホは絶対に帰ってくる」
研大の親友は文字通り、死んでも死なない男なのだ。
・・・───・・・
ハウラは、目の前で別人となった男を唖然と凝視していた。
金髪と赤い瞳、血の気を感じさせぬ白い肌。これが、ゴモリー・リデルゴアの真の姿なのだろうか。造形の全てが作り物めいているせいで、まるで人形が一人でに動いているような猛烈な違和感に襲われる。
──戦争が止まらぬ理由を考えたことはあるか。
そう問いかけておきながら、ゴモリーあっさりとハウラから視線を外した。
「……っ」
まるで、最初から答えを期待していないと言わんばかりだ。こちらを小馬鹿にするための一方的な問いだったのだと気づき、ハウラは頬に屈辱の血潮を感じた。
当然、ゴモリーはハウラの反応に興味すら抱いていなかった。
「世界とは、弱肉強食で成り立つもの。原子、生物、惑星ですらも、エネルギーの奪い合いによって生き永らえてきた。つまり我々が生きている限り、争いは決してなくならない」
会話の途中、友人をふざけて叩くような気軽さで、ゴモリーの人差し指が地平を撫でた。
瞬間、極限まで細く練り込まれたダアトの糸が、ハウラの背後にいる影鬼ごとエラムラの山を切り飛ばした。
上半身を失った影鬼越しに、ハウラはエラムラの山々を見上げた。歴史ある名画をカッターで引き裂いたように、断面から上が浮かんでいた。
ほんの数秒、時間が止まった気がした。
やがて鼓膜を乱打する轟音と共に、エラムラの山々が地平に墜落する。巨大質量の落下地点では土砂崩れが起き、かろうじて残っていたエラムラの街並みが、片っ端から土塊に押し流されていった。
砂埃が、小石を運びながらハウラの元まで押し寄せる。エラムラの民が耕した畑の土の匂いがした。
形容しがたい激情に全身が拍動する。
「こっ……のおおおおお!」
ハウラは崩れかけた影鬼を分解し、ドラゴンの軍勢へと再構築した。地を這うサランドから、飛行型のヴルトプスまで、外見だけを模した『腐食』のドラゴンがくぐもった咆哮を上げる。それらは鋭い牙を鈍く光らせながら、空中に浮かぶゴモリーへとなだれ込んだ。
視界を覆いつくすほどの黒鬼は、ゴモリーの腕の一薙ぎであっけなく四散した。
しかし、払われた黒い霧の奥から、薙刀を振りかぶったハウラが飛び出す。
「せあああああ!」
薙刀がゴモリーの頭部に直撃する。確かな手応えが両腕に伝わる。完全に頭蓋を引き裂いた。
だというのに、ゴモリーは平然とハウラを見つめ返した。
いくら致命傷を与えても、この男を止められない。
いったいどうすれば。
「ぐあっ!?」
動揺した隙をつかれ、ゴモリーの腕がやたら滑らかな動作でハウラの首を掴んだ。両足が振り回されるほどの勢いで、頭から地面に思い切り叩きつけられる。
「がはっ……!」
「お前たちはまだ戦う知能があるだけ、まだマシな部類だ」
ゴモリーの指先に力が込められ、ゆっくりと気道が塞がれていく。苦しみ悶えるハウラが手首を引っ掻くみ、ダアトの膜で覆われた皮膚に傷一つつけられなかった。
「旧世界では、戦争から目を背ける堕落した糞袋ばかりが繁栄していたものだ」
身体に籠った熱を追い出すように、ゴモリーの口の端から白い糸状の息が漏れた。濁った赤い瞳は、相も変わらずハウラではないどこかを見据えており、人形じみた不気味さに拍車をかけていた。
「核兵器を捨てろ。戦争を止めろ。不平等、格差を無くそう。全く、愚蒙な思想だよ。生物から闘争を奪うことなどできはしない。仲良しこよしで繁殖する旧人類は、世の理に反していながら、なおも存続を諦めきれなかった。なぁ、醜いことこの上ないだろう?」
ハウラは遠ざかりかける意識をどうにか繋ぎ止めながら、必死にゴモリーを睨みつけた。
「あ、なたは、旧世界を、憎んでいるのですか? 旧人類の復活の、ために、終末の日を引き起こそうとしている、あなたが!」
ゴモリーの親指の付け根を捻り、勢いよく拘束を引き剥がす。同時に鳩尾を蹴り飛ばし、ダメ押しに『腐食』の槍を叩き込んで、ようやくゴモリーがハウラの上から離れた。
至近距離で『腐食』を使いすぎたせいで、菌糸が織り込まれた衣服はすでにボロボロになっていた。はだけそうになる胸元を押さえながら、ハウラは後ずさる。
ゴモリーは無感情にそれを眺めながら不気味な笑みを作った。
「想像してご覧。安寧に溺れ、現実から逃げ出した愚者共を肉体の檻に閉じ込めるだけでもワクワクするだろう? 平和が欲しいと豚のように泣き叫ぶ奴らが、人類に相応しき闘争の化け物に進化する様を、想像するだけでも胸が湧き立つだろう!」
爛々と目を輝かせ、絶叫するゴモリー。その姿を見上げていると、不意にミカルラの記憶が蘇った。
ゴモリーは世界滅亡の決定打を打った大犯罪者だ。それ故に、仮想世界に魂を送ることすら許されず、現実世界へ放逐され、今日まで生きてきた。その後どうやって仮想世界と連絡を取り、予言書を用いて終末の日を画策するに至ったのかは不明だ。
だが少なくとも、ゴモリーは良かれと思って、ドラゴン毒素の元となる細菌を世界中にばら撒いたのだろう。言動の端々からも、旧人類に幻滅しながら期待するような感情が見受けられる。この異常な執着の源は──。
「復讐、ですか?」
「いいや、これは愛だ。私は誰よりも、人類を信じている」
裏返った囁き声が、狂気を孕ませながら断言する。ハウラは少しだけ、この男が自身でも気づいていない本心を垣間見た気がした。
「わたしは旧人類がどのような生活を送っていたのか知りませんが、一つだけ分かります」
ハウラは胸元から手を離し、足に影鬼を纏わせながら一瞬で距離を詰めた。
ゴモリーの手首を掴み、全力の『腐食』を解き放つ。何度も高濃度の『腐食』に晒された衣服が、ついに限界を迎えて袖口から消滅していった。それでもハウラは能力を止めることなく、ついにダアトの膜を貫き、ゴモリーの腕を黒く染め上げる。
「っ!」
ブン、と音を立てて、ゴモリーが忽然と目の前から姿を消した。少し離れた場所で、ゴモリーが手首を押さえながら驚愕に目を見開いている。今のいままで、ハウラの『腐食』がダアトを上回ったことは一度としてなかったからだ。
ハウラが身を起こすと、布切れと化した衣服が滑り落ち、足元に蟠った。そこからつま先を抜いて、半身から『腐食』の黒霧を生成する。それらは大勢の黒鬼へと変貌し、ハウラの背後で整列した。
「民は戦争をするために生きているのではない。戦場に赴く者は、あなたの言う弱肉強食のために武器を取るのではない。ただ、大切な人との時間を守りたいだけ!」
手のひらから薙刀を伸ばし、硬質な音を立てながら強く握りしめる。
「誰もがあなたのように戦いたいわけじゃない。あなたは戦いたくない人たちを大勢巻き込んで、自分のルールで勝とうとしている卑怯者です」
腕を絡めるように水平に薙刀の刃先を突きつける。ゴモリーは漆黒に染まった刃を眺めた後、どこか挑戦的に首を傾けた。
「ここで投降すれば、エラムラの里だけでも救ってやる、と言っても?」
「わたしたちは、決してあなたの土俵に立ちません。これから先もずっと」
ゴモリーは満足げに目を閉じると、鎖骨が揺れ動くほどに肺を震わせた。
「くくく……はははははははは! 命を捨て、矜持に生きるか……いい、実にいい。貴様の生き様は、新世界に相応しい!」
どん! と堤防が決壊したかの如く、ゴモリーの左腕からダアトが溢れ出す。
「お前の死後、その生き様を新世界まで語り継いでやろう。私の腹の中で、永劫に!」
ダアトはゴモリーの手前で大きく波打ち、大蛇の相貌を携えてハウラへと襲いかかった。
──リィン、と鈴の音が澄み渡る。
直後、ハウラの姿が霧のように消え失せ、ダアトの大蛇が虚空をすり抜ける。
それと同時に、ゴモリーの真下から鮮血の大鎌が斬り上げられた。
「ごっ……!」
鎌の先端はゴモリーの腹部に直撃し、その場に杭のように縫い付ける。
この程度の傷、『星詠』を使えばなんの障害にもならない。ゴモリーはにやりと目を細めながら赤い瞳を白く染め──しかし、世界は書き換えられなかった。
「──!?」
驚愕するゴモリーの背中に、深々と鎖鎌が穿たれる。胸を貫通した鎖鎌は、そのまま尾を巧みに回し、ゴモリーの身体を鎖でがんじがらめにした。
さらに上空では眩い閃光が放たれ、流星の如く大剣が振り下ろされる。
ザン! と茂みの葉をはぎ取る様な音がして、ゴモリーの頭が宙を舞った。
ゴモリーの足元から、剣を振り抜いた体勢のシュレイブがぬらりと現れる。近くには大鎌を握るレブナが、鎖鎌の根元にはゼンがいる。『迷彩』が取り払われたことで、二人だけだった戦場に次々と人の姿が現れてたようだ。
「────」
空中をくるくると舞うゴモリーの首が、ぎょろりとエラムラを見渡す。
かつて広場があった場所に、不敵に笑うクライヴを見つける。
クライヴの隣には、指先を淡く光らせる金髪の女性がいた。女性の胸元にはエラムラの紋章が刻まれた銀色の鈴が下がり、存在を誇示するように瞬いている。
「『星詠』の予知は十秒先まで。事象を書き換えられる範囲もまた、十秒。ならばあなたの時を遅らせることで、あなたの未来は闇となる」
刺し伸ばされた女性の指先で『保持』の菌糸模様が煌めく。それは力強く、油断なくゴモリーの肉体から時の流れを奪い続けていた。
「──ははは! あの男、やはり面倒な置き土産ばかり残してくれるわ!」
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