家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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6章

(17)前座

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 俺は最近、人前に駆り出されてばかりな気がする。一対一ならともかく、一対多で話をするのは結構苦手だ。毎度のように胸の辺りがバクバクして、声を出すのに勇気がいる。

 こうして広場に出てきたはいいものの、俺たちはまだ、ロッシュが偽物であるという証拠を掴んでいない。頼みの綱である銀色の鈴もロッシュに渡っていなかったため、最期の記憶を再生することはできないだろう。

 だが、シュレイブが偽物を見破ってくれたおかげで、新たな打開策を見つけることができた。どうせこのままロッシュのの出方を伺っても、明日の朝にはクライヴが殺されるかもしれない。ならば今夜中にカタをつけてしまわねば。

 勝利条件は、民意を味方につけること。どんな突拍子のない嘘でも、大勢が信じればそれが真実だ。

 幸い、化かし合いならノースマフィアの専売特許である。

 目を固く閉じながら大きく深呼吸をして、ノラの記憶を呼び覚ます。ついでに浦敷博士の性格の悪さも思い返し、客観的に趣味レーションする。

 目を、開ける。

 俺は至って平然と、大仰に挨拶をした。

「お久しぶりです。または、初めまして。俺はバルド村の狩人、リョーホです。いきなり広場に避難させられて、皆さんは混乱しているでしょう。ですがこれには訳がある」

 胸に手を当て、顔が見える範囲で大衆の反応を伺う。

「皆さんを呼び出したのは俺です。皆さんにはエラムラを守るため、ここにいる衛兵たちが偽物であるという証人になってほしい」

 偽物、という言葉に民の間で激震が走る。ロッシュが帰ってきたばかりで、まさか侵入者が現れるとは思っても見なかったのだろう。ただ、俺の言葉よりもロッシュを信じたいという迷いもあちこちから感じられた。

 それでいい。一瞬でも信頼が揺らげば十分だ。

 俺は『瞋恚』を発動したまま広場を歩き、並べられた五人の偽物たちの前へ出た。
 
「俺にはベアルドルフと同じように、魂を見分ける力がある。スパイが変えられるのは外見だけで、魂までは変えられない。その証拠をここにお見せします」

 偽クライヴの肩に触れ、『支配』を発動する。すると、偽物の身体の表面がぐずぐずと溶けだし、カメレオンのように色合いを変えながら、全く別の容姿を露にした。続けて衛兵に扮した偽物に同じ処置を施せば、衛兵の装備が消え、リデルゴア憲兵隊の制服を纏った男たちが出て来る。

「な、なぜここに憲兵が!?」

 憲兵はいかなる場合でも絶対中立。里に派遣されたならば、その里のルールに従うべし。子供でも知っている法律だ。

 しかし、姿を隠して里の警備に潜り込んでいた憲兵は、はたして中立なのか?

 民は驚愕し、ひりつく様な警戒心を剥き出しにした。

 期待通りの反応に、精一杯義憤の顔を取り繕う。内心では腕がもげそうなほどガッツポーズを決めていた。

 先ほど述べた「魂までは変えられない」という言葉は、半分嘘で、半分本当だ。実際、偽物たちの魂は本物に限りなく似せてあった。俺とシャルでさえ、シュレイブに指摘されるまでクライヴが偽物だと気づかなかったほどだ。
 
 その代わりに、俺達はようやく、偽物を偽物たらしめる印を見つけた。それは、エラムラの狩人が肌身離さず持っている木製の鈴だ。

 菌糸は魂が具現化した姿であり、魂と同様、オーラを纏っている。ならば『瞋恚』を使えば遠目からでも視認できる。

 レブナとシャルが外に出て、偽クライヴが消えた後。俺たちは再びエラムラに潜入し、オラガイア出発前の旧式の鈴と、ロッシュ帰還後の新式の鈴とを比較した。

 結果、新式の鈴が、旧式の鈴よりも僅かに濃度が薄いことに気が付いた。

 試しに新式の鈴を持つエラムラの狩人を誘き出して尋問すれば、『支配』で正体を暴くことに成功した。どうやらロッシュは、憲兵の姿を変え、エラムラの狩人として潜入させていたようだ。

 偽物が分かってしまえばこちらのもの。

 偽クライヴの相手はシャルに、本物のクライヴの救出はレオハニーたちに任せ、俺達は片っ端から変装した憲兵を捕まえた。

 捕縛した連中はツクモの監視のもと、シャルの家で簀巻きにして転がしておいた。ダメ押しにエトロの『氷晶』で凍らせたので、意識を取り戻したところで脱出は不可能であろう。

 そして現在。ロッシュを炙り出すため、広場に連れてきた偽物は五人。人数は少ないが、目の前で化けの皮が剥がれれば、民衆へ与えるインパクトは十分だった。

 俺は民の前で両腕を広げ、芝居がかった口調で呼びかけた。

「エラムラの民なら分かるでしょう。これが如何に異常なことなのか! リデルゴア国に属する里は、王族から独立権が認められている! しかし、ここにいる者たちは、里長や巫女に通達もなく、このような潜入捜査を行っていた。立派な越権行為だ!」
 
 里長、巫女という単語を強調し、威圧で心を揺さぶる。エラムラのために怒っているのだと態度で示せば、懐疑的だった人々の反応が好転した。

 下準備は終わった。
 
「何事ですか」

 喧騒を押し流すように、凛とした声が広場に通る。群衆の奥から現れたのは、牧師のような服に身を包んだロッシュであった。
 
「そ、それが」

 先に広場にいた衛兵がおずおずと説明しかけたので、俺は冷静に声を張り上げた。

「ロッシュさん。貴方が本当に『響音』を扱えているのなら、一連の騒ぎを鈴越しに聞いていたはずです。全てを知る貴方からも、改めて説明してもらえますか?」
「とんだ屁理屈ですね。私は音でしか情報を知ることができないのです。当事者から詳しい説明を求めるのは当然では?」
「言い訳は結構ですよ」
 
 にっこりと目を細める。人によっては好意的に見え、腹の内を知る者にとってはこの上ない嘲りだ。

 ロッシュは強く眉を顰めると、瞼を下ろしながらため息をついた。
 
「……貴方がたが広場に民を集めて、不審人物の正体を暴いて見せた。それだけの事でしょう」
「ちゃんと聞こえていたようですね。ではなぜ、姿を変えた憲兵の侵入を許していたんですか?」

 さあ、どう答える。

 許可を与えていたと言おうものなら、里長と中央都市の癒着と勘繰られる。無関係だと弁明すれば、里長としての能力が疑われる。

 ロッシュは口元に緩やかな笑みを引きつつ、冷淡な目つきで偽物たちを睥睨した。
 
「なにぶん、私は病み上がりなもので、能力が衰えてしまったのでしょう。不審人物の逮捕にご協力いただいてありがとうございます、英雄殿」

 しゃりん、と袖の奥から鈴の音色が響き渡った瞬間、憲兵たちの耳と目から血が噴き出した。『瞋恚』の目は確かに、ロッシュの鈴から『響音』が発され、新式の鈴に共鳴する瞬間を見ていた。

 『響音』の能力は本物らしい。しかし、旧式の鈴と共鳴しなかったのは意図的なのか?

 俺はロッシュを睨みながら、クライヴに化けていた男の首に手を置いた。『瞋恚』で確認するまでもなく絶命している。

「わざわざ貴方が手を下さずとも良かったのでは?」
「侵入者は殺してしまえば後腐れがありませんから。まさか、まだ見逃している侵入者が残っているとは言いませんよね?」

 俺は舌打ちを飲み込み、アンリのような笑顔を貼り付けておいた。

 目の前で起きた殺戮ショーに民衆は絶句していた。彼らはエラムラ防衛戦でも敵狩人の死をそれなりに受け入れていたが、無抵抗の相手を殺す光景は流石にショックだったらしい。

 ロッシュは真っ青になる民の顔が見えていないかのように、平然と続けた。

「さて、貴方がたが仰りたいことは、すでに想像がついていますよ……私もこの者たちと同じ、偽物だ。そう言いたいのでしょう? 薄明の塔に引きこもっているハウラにも言われましたからね」

 ロッシュは俺とは比べ物にならぬほどの大仰さで、ぐるりと民衆を見渡した。

 エラムラの民はロッシュの威圧感に気圧されているものの、迷子の子犬のように黙り込んでいる。そこへ道を指し示してやるように、ロッシュはよく通る声で宣言した。
 
「この際、はっきり言いましょう。私は紛れもなく本物で、これはハウラの裏切りです!」

 腹の底を震わせるような、迫力のある声が朗々と続く。

「冷静に考えてみてください。私が不在の間、オラガイア同盟というふざけた盟約を勝手に承認したのは? 私が死んで、最も得をする人物は? 言わずとも思い浮かぶしょう! いつまでもここに姿を見せない巫女の顔を!」

 大時化を竜巻でさらに乱すように、ロッシュの言葉で人々の心から不信感が掻き出されていく。たじろぐ大勢の呼吸が、ほんの一瞬だけ地面を震わせた気がした。

「リョーホ。今度は私が、貴方に質問いたしましょう」

 冴え冴えとした視線が、顎を引くようにして注がれる。

「つい数時間前、ミヴァリアの守護狩人がギルドに侵入して私を殺めようとした。これもハウラが里の実権を握ろうとした謀略だったのではありませんか?」
 
 口を噤むと、ロッシュはほんの一瞬、泣き笑いを誤魔化すように目じりを下げた。そして俺たちに背を向けるや、切なそうに胸を押さえ、悲哀に声を震わせた。

「ああ、そうですか……エラムラの英雄である貴方だけでも、私を慕っているものだと信じていたかったのに……」

 東から吹き付けていた風が、冷たい西風へと向きを変えた。風で乱れたロッシュの前髪が、俯いた顔をさらに覆い隠す。何も知らぬ者からすれば、悲嘆に暮れる哀れな男にしか見えないだろう。
 
「私は巫女も信じていたんです。ハウラならばとエラムラの留守を託し、十二人会議に赴いたのです。それなのに、私が人を見る目を養うことを怠ったばかりに、愛すべきエラムラの民に、不安を抱かせてしまった。本当に、申し訳が立ちません」

 ロッシュの頬から涙が落ちた瞬間、俺の背筋に、無数の思惑が絡んだ視線が突き刺さった。擁護、批判、信頼。押し付けられる感情が、食い込むほどに肩にのしかかる。それでも俺は、あえて民衆に目を向けず、ロッシュだけを見続けていた。

 いつまで経っても何も答えない俺に、何を思ったか。ロッシュは顔を上げると、エラムラの衛兵へ手で指示を飛ばした。
 
「ミヴァリアの守護狩人なら、すでにエラムラの監獄に捕らえられています。ここに引きずり出して証言していただきましょうか。一体誰に、暗殺を指示されたのか」

「──その必要はありません」

 細やかに手入れされた竪琴のような、冴え渡る声が夜風を押し返した。

 そちらを見れば、そこだけさっぱりと人が立っていなかった。薄明の塔から長い逢魔落としの階段が見通せるほど、その一角だけ誰も道を塞いでいなかった。

 道を譲った人々は、自分自身が道を舗装するかのように左右に分かれ、中央を歩むものを黙って見送っている。

 人で作られた道を悠々と歩く人物に俺は目を見開く。真っ白な衣を身に纏った女性と、その側仕えが、あまりにも見違えて見えたのだ。

「ハウラ……」

 魂を抜かれたようなエトロの声が遠くに感じる。ハウラは一瞬だけ親友と視線を交わし、気高い微笑みを浮かべた。『腐食』で崩れ落ちぬよう、菌糸と彼女の髪で織られた巫女の着物は、淡い銀色に煌めいて月のように美しかった。

 密集した人間の熱を感じさせない、冷涼な空気を肌で感じる。現実に引き戻されると同時に、俺は長く息を吸い込んだ。

 いつの間にか、俺にのしかかっていた他人の感情が霧散している。矛先が変わったのだろう。全ての目が純白の巫女へと一心に向けられている。

 石畳を叩く硬質な足音が、広場の中心で止まった。ハウラは俺を背に庇うようにロッシュと対峙し、母親譲りの赤い瞳を力強く開いた。
 
「ギルドにミヴァリアの守護狩人を送るよう指示を出したのは、わたしです」

 幼さを微塵も感じさせぬ清らかな振る舞いに、エラムラの人々は静かに息を呑んだ。在りし日を知る者に至っては、つい呼吸を忘れてしまうほど、彼女の横顔はミカルラによく似ていた。

 ハウラの腕の中には、ミカルラの記憶本が瞬きながら収まっている。ついに最後のピースが揃ったようだ。
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