家に帰りたい狩りゲー転移

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6章

(9)二人の怒り

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 エラムラから少し離れた小高い丘へ、十五人の集団がぞろぞろ向かう。かつてシャルとダウバリフが共に暮らしていた赤瓦の家は、少しやつれたような佇まいで変わらずそこにあった。

「お邪魔しまーす……」
「おかえり? いらっしゃい?」
「うーん、ただいま?」

 シャルと首を傾げ合いながら、赤瓦の家屋へ入る。住む者がいないはずなのに、室内に埃は全く積もっていなかった。誰かが定期的に掃除しているのだろう。

 この場所に来た回数は片手で数えるほどしかない。ダウバリフに挨拶した日と、シャルの引越しの荷物を何度か取りに来た日だけだ。だというのに、家具の配置や、壁にかけられた小さな絵画を見ていると、妙な懐かしさが喉の辺りをくすぐった。

「へぇ、今の家ってこんな感じなのか!」

 元建築士の研大が内装に目を輝かせ、手のひらでペチペチと柱を叩いている。玄関では、武器棚の前で他の旧人類があれこれと議論を交わしていた。ヨルドの里にも導入したいようだ。

 バルド村の面々はそんな旧人類の姿にドン引きしつつ、リビングのテーブルを囲うように屯した。

 シャルは目を輝かせながら大所帯を見回した後、ハッと飛び跳ねながらキッチンへ駆けた。

「あ! お客さんにお茶入れるし!」
「もう茶葉腐ってんじゃないか?」
「茶葉ならこっちにあるぞ」

 ぼやきながら俺が追いかけ、その後ろからハインキーが歩いてくる。ハインキーの太い手には、ヨルドの里から持ってきた野生のハーブ袋が握られていた。

 キッチンが狭いので、大柄なハインキーには早々に席に戻ってもらい、俺とシャルでお茶の準備を始める。途中、ハーブティーに拘りのあるミッサが作業の拙さに焦ったくなって、俺の首根っこを掴んでキッチンから追い出した。今なら潜水艦の操縦席から蹴落とされたメルクの気持ちが分かる。俺の場合、蹴られなかっただけ有情だろう。

 不意に、玄関の方から控えめなノックがした。

 賑やかだった室内は水を打ったように静まり返る。俺は足音を殺しながら素早くドアへ向かった。ついでに、玄関前にいる旧人類たちを、玄関から見えない奥へ向かわせる。

 手のひら全体で押すように薄くドアを開けると、外にはフードを目深に被った女性がいた。胸元にはトレードマークである花冠がある。レブナだ。

 今度は大きくドアを開けると、レブナは猫のように家の中へ飛び込んだ。俺は彼女の張り詰めた気配に動揺しつつ、不自然にならない速度でドアを閉めた。

「外に誰かいる?」

 レブナが声を顰めて聞いてくる。俺は困惑しながらも『瞋恚』を発動し、壁越しに外の魂のオーラを観察した。ドラゴンのオーラは遠目に見えるが、ネフィリムのものは見つからない。人間の魂は全てエラムラの里の中だ。

「誰もいない」
「よかった」
「誰かに追われてるのか?」
「それも詳しく説明する」

 レブナはフードを下ろして、ようやく室内の面々に気づいて驚いた。

「れ、レオハニー様!? しかも三竦みの人までいるじゃん!」

 これなら、とレブナは一人で期待を膨らませた。そして壁際に集まっていた初対面の旧人類たちを見つけ、険しい表情になる。

「そっちの人たち、衛兵から事情は聞いてるよ。でもエラムラの機密とか大事な話をするから、できれば席を外して欲しいな」

 誰でも歓迎しがちなレブナにしては、珍しい対応だ。

 俺はちらりと研大たちの様子を確認した。彼らも話を聞きたそうにしていたが、それ以上に、素性を明かして良いか躊躇っているようだ。

 レオハニーは彼らの様子に小さく嘆息すると、寄りかかっていた壁から起き上がった。

「レブナ、そう警戒しなくていい。彼らは私たちの仲間だ」
「仲間? 途中で拾ったんじゃないの?」

 遠回しな了承を得られた研大は、さっきまでの引け腰が嘘のように、にこやかにレブナへ話しかけた。

「はじめまして、レブナさん。俺たちは仮想世界……機械仕掛けの世界からきたんです」
「へぇ、機械仕掛けの……機械仕掛けの世界!?」

 綺麗な二度見をするレブナに研大は苦笑する。俺たちから機械仕掛けの世界は新人類に憎まれている、と散々聞かされていた研大にとって、レブナの反応は少し予想外だったのかもしれない。

 俺は咳払いをすると、固まってしまったレブナの背中を叩いた。

「まずは俺たちから報告した方が話が早いと思う。座って話そう」



・・・───・・・



 俺たちの報告を聞いた後、レブナは大量のお茶をがぶ飲みして混乱を落ち着けた。それからようやく、エラムラの里で起きたことを話してくれた。

 昨日の夜、死んだはずのロッシュが突然エラムラの里に現れた。

 ロッシュがオラガイアで死亡した事は、すでにエラムラの民へ公表してある。俺たちがヨルドの里に向かったその日のうちにハウラが決断したそうだ。

 それが幸か不幸か、ロッシュが偽物か否かという火種となってしまった。

 ハウラとレブナはその男が偽物であると言い張ったが、民は本物だと反論した。しかも変に勘ぐった里の住人から「ハウラはエラムラの最高権力を独占するために、ロッシュが死んだと嘘をついたのではないか」とあらぬ疑いをかけた。

 これ以上の混乱を避けるため、レブナはひとまずハウラとロッシュを引き離し、それぞれ薄明の塔とギルド長室へ軟禁するよう提案した。二人が了承してくれたおかげで、なんとか最悪の事態は避けられたものの、事態は膠着状態のままだ。

 偽物だと証明する方法はまだ見つかっていない。住人たちも、本物か偽物かで意見が二分されており、長く放っておけば内紛になりかねない緊迫した状況なのだそうだ。

「あたしの部下のほとんどは偽物だって思ってる。ロッシュ様と直接話す機会も多かったから、すぐに違和感に気づけたんだと思う」
「逆に、ロッシュと滅多に話したことがない人は見破れないよな」
「うん。それと、ロッシュ様が死んだって認めたくないって人も、結構いるんじゃないかな……」

 レブナの声が尻すぼみになると、室内も重苦しい静寂に沈んだ。

 エラムラの民にとってロッシュの存在は大きかった。エラムラ防衛戦で、ロッシュが加勢した途端に前線を持ち直したほど、ロッシュはエラムラの民の心の拠り所だった。

 オラガイアの墜落、ディアノックスの襲撃、里長の突然の訃報。度重なる不幸で、民の心は疲弊していた。そこに、自分たちがよく知る救世主が帰ってきたとあれば、飛びつきたくなるのも仕方がない。

 しばしの間、議論が停滞する。沈黙に耐えかねたアンリが、眉間を押さえながら溜息をついた。

「人は信じたいものを信じるからね。それを否定されると、余計に執着してしまう。対応は慎重にしないと」
「となると、情報だ。情報が欲しい」

 研大の言葉に俺は頷き、レブナへ猫背気味に問いかけた。

「レブナはそいつと話したのか? 今までどこにいたとか、どうやって来たとか」
「え、えへへ……初対面で殺そうとしたから、接触禁止になっちゃった。代わりに部下が応対してくれたよ」

 レブナの部下が聞き出した情報によれば、偽ロッシュはオラガイアで重傷を負った後、トゥアハや憲兵隊に救助され、リデルゴア国で治療を受けていたらしい。だからエラムラに帰還するのが遅れてしまったのだと語った。

 遺品の鈴から最期の記憶を見た俺たちからすれば真っ赤な嘘だ。だが、記憶を見ていない者からすれば、訃報を知らせた俺たちの方が嘘つきに見えるかもしれない。

「ちなみに、ロッシュの菌糸能力はどうなんだ?」
「本物と同じ『響音』だよ。模様の形までそっくりそのまま。民の前で能力を使ってみせたけど、やっぱり本物と同じだった。ロッシュ様が狩人に支給してた木製の鈴が呼応してたから」

 つまり、偽ロッシュは外見だけでなく菌糸能力までコピーしているということだ。

「俺とシャルなら、魂のオーラで見分けがつく。それで証明するってのはどうだ?」
「効果はあると思う。ただ、リョーホとハウラ様って仲が良いことで有名だし、シャルちゃんは……エラムラを憎んでるんじゃないかって思われてるから」
「つまり、俺たちがハウラに贔屓してるって思われるかもしれないんだな?」

 本音を探り当てると、レブナは弱々しく頷いた。

「魂が見えるのはシャルちゃんとリョーホだけでしょ? だから口裏を合わせたんじゃないかって、納得しない人も出てくると思う。偽ロッシュならそれぐらいの反論はする」
「反論が来ると分かっているのなら、それを叩き潰す新たな証拠を用意すべきだ。違うか?」

 クライヴが厳しい面持ちで詰めると、レブナは鼻先に皺を刻みながら睨み返した。だが反駁することなく、悔しげに手元を睨みつける。オラガイア同盟を結んだとはいえ、やはりレブナもスキュリア陣営に対する嫌悪感が拭えないようだ。

 再びの沈黙が降りた後、ハインキーが太い手をひらりと持ち上げた。

「嫌な想像をしてしまったんだが、いいか?」
「どんな?」

 俺が促すと、ハインキーは口角を大きく下げながら続けた。

「リョーホたちは、ロッシュが遺した鈴の記憶を見て死んだと断定したんだよな。だが、記憶を見ていない俺たちにとっては、偽ロッシュの証言は矛盾してないんだよ」

 ハインキーは腕を組み、声を一層低くした。

「こうは考えられないか? オラガイアにあった鈴が、死を偽装するための偽物だったんじゃないかって」
「そ──」

 レブナが真っ青になった瞬間、エトロが椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。

「そんな馬鹿な話があるか! ロッシュが命懸けで遺してくれた黒幕への手掛かりだぞ! 第一、死を偽装する理由がない!」

「──私も、ロッシュの死体には違和感があった」
「師匠まで!」

 エトロは悲痛な表情でレオハニーを振り返った。俺はゆっくりとエトロの手を握り、宥めながら椅子へ座らせる。

 幾分か空気が和らいだところで、レオハニーは冷然と口を開いた。

「記憶を見た限り、トゥアハはロッシュに向けてダアトを発動していた。ダアトに触れたものは即座に赤い繊維に溶かされ、跡形もなくなるのが常だ。ノンカの里融解事件のように」

 赤い目が、冷たく俺たちを射抜く。

「だが、大聖堂の地下ホールにはロッシュの死体があった。個人が判別できないほど、無惨に切り刻まれた死体が」

 オラガイアにいたメンバーが鋭く息を呑む。次いで、研大が吐き捨てるように言った。

「殺人の常套手段だ。死体の顔を損壊させる事で、誰が死んだのか特定できなくする」
「ってことは、帰ってきたロッシュは……本物、なのか?」
「その可能性はある」

 エトロの問いに、レオハニーは目を伏せながらはっきり答えた。

「嘘だよ」

 鋭い否定の言葉に、全員の視線がレブナに集まる。

「そんな可能性、絶対ない。あたしが本物のロッシュ様を見間違えるわけない!」

 彼女の怒鳴り声が狭い室内に反響する。それはまるで、レブナの隣でもう一人が叫んでいるかのようだった。
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